2 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:04:35.16 8Vh1voRqO 1/207


「え? Aqoursが……復活するかもしれない?」


「ええ。あの伝説のスクールアイドル、Aqoursを再始動させたいと願うスポンサーがいましてね」

「私、こういう者です」


(手袋してる……寒いからかな。私はまだいらないけど)


「ワタ〇ベ事務所……マネージャー?」

「これって……A〇Bとか出してるところですよね……すごい……」


「で、でも……私たちはあの時、Aqoursは続けないって決めたんです」

「私たちだけの……思い出にしようって」


「みなさん賛成して集まっているんですよ? 貴方以外はね」


「え……! まさか……そんなことって……」

元スレ
曜「会いたいよ……千歌ちゃん」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1513119160/

3 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:06:47.26 8Vh1voRqO 2/207


「でも私は……今はただの大学生だし。今更、歌やダンスなんて……」


「いいえ、心配ありませんよ。貴方なら、間違いなく復帰できるでしょう」

「貴方ほどのポテンシャルを持った人材ならね」ニヤッ


「え……いやぁ、それほどでも……」


「具体的には、Aqoursというユニット名を残したまま……アイドル業界に参戦する予定となっています」


「アイドル……業界に……!」


「ええ。スクールアイドルではなく……正真正銘、本物のアイドルに」



(正直、今更アイドルになりたいなんて……そんな気持ちは全然ないけど)


(Aqoursのみんなに、会えるかもしれない)

(あの頃の私たちに、戻れるかもしれないんだ……!)



「……わかりました。この話、受けます」


「そうですか。あのAqoursが再び……私も楽しみですよ」


4 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:09:17.42 8Vh1voRqO 3/207

~~~


「えーっと……それで私たちは今、どちらに向かっているんですか?」


「私がマネージャーとして勤めている事務所です。Aqoursのみなさんも、そちらへ集合している最中のはずですよ」


(もうすぐ……みんなに会えるんだ……!)



「――ところで。Aqoursのみなさんには、事務所としても大変期待しておりますが……やはりみなさん、ブランクが長いとのことで」

「そこで、本格的に表に出る前に……1年間のレッスンを受けていただく形になります」


「レッスン……1年もですか?」


「はい。その初期費用として、120万円を支払っていただきます」


「120万……!」

「いやいや、無理ですって! そんな大金……私、大学生ですし……」

5 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:12:24.62 8Vh1voRqO 4/207


「そうですか……では、この話はなかったことに……」


「ちょちょ、待ってください!」

「ならせめて……Aqoursのみなさんに会わせていただけませんか?」


「申し訳ありませんが、無関係の者を事務所に立ち入らせるわけにはいかないんですよ」


「そんな、どうにか……お願いします! 何とかなりませんか!?」


黒服「……仕方がない。貴方だけ特別です」

黒服「3ヶ月分。初期費用はその分で、上に話をつけておきますよ」


「い、いくら……ですか?」


黒服「35万円です」


「さ……35万……」



(高校を卒業して、大学に入って……両親からの仕送りと、2年間のバイトで貯めたお金が40万弱)

(これを払ってしまえば、来月の家賃すら払えなくなってしまう)

(お母さんに相談して……大学を辞めれば、なんとかなるかもしれない)



「……わかりました。35万、払います」


「そうですか。では、こちらのコンビニの前で待っています」



「――え? えっと……振り込んでくればいいんですか?」


「いえ、貴方には今すぐにでも事務所のレッスンを受けていただきたいのです」

「そのために私が現金を頂き、事務所の者に払うということです」


「ああ、そういう……なら、今からお金を下ろしてくれば……」


「はい。私はこちらで待っていますので」

6 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:13:32.84 8Vh1voRqO 5/207

~~~


「お金、下ろしてきました」


「ええ。お待ちしておりましたよ」


(……こんな、律義に同じ場所に立ってなくてもいいのに)


「では、頂いても?」


「あ、はい……財布に入るか心配だったんですけど……」アハハ


「私、現金は数えない主義なんです」サッ


(数えない主義……なんだかカッコイイな)


「――では、行きましょうか」

7 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:16:22.60 8Vh1voRqO 6/207

~~~
マック


「あ、私が払いますよ」


「いえ、渡辺さんは席を2つ取っておいてください」


「あ、はい……わかりました」



「――お待たせしました。ホットコーヒーでよろしかったですか?」


「はい、ありがとうございます……ところで、どうしてマックなんです? 早く事務所の方に……」


「待ち合わせ時間より、多少早く事務所へ着きそうなんですよ」

「ですから、ここで時間を潰さなければならないんです」


「あー、なるほど……?」



ピピピピピ……



黒服「――事務所からですね。少々席を外します」

「あ、はーい……」



~~~
5分後



(長いな……事務所からって言ってたけど……)



~~~
10分後



(おかしい……いくらなんでも長すぎる)

(ま……まさか)サー



(……騙され……たの?)



「……っ!」バッ

「あのっ、店員さん!」


店員「はい?」


「さっき、黒いスーツの男の人が出ていきませんでしたか? 電話しながら!」


店員「電話しながら……ああ、そういえば」


店員「――自動ドアの辺りでスマホをポケットに入れて、そのまま出ていきましたよ」


「あ……ああ……」

「そん……な……」

8 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:22:50.27 8Vh1voRqO 7/207

~~~


「ハッ……ハッ……」

「まだ……その辺に……いたっ!」

「あのっ!」バッ


通行人「……ん? 誰かな、君は」


「あ……いえ、なんでも……」


通行人「チッ……こっちは忙しいってのに……」スタスタ


「そんな……嘘だよ……こんなのって……」

「け、警察……交番に……」



~~~
〇〇警察署



刑事「うーん……これだけじゃ、被害届を出して終わりになっちゃうね」


「そんな……なんとかなりませんか?」


刑事「唯一の手がかりの名刺も、何もかもデタラメだしね」

刑事「本来のワタ〇ベ事務所の名刺とはデザインが違うから、おそらく犯人が自分で作ったんだ」

刑事「犯人とここの人間との関わりがあるとは考えにくい」

刑事「一応指紋は取ってみるけど……手袋してたんでしょ?」


「そ……そうだ、監視カメラ……」


刑事「それだって、店の中には入ってないわけだ。隅っこに立ってたってことは、監視カメラに映らない場所を知っていた可能性が高いよね」

刑事「しかも手渡しって……振込とか、何か記録に残るものなら捜査の手がかりになったかもしれないけどさ……」

刑事「厳しいことを言うようだけどね。仮に捕まったとしても……お金が返ってくる可能性は、限りなく0に近いよ」


「う……あ……ぁ……」

9 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:23:43.21 8Vh1voRqO 8/207

~~~


「……はぁ」

「一応、真っ当に生きてきたつもりなんだけどなぁ……」


(なんでだろう……怒りとか、そういう感情は湧いてこない)

(今は……ただ、悲しい)


(あ……そうか)

(Aqoursのみんなに、会えるかもしれないって……そう期待してたから……)



「ふ……フフッ……」



(そっかぁ……そういうことか)


(――あの頃の思い出を踏みにじられたから)


(会えるわけがないって……また全員集まれるわけがないって)

(あの時の願いが叶うはずないって……そう、思い知らされたから……だから……)


(騙された悔しさよりも……悲しさの方が、ずっと勝ってるんだよ)

10 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:25:07.09 8Vh1voRqO 9/207

~~~
曜のアパート



「はぁ……疲れたなあ」

「うわ、ひっどい顔……寝不足で目が赤くなってる」

「こんな顔、刑事さんに見られちゃったのかあ」


「……ま、どうでもいいや。どうせ犯人見つからないだろうし……捜査できないなら連絡が来ることもないし、もう会うこともないよね」


「……千歌ちゃん」

「この写真見ると、いつもはニヤニヤしちゃうのにさ」

「ごめん……今日は、全然笑えないや」



「う……うぅっ……」 ポロポロ



「あ……ああああああああああッッッ!!」


「千歌ちゃん……梨子ちゃん……みんな……!!」

「会いたい……会いたいよ……!」

「なんでこんな目に……酷い……酷いよ、神様……」グスッ


11 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:26:44.41 8Vh1voRqO 10/207

~~~


『千歌ちゃん、待ってよ~』


千歌『曜ちゃーん! 早く早く~!』


『千歌ちゃ……わっ!』ベタッ

『いたいよ……うえぇ……』


千歌『も~、曜ちゃんのドジ』


『だってぇ……』ウルウル


千歌『ほら、泣かないで?』ナデナデ


『……うん』


千歌『痛いの痛いの、とんでけ~!』


『そんなのじゃ、痛いの治らないよ~』


千歌『じゃあ、飛んでいくまでやる!』


『えぇ……』


千歌『曜ちゃんを傷つけるやつは、例え誰であっても許さないのだ!』


『千歌……ちゃん』

『……』ギュー


千歌『ふぇっ……曜ちゃん?』


『千歌ちゃんがいればいい!』


千歌『私が……?』


『千歌ちゃんがいれば、痛みなんてどうってことないよ!』ニコッ


千歌『そっかー……わかった!』

千歌『なら千歌が、ずーっと傍にいてあげる!』


『ほんと!?』


千歌『うん! 約束!』


『フフッ……ありがとう、千歌ちゃん!』

12 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:29:07.29 8Vh1voRqO 11/207

~~~


「……ん……朝……か」

「……?」グスッ

「私……泣いて……?」

「そういえば……小さい頃の夢、見てたような……」


「……千歌ちゃんの嘘つき」ボソッ



ピンポーン



「……6時? こんな朝早くに……って、まさかもう夜!?」

「私、そんなに寝て……ヤバッ、講義1限からだったのに……あちゃー」

「っていうか、今日はバイトもあるのに……ああ! めっちゃ電話来てるし……!!」


「はぁ……誰だろう」



「はーい……新聞なら要りませんよー」ガチャッ



「……え?」


梨子「――久しぶり、曜ちゃん」


「え……嘘……どうして?」

「だって、梨子ちゃん……ピアノで海外に行ったって……」


梨子「さっき帰国したの。と言っても、またすぐに…………曜ちゃん?」



「梨子……ちゃん」ウルウル



梨子「曜ちゃん……? 一体何が……」


「梨子ちゃんっ!!」ギュー


梨子「え!? ちょっ……!!? えぇっ!??///」


「梨子ちゃん……りこちゃんだ……本物だぁ……!」


梨子「曜ちゃん……もう……///」


梨子(人の気も知らないで……全く)ギュー

13 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:30:54.89 8Vh1voRqO 12/207

~~~
曜の部屋



梨子「ちょっと……曜ちゃん」


「グスッ……何?」


梨子「いつまでこうしてるつもり?」


「私の気が済むまで」ギュー


梨子「気が済むまでって……えぇ……///」


(ごめんね梨子ちゃん。迷惑……だよね)

(でも……こうしてないと、今にもどうにかなっちゃいそうで)


「今日、梨子ちゃんが来てくれて……よかった」


梨子「曜ちゃん……?」


梨子(これは……ただ事じゃないわね)

14 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:32:53.10 8Vh1voRqO 13/207


「梨子ちゃん……今日、泊まってってよ」


梨子「えぇっ!?」


「ダメ……かな? 迷惑だったら……」


梨子「いや、その……寧ろ、嬉しいかな」

梨子「実は、飛行機の便が遅れちゃって……」

梨子「沼津に帰れないことはないんだけど、今日は東京で泊まれないかなーって探してたところだったの」


「そうなんだ……」


梨子「最悪ネットカフェに泊まることも考えてたんだけどね」

梨子「だから、曜ちゃんからそう言ってくれて……本当に嬉しい」


「そっか……じゃあ、丁度よかったかな」


梨子「え?」


「実は今日、盛大に寝坊しちゃって……色々行く気無くしてたところだったから」

「いつも通りに家を出てたら……今頃梨子ちゃん、ネカフェ宿泊が確定してたところだったよ」アハハ


梨子「そっか……怪我の功名ってやつね」


「久しぶりに会えて、本当に嬉しい」ジワッ


梨子「曜ちゃん……私もよ」ナデナデ

15 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:34:41.37 8Vh1voRqO 14/207


「梨子ちゃんの体、あったかいね」 

梨子「なっ……そ、そうかしら……///」

「手があったかい人は、心が冷たいっていうけど……体があったかい人はどうなんだろうね」

梨子「曜ちゃんの体も、相当あったかいわよ?」

「……こんなに心が冷たいのに?」


梨子「ええ……あったかいわ」ナデナデ


「……そっか」ギュー



「――私ね……詐欺に遭ったんだ」


梨子「……え?」

「35万円。騙し取られちゃった」

梨子「三十……五万……!?」

「うん……それで……」カクカクシカジカ

16 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:36:49.97 8Vh1voRqO 15/207


梨子「――それ……警察には……?」


「行ったけど……証拠がないんじゃどうしようもないって……言われた」


梨子「嘘……そんな……」


「ハハハ……結局、騙される私がマヌケだったってだけだよ」

「梨子ちゃんが何か感じる必要なんて、どこにもないんだから……ね?」


梨子「……曜ちゃん」ウルウル


「いや……その、泣かないでって」


梨子「……っ!」ガバッ


「梨子ちゃん!?」


「梨子ちゃん……苦しいよ……」


梨子「……いいの」ギュー


「うう……胸、当たってるんですけどぉ……」


梨子「いいの!」ギュー!


「梨子ちゃん……なんで」


梨子「辛かったよね。怖かったんだよね……」

梨子「ごめんね……なんの力にもなってあげられなくて」


「そんな……梨子ちゃんが責任を感じる必要なんてないよ」


梨子「ううん……私がもっと早く来ていれば、こんなことにはならなかったはずよ」


「そりゃ、そうかもしれないけど……でも、本当に……大丈夫だから……」


梨子「……そういう変な強がり、もうしなくていいよ」


「梨子ちゃん……」


梨子「打ちのめされてるの、見てれば分かるもん」


「私……わたし……は……」





梨子「大変……だったね」





「――っ」


17 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:41:54.39 8Vh1voRqO 16/207


「大変だった……めっちゃ辛かったよ……」

「またみんなに会えるかもしれないって……あの頃に戻れるかもしれないって……」

「それなのに……あの時のお願い、全部否定されたような気がして……!」ギリッ

「そりゃ……今思うとマヌケだったけど……本当にどうしようもないくらいバカだけど……」



「私は……! どうしてもあの頃に戻りたかったんだ……!!」



梨子「うん……わかってる」


「好きだったからさ……あの頃が」 

「今までにないくらい……何もかも捨てられるくらい、どうしようもなく……Aqoursが好きだったからさ」


梨子「うん……」


「あの頃を……Aqoursを……取り戻そうって、頑張ったんだよ……!!」


「なのに……それなのにさ……」ジワッ

「そういうの全部……いいように利用されて……」


梨子「……うん」ナデナデ


「理不尽だよ……あんまりだよ……う……うぅ……」


梨子「……」

18 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:43:24.21 8Vh1voRqO 17/207

~~~



「スー……スー……」


梨子「曜ちゃん、寝ちゃったわね」ナデナデ


梨子(曜ちゃんはああ言ってたけど)

梨子(流石に……このまま放っておくわけにはいかないわ)


ピッピッピッ…


梨子(これでよし……あとはお願いね。私もすぐに……)


「う……ん……ぅ……グスッ……」


梨子「曜ちゃん……?」


「……スー……」


梨子(かわいそうに……怖い夢を見ているのね)


梨子「……大丈夫よ。私が傍にいるから」ナデナデ


「……んっ……」

「千歌……ちゃん……」


梨子「――!」


梨子(そう……よね)

梨子(あんな別れ方しても……やっぱり曜ちゃんの中には、千歌ちゃんがいるんだ)

梨子(それはきっと、私なんかで埋められる程度のものじゃない)

梨子(千歌ちゃんじゃないと……ダメなのよね)


梨子「ハァ……嫉妬しちゃうなあ」

19 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:45:29.27 8Vh1voRqO 18/207

~~~


「う……ん……あれ?」

「……梨子ちゃん? どこ? どこにいるの?」



シーン



「梨子ちゃん……そんな……」

「嘘だ……だって、梨子ちゃんは確かに……」

「まさか、夢? ……だったら、あのことも夢だったり!?」ガサゴソ


「……フッ、なわけないか」

「ちゃんと残ってる……私がATMから引き出した明細が、財布の中に」

「一度に引き出せるのは20万が限度で、わざわざ二回も……そういえば、後ろで待ってた人、すごい顔してたなあ」



ガチャッ



梨子「あら……起きてたのね」


「はっ……梨子ちゃん! どこに行ってたの!?」


梨子「どこって、近くのコンビニに……」


「梨子ちゃんっ!!」ギュー

梨子「えぇっ!? ちょ、曜ちゃん……!?」


「うぅ……梨子ちゃんが……りこちゃんまでいなくなったら、どうしようって……」


梨子「――!」

梨子「……大丈夫よ。私はいなくならないわ」


「……ほんと?」


梨子「ええ……本当よ」


「梨子ちゃん……えへへ……」ギュー

20 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:46:55.39 8Vh1voRqO 19/207


梨子(ごめんね、曜ちゃん……気づいてあげられなくて)

梨子(今の曜ちゃんは、ほんの一時でも一人になりたくないんだよね)

梨子(とても深い傷を負わされたばかりだから……ううん、きっとそれだけじゃない)


梨子(昔の傷を、抉られたから)


梨子(私なんかじゃ、曜ちゃんを本当の意味で安心させることはできないかもしれない……だけど)

梨子(ほんの少しでも、心の慰めになるのなら)


梨子「私がずっと……傍にいてあげるからね」


「うん……信じてる……」グスッ



梨子「曜ちゃん。私ね、コンビニでお酒買ってきたの」


「お酒?」


梨子「うん……少しでも、嫌なこと忘れられたらって思って……そんな気分じゃないかな?」


「……ううん、飲む」

21 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:48:09.49 8Vh1voRqO 20/207

~~~


「ゴクッ……ゴクッ……ぷはー!」


梨子「す、すごい飲みっぷりね……」


梨子(足りるかしら……?)


「サークルで鍛えられたからね。梨子ちゃんは飲まないの?」


梨子「えーっと……私は一本でいいかなーって……」


「そう言わずにさ、飲みなって。折角買ってきてくれたんだから」


梨子「アハハ……どうも」


梨子(知らなかった……曜ちゃん、飲んだらこんなに面倒くさくなるなんて……)

梨子(まあ2年も会ってないんだから、知らなくて当然だけど)


「うーん……」トローン

「りこちゃーん……」ギュー


梨子「もう……お酒臭いわよ?」


「いいでしょー別にさー」

22 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:49:50.01 8Vh1voRqO 21/207

梨子「……いつも、誰彼構わずこんなことしてるの?」


「そんなわけないよー」

「ハグしたのなんて、本当に久しぶり……高校以来だよ」


梨子「彼氏とかいないの?」


「うーん……告白は色んな人からされたけどさあ」


梨子「……例えば?」


「えーっと……サークルの先輩とか、友達の友達とか」

「あと、全然知らない人からされたことも」


梨子(……モテモテじゃない)


梨子「それで……?」


「――全部断っちゃった」


梨子「え……どうして……」


「だって、付き合うとかよくわかんないし……」

「大体、よく知りもしない人から好きって言われても困るよ」


梨子「ふーん……そういうものなのかな?」

23 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:51:53.38 8Vh1voRqO 22/207


「りこちゃんはー?」


梨子「えっ……私!?」


「りこちゃんはー……いい人いないの?」


梨子「私はー……海外って言っても、コーチくらいとしか話さないし……そのコーチは女の人だし」

梨子「付き合うって言っても、出会いがね……」


「……なら、私と付き合ってよ」


梨子「え? ……ふえぇっ!?///」カァァァァァ


「お互いフリーじゃん? りこちゃんは恋人が欲しいんだよね」


梨子「欲しいって言ってないよぉ……」


「私はりこちゃんが欲しいな」ニコッ


梨子「……もう、調子いいんだから……///」


「本当だよ? うそついてないよ?」ギュー


「そりゃ、ちかちゃんがいなくなって……すっごく寂しかったけどさ」

「今、私の傍にいてくれてるのは……りこちゃんだから」


梨子「曜……ちゃん……」


「だからね……私の全部、りこちゃんにあげるから……だから……」



「もう……ひとりにしないで……」



梨子「曜ちゃん……!」

梨子「当たり前じゃない……っ!」

梨子「いてあげる……私が、ずっと傍にいてあげるよ……?」


「……スゥー……」


梨子「……ふぇ? まさか……寝てる?」


「……んー……ムニャムニャ……」


梨子「うぅ……曜ちゃんのバカぁ……」

24 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 08:54:00.16 8Vh1voRqO 23/207

~~~


梨子『ねえ曜ちゃん、千歌ちゃんは?』


『どうだろ。連絡は来てないけど……どうしたの、梨子ちゃん?』


梨子『千歌ちゃんが……いないの』


『へ?』


梨子『どこにもいないのよ。今朝千歌ちゃんの家に寄ったら、志満さんが……千歌ちゃんはいないって』

梨子『てっきり誰かの家に泊まってるものだと思ってたらしいけど……私、誰からも聞いてないし』


『え……どういうこと? 私、よく意味が……』


梨子『私もわからない……でも、曜ちゃんも知らないってことは』


『どうしよう。一年生……いや、二年生に聞いてみる?』


梨子『うん……放課後まで待って、千歌ちゃんが来なかったら』



~~~



ルビィ『ごめんなさい、ルビィは何も聞いてないです』

花丸『まるもずら』


善子『まさか……魔界に連れ去られたの!?』

梨子『フッ、違うわね。なぜなら、あの子は魔力を持ち合わせてはいないのだから!』


『あのー……二人だけの世界に入らないでね?』

花丸『ふざけてる場合じゃないずらよ、善子ちゃん』


善子『……ヨハネよ』


花丸『どうしよう……鞠莉ちゃんも、果南ちゃんも……』

ルビィ『お姉ちゃんだって、内浦にはもういないし……』


梨子『ホント、どこに行っちゃったのかしら』


『……千歌ちゃん』

25 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 09:03:04.88 8Vh1voRqO 24/207

~~~



『……今日も来なかったね』

梨子『家にも帰ってないみたい』


『あ、先生が来たよ』

梨子『そうね……』



担任『はい、皆さん席に着いて。今日は、大切なお知らせがあります』

担任『昨日から欠席している……○○君ですが』


梨子『そう……いえば』


担任『彼は、この学校を辞めることになりました』



担任『加えて……同じく昨日からお休みしている高海さんですが』


担任『――彼女は、親御さんも……まだ連絡が取れていないそうです』



『……え?』


『そ……そんな……冗談ですよね!?』ガタッ



担任『渡辺さん、落ち着いて……』


『これが落ち着いてられますかっ!?』


担任『……座りなさい』


『ハァ……ハァ……』

梨子『曜ちゃん……座ろう……ね?』


『……』スッ

26 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 09:11:21.75 8Vh1voRqO 25/207


担任『○○君は、クラスではあまり目立たない子でしたが……文芸部の部長で、責任感の強い生徒でした』



担任『それと……高海さんは、渡辺さん、桜内さんと同様に……内浦から転校してきて、大変だったこともあったでしょう』

担任『それでも、すぐにクラスのみんなと打ち解けて……とっても明るくて、優しい子でした』


担任『そんな2人と、こんな形で別れることになるのは……とても辛いことですが』

担任『それでも人生には、唐突な別れというものが何度も――』



『――ちょっと待ってくださいよ』



担任『……どうしたんですか、渡辺さん』


『……まだ千歌ちゃんは、いなくなったって決まったわけじゃないのに』

『どうして……まるで、彼と一緒にどこかに行ったかのような口ぶりなんですか?』


担任『……』



梨子『曜ちゃん、落ち着いて……』

『梨子ちゃんは黙ってて』


梨子『曜ちゃん……』



担任『……高海さんはね』

担任『いつも〇〇君と一緒にいたのよ?』


『――は?』


担任『……ゴホン』

担任『詳しいことは……また放課後に話します』

担任『朝のHRは終わりです』



ザワ…ガヤガヤ…



『嘘……でしょ……?』


梨子『曜ちゃん……』


『こんなの……何かの間違いで……千歌ちゃんがいなくなるわけ……』


梨子『曜ちゃん……お願いだから、落ち着いて? ね?』

『落ち着けるわけない……落ち着いてなんかいられないよっ!!』ガタッ


梨子『あっ……曜ちゃん!』



ガララッ



担任『あ、ちょっと渡辺さん!? どこに――』

29 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 20:59:54.51 8Vh1voRqO 26/207

~~~


梨子「……う……ん」

梨子「ふぁ……夢?」


梨子「あれ……スンスン……いい匂い」


「……あ、梨子ちゃん起きた」コトコト

「今、朝ご飯作ってるから」


梨子(曜ちゃん……エプロン着てる)

梨子(……かわいいなあ)


梨子「私も手伝うわ」


「いいよ~、あとはもう盛り付けるだけだし」

梨子「じゃあ、盛り付けは私がやるね」

「うぅ、頑固だなあ……じゃあ、お言葉に甘えて♪」

「梨子副隊長にお任せするであります!」

梨子「はーい、お任せされました」

30 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:03:31.17 8Vh1voRqO 27/207

~~~


ようりこ「「いただきまーす」」


梨子「おいしい……ねえ、いつも朝ご飯作ってるの?」


「ううん、今日は特別。休日だし、バイトの休みももらったし」

「それに……梨子ちゃんもいるから」


梨子「私が……?」


「うん。でも、貯金ないし……またすぐに働かなきゃ……」アハハ


梨子「お金の心配ならしないで?」


「え?」

梨子「私がいる間は、そういうの全部……私に任せてね」

「いや……でも」


梨子「コンクールとかで私が稼いだお金があって」

梨子「いくらか自由につかえるから……そんなに大した金額じゃないんだけどね」


「そんなのダメだよ!」

「梨子ちゃんのお金なんだから、私なんかのために使うことないって!」


梨子「いいのよ。別に使うものなんてないし……持て余してるくらいだから」

梨子「曜ちゃんの力になれるなら、それが一番うれしい」


「でも……でもぉ……」


梨子「曜ちゃん……大丈夫だから」

梨子「曜ちゃんのことは……私が守ってあげるからね」


「う……うぅ……」

「うぇぇ……グスッ……」


梨子「もう、泣かないで……?」


「……うん」ゴシゴシ



(無償の善意ってやつ……なのかな)

(ううん……たとえそうじゃなくても、気持ちだけでも)

(それがこんなにも優しくて、あたたかい)

(昔から梨子ちゃんには、助けられてばっかだなぁ)

31 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:04:21.07 8Vh1voRqO 28/207

~~~


「あのね、梨子ちゃん」

梨子「ん? どうしたの?」


「今日は、梨子ちゃんと一緒にお出かけしたいな」

梨子「お出かけ?」


「うん……あんまり遠い所は行けないけど、折角の休みだし」

梨子「ウフフ……そういうところ、昔から変わってないのね」

「へ?」


梨子「わかった。じゃあ、今日は思いっきり羽を伸ばそうかな!」ウフフ

「おっ、流石梨子副隊長! じゃあ、ヨーソロー隊長は早速準備に取り掛かるであります!」

32 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:05:06.15 8Vh1voRqO 29/207

~~~
△〇公園



梨子「素敵な場所ね」

「うん。ここを歩いてると、すっごく落ち着くんだ」

梨子「こんなに広い公園、初めて来たかもしれない」

「東京に住んでたのに?」

梨子「そうだけど……ほら、東京にいた時はピアノばっかだったから」

「そっか。じゃあ、なおさら満喫しなきゃだね」

梨子「うん」


「……でも、ちょっと寒いや。最近は昼間でも冷え込んでるよね」

梨子「ヨーロッパは、この時期でも割と暖かいのよ」

「そうなの?」

梨子「うん。日本が特別なのよ」

「うえー……ヨーロッパに住みたい」


梨子「じゃあ、着いてくる?」

「着いてく! 全速前進、ヨーソロー!」


梨子「フフ、調子いいんだから」

33 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:06:01.62 8Vh1voRqO 30/207

~~~
喫茶店


「ねえ……本当にいいの?」

梨子「いいって言ったじゃない。今日は私のおごり」

「いや……流石に、コーヒー代くらいは払えるからさ……ね?」


梨子「曜ちゃん」

「は、はい」

梨子「今日は、余計な気は遣わない約束のはずです」

「そ……そうだったね……うん」

「じゃあ……お言葉に甘えて……」

梨子「よろしい」


「ズズッ……おいしい」

梨子「そうね。こういう本格的なお店、久しぶりかもしれないわ」


「あれ……梨子ちゃん、ヨーロッパ? では、そういうお店とか行かないの?」


梨子「うん、あまり。コーチにつきっきりだし、レッスンばっかだし」

梨子「外に出るのは、ピアノのコンサートくらい」


「ふーん……大変じゃない?」

梨子「まあ、確かに疲れるけど……でも、楽しいよ」

「そっか……梨子ちゃん、本当にピアノが大好きなんだね」

34 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:06:56.67 8Vh1voRqO 31/207


(私……そんなに夢中になれたの、高飛び込みとスクールアイドルくらいかなあ)

(スクールアイドルは……もうやれないし)

(サークルは水泳だから……今は高飛び込みも、たまにしかやってない)

(私には何も……残ってない)



(……あれ?)



梨子「曜ちゃん?」


梨子(外の方見て……どうしたんだろう)




(……うそ……でしょ?)

(こんな……こんなタイミングで……なんで……)




「――千歌……ちゃん?」



梨子「……え?」

35 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:09:38.83 8Vh1voRqO 32/207


「千歌……ちゃん……」

梨子「……曜ちゃん?」



「千歌ちゃんだっ!!」



梨子「千歌ちゃんって……まさか、そんな……」


「千歌ちゃんっ!!」ダッ


梨子「ちょ、待って……曜ちゃん!!」



~~~



「はあっ……はあっ……千歌ちゃん! 千歌ちゃんっ!!」


(まだ遠くには行ってないはず……道路の向こう側だったけど、こっちを見てたと思うから)


(でも……どうして千歌ちゃんが?)

(千歌ちゃんが……会いに来てくれたの?)


「はっ……いた!」

(毛糸の帽子と黒いマフラー……グレーのコート)

(千歌ちゃんっぽくない服装だけど、間違いないよ!)


「千歌ちゃん……待って!」


千歌「――曜……ちゃん……」

千歌「……!」ダッ


「何でっ……どうして逃げるの!? 千歌ちゃんっ!!」


(陸での運動はしばらくしてないけど……これなら、追いつける!)


「はっ……はっ……捕まえた!!」ガシッ

千歌「うっ……離して!」

「千歌ちゃん! 私だよ……曜だよ? 覚えてないなんて言わせないから!」


千歌「お願い……やめて……」


「千歌ちゃん、顔隠さないでよ……折角久しぶりに会えたのにさ」

千歌「ごめん……なさい……ごめんなさい……」

「どうして謝るの? ……ねえ、こっち向いてよ!」グイッ

36 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:12:31.81 8Vh1voRqO 33/207


千歌「――っ」ポロポロ


「え……千歌……ちゃん?」

「どうして……泣いてるの?」


スルッ


(あ、やば……腕離しちゃった……)


千歌「……」ゴシゴシ

千歌「……!」ダッ


「あ……千歌ちゃん……」


(足が動かない)

(走れないわけじゃない……でも、どうしてだろう)

(頭が……心が、追いかけるのを拒んでる)



(千歌ちゃんの背中が……どんどん小さくなっていく)

(きっと、もう追いつけない)



ブー…ブー…



(……ライン?)



梨子《今どこ?》



(あ……そっか。私、いきなり喫茶店飛び出して……)



《ごめん、今そっちに行くから》

37 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:17:06.38 8Vh1voRqO 34/207

~~~


梨子「……」ムスー

「ほんっっっとうにゴメン!」

梨子「許さない」

「ごめん……なんでもするから」

梨子「イヤ。私を置いてどっかに行っちゃう人と、話すことなんてありません」

「今回は……いや、今回に限らずだけど、全面的に私が悪かったよ」


梨子「……もう、大変だったんだからね」

梨子「曜ちゃんが急に大声上げて出て行って、傍にいた私もすっごく目立ってたし」

「ごめん……」


梨子「周りの人はひそひそ小声で話してるし、近くの人は『喧嘩したのかな……』とかあからさまに好奇の目を向けてくるし」

「ごめん……」


梨子「おまけに、会計の人には『あの……お気になさらないでくださいね? 私、応援してますから!』なんて励まされるし!」

(た……魂入ってる、店員さんの真似……!)


「うぅ……ごめんなさい……なんでもしますからぁ……」

梨子「……言ったわね?」

「え?」

梨子「なんでもするって……今言ったよね?」

「は、はい……言いました」

梨子「ふーん……どうしようかなあ」ニヤニヤ


梨子「じゃあ……曜ちゃんに命令を与えます」

「はい、なんなりと」ケイレイッ



梨子「曜ちゃんは……今日一日、私と手を繋いでください」



「……え? そんなんでいいの?」


梨子「へ?」


「わかった、いいよ! ――はい!」ギュー


梨子「ふえぇっ!?///」 カァァァァ

38 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 21:27:38.21 8Vh1voRqO 35/207

梨子「も……もう、曜ちゃん! 周りの人が見てるからぁ!///」

「え、ダメ?」

梨子「ダメって……恥ずかしいじゃない!!」プンプン

「だって、命令したの梨子ちゃんだよ?」

梨子「う、うぅ……そうだけど」

「それに、女の子同士で手を繋いでも全然変じゃないよ!」ニコッ


梨子「だからって、どうして指絡ませる必要があるのっ!?」


「え? 千歌ちゃんと一緒の時は、いつもこんな風だったけど」

梨子「えぇ……千歌ちゃんと一緒にしないでよぉ……///」



女子大生A「ねえ……あの子たち、女の子同士で恋人繋ぎしてるわよ?」コソコソ

女子大生B「えー、ちょっと仲良すぎじゃない? そういう関係なのかな……」コソコソ



梨子(いやぁ……すっごい見られてる……///)

梨子(曜ちゃん、全然気にしてないし)

梨子(きっと全部無自覚でやってるんだろうなぁ)



梨子「……曜ちゃんのバカ」



「え? 梨子ちゃん、なにか言った?」


梨子「……何も言ってない」

「そう? おかしいなぁ、梨子ちゃんの声を聴き間違えるわけないのに」


梨子「もぅ……それで? 何があったの?」


「何がって……?」


梨子「急にお店飛び出した理由。千歌ちゃんって、叫んでたけど」

「それは……その……」


「――うん。見間違いだったよ」


梨子「見間違い? それにしては……」

「アハハ、ごめんね? シルエットが似てて、もしかしたらって思ったんだけど……全然違う人だった」


梨子「……そっか。曜ちゃんがそういうなら」

「うん。……それじゃ、次はどこに行こうか?」

39 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:19:47.64 8lVYbNwCO 36/207

~~~
深夜


「じゃあ、電気消すねー」

梨子「はーい」


「……ふぁ……」


梨子「フフッ、おっきなあくび」

「いやあ、今日はホント疲れたよ」

梨子「たくさん歩いたもんね」

「うん。意外とお金のかからない歩き方ってあるもんなんだね。新しい発見だったよ」

梨子「まるで、街を歩く度散財してるかのような口ぶりね」

「うぅ……だって、いつも先輩に飲みに誘われるから……」


梨子「大丈夫なの? 酔った勢いで……とか」

「そこは心配しなくていいよ。私が飲みに行くの、ほとんど女子だから」

梨子「ほとんど……?」

「もう、心配症だなぁ梨子ちゃんは……たまに、大勢の飲み会で男女混合で飲むくらいだって」

梨子「ふーん……二次会とか行ってない?」

「まあ、友達と行ったりは……って、梨子ちゃんお母さんみたいだよぉ」


梨子(そりゃ……ね)

梨子(内容が内容とはいえ、知らない人の話を信じこんじゃうような子だし)


「う……ん……」ウトウト

梨子「あら……曜ちゃんはもう限界か」

「ううん……まだ大……じょう……ぶ」

梨子「……もう寝よっか」

「うん……わかった……」


梨子(寝てる時の無防備な曜ちゃんも、本当にかわいい)

梨子(でも……なんだか、頼りないというか)

梨子(今にも消えてしまいそうな……弱々しさを感じる)

梨子(まだ、心の傷が癒えていないってこと……なのかな)

40 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:20:47.98 8lVYbNwCO 37/207

「……スー……スー……」

梨子「……」モゾモゾ


ギュッ


梨子「寝てる時くらい……手を繋いでも、いいよね……?」

梨子「……///」


梨子(なにしてるんだろう、私)


梨子(もしかして……私も心配だったりするのかな)

梨子(折角再会できた曜ちゃんが、ふとした拍子に……どこかにいなくなっちゃうんじゃないかって)

梨子(昼に、あんなことがあったから……余計にそう思うのかもしれない)


「ぅ……うぅ……」グスッ


梨子「え……曜ちゃん? 泣いてるの?」

「……だれ……か……」


梨子「曜ちゃん……私がいるわよ」ギュウッ


「う……ん……」スゥ…


梨子「曜ちゃん……」


梨子「ずっと一緒にいるから……いつまで……も……」

41 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:21:42.63 8lVYbNwCO 38/207

~~~



「じゃあ、バイト行ってくるね」

梨子「本当にいいの? まだ休んでた方がいいんじゃ……」

「二日も休んでるし、もういい加減顔出さないとね」

梨子「そう……無理しないでね」

「大丈夫だよ。じゃあ行ってきます……全速前進、ヨーソロー!」



ガチャッ



梨子「……」



ブー…ブー…



ダイヤ《例の件ですが》


梨子《何かわかりましたか?》


ダイヤ《ええ。会って話したいことがあります》

42 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:22:46.00 8lVYbNwCO 39/207

~~~
パチンコ店



善子「……いらっしゃいませ」

善子「はい……換金ですね」



善子(……はぁ)



先輩「津島さん」

善子「わっ……先輩、驚かせないでください」


先輩「今日もいいお尻ね」サワッ

善子「ちょ……! 女同士でもセクハラになるんですからね!!」

先輩「フン、冗談も通じないの? 相変わらずつまんない女ね」

善子「うるさいです。先輩だって、この間客にプレッシャーかけてたじゃないですか」

先輩「トーゼンよ。イカサマ許しちゃ商売あがったりだわ」


善子「……でも、よく成立してますよね」

先輩「何が? ……パチンコ?」

善子「はい。だって、普通にギャンブルじゃないですか」


先輩「絶対足つっこんじゃダメよ。まだ若いんだから」

先輩「アンタくらいの年齢でギャンブルにハマると、取り返しのつかないことになるんだから」

先輩「例えば……あいつみたいにね」


善子「あ……今日も来てる」


先輩「去年の……この寒い時期になってからね。アレがウチに通い始めたのは」

善子「私、服装くらいしか……対応したことないんで、顔も分かんないんですよね」

先輩「関わらない方が正解よ」


先輩「金の事情がもつれると……どんなにいい人柄の人間だって、信用できなくなるんだから」

43 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:23:31.29 8lVYbNwCO 40/207

プルルルル…


善子「あ、私出ますよ」

先輩「いや……この番号は店長ね。私が出るわ」



善子(はぁ……もう辞めようかな、こんなバイト)

善子(給料は高いけど……ガチャガチャうるさいし、たまに意味不明な客も来るし)

善子(そろそろ、潮時よね)


「あの……」

善子「あ、はい……あ――」


「灰皿交換してもらっていいですか」


善子「……はい、ただいま」


善子(こいつ、先輩が言ってた……)

善子(結構若いわね……もしかして、私と同じくらい?)


善子「……どうぞ」

「……」


善子(……あれ?)

善子(この人……どっかで……)

44 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:24:15.17 8lVYbNwCO 41/207

~~~



善子「お疲れ様です」

先輩「はーい、お疲れ」


善子(誰……だったっけ?)

善子(まさか……でも、何度も顔を合わせて話したんだから、見間違えるわけないわよね)

善子(まあ、二年の後半からは……ほとんど幽霊部員みたいなもんだったけど)

善子(っていうか、あの人……今何してるんだっけ)


善子(……あいつなら、知ってるかもしれないわね)



サッ…サッ…



善子《ねえ、ずら丸。聞きたいことがあるんだけど》

善子《アンタと仲良かった、一個上の文芸部部長って……今どこにいるの?》

45 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:25:31.62 8lVYbNwCO 42/207

~~~



「ただいまー」

「あれ……梨子ちゃん?」

「……いないや」


(大丈夫……だよね? そのうち、帰ってくるよね?)

「梨子ちゃん……」



ガチャッ



「……!」ガバッ


梨子「ただいまー……あ、帰ってたのね」

「梨子ちゃんっ! おかえり!」ギュー


梨子「うん……ただいま」ナデナデ

「えへへ……えっと、どこに行ってたのか……聞いてもいい?」


梨子「あ、うん……あのね」



『――会わない方が、幸せかもしれませんわね』



梨子「……」

「梨子……ちゃん?」

梨子「……ちょっと、買い物にね」


「あ、これ?」

梨子「今日はハンバーグにしようと思って」

「え、ほんと!?」

梨子「チーズ入ってるやつ。曜ちゃん、好きだったよね」

「うん! 大好きだよ!」


梨子「フフ……今つくるから、待ってて」

「私も手伝う!」

梨子「いいのに……でも、ありがとう。助かるわ」

46 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:28:27.90 8lVYbNwCO 43/207

~~~



「ねえ、梨子ちゃん」

梨子「なあに? ……ごめんね。私、今日はもう眠くって」

「うん、分かってるよ。だから、ほんの少しだけ」

「梨子ちゃんは……いつまで居られるの?」

梨子「いつまでって、日本にってこと?」

「うん……そういうことになるかな」


梨子(……?)

梨子「帰国の日程なら、一週間先延ばしにしてもらったわ」

「え?」

梨子「本当は内浦に帰って、一週間で戻る予定だったんだけど」

梨子「考えてみたら……東京にいた方が、みんなと会えるのかなって」


「ああ、確かにそうかもね」

梨子「内浦に残ってるのは、ルビィちゃんと花丸ちゃんだけで」

梨子「東京には、ダイヤさんに善子ちゃん、あと……曜ちゃんがいる」

「でも、一度は内浦に帰った方がいいよ」

「もしかしたらだけど……千歌ちゃんが――」



梨子「……千歌ちゃん?」


「……ううん、なんでもない」



(あれは、絶対見間違いなんかじゃない)

(千歌ちゃんは今……東京にいるんだ)



「ほら、ご両親に顔見せなきゃでしょ?」

梨子「うん、そうだね。日本にいる間に一度は帰るつもり」

梨子「その時、花丸ちゃんとルビィちゃんにも会いたいな」


「実はね。果南ちゃんも、内浦に帰って来てるんだ」

梨子「果南ちゃんも?」

「向こうで勉強したことを、実家のダイビングショップで活かしたいんだって」

梨子「そっか……内浦が大好きなのね」

47 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:29:10.10 8lVYbNwCO 44/207

「梨子ちゃんが内浦に帰るなら、私も一緒に行こうかな」

梨子「え……いいの?」

「まあ、日程にもよるけどね。教えてくれたら、うまく休みとって行きたいなって」

梨子「そう……嬉しい」


梨子「ありがとう、曜……ちゃん……」ウトウト

「うん……おやすみ、梨子ちゃん」



(千歌ちゃん……一体、どこで何をしてるの?)

(どうして私から逃げたの? どうして謝るの?)

(どうして……突然いなくなったの?)


(千歌ちゃん……あんまりだよ)

(今更現れて、こんなに私の気持ちをかき乱すなんて)



「梨子……ちゃん」

梨子「……スー……スー……」


「お願い……私を……繋ぎとめて……?」

48 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:31:19.88 8lVYbNwCO 45/207

~~~
一週間後



「いらっしゃいませー! お持ち帰りですか?」

「――はい! 860円になります……ありがとうございましたー!」



~~~



スタッフ「曜ちゃん、すっかり元気になったね」

「はい、おかげさまでこの通りです!」

スタッフ「曜ちゃんが元気ないと、職場の雰囲気が暗くなっちゃうの。だから、ずっとそのままでいてね?」

「え? そんなこと……」

スタッフ「あるよ。曜ちゃんは、このお店の看板娘なんだから」ウフフ

「看板娘って、大げさですよー……」アハハ


(あ、休憩時間終わりだ)


「私、交代してきますね」

スタッフ「私もそろそろ交代しなきゃだね」

「ええ、もうひと頑張りですね!」

49 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:33:14.07 8lVYbNwCO 46/207

~~~



「ふぅ……そろそろ、バイトも終わりかな」

スタッフ「お疲れー、もう上がっていいよー」

「はーい……あ、まだお客さんくるみたいなので、対応してから上がりますね」



「いらっしゃいませー! お持ち帰り……です……か……」



千歌「あの……その……」



「なん……で……?」



千歌「えっと……お持ち帰りで」

「え……?」


千歌「おっ……お持ち帰りで!」


「えっと……何を……ですか?」

千歌「それは、その……曜ちゃ――って、ちがくて!!」

「へ……私?」


千歌「――っ///」カァァァァァ



スタッフ「……へぇ」

50 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:34:45.28 8lVYbNwCO 47/207

千歌「あの……じゅ、ジュースで……お願いします」


「……」ボー


千歌「えっと……曜ちゃん?」

「はっ……う、うん……じゃなかった! 分かりました!」

「ドリンク……ですよね? こちらのメニューからお願いします……」

千歌「えっと……その……」


(どうしよう……すっごい悩んでる)

(まあ、他にお客さんもいないから、いいんだけどさ)


千歌「あの……うぅ……」

「みかんジュース……は、ないからさ」

「この……オレンジジュースとかどうかな?」

千歌「……!」パアッ


千歌「うん……それにする!」


「うっ……」

(ヤバい……かわいすぎるよ……///)


「あ……ありがとうございましたー!」


千歌「ぅ……」チラッ


ウィーン


(どうしよう……めっちゃこっちチラチラ見てる)


スタッフ「ねえ、曜ちゃん?」


「あ……すみません! 変な対応しちゃって!」

スタッフ「いやいや、そうじゃなくて」

「……へ?」


スタッフ「あの子、きっと待ってるんだよ。曜ちゃんの仕事が終わるのを」

スタッフ「早く行ってあげて? あとは私がやっておくから」


「あ……ありがとうございます!」

51 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:38:22.17 8lVYbNwCO 48/207

~~~



「落ち着け……落ち着け、私」

(前みたいに逃げられちゃったら、結局何にもわからないままだ)


(――あ、いた)

(隅っこに……ちょこんと座ってる)



「……千歌ちゃん、見つけた」


千歌「あ……よう……ちゃん」

「隣……いいかな?」

千歌「……うん」


「よっと……」スッ

千歌「あの……よーちゃん」

「ん?」

千歌「ごめんね……突然、よーちゃんのバイト先きちゃって……」

千歌「びっくりさせちゃったよね……迷惑、だったかな?」


「ううん、そんなことないよ」

「千歌ちゃんが来てくれて……すっごく嬉しい」


(……あれ?)

(私の知ってる千歌ちゃんと……なんか違うや)


千歌「あのね……チカ、よーちゃんに……どうしても言っておかなきゃならないことがあって」

「え?」


(なんだか暗くて……近くに蛍光灯もないから、千歌ちゃんの顔がはっきり見えない)


千歌「それでねっ……チカ……チカね……!」


「千歌ちゃん?」

千歌「……っ!」ビクッ


「あ……その……えっと……」

「……あのね、千歌ちゃん」


千歌「うん……」


「どうしたの? 今日の千歌ちゃん……なんか変だよ、まるで……」

「何かを怖がってるみたいな――」

52 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:39:56.90 8lVYbNwCO 49/207

千歌「……そう……かも。私、きっと怖いんだよ」

「え? 怖いって……何が?」


千歌「チカね……ホントは、よーちゃんに会う資格なんて……これっぽっちもないんだ」

千歌「チカは、よーちゃんに会っちゃいけないんだよ」


「なんで……? 勝手に決めつけないでよ……」


千歌「ううん、決めつけてなんかないよ。当然だよ」

千歌「だってチカは……曜ちゃんを裏切ったから」


「裏切った? ごめん、話が全然見えない……」


千歌「あの……ね」


千歌「――ダメだ。今日は……言えない」


「は? ここまで言っておいて、今更言えないって……意味わかんないよ!」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

「まっ、また――」


『また、ずっと謝り続けるつもりなの!?』


「……!」

(危なかった……前回の二の轍を踏むところだった)



千歌「ごめんね……ごめんね……」


「……いいよ、話さなくても」


千歌「……え?」

「私ね、千歌ちゃんが会いに来てくれたってだけで……すっごく嬉しい」

千歌「ほん……と?」


「うん、ほんと。心の底から思ってるよ」

「だって私……ずっと、千歌ちゃんに会いたかったから」

「あの時から、ずっとそればっか考えてたから」

「自分でも呆れるくらい……千歌ちゃんのことしか、考えてなかったんだよ?」


千歌「……うぅ……よーちゃん」グスッ

「もう……泣かないで?」

53 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:41:05.72 8lVYbNwCO 50/207

(抱き締めてあげたい)

(このまま、私のアパートに連れて帰って……梨子ちゃんと一緒に、千歌ちゃんをあたたかく迎えて)

(そうできたら、どんなに幸せなんだろう)


(でも……できない)

(触れたくても触れられない)

(今の千歌ちゃんは、下手な触り方をすれば……いとも簡単に壊れてしまいそうで)

(また逃げてしまうんじゃないかって……また泣かせてしまうんじゃないかって)

(本当に怖がってるのは、私の方)

(何も知らない私には……何もできないんだ)


(千歌ちゃんが、自分から話してくれるまで)



千歌「ごめんね……チカ、最低だから」

「……え?」

千歌「私は……私が嫌いです」

「千歌ちゃん……」



千歌「――今日は、もう帰るね」

「え……」



(まってよ……私はまだ、何も聞けてない)



千歌「チカもね……ほんのちょっと話せただけだけど、すっごく嬉しかったよ」

千歌「バイバイ……よーちゃん」



(私はまだ……何も言えてないっ!!)



「――千歌ちゃん!」



「好き……大好きだよ!」

「あの頃から、ずっと……大好きだから!」



(聞こえてる……よね)

(これで、いいんだ)


(千歌ちゃんが歩いて行った方向と私の帰り道は、真逆)

(今度は……いつ会えるのかな?)

54 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:43:22.51 8lVYbNwCO 51/207

タッタッタッ



(……? なんの音だろう……後ろ?)



ギューッ!



「え……なに……!?」


(後ろから……誰かが抱きついて……?)

(この腕……この感触……懐かしい匂い)



「千歌ちゃん……なの?」



千歌「……すき……だよ」

「……え?」



千歌「大好きだよ……曜ちゃん」



スッ…



「え……まっ……」

「千歌ちゃん……待って!」



(この間と同じ……千歌ちゃんの背中が、どんどん小さくなっていく)



「待って……行かないで……」



(今の私には、大好きな幼馴染みを追いかける力すら残ってないんだ)

55 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:44:30.95 8lVYbNwCO 52/207

~~~



「……ただいま」


梨子「あっ、おかえり。今日は遅かったわね。もしかして飲み会……ではなさそうね」

「ごめんね、遅くなって」

梨子「いいのよ。さあ、ご飯にしましょう」

「うん……」ニコッ


梨子「曜……ちゃん?」

梨子「……何かあったの?」


「あ……う……うぅ……」

「千歌ちゃんが……ちかちゃんがぁ……」


梨子「千歌……ちゃん?」


「う……うわああああああああああっっっ!!」ギュー


梨子「ちょ――曜ちゃん!?」

「りこちゃん……私……どうすればいいの……?」グスッ

56 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:47:50.93 8lVYbNwCO 53/207

~~~



梨子「――そう、だったの……千歌ちゃんが……」

「うっ……グスッ……」


梨子(正直、予想していたことではあった。だって……兆候はあったから)

梨子(あの日、曜ちゃんが喫茶店を飛び出した時)

梨子(もしかしたら、千歌ちゃんはまだ……曜ちゃんのことが好きなんじゃないかって)

梨子(でもそれは……私にとって、最悪の展開)


梨子(もう……勝負に出るしかないわね)


梨子(確信してしまったから)

梨子(曜ちゃんはまだ……千歌ちゃんのことが好きなんだ)

梨子(もし千歌ちゃんが目の前に現れれば、曜ちゃんはなりふり構わず千歌ちゃんの下へ行く)

梨子(例え誰が引き留めたって……きっとそれは変わらない)


梨子(ひょっとすると、もう手遅れなのかもしれない……でも)

梨子(これが私にとって、残された唯一の希望で……唯一の望みだから)



梨子「曜ちゃん。今日はゆっくり休もう? ね?」

「……うん」

57 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:50:18.55 8lVYbNwCO 54/207

~~~
翌日



ようりこ「「ごちそうさまでした」」


梨子「おいしかったね。曜ちゃん特製カレー」

「うん! お父さんが教えてくれた船乗りカレーを、アレンジしてみた!」

梨子「高校の時に作ってくれたカレーもすっごくおいしかったけど」

梨子「あの時より、もっとおいしくなってるよ!」

「そうかなー、そう言ってもらえると嬉しい」エヘヘ


梨子「じゃあ私、洗ってくるわね」

「あ、いいよ。手伝ってくれたし」

梨子「大した事してないわ」

「じゃあ、私も洗う」

梨子「……なら、隣で食器を拭いてくれる?」

「了解であります!」



シャー…カチャカチャ…



梨子「……あのね、曜ちゃん」

「ん?」


梨子「大切な話が……あるの」


「大切な話?」



梨子「――私と一緒に、ヨーロッパに来ない?」



「……へ?」

58 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:51:49.07 8lVYbNwCO 55/207

梨子「そろそろ、戻らなきゃいけなくて……でも、そうすると曜ちゃんと別れることになっちゃうじゃない?」

梨子「私……曜ちゃんとは、ずっと一緒にいたいから」


「え……でも……ええっ!?」

「私が……ヨーロッパに?」


梨子「ダメ……かな?」


「いや、ダメっていうか……考えられないっていうか……」

「だって私、英語話せないし……っていうか、英語だけじゃないよね、あそこら辺って」


梨子「その心配はしなくていいの。徐々に慣れていくものだし、それに私が付いてるから」

「でも……お金ないし」


梨子「全部私に任せてって言ったでしょ?」

「大学……あるし……」


梨子「それはそうかもしれないけど……でも、私は……」

梨子「曜ちゃんと、ずっと一緒にいたいの」


「梨子ちゃん……」



梨子「……曜ちゃんは、私のこと……嫌い?」


「――っ! そんなわけないよ!!」

「梨子ちゃんは私なんかよりずっと綺麗で、可愛くて、大人っぽくて」

「穏やかで、優しくて、一緒にいると安心できて……そして」


「そして……私を救ってくれた」


「できることならついていきたい……大学なんて、正直どうだっていいんだ」

59 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:53:11.36 8lVYbNwCO 56/207

(じゃあ……なに?)

(選択肢は、一つしかないはずでしょ?)


(行きたい……行きたいんだよ。何もかも捨てて、梨子ちゃんの元へ)

(大変だろうけど……きっと幸せな日々が待ってる。少なくとも、今よりはずっとずっと……幸せな毎日)

(何を迷っているんだろう。間違いなく、そこに幸せが待っているはずなのに……)



「わ……私……は……」ポロポロ



(頭から離れないんだ。あの笑顔が)

(太陽のように眩しくて、いつも私たちを明るく照らしてくれた……)



(千歌ちゃんの、笑顔が)



「ごめん……ごめんね、梨子ちゃん」ゴシゴシ


梨子「曜ちゃん……」



「私……ヨーロッパには、行かない」

60 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:56:52.41 8lVYbNwCO 57/207


(いくらなんでも、酷すぎる)

(私は、梨子ちゃんの気持ちを踏みにじったんだ)

(梨子ちゃんは、私を救ってくれた)

(暗闇で倒れている私に、手を差し伸べてくれた)

(そんな優しい彼女を……私は裏切ったんだ)


梨子「……そっか。曜ちゃんは強いね」


(梨子ちゃんがいなくなる)

(私……また一人ぼっち)

(孤独なんて、慣れているはずなのになぁ)

(どうしてこんなに寂しく感じているんだろう)

(誰かの優しさに……触れちゃったからかな)

(それはきっと麻薬なんだ)

(一度触れてしまえば、依存して、それ無しでは生きられなくなってしまう)

(強くなんてない。あの頃から私は、弱くなってばかりだよ)



梨子「――冗談だよ」



「……え?」

梨子「全部冗談。そろそろ帰るっていうのも、曜ちゃんがヨーロッパにって話も、全部嘘」

「嘘って……え、どういうこと?」

梨子「私ね、次のコンサートのある日程ギリギリまで、予定を引き延ばしてもらったんだ」

梨子「向こうに戻るまで、あと二週間」

「……ってことは」


梨子「もうしばらく、ここでお世話になります」ペコリ


「なーんだ……すっごい焦ったよ」

梨子「フフ、曜ちゃんったら……本気で泣いちゃうんだから」クスクス


「いや……だって、着いて行かないなんて……本当に申し訳ないと思って」


梨子「そんなことないよ。だって曜ちゃんが今ヨーロッパに行くってことは、ここでの未来を全部捨てるってことだもん」

梨子「私の方が申し訳ないよ……でも、全部冗談だから。忘れて?」


「う、うん……わかった」



梨子「――あ、そういえば明日の朝食買ってなかったわね」

「明日? それなら別に……」

梨子「私買ってくるよ。あ、曜ちゃん何か欲しいものある?」

「えっと……特にないけど」

梨子「そっか。じゃあ、行ってきます」 ニコッ

「う、うん」

61 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 22:58:40.03 8lVYbNwCO 58/207

~~~



梨子「……」



プルルル…



梨子「あ、もしもし……ええ、予定通りでお願いします」

梨子「いえ、調整はこちらで……はい」

梨子「すみません、私の都合で……よろしくお願いします」



梨子「……ふう」


梨子「……曜ちゃん」


梨子「よ……う……ちゃん……」ガクッ



梨子「う……うぅ……」 ポロポロ


梨子「……ぅ……あぁ……」

62 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:01:42.14 8lVYbNwCO 59/207

~~~



善子《ねえ、ずら丸。聞きたいことがあるんだけど》

善子《アンタと仲良かった、一個上の文芸部部長って……今どこにいるの?》

善子《えっと、ほら。私、途中から部室行かなくなったじゃない》

善子《それで、先輩の進学先とか全然知らなくて》

善子《もし知ってたら、教えて欲しいんだけど》


花丸《部長は辞めたずら》


善子《は? どゆこと?》


花丸《私たちが三年生になる前に学校を辞めたずら》


善子《え? ゴメン、意味わかんないんだけど》


花丸《千歌ちゃんが、卒業する直前に行方不明になったでしょ?》

善子《ああ、そういえば……って、まってよ。どうしてそこで千歌が出てくるの?》


花丸《全く同じタイミングで、部長も学校を辞めたんだよ》

善子《それって、もしかして……》


花丸《学校では、愛の逃避行だとか噂になったずら》

善子《つまり、駆け落ちってこと?》

花丸《あんまりこういう話したくないんだけどね》


花丸《ところで、どうしてそんなこと聞くの?》

63 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:02:54.11 8lVYbNwCO 60/207


ルビィ「――花丸ちゃん。次の講義、一緒に座ろ?」


花丸「……あ、うん。了解ずら」モグモグ

ルビィ「もう、またパン食べてるし……太っちゃうよ?」

花丸「心配無用ずら。高校卒業してから、ランニングだけは続いてるから」


ルビィ「へー、偉いね。ところで、今きたラインって……善子ちゃん?」

花丸「うん、そうだよ」

ルビィ「……私には全然連絡くれないのに」

花丸「まるも、すっごく久しぶりずら」

ルビィ「そうなの?」

花丸「どうしたんだろう、善子ちゃん。何故かは分からないけど、部長のこと聞いてきたの」

ルビィ「部長って……あの?」

花丸「うん。まるたちが所属してた文芸部の、元部長」

ルビィ「ふーん……なんでだろう」


花丸「さあ……あ、そろそろ時間だよ、ルビィちゃん」

ルビィ「あっ、ホントだ! 走ろ、花丸ちゃん!」

花丸「うん……」チラッ



善子《あのね。その部長が、私のバイト先の常連客として来てるのよ》

64 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:03:52.64 8lVYbNwCO 61/207

~~~



善子「ふぅ……面倒ね」


善子(今日もバイト……いい加減うんざりしてきたわ)

善子(別に、割りに合わないってわけじゃない)

善子(時給は高いし、仕事内容も案外普通だし、頼りになる先輩もいるし)

善子(でも……煙草クサいし、うるさいし、あからさまにヤバい客も来るし……ああいう場所、苦手なのよね)

善子(そろそろ辞め時ってことかしら……先輩には悪いけど)


善子「――あれ?」


「……」スタスタ


善子(あの服装……あいつ、よね)



先輩『関わらない方が正解よ』

先輩『金の事情がもつれると……どんなにいい人柄の人間だって、信用できなくなるんだから』



善子(……やっぱり、放っておこう)

善子(そもそも、私には関係ないんだから)

65 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:04:43.49 8lVYbNwCO 62/207

「……」フラフラ


バタンッ


善子「え――ちょ、え……?」

善子「だっ……大丈夫ですか!?」


「う……ううん……」


善子「うっ……酒臭い……」


「君……誰?」


善子「いや、あの……通りかかっただけですけど」

善子「救急車、呼んだ方が……」


「っ……!」

「要らない」スッ


善子「要らないって……ちょ、アンタまだ立たない方が……!」


「……」フラフラ


善子「待って……待ちなさいよ!」ガシッ


善子「……だったら、せめてそこに座ってて。水買って来てあげるから」

66 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:05:56.49 8lVYbNwCO 63/207

~~~



善子「……はい」


「……」スッ

「……」ゴクゴク


善子「……アンタ、いつもウチの店来て打ってるでしょ」

「……」

善子「見たところ、大分若い……ってか、私の一個上だよね?」

「……は?」

善子「大学二年生くらい……なんでしょ? アンタ」


「……誰」


善子「え?」


「誰なんだ、君。僕のこと何か知ってる?」


善子「……」

善子「別に、何も知らないけど」

67 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:10:27.17 8lVYbNwCO 64/207

善子(こいつが、あの部長だって確証があるわけじゃない)

善子(なにより……そんなこと知って、なんになるっていうの?)



「……なら、放っておいてくれ」


善子「フン、元からそのつもりよ」

善子「ウチの売り上げに貢献してくれてどうもありがとうございます」


「……すぐに勝ってやるさ」


善子「はあ? アンタ、それ本気で言ってんの?」


「……」


善子「ギャンブルで生計立てようなんて、考えが甘すぎるのよ」

善子「世の中そんなに簡単じゃない……辛いことなしに金が手に入るわけないでしょ」


「……なんなんだ、君は」

「何も知らないくせに……勝手な事を言わないでくれ!」


善子「――っ!」


善子「……ああ、そう。なら、ずっとそうしてなさいよ」

善子「アンタがどこで野垂れ死のうが、私には全然関係ないんだから」

68 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:11:29.45 8lVYbNwCO 65/207

~~~



善子「……」

先輩「ちょっと、アンタ」


善子「……はい」

先輩「何頬杖ついてんのよ。態度悪すぎ」

善子「はーい……」


先輩「何見てんの……ああ、あいつ?」

善子「また来てる……って」


先輩「放っておきなさいって言ったでしょ? アンタが関わっても、ロクなことないんだから」

善子「そりゃ、わかってますけど」

先輩「ならいいのよ。アンタ、ものわかりだけはいいんだし」


先輩「はーあ。ウチの妹たちも、アンタみたいにおりこうさんだったらよかったのに」

善子「先輩……妹さんいたんですか?」

先輩「ええ。妹二人に、弟が一人。全員もれなく生意気でウンザリよ」

善子「へー……意外」

先輩「なによ、文句ある?」

善子「いえ……でも、言われてみると確かに、お姉さんって感じですよね」

先輩「……」


先輩「ちょっとトイレ行ってくるわ」

善子「わかりました」

69 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:13:17.97 8lVYbNwCO 66/207

「……あの」


善子「あ、はーい……げっ」

「両替頼みたいんですけど。両替機、故障してるんで」

善子「……一万円ですね」


ガシャ…


善子「……ちょっと」

「なに?」

善子「もうやめなさいよ。大分お金使ったんでしょ」

「……うるさいな。さっき言っただろう、君には関係ない」

善子「なによ! 人が良心で言ってあげてるのに!」


「余計なお世話だ! 何に金を使おうが僕の勝手だろ!?」

「なんなんだよ君は! クソ! なんで知らない奴にまで、彼女みたいなことばかり……!」


善子「え……彼女?」

「はっ……」

善子「アンタ、彼女いるの?」

「それは……」

善子「いるんでしょ? だったら、なおさらこんなこと辞めなさいよ!」



善子「ギャンブルにお金つぎ込むより、そっちの方がずっと――「申し訳ありません」


善子「え……先輩?」


先輩「ウチの者が、大変失礼なことを致しました。お詫び申し上げます」

「……いえ」


先輩「アンタも。頭下げなさい」コソ…

善子「……申し訳……ありませんでした」


「……」

「チッ……」スタスタ

70 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/13 23:15:31.69 8lVYbNwCO 67/207

~~~
スタッフルーム



先輩「……私、言ったわよね」

善子「……」

先輩「関わるなって、言ったはずでしょ?」

善子「……はい」


先輩「……まあいいわ」

善子「え?」

先輩「今回は許すって言ってんの」

善子「ちょ……え? 普通、こういうことあったらクビですよね?」

先輩「何? 辞めたいの?」

善子「いや……その……そういうわけじゃ……」

先輩「ならいいのよ。でも、次同じようなことがあったら……流石に、注意だけじゃ済まないからね」スタスタ


善子「注意って……どこがよ……」



善子「はぁ……」


善子(私、なにやってんだろ)



ブー…ブー…



善子「……ずら丸?」



花丸《まる、まだ部長から借りた本返してないの》

花丸《実はルビィちゃんも、部長から本を借りてて》

花丸《ずっと、返さなきゃって思ってたんだけど……連絡も取れなかったから》

花丸《でも、もしも善子ちゃんが本当に会えたのなら、友達になってほしいな》

花丸《善子ちゃん経由で本を返せたらって思うから……ね?》


ルビィ《善子ちゃん、がんばルビィ!》



善子「ルビィからも来てるし……えぇ……」


善子「はあ……これも堕天使の宿命だっていうの?」

善子「……全く、ホント不幸だわ」

126 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 12:47:21.12 RNa9oOQ5O 68/207

~~~
喫茶店



ダイヤ「……それで、なんですの。話とは」

梨子「お聞きしたいことがあるんです」

ダイヤ「それならば、以前話したはずでしょう」

ダイヤ「私は千歌さんの相談に乗っているだけで、それ以外には何も知らないと……」



梨子「――千歌ちゃんは今、どこにいるんですか?」



ダイヤ「……はい?」

梨子「千歌ちゃんに会わせてください」ペコッ

ダイヤ「会わせて……と言われましても」


梨子「ルビィちゃんから聞いてますよね、千歌ちゃんが行方不明になったと」

梨子「千歌ちゃんは、スマートフォンすら持っていかなかったんです」

梨子「私たちは連絡も取れず、あれから2年近く会っていない」



梨子「……知っていたはずですよね」

ダイヤ「何をですの?」

梨子「私たちが、千歌ちゃんと連絡が取れなかったことをです」


梨子「どうしてこの一年間、千歌ちゃんのことを私たちに隠していたんですか」


ダイヤ「……口止めされていたからですわ。千歌さんに」


梨子「そんな……どうして?」


ダイヤ「今となっては、隠す意味もないことですから言いますが」

ダイヤ「千歌さんにとって私は……唯一の相談相手だったのですわ」


梨子「――なんで?」

ダイヤ「……」


梨子「なんで、曜ちゃんじゃないの……?」

梨子「なんで、私じゃダメだったの……?」


ダイヤ「分かってあげてください……千歌さんは、貴方達に嫌われたくはなかったのです」

ダイヤ「お金の問題というのは、本当にデリケートですわ」

ダイヤ「一度こじれれば、どんなに信頼し合っていた親友同士でも、容易に破綻してしまう」

114 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:14:50.22 VPakXgRYO 69/207

梨子「……ならどうして、ダイヤさんなんですか」


ダイヤ「私であれば、仮に嫌われたとしても……最悪《仕方ない》で済ませられるでしょう?」


梨子「……え?」


ダイヤ「千歌さんから聞いたことではありません」

ダイヤ「でも……千歌さんにとって、曜さんや梨子さんは、特別な人」

ダイヤ「絶対に、自分の嫌な部分を見せたくは無かったのだと……思います」


ダイヤ「私は、たとえ嫌いな相手だろうが避けたりなどしませんし」

ダイヤ「持ち掛けられた相談は、真剣に解決策を模索いたします」

ダイヤ「そういう付き合いを、昔からさせられてきましたから」


ダイヤ「まあだからといって、この一年で千歌さんを嫌いになったつもりは毛頭ありませんが」


梨子「……」


ダイヤ「それで、千歌さんと会わせてくれ……と」

ダイヤ「なぜ、私が千歌さんの居場所を知っていると思うんですの?」



梨子「前回、お金の相談をされたと言ってましたよね?」

ダイヤ「……」

梨子「できる限り安い物件を紹介したとも」

梨子「なら、千歌ちゃんが今住んでいる場所もわかるはずです」


ダイヤ「……知ってどうするおつもりですか?」

梨子「千歌ちゃんに会うんです」

ダイヤ「会ってどうするおつもりですか?」

梨子「それは……話をするに決まってるじゃないですか」

115 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:15:56.67 VPakXgRYO 70/207


ダイヤ「……はぁ。梨子さん……前回お話したはずです」

ダイヤ「会わない方が、幸せかもしれない……と」


梨子「……もう、遅いんですよ」

ダイヤ「……え?」



梨子「もう……何もかも手遅れなんですっ!!」ガタッ



ダイヤ「梨子……さん」

梨子「ハァ……ハァ……」


梨子「……取り乱しました、ごめんなさい」スッ


ダイヤ「手遅れ……とは、どういう意味ですの?」


梨子「もう、会ってるんです」

梨子「千歌ちゃんと曜ちゃんは、もう会ってるんですよ」


ダイヤ「曜さんが……」


梨子「何度会ったのかまではわかりませんが……」

梨子「曜ちゃんの目には……千歌ちゃんしか映っていない」


ダイヤ「……」


梨子「お願いです、ダイヤさん」


梨子「千歌ちゃんに……会わせてください」

116 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:20:01.39 VPakXgRYO 71/207

~~~


梨子(ここが……千歌ちゃんの職場?)


ダイヤ『今の時間なら、千歌さんは働いているはずです』

ダイヤ『一応、アパートの住所も教えておきますが……』

ダイヤ『極力、そちらには行かないことをお勧めしますわ』


梨子(ここ……編集部だよね)

梨子(女性向け雑誌○○……新刊発売)


梨子(千歌ちゃんがここで働いてるって……嘘でしょ?)



梨子「……あの、すいません」

事務「はい」

梨子「えっと……こちらで、千歌ちゃ……高海さんが働いているとお聞きして」

事務「どんな御用でしょうか」

梨子「あの……その……私、彼女の友人で……」

事務「……申し訳ございません。社員、または事前連絡の無い方は――」


上司「――あら、かわいい子じゃない」


事務「お疲れ様です」ペコッ


上司「いいのよ、そんなにかしこまらなくて。大して年も変わらないんだし」

上司「それで……こちらの美人さんは?」

梨子「びっ、美人……///」


事務「いえ……その、高海さんにお会いしたいと」

上司「高海さん……ああ、あのとっても元気な子ね」

事務「元気というか……うるさいだけというか……」

上司「いいのよ、ムードメーカーも必要だわ」

上司「それで、お友達さん……だったわね」


上司「……あなた、もしかして」ジー


梨子「……え?」


事務「あの……お知り合いですか?」

上司「……ううん」


上司「――いいわよ。私が案内するわ」


事務「えっ? よろしいんですか!?」

上司「構わないわ。アポ取ってないとはいえ、友達に会いに来たと言っているんだし」

上司「悪い事するような子にもみえないしね」

事務「……分かりました。お好きにどうぞ」

117 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:24:29.27 VPakXgRYO 72/207

――――――

――――

――



上司「……悪いわね、手間取らせちゃって」

梨子「いえ、寧ろ……ありがとうございます」

梨子「突然来てしまって、本当なら入れるはずなかったんですから」


上司「……ところで、お名前を聞いてもいいかしら?」

梨子「あ、はい。桜内梨子です」


上司「――フフッ」


梨子「え……何か変……ですか?」

上司「いえ、ごめんなさい」クスクス



上司「引かれあうもの……なんだなって」



ガチャッ



上司「ここよ、彼女のデスクがある部屋」

梨子「あ、はい……」


社員「あっ、えりち! もう~、どこ行ってたん?」

上司「ごめんなさい。ちょっと、この子を案内してたのよ」

社員「この子……? あ、べっぴんさんやん」


梨子(も、もう……二人して!///)

118 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:26:42.81 VPakXgRYO 73/207


上司「――桜内さん、あそこよ」


梨子「え……あ」



千歌「……スー……スー……」


梨子「あれ……寝てる?」


上司「あらら……そうみたいね」

社員「寝る子は育つっていうからな。女の子はたっぷり寝なきゃいけないんよ」

上司「睡眠時間は家で取って欲しいものね……調度いいわ、桜内さん」

上司「ついでに、起こしてあげてちょうだい?」ニコッ


梨子「は、はい……わかりました」



梨子「あの……おーい、千歌ちゃーん」


千歌「……うーん……なぁにぃ……?」

梨子「起きて―、千歌ちゃーん……」アセアセ

千歌「ううん……もう、よーちゃーん……これ以上食べられないってー……」エヘヘ

梨子「一体どんな夢見てるのよ……」


千歌「う……ん……りこ……ちゃん」


梨子「――!」


千歌「……うへぇ……変な顔……」フフッ


梨子「……」カチーン



社員「……うわー、あれは怒るな」

上司「え?」



梨子「――千歌ちゃんっ!!」

119 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:28:59.09 VPakXgRYO 74/207

~~~
1Fホール



千歌「もう……耳引っ張ることないじゃん」

梨子「千歌ちゃんが悪いんです」ツーン

千歌「ひどいよ梨子ちゃん……折角の再会なのに」

梨子「その再会シーンで、親友の顔を笑うなんて最低よね?」

千歌「だから、悪気はなかったんだってー! ただの夢じゃん!」

梨子「そもそも職場で寝る方がどうかしてるのよ!」


事務「……ゴホン」


千歌「あ……すいませーん……」

梨子「場所……変えよっか」

千歌「うん、そうだね」



――――――

――――

――



梨子「……どうする? どこか喫茶店にでも入る?」

千歌「おぉ……梨子ちゃんの口から喫茶店って言葉が出てくるなんて」

梨子「もう、バカにしてるの?」クスッ

千歌「だって梨子ちゃん東京に住んでたのに、東京のことあんまり知らなかったじゃん」

梨子「それは、ピアノばっかやってたからだって言ったでしょ!?」プンプン

梨子「……でも、ここ数週間で東京のこと……いっぱい知れたよ?」

千歌「東京に帰って来てたんだ?」

梨子「うん……曜ちゃんと、一緒に歩いた」

千歌「……そっか、曜ちゃんと」

120 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:31:21.83 VPakXgRYO 75/207


千歌「……このまま、歩こっか」

梨子「え、うん……別にいいけど、寒くない?」

千歌「またすぐに仕事に戻らなきゃだし……長々とは話せないからね」

梨子「そんな……千歌ちゃんともっと話したいのに」シュン…



千歌「――私は、話したくないな……」



梨子「え……千歌……ちゃん?」


千歌「あ……違うんだよ、別に梨子ちゃんが嫌ってわけじゃないんだ」

千歌「ただ、梨子ちゃんと話してると……昔のこと、色々と思い出して」

千歌「それで……悲しくなっちゃうから」


梨子「千歌ちゃん……」


千歌「……梨子ちゃんは、最近どう?」

梨子「え?」

千歌「ピアノの方は順調?」

梨子「……うん。まあ、それなりに」

千歌「そっかー、それならよかったよ」


梨子「……」

千歌「……」


梨子「……あのね、千歌ちゃん」

千歌「ん?」


梨子「曜ちゃんと……会ったでしょ?」

千歌「……」


梨子「あの……それでね?」


千歌「……なさい」


梨子「……え?」


千歌「ごめんなさい……ごめんなさい……」


梨子(なに? どうしたの……?)


千歌「私……曜ちゃんや梨子ちゃんに会う資格なんてないのに……!」

梨子「千歌ちゃん……? 一体……」

121 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/14 22:33:09.59 VPakXgRYO 76/207

『千歌ちゃんが……ちかちゃんがぁ……』

『りこちゃん……私……どうすればいいの……?』


梨子「――っ」


千歌「うぅ……ごめんなさい……」ポロポロ



梨子(今の千歌ちゃんは……まるで、小さい子が悪い事して、怒られて)

梨子(それで、泣きじゃくってるみたいな感じ……)


梨子(だったら……)



梨子「……大丈夫よ」ギュー


千歌「ふぇ……りこちゃん……?」


梨子「あなたは何も悪くないわ」

千歌「う……ぅ……」グスッ


千歌「……嫌いにならない?」

梨子「うん、当たり前よ。千歌ちゃんのこと嫌いになるなんて、あり得ないわ」ナデナデ

千歌「うぅ……りこちゃん……」


千歌「りこちゃん……!」ギューッ



――――――

――――

――



千歌「……私ね」

梨子「ん?」


千歌「私……ずっと逃げてた」


梨子「逃げて……?」

千歌「うん……誰かに嫌われることから、ずっと逃げてたんだ」

千歌「でも……りこちゃんのおかげで、変われる気がする」

千歌「ありがとね、梨子ちゃん。今日来てくれて」ニコッ


梨子(ああ……久しぶりに見た)

梨子(あの頃の、笑顔)


千歌「――ばいばい、梨子ちゃん」

梨子「あ……」


千歌「また、会えるといいね」

梨子「ええ……きっと会えるわ」



梨子「……いっちゃった」

128 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:17:52.24 Q/I672qDO 77/207

――――――

――――

――



梨子「……はぁ」

梨子(結局……何も聞けなかったわね)


梨子(ああ、なんかモヤモヤする)


ガヤガヤ…


梨子(ここ……ゲームセンターか)

梨子(そういえば、まだ入ったことなかったな)

梨子(こういうところって、ストレス発散になるっていうし……)


梨子「ちょっとだけ、入ってみようかな」



~~~
SE〇A



梨子(想像以上にうるさいわね……ここ)

梨子(大体やり方知ってるの、クレーンゲームくらいしかないし)

梨子(他のゲームは、どうやるのかも全然わかんないよ)


梨子(うぅ……やっぱり出ようかな)



オー…ガヤガヤ…



梨子(あれ……あそこ、人が集まってる)

梨子(誰かがプレイしてて……他の人はそれを見てるのね)

129 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:20:18.34 Q/I672qDO 78/207


客A「おお、流石堕天使ヨハネ様!」

客B「マジパネェっす! 一生ついていきます!」


善子「フッフッフ……トーゼンよ! 私を誰だと思っているの?」

善子「私こそ! 天が地上に遣わした……」



梨子「……善子ちゃん?」



善子「なっ……誰よ! 今、そっちの名前で呼んだの!」


客A「そっちの名前……?」

客B「なんのことっすか?」


梨子「あのー……善子ちゃん、なにやってるのかな?」


善子「え……! リリー、どうしてここにっ……!?」

梨子「フッ……あなたの魔力を察知して、この場所へ辿り着いたってわけよ!」

善子「なんですって……仕方ないわね」

善子「ウェルカム・トゥ・ヘル・ゾーン……こうして相見えたからには、生かしてはおけないわ!」

梨子「上等っ……かかってきなさい! 返り討ちに……」



ザワザワ…



客A「その方は……ヨハネ様のお知り合いで?」

客B「ぐふふ、やべえメッチャタイプ」



梨子「あっ……///」カァァァァァ


梨子「ちょっと、善子ちゃん……!」コソコソ

善子「な……なによ」

梨子「ここ、出るわよ!」

善子「ハァ? あ、ちょ……待ちなさいよ!」

130 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:21:46.11 Q/I672qDO 79/207

――――――

――――

――


梨子「ハァ……ハァ……ここまでくれば……ひとまず……」

善子「ゼェ……ゼェ……」

梨子「……善子ちゃん? 最近運動してる?」

善子「うっ……うるさいわね! 余計なお世話よ!」

梨子「さっきは少し暗かったから気付かなかったけど……少しふとっ――」

善子「だああああああああきーこーえーなーいーっ!!」


善子「……それで、どうしてここにいるのよ、あなた」

梨子「ああ、たまたま通りかかってね」

善子「たまたまって、海外に行ってたんじゃ……」

梨子「先々週くらいだったかな、帰国してたんだ」


善子「ちょ……なんでもっと早く言わないのよ!」

梨子「えっ……ええ!?」

善子「折角日本に帰ってきたんだから、顔くらい見せなさいよね!」


梨子「あ……うん、そうだよね」

梨子「ゴメン、善子ちゃん。次からはちゃんと連絡するから」ニコッ


善子「フン……」プイッ


梨子「……あれ? ヨハネじゃないの?」

善子「え? ――あっ、ヨハネよっ!」

梨子「忘れてたのね……一体どんな心境の変化かと」

善子「わわわ私はっ、堕天使ヨハネなんだからね!!」

梨子「はいはい、わかってますよー」

善子「流さないでよっ!」


グゥー…


梨子「あ……」

善子「なによ……燃費悪いのは相変わらずなの?」

梨子「うぅ……///」

善子「丁度いいわ。どっかファミレスにでも入りましょう」

131 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:23:22.20 Q/I672qDO 80/207

~~~
サイ〇リア



善子「……リリー」ズズッ

梨子「ん? なに、善子ちゃん」モグモグ

善子「ヨハネヨ……あなた、今どこに住んでるの?」

梨子「曜ちゃんの家に泊めてもらってる」

善子「そう……なら安心ね」

梨子「もう二週間以上泊めてもらってて……流石に悪いなーって思ってるんだけど」

善子「二週間って……曜さんのとこ、普通のアパートでしょ?」

梨子「うん、1Kの一人暮らし用」

善子「それって迷惑じゃない? よかったら……」

梨子「私も心配したんだけど……いいからずっといてくれって、曜ちゃんが」

善子「……ふーん」


梨子「――あ、すいません。カルボナーラひとつ」


善子「まだ食べるの?」モグモグ

梨子「私が全部払うよ」

善子「いや、流石に自分の分くらい払えるし」

梨子「遠慮しないの。ここは先輩におごらせなさい」

善子「先輩って……いつの話よ」



――――――

――――

――




梨子「ふぅ、おなかいっぱい」

善子「……中身は全然変わってないみたいで、安心したわ」

梨子「え?」

善子「……ううん、こっちの話」

梨子「私、そんなに変わってないかな?」


善子「おっちょこちょいなところとか、すぐお腹すかせるところとか」

善子「――あと、私に合わせてくれるところとか」


梨子「……本当にお腹すいてただけよ」

132 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:24:56.93 Q/I672qDO 81/207


善子「フン。まあ、太らないようにせいぜい気をつけなさい」

梨子「……善子ちゃんは、少しダイエットしなきゃね」

善子「なっ……くぅ、リリーのがたくさん食べてるはずなのに……!」


梨子「私はいいんです、週に3回ジムに通ってるので」

善子「はっ、はあ!? ジム!?」

善子「……屈強な悪魔たちの集会に、この女は足を運んでいるというの……!!」

梨子「いやいや、そんな危ないところじゃないから」

梨子「よかったら、善子ちゃんも行ってみる? 日本にいる間なら、少しは案内できるわよ」

善子「ま、また今度ね!」アセアセ

梨子「ったく……相変わらずインドアなんだから」


善子「――じゃあ、この辺で」

梨子「うん、そうね」

善子「……あの」


善子「何かあったら、その……」

善子「上級リトルデーモンの貴方ならば、特別にこのヨハネの結界内部へ招待してもいいわよ?」


梨子「――」


梨子「……フフッ、ありがとう。ヨハネちゃん」

善子「う……もう! 知らないっ!///」パタパタ


梨子「あ……」


善子「……っ」クルッ

善子「連絡! しなさいよね!」


梨子「……うん!」

善子「絶対だからね! しなかったら呪うから!」

梨子「呪うって、なんか怖いよ!」


善子「……約束よ」

梨子「うん、約束」

133 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:27:03.73 Q/I672qDO 82/207

――――――

――――

――



善子「……」テクテク

善子「約束……か」



バタッ



善子「え……なに?」


「うぅ……」


善子「あいつ、また……」



善子「――ちょっと、また飲んでるわけ?」

「う……ん……」

善子「アンタ、鞄の中身バラまいてるわよ?」

「……放っといてくれ」

善子「放っておいてほしかったら、こんな道路のド真ん中に倒れてんじゃないわよ」

「……」


善子「……ったく」ヒョイッ

善子「……ん?」


善子(これ……メモ帳よね)

善子(色々書き込まれてる……仕事のことかしら)


善子「……」チラッ


「……」シーン


善子(こいつ、どんな仕事してるんだろう)

善子(……ちょっと覗いちゃっても、バレないわよね?)



パラ…パラ…



善子「……え?」

善子「なに……なんなのよ、これ」


「……」


善子「何してるのよ、一体……」

134 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:28:37.17 Q/I672qDO 83/207


「……うーん」


善子「あっ……」サッ


「……君、この間の」


善子「……ええ」

善子(やば……咄嗟にポケットに隠しちゃった)


「ああ……鞄の中身、拾ってくれたのか」

善子「あ、うん。一応ね……」


善子(気付かれては……ないわね)


「……いった」ズキズキ

善子「昨日も飲んだんでしょ。ちょっとそこに座ってなさいよ」

善子「水……買ってくるから」



――――――

――――

――



「君さ……どうして僕に構うんだ?」

善子「なんでかしらね……特に理由はないわ」


善子「ただ……アンタ、昔の誰かさんに似てるのよ」

「……彼氏さんかい?」

善子「まさか。彼氏なんて、生まれてこのかた……ゴホン」

善子「部活動の……先輩。アンタ、その人に雰囲気がよく似てるわ」

「へえ、随分と頼りない先輩だね」

善子「そうね。全部自分で抱え込んで、抱えきれずに潰れてしまう」

善子「そのくせ、変に気配りできるんだから……危なっかしくて、放っておけないったらないわ」

善子「……それでも、私を救ってくれた恩人だから」

「救った?」

善子「捨てるはずだった大切なものを……捨てなくてもいいって、好きなままでもいいんだって」

善子「燻っていた私の背中を、押してくれた人だから」

善子「だから……感謝してる」


善子「――なんて、本人の前では絶対言ってあげないけどね」


「……感謝の気持ちは、ちゃんと伝えるべきだよ」

善子「は?」


「いつまでも伝えずにいると、後悔ばかりが募って……やがて破綻する」


善子「……アンタ、何かあったの?」

「……別に」

135 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/15 23:31:08.36 Q/I672qDO 84/207


善子「学校、辞めたんでしょ? そのあと……」


「……やっぱり君、津島さんだったか。どうにも似すぎているなと思ったんだ」

善子「悪かったわね……途中から顔出さなくなっちゃって」

「別に、気にしてないよ。文芸部だから、幽霊部員なんて結構いるし」


善子「……アンタ、彼女がいるのよね?」

「……」

善子「その彼女って、もしかして……」


善子「……やっぱいい。ゴメン、詮索しすぎ――」


「――いないよ」


善子「……え?」

「彼女なんていないし……できたこともない」


善子「……あっそ」

善子「まあいいわ。アンタのことなんて興味ないし」


「君には感謝してるよ」

善子「……?」

「前回と、今回も……倒れてる僕に構ってくれて」


善子「――っ」ズキッ


「さてと……今日はやめておこうかな」

善子「なにを?」

「パチンコだよ。今日は帰ることにした」


善子「あの……最後に聞いてもいい?」

「ああ」


善子「アンタ……一人暮らし、なのよね?」


「……みたいなものだよ」

147 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:05:05.43 lHb1Hq6uO 85/207

~~~
翌日 ファミレス



善子「……悪いわね。昨日の今日で呼び出しちゃって」

梨子「ううん、別にいいの。曜ちゃん今日もバイトらしくて、私一人だったから」


善子「曜さんとは……付き合ってるの?」


梨子「えっ……ふえぇっ!!///」


善子「だって、同棲してるんでしょ? そういう関係なのかなって」


梨子「な、ないない!! だって私……フラれた、みたいなもんだし」


善子「フラれた?」

梨子「あっ……」


善子「なによ、告白でもしたわけ?」

梨子「うぅ……その……」


梨子「一緒に……ヨーロッパに行かないかって」


善子「言ったの?」

梨子「はぃ……言いました」


善子「それで、返事は?」

梨子「……行かないって。泣きながら断られちゃった」


善子「ふーん……」

梨子「仕方ないというか、当たり前というか」

梨子「そもそも今の曜ちゃんがヨーロッパになんて、無理な話だって分かってたし」


梨子「っていうか、そんなつもりで誘ったわけじゃありません!」

善子「なにそれ? 遠距離がイヤだから着いてきて……なんて、まるで恋人じゃない」

梨子「だーかーらー! 違います!」

梨子「単に、その……曜ちゃんと一緒に住んでるあの空間を、失いたくなかっただけ」


梨子「本当に他意はないから! わかった!?」


善子「はーい……わかりましたよーっと」



梨子「もう……それで、今日はどうしたの?」


善子「ああ、やっと本題ね」

梨子「え?」

善子「だって、貴方が急に惚気話始めるから」

梨子「のろっ……そんなんじゃないよぅ!///」


善子「はいはい……」ゴソゴソ

148 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:06:33.42 lHb1Hq6uO 86/207


梨子「……善子ちゃん?」

善子「ヨハネヨ……これ、どう思う?」

梨子「何これ、手帳がどうかしたの?」

善子「とりあえず、中を見て」

梨子「う、うん……」


梨子「えーっと……特に変わったところはないみたいだけど」

梨子「これ、善子ちゃんの手帳?」

善子「だからヨハ……はあ」

善子「私のものじゃないわ。見て欲しいのは、後ろのメモ欄よ」


梨子「メモ欄……」パラパラ


梨子「――え?」


善子「……」


梨子「なに……これ」

善子「……見れば分かるでしょ」


梨子「誰なの……?」

梨子「これ、誰が書いたのっ!?」ガタッ


善子「ちょ……! 落ち着きなさいよっ!」


梨子「ハァ……ハァ……そうね」

梨子「最近の私、動揺してばっか」スッ


梨子「その……どうしたの、これ」

梨子「見た感じ……っていうか、一目瞭然だけど」

梨子「犯行の計画……よね?」


善子「そうね。しかも、曜さんをターゲットにした」


梨子「曜ちゃんのバイト先から始まって、人通りの少ない道をわざと選んで」

梨子「途中コンビニに寄って……そのコンビニの監視カメラのことまで調べてある」

梨子「お金を受け取って、マックに寄って……携帯の着信BGMを鳴らして、その場を去る……一つ一つ、事細かに」


梨子「それだけじゃない……曜ちゃんの個人情報まで……!」

149 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:08:49.67 lHb1Hq6uO 87/207


善子「これ、ある人の持ち物なの」

梨子「……誰なの、その人」



善子「一個上の、文芸部部長」



梨子「文芸部……?」

善子「知らない? 卒業間際に学校を辞めたって聞いたけど」

梨子「それって――」


善子「確か……佐原、とかいったかしら」


梨子「さ……はら……?」


善子「何? 知ってるの?」

梨子「知ってるもなにも……」


梨子「――その人、私の同級生よ」

150 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:10:23.55 lHb1Hq6uO 88/207

――――――

――――

――



~~~
二週間前 喫茶店



梨子「急に呼び出してごめんなさい、ダイヤさん」

梨子「身近にいて、頼れる知り合いって考えて……咄嗟にダイヤさんが思い浮かんだんです」


ダイヤ「いえ、いいのです。お久しぶりですわね、梨子さん」

梨子「はい、二年ぶりですね」

ダイヤ「これでも心配していましたのよ? 向こうで何か、困り事はありませんの?」

梨子「大丈夫です。今のところ、なんとか」

ダイヤ「そうですか……」


梨子「その……曜ちゃんの件ですが」


ダイヤ「その後、曜さんのご様子は?」

梨子「……正直、見ていられません。時折ボーっとしていたり、寝ている時にうなされたり」

ダイヤ「なら、一刻も早く解決したいものですわね」

梨子「本当にごめんなさい……ダイヤさんは無関係なのに」


ダイヤ「構いませんわ」

ダイヤ「曜さんが詐欺に遭ったとなれば、見過ごすわけにはいきませんものね」


梨子「とはいったものの、一体私たちに何ができるのか……」


ダイヤ「疑問を一つ一つ処理していきましょう」

ダイヤ「まずは……なぜ曜さんが狙われたのか」


梨子「それは、ラインで伝えた通り、きっと無差別の……」

ダイヤ「それでは納得できませんわね」

梨子「え?」

ダイヤ「梨子さんの話では、曜さんはAqoursの復活を餌にされたと」

ダイヤ「ならば……少なくとも犯人は、Aqoursを知っている人物」

151 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:27:11.54 lHb1Hq6uO 89/207


梨子「それは、あまりにも当然すぎるというか……多すぎて絞り切れませんよ」

梨子「だってAqoursは、ラブライブの舞台で優勝して……地上波でも放送されたくらいなんですから」


ダイヤ「――本当にそうでしょうか?」


ダイヤ「まず、状況を整理しましょう」



犯行は、辺りが暗く人通りの少ない時間帯に行われた

曜さんはバイトの帰り道で、とある男に話しかけられた

曜さんが言うには、日本人で間違いないとのこと

出会いがしらに犯人が放った言葉は――


『あの……渡辺曜さんですよね? Aqoursのメンバーの!』



梨子「曜ちゃんは、時間も時間だし……相当警戒したみたいです」

梨子「でも、相手がAqoursのことをあまりにも真剣に熱く話すものだから……」


ダイヤ「かつて、μ'sに憧れていた千歌さんの姿を重ねてしまった」



すっかり警戒心を解いてしまった曜さんは、男が芸能プロダクションのマネージャーであることを告げられる



梨子「あの……やっぱり、犯人を絞るのには無理があるんじゃ?」

ダイヤ「そんなことはありませんわよ」


ダイヤ「梨子さん。Aqoursがラブライブで優勝して、一躍有名になったのは……いつの話ですの?」

梨子「え? そんなの、ダイヤさんも知って……」

ダイヤ「……」ジー

梨子「うぅ……3年前、ですけど」

ダイヤ「そう。あれからもう3年も経っているのですわ」


ダイヤ「ですから、犯人がただのファンである可能性は低いのです」

梨子「え……どういうことですか?」


ダイヤ「一般的なアイドルの場合、グループを解散、または離脱したとしても、他の場で活躍することが多い」

ダイヤ「したがって……解散に伴い多数のファンが離れてしまうことはあれ、0になることはまずない」


ダイヤ「ですがAqoursの場合、あれから誰一人として表舞台に立ってはいません」

ダイヤ「唯一梨子さんはピアノのコンサートに出演されていますが、それは海外での話」

ダイヤ「あのμ'sがそうだったように……そろそろ、ほとぼりが冷めてもおかしくない時期なのですわ」

152 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:33:22.86 lHb1Hq6uO 90/207


梨子「確かに、全スクールアイドルの憧れや目標ではあっても……」

梨子「一般の人にとっては、既に過ぎ去ったブームでしかなかった」

ダイヤ「無論、スクールアイドルそのものの規模は、当時に比べてずっと大きくはなっていましたが」


ダイヤ「何が言いたいかというと、Aqoursの場合……ファンがついていく事自体、不可能だということです」

梨子「つまり……私たちは、既に忘れ去られてしまった?」

ダイヤ「忘れられたというと、語弊が生じるかもしれません」


ダイヤ「ただ、メディアでAqoursを知っただけの人物が犯人である可能性は、限りなく低いのではないかと」


梨子「なら犯人は、知り合いということですか?」

ダイヤ「必ずしもそうとは言い切れません」

ダイヤ「もしかすると梨子さんの言う通り、その手のプロに狙われた可能性もあります」


ダイヤ「ですがとりあえずは、知り合いであるという可能性を追ってみましょう」

ダイヤ「それに……その線を強くする根拠がもう一つ」

梨子「え……?」

ダイヤ「少なくとも……暗い中で、曜さんの顔を瞬時に判別できるほどには、曜さんを見慣れているということです」


ダイヤ「しかも、曜さんのバイト先を知っている人物」

ダイヤ「曜さんのバイトの帰り道に、犯人は声をかけてきたのですよね」

ダイヤ「犯人は、曜さんのバイトが終わるまでずっと待っていたはず」

ダイヤ「そこまで知っているとは、余程親密な関係なのでしょうか」

ダイヤ「大学の同期ということもあり得ますわね」


梨子「曜ちゃんは、大学の友人にAqoursのことは話していないって言ってました」

梨子「バイトの最中に知り合いに鉢合わせるのは苦手だからって、どこで働いてるかも言ってないみたいですし」

梨子「実際、私も曜ちゃんのバイト先は知りません」

梨子「まあ……先日お酒を飲んだ時、先輩に看板娘って言われてるって愚痴をこぼしてましたし」

梨子「やっぱり曜ちゃん、オーラが強いっていうか……何をするにも目立つんです」

梨子「もしかすると、気づいている人もいるかもしれません」


ダイヤ「なるほど……とにかく、仮に犯人が曜さんの通う大学の関係者であったならば、私はお手上げですわ」

ダイヤ「ただ、高校のことであれば、いくらでも調査は可能です」

梨子「えっ……本当ですか!?」

ダイヤ「はい。黒澤家の権力と、それに……鞠莉さんにもご相談して、可能な限り調べつくしましょう」

梨子「ダイヤさん……本当に、ありがとうございます」ペコッ

ダイヤ「頭をあげてください……これくらい、どうってことありませんわ」

梨子「私も、同級生とか……できる限りのことは調べてみます!」


153 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:34:24.70 lHb1Hq6uO 91/207


ダイヤ「……佐原」

梨子「え?」


ダイヤ「いえ……高校といえば、以前お母様がおっしゃっていたことが」

ダイヤ「なんでも、滞納していた学費が限界を超え、卒業間際になって辞めてしまった方がいらっしゃると」


梨子「それ……私、知ってます」

ダイヤ「知っている……?」


梨子「同級生だったんです」

梨子「でも……正直、クラスではあまり目立たない方で」

梨子「あまり記憶がはっきりしていないんですけど……ただ、千歌ちゃんが積極的に話しかけていました」


ダイヤ「……千歌さんが?」

梨子「はい。クラスみんなと友達になりたいんだーって」

ダイヤ「千歌さんらしいですわね」


梨子「それに千歌ちゃんと佐原君、よく話していたんです……なんでも千歌ちゃんが、彼を放っておけないからって」

梨子「そのうち曜ちゃんが嫉妬しはじめて、曜ちゃんの方から千歌ちゃんに話しかけることが増えていったんですけどね」


ダイヤ「曜さんが……」


ダイヤ「――その件、少し気になりますわね」

梨子「え……?」

ダイヤ「いえ、こちらの話です」

154 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:36:30.58 lHb1Hq6uO 92/207


ダイヤ「では、私はこれで」

梨子「あ、はい。今日はありがとうございました」

ダイヤ「お気になさらず。お互い、分かった事は逐一報告し合いましょう」

梨子「はい。どうか、よろしくお願いします……!」


梨子「……ダイヤさんは、すごいですね」


ダイヤ「はい?」


梨子「頼りになって、しっかりしてて、細かい事にも気配りができる」

梨子「私とは……大違い」


ダイヤ「……梨子さん?」


梨子「こんな……曜ちゃんが大変な時なのに」

梨子「私には、何の力もないっ……!」


ダイヤ「……」


梨子「私、曜ちゃんを泣かせた犯人が憎いんです……!」

梨子「いますぐ捕まえて、曜ちゃんにお金をきっちり返させて」

梨子「それで……全身全霊で謝らせたい」


梨子「それなのに……私ひとりじゃ、どうすることもできないんです……」


ダイヤ「梨子さん……」

ダイヤ「そんなことありませんわよ?」


梨子「……え?」


ダイヤ「梨子さんは、曜さんの力になってあげることができる」

ダイヤ「だって、今曜さんの傍にいてあげられるのは……」

ダイヤ「梨子さん……貴方でしょう?」


梨子「――っ」


ダイヤ「曜さんを……頼みましたわよ?」


梨子「はい……頑張ります」

155 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:37:46.78 lHb1Hq6uO 93/207


梨子「本当なら……千歌ちゃんがいたらよかったんですけどね」


ダイヤ「千歌さん……?」


梨子「千歌ちゃんならきっと、私にはできないことも簡単にできる」

梨子「曜ちゃんの一番の力になってあげられるのは、きっと千歌ちゃんなんです」


ダイヤ「それは……」


梨子「千歌ちゃん……どこにいるんだろうなあ」


ダイヤ「……!」ズキッ


ダイヤ「あ……の……」


梨子「はい……?」


ダイヤ「私……千歌さんに会っているんですの」


梨子「――えっ?」

梨子「ど、どういうことですかっ!?」


ダイヤ「……はっ」


梨子「あの、ダイヤさん!」


ダイヤ「えっと……その……」

ダイヤ「千歌さんの、ご相談に乗っているのですわ」


梨子「相……談……?」


ダイヤ「ええ、その……お金のこととか……安い物件をご紹介したり……」

ダイヤ「ただ、それ以外のことは何も知らなくて……」


梨子「なんっ……で……!」


ダイヤ「……梨子さん、これだけは言っておきます」


ダイヤ「――今の千歌さんには……会わない方が、幸せかもしれませんわ」


梨子「……え?」


ダイヤ「ごめんなさい、これ以上は……」

ダイヤ「お金はここに置いておきます。では……」パタパタ


梨子「あっ……ダイヤ……さん……」

157 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:39:49.44 lHb1Hq6uO 94/207

――

――――

――――――



~~~
現在 某マック



「ありがとうございましたー!」


スタッフ「曜ちゃん、お昼休みに入っていいよ」

「あ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて……」


(……今日も、千歌ちゃん来ないのかなあ)

(なんて……来るわけないんだけどね)

(ただ、以前千歌ちゃんがここを訪れた時から……そのうちまた、ひょっこり顔を出すんじゃないかって)

(どこか、期待してる私がいる)

(そんなわけ……ないのに)


「はあ……」


スタッフ「曜ちゃん? なんか辛い事でもあった?」

「あ、いえ。そういうわけじゃないんですけどね」

スタッフ「いいんだよ? 遠慮せずに言っちゃっても」

「あう……南さんの声でそういうこと言われると、ついつい甘えたくなっちゃいますよ」

スタッフ「フフッ♪ 私、声優目指してるからね」

「えー、勿体ないなあ……」

「私の誕生日プレゼントの時に南さんが作ってくれたバック、よくできててすごいなーって思ったのに」

スタッフ「そんなことないよー。曜ちゃんが作ってくれたマフラーの方が、ずっと可愛いよ?」

「い、いやあ……それほどでも……」


スタッフ「そんな何でもできる曜ちゃんが悩み事……私、聞いてみたいなあ?」

「いやいや、本当になんでもないんですよ、なんでも……」アハハ

158 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 22:41:52.00 lHb1Hq6uO 95/207


スタッフ「そうかなあ。私、てっきり同棲してる人と何かあったのかと……」

「――っ!」ブブッ

「ちょ……南さん!?」

スタッフ「うん? どうしたの曜ちゃん、そんなに慌てて」

「私、同棲してるなんて言いましたっけ!?」

スタッフ「ううん、言ってないよ? でもその慌てっぷりからすると、本当だったみたいだね♪」

「うっ……うぅ……///」

スタッフ「いや、だってねぇ……最近の曜ちゃん、やけに嬉しそうにお家に帰るから」

スタッフ「もしかして、素敵な人でも見つけたのかな? って♪」

「えぇっ!? 私、そんなウキウキで家に帰ってますか?」

スタッフ「うん、毎日ルンルンしながら帰ってるよ♪」

「ルンルンって……」


スタッフ「悩み事って、そのことじゃないの?」

「あ……えと……」

「はい……そうなんです」


スタッフ「わあ! やっぱり♡」

「最近、ちょっとうまくいってなくて」

スタッフ「なんだぁ……そんなの、キスすれば解決だよ?」

「ええっ!? きっ……キスって……!///」カァァァァァ

スタッフ「大丈夫! 曜ちゃんの想いは、きっと伝わるはず!」ウンウン

「う、うぅ……///」


プルルル…


「あれ……電話だ」

スタッフ「いいよ、出て」

「すいません、失礼します……って、あれ? 知らない番号……」

スタッフ「大丈夫?」

「あ、はい……とりあえず出てみますね」


プッ


「……もしもし?」



『……高海です』



「――え?」

159 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 23:14:37.23 lHb1Hq6uO 96/207


千歌『えと……あの……よーちゃんだよね?』

「あ……うん。そう……だよ?」


千歌『ホッ……よかった。チカ、おっちょこちょいだからさ』

千歌『よーちゃんの電話番号、書き間違えてたらどうしようって』

千歌『ずっと……心配だった』


「電話番号?」


千歌『うん。ほら、私……スマホ置いてったじゃない?』

千歌『だから、みんなと連絡取れないなーって思ってたんだけど』

千歌『でも……なんでだろう。よーちゃんの連絡先だけは、メモして持ってたんだ』


「そっか……」


スタッフ「おーい……曜ちゃん?」コソコソ


「あっ……ごめんなさい、場所変えますね」

スタッフ「ううん、別にここで電話しててもいいよ?」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ」

スタッフ「……彼氏さん?」

「うえっ!? ちっ、違いますよ!!」

「もう、南さんったら……!」パタパタ


バタン…


スタッフ「……フフッ、かわいいなあ」

160 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 23:16:28.26 lHb1Hq6uO 97/207

――――――

――――

――



千歌『あの……よーちゃん。迷惑だった……かな?』

「そんなことないよ。ちょっと場所変えただけ」

千歌『バイト中だった?』

「うん。でも、昼休みだから」

千歌『そうなんだ……でも、安心してね? あんまり長くは話さないから』

「そんな……私、いつまででも話したいよ」

千歌『チカも、ホントはずっと話してたいよ?』


千歌『あのね、よーちゃん……今度、会えないかな?』

「え?」

千歌『よーちゃんが暇な時でいいんだ。だから……ね?』

「うん……うんっ! 会いたい! 会いたいよっ!!」


千歌『よーちゃん……フフッ、よかった』

千歌『今週の日曜日、〇△駅の東口でいいかな?』


「うん、わかった! 予定空けとくよ!」

千歌『ホントに大丈夫? バイトとか、大学の予定とか……』

「もう、大丈夫だって! 心配しないでよ」

千歌『そっか……嬉しいな』

161 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/17 23:17:27.57 lHb1Hq6uO 98/207


千歌『じゃあ……切るね?』

「え、もう?」シュン…

千歌『うん。あんまり長々と話すと、よーちゃんに悪いから』

「そんなことないのに……」

千歌『えへへ……実は、チカもこっそりお仕事抜け出してたり』

「え? 千歌ちゃん、仕事してるの?」

千歌『うん。とってもいい職場だよ?』

「そっか……頑張れ、千歌ちゃん」

千歌『ありがとう』


千歌『じゃあ、また週末に』

「うん……またね」


プッ


「ふぅ……」



「…………」



「~~~~~~~~~~~~~~~~!!」ダダダッ



「ヤバイヤバイヤバイッッッ!!」



「千歌ちゃんに……会えるんだ!」

172 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:22:25.37 cke+wNK7O 99/207

~~~
曜のアパート



「ただいまー」

梨子「あっ、おかえり」コトコト

「スンスン……いい匂い。梨子ちゃん、夕飯作ってくれてるんだね」

梨子「うん、大したものじゃないんだけどね」

「そんなことないよ、すっごく嬉しい」

梨子「今日はシチューにしてみました」

「わぁぁぁ……久しぶりに食べるかも」

梨子「ルーを使わずに、小麦粉から作ってみたんだ」

「うそ、すごい本格的だねー」

梨子「一応、丁寧に作ったつもりだから……」

「楽しみ!」エヘヘ

梨子「もう食べれるけど、どうする?」

「ホント? 実はすっごくお腹すいててさー……あ、盛り付けは私がやるね」

梨子「曜ちゃんは着替えてきて? 大丈夫だから」

「あ、うん……じゃあ、お言葉に甘えて!」

173 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:25:21.42 cke+wNK7O 100/207

―――




「「いただきまーす」」


「あっつ……ハムハム……」

梨子「もう、よーちゃん。落ち着いて食べなさい」

「ふぁーい……うん、美味しい!」

梨子「そっか、よかった」


梨子「……あのね、曜ちゃん」

「ん? なに、梨子ちゃん」

梨子「今週の日曜日なんだけど……」

「うん、どうかしたの?」

(日曜……千歌ちゃんとの約束の日だ)


梨子「実は、オペラシティのコンサートで、ピアノを弾くことになったの」

「え? 梨子ちゃんが?」

梨子「うん……なんでも、急にキャンセルが入っちゃったらしくて……その代役、みたいな」

「でも、どうしてまた……」

梨子「コーチに言われたの。長く日本にいるんだし、折角だから弾いて来いって」

「そっか……梨子ちゃんはすごいね」

梨子「そんなこと……その、それでね? そのコンサート、無料で鑑賞できるの」

「梨子ちゃんの演奏を?」

梨子「うん、それで……よかったら曜ちゃん、聴きに……来てくれないかな?」

「私で……いいの?」

梨子「曜ちゃんがいいの」

「えーっと……その……」

梨子「ダメ……かな?」

「ううん! ダメじゃないんだよ、ただ……あの……バイト! バイトが入っててさ!」

梨子「バイト……」

「本当は行きたいんだけどさ、その日埋まってて……ごめん!」


梨子「――そっか。じゃあ仕方ないね」

174 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:26:51.77 cke+wNK7O 101/207

―――




「……じゃあ、電気消すね?」

梨子「うん」


(あーもう……なんであんな断り方しちゃったかな)

(別に、嘘つく必要なんてなかった。っていうか、千歌ちゃんと一緒に行ったってよかったはずで……)

(なんだか、モヤモヤするなぁ)


「……起きてる? 梨子ちゃん」

梨子「スー……」

「寝ちゃってる……か」


「……実はね。日曜日にバイトが入ってるって、嘘なんだ」

「梨子ちゃんのコンサートに行きたいって気持ちは本当だよ。それは信じて欲しい」

「あのね……今日、千歌ちゃんから電話が来たんだ」

「日曜日、会えないかって……私、何も考えないで即OKしちゃったよ」

「考えてみれば、おかしな話だよね。私たちから離れていったのは千歌ちゃんなのに、その千歌ちゃんが『会いたい』だなんて」

「また、裏切られるかもって……わかってたのに」

「私……やっぱり、行かない方がいいのかな?」

「行っても、また拒絶されて……傷つくだけなのかな?」

「梨子ちゃんの傍にいた方が……幸せ、なのかな?」


「――なんてね。色々変なこと言っちゃったよね」

「っていうか、寝てる梨子ちゃんにこんな事言っても、仕方ないのにね」


(あー……何やってんだろ、私)


梨子「……曜ちゃん」

「え?」

梨子「……」スッ

「梨子ちゃ……起きてたの?」

梨子「今、目が覚めたんだ」

「聞いて……た?」

梨子「うん、少し」


「ゴメン、梨子ちゃん。私……」


梨子「行ってあげて」

「……え?」

梨子「行ってあげて、曜ちゃん。千歌ちゃんの所へ」

「で、でも……」

梨子「私は大丈夫。コンサートなら、海外で嫌というほど経験してきたもん」

「……梨子ちゃん」

梨子「私は、心配いらないから……ね」


梨子「行ってらっしゃい、曜ちゃん」

175 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:27:51.32 cke+wNK7O 102/207

~~~
〇△駅東口


「……」ソワソワ

(ヤバい……時間聞くの忘れてた)


(10時……か)

(はぁぁぁ……2時間待っても来なかったらどうしよう)


「……あれ?」


(あそこでウロウロしてるの……千歌ちゃんだよね?)


「……!」パタパタ


「おーい、千歌ちゃん!」

千歌「……あ! よーちゃん!」

「えへへ……千歌ちゃんだ」

千歌「うん、よーちゃん」

「ごめん。私、時間とか聞いてなかったよね。その……どれくらい待った?」

千歌「私も、実は今来たところだったんだ」

「そっか! よかった……1時間とか待たせてたらどうしようって……」

千歌「ごめんね。千歌も、ついさっき時間言い忘れてたって気付いてさ」

千歌「おっちょこちょいなところは相変わらず……アハハ」

「でも……こうして会えた」

千歌「うん……」


「――じゃあ、どこに行こうか?」

176 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:29:42.01 cke+wNK7O 103/207

~~~
マック


千歌「すごいね、どこもかしこもクリスマス仕様だよ」

「そうだね~……みんなカップルばっかだった」

千歌「恋愛かー、したことないんだよなあ」

「……なんかごめんね? せっかくのクリスマスだってのに、マックなんかでさ。色々あって、ちょっと今お財布が寂しくて……」

千歌「ううん、いいんだよ。よーちゃんとお話しできるってだけで、すっごく嬉しいよ!」ニコッ

「……うん、私もうれしい!」


千歌「……最近どう? 大学とか、バイトとか」

「順調だよ。最近はね」

千歌「そっか……あのさ、チカが内浦から出て行った後、なんか変わった事とかあったかな」

「変わった事? うーん……あれから1ヵ月くらいで、私も東京にきたからなー」

「まあ変わった事と言えば……ルビィちゃんが実家を継ぐためにお稽古を再開したことかな」

千歌「え? ルビィちゃんが?」

「そうそう、髪なんかも伸ばしてね。今は静岡の大学で、経済とか勉強してるみたい。内浦復興のために頑張るんだって」

千歌「へえー……あのルビィちゃんが」

「花丸ちゃんも、ルビィちゃんと同じ大学に進学したんだよ」

千歌「うわー、羨ましいなあ」

「でも善子ちゃんは、どうしてもやりたいことがあるからって、東京の専門学校を選んだんだ。年末に帰って善子ちゃんと会った時は強がってたんだけど……ホントは寂しそうだったな」

千歌「ふーん……」

「それでね――」

177 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:32:05.55 cke+wNK7O 104/207

―――




「……ねえ、千歌ちゃん」

千歌「ん? なあに?」

「あのね……お昼なんだけど」

千歌「うん」

「ご飯食べる前に、行きたい所があるんだ」

千歌「行きたい所?」

「うん。ここからそんなに離れてないから……行ってもいいかな?」

千歌「もちろんだよ。全然大丈夫」

「お昼ちょっと過ぎちゃうけど、1時間くらいって言ってたからさ」


―――




千歌「あの……よーちゃん?」

「ん?」

千歌「いいのかな……私たちが入っても」

「うん。だって無料だし」

千歌「ええ……でもぉ……」

「ほら、ここだよ」


千歌「わあ……本格的だね」

「ここの席に座ってと……あ、始まるよ」

千歌「う、うん……でも、珍しいね。よーちゃんがコンサートなんて」

「まあ、普段は全然来ないんだけど……今日は特別。だって……」


パチパチ…


千歌「――え?」

「ドレス姿は初めて見たよ……綺麗だな」

千歌「梨子……ちゃん?」


―――


梨子「……!」

梨子(曜ちゃん……来てくれたんだね)

梨子(その隣にいるのは、まさか……)


梨子「……」ニコッ


梨子(なんだか今日は、気持ちよく弾ける気がする)

178 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:34:02.04 cke+wNK7O 105/207

―――




「いやあ、すごかったね」

千歌「うん……私、泣いちゃった」

「私も、少しウルってきたよ」

千歌「えっと……梨子ちゃん待ってた方が」

「うん……あ、ラインきた」

「『ゴメン、ちょっと用事があるからまだ帰れない』……だって」

千歌「そっか……残念」

「こればっかりは仕方ないよ。先にご飯食べてよっか。何か食べたいものある?」

千歌「うーん……軽めでいいかな」

「そうだね。近くのカフェにでも寄って行こうか……後で、行きたい所もあるし」


―――




千歌「あのカフェって穴場なの?」

「どうして?」

千歌「お昼なのにあんまり混んでなかったし、お値段も手頃だし」

「言われてみればそうかも……でも、夜はすっごく混むんだよ」

千歌「へー……なんでだろ」

「なんでだろうね?」

千歌「……フフッ」

「へ?」

千歌「よーちゃんと2人でカフェ行ったの、もしかしたら初めてじゃない?」

「んー……そう、かも?」

千歌「高1の時に2人で東京来た時は、あんまりご飯食べてる暇も無かったし」

「そっかー。じゃあ、初めての思い出だね」

千歌「よーちゃんとの思い出……えへへ」


「千歌ちゃん。今、ちょっと動けたりする?」

千歌「うん? まあ、そんなに食べてないから、動けるっちゃ動けるけど」

「連れまわしてばっかで悪いんだけどさ……着いてきてほしいな」

179 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:34:43.75 cke+wNK7O 106/207

―――




千歌「東京にも、観光目的じゃない市民プールってあるんだね」

「そりゃそうだよ。って言っても、私も東京に来るまで知らなかったんだけどね」

千歌「私も東京に2年近くいるけど……」

「施設が多すぎるからねー。ここ、200円で泳げるんだよ」

千歌「じゃあ、私は上で見学してるよ。久しぶりによーちゃんの泳ぎ姿が見れるんだね……楽しみ」エヘヘ


「じつは……千歌ちゃんの分の水着、持って来てて」

千歌「へ?」

「いやっ……その……私ので良かったら……」

千歌「……」ポケー

千歌「ふ……フフッ……じゃあ、よーちゃんの水着借りるね!」クスクス

「う、うぅ……///」


―――




「一応サイズは高校から変わってないから、大丈夫だとは思うけど……」

千歌「ちょっと……きついかも?」

「うそ……」

千歌「まあ、ちゃんと着れるから大丈夫だよ」


(千歌ちゃん、どこまで成長するんだろう……)

180 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:39:34.00 cke+wNK7O 107/207

―――



「ちゃんと準備運動するんだよ?」

千歌「分かってるって……もー、心配性だなあ」

「だって、千歌ちゃんが泳ぐときっていつも危なっかしいから」

千歌「大丈夫だって。子どもの時とは違うよ」


「よっと……」ジャブッ

千歌「んー……久しぶりに泳ぐなあ」

「大丈夫?」

千歌「平気平気。……って、まさか見てるつもり?」

「だって心配……」

千歌「何それ。よーちゃん、恋人みたい」クスクス

「……へ?」

千歌「……あ」

「……恋……人?」

千歌「っ……///」カァァァァァ

千歌「おっ、泳いでくる……」


ジャバジャバ…


「……」ポケー

(フォーム……結構綺麗)

181 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:40:13.73 cke+wNK7O 108/207

―――




「ふー……結構泳いだな」


「あ、千歌ちゃーん」


ジャブジャブ


千歌「……プハッ」

千歌「ふぅー……すっごい疲れた」

「そう?」

千歌「水泳って、こんなに疲れるものだったっけ?」

「んー、私はそうでもないけど」

千歌「うぅ……流石よーちゃん」

「そろそろ、あがろっか?」


バシャバシャ


千歌「……あれ?」

「あの子……ヤバい、溺れてる!」

千歌「監視員さんっ!」

「――っ!」バシャバシャ

千歌「よーちゃんっ!?」


「くっ……」

(足が攣ったのか、パニックになってる!)

(マズい、暴れてて……巻き込まれ……!)


ジャブンッ


「ブクブク……!」


ガンッ


「――ガボッ」


(肘が……お腹に……)

(やば……水面が遠のいていく……)


グイッ


千歌「よーちゃん!」

「カハッ……げほっ、げほっ!」

千歌「よーちゃん! 大丈夫!?」

「ごめん……千歌ちゃん」

千歌「ホッ……」


「……ありがとう」

182 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:41:02.62 cke+wNK7O 109/207

―――




「はあ……すっごい怒られた」

千歌「当然だよ。無茶するから」

「咄嗟に体が動いたっていうか……」

千歌「……よーちゃんはすごいね」

「そんなことないよ。結局千歌ちゃんに助けられちゃってるし、それに……千歌ちゃんがいなかったらどうなってたか」

千歌「監視員さん、女の子の方に気を取られてたしね」

「はぁ……かっこ悪いなあ」

千歌「うん、すっごくかっこ悪い」

「……そこは否定してよ」

千歌「だって事実だもん」

「うぅ……千歌ちゃんがいじめる」


千歌「……でも、やっぱりかっこよかったよ」ボソッ


「ん? なんか言った?」

千歌「ううん、なんでも。それより、安心したらお腹すいちゃった」

「……近くに学生向けのラーメン屋があるんだけど、どうかな」

千歌「ラーメン屋?」

「うん」

千歌「……クリスマスなのに?」

「う……うん」


千歌「……プッ」


「も、もう~……笑わないでよ」

千歌「クスクス……私たちらしいなーって、思って」

「え?」


千歌「よし! よーちゃんの行きつけのラーメン屋までいっくぞ~! ヨーソロー!」

「わわ、よ……よーそろー!」

183 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:41:48.45 cke+wNK7O 110/207

―――




千歌「まさか、こんな場所に展望台があるなんて……」

「ね、私も調べるまでは知らなかったよ」

千歌「綺麗……本当に無料でいいのかな」

「……ねね、千歌ちゃん」

千歌「ん?」

「周りの人、カップルばっかだよ」

千歌「ホントだ……ちょっと羨ましいかも」


「……手、繋いでみる?」

千歌「……曜ちゃん?」

「今だけの、レンタル彼氏……みたいな。女だけど」

千歌「レンタル……」

「い、今だけっ! ダメ……かな?」

千歌「……ううん、ダメじゃない」


ギュ…


千歌「……よーちゃんの手、あったかい」

「千歌ちゃんの手は、ちょっと冷たいな」

千歌「ムッ……ねえ、よーちゃん知ってる?」

「なにを?」

千歌「手が冷たい人は、心があったかいの」

「うん」

千歌「それでね? 手があったかい人は、心が冷たいんだって」

「へー……え?」

「あのー、千歌ちゃん? それって暗に、私のこと冷たいって言ってる?」

千歌「フンだ。よーちゃんは、デリカシーってものを知った方がいいよ」

「で、でりかしー? 私、なんか気に障るようなこと言ったかなー……」

184 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:42:57.29 cke+wNK7O 111/207

千歌「……ねえ。あそこ、東京タワーだよ」

「あ、ほんとだ」

千歌「うーん……」

「なに探してるの?」

千歌「スカイツリー、どっかにないかなーって」

「それなら、東京タワーのずっと左だよ」

千歌「えー? 見えないよ……あ、もしかしてあれ?」

「そうそう、奥に見えるやつ」

千歌「なんか小さい……」

「仕方ないよ、東京タワーよりずっとここから離れてるんだし」


千歌「いつか、あそこに行ってみたいね」

「うん……」

千歌「また、よーちゃんと一緒に行けたらいいな」

「うん……でも、その前にお金貯めなきゃだね」

千歌「お金……」

「スカイツリーの展望台に行くには、結構お金かかるんだよ」

千歌「そっか……そうだよね」

「いくらだったかなー、確か……」

千歌「お金……戻ってくるといいね」

「え? あ……うん。そうだね」


(戻って……? あれ、私……お金盗まれたこと、千歌ちゃんに言ったっけ?)

185 : ◆PChhdNeYjM - 2017/12/23 01:43:57.11 cke+wNK7O 112/207

―――




千歌「今日はありがとう」

「うん。こちらこそ、色々連れまわしてごめんね?」

千歌「ううん、素敵な1日だった」

「そっか。ならよかった」

千歌「今度は、チカがリードできたらいいな」

「リード?」

千歌「今日は、チカがよーちゃんにリードされっぱなしだったから」

「あー……まあ、私の行きたい場所に行ってただけなんだけどね」


千歌「今度は、いつ会えるのかな?」

「ああ、私なら、結構いつでも……」


千歌「――私、ちゃんと終わらせないと」


「え?」

千歌「よーちゃんのお金のことも、しっかり話し合うから……だから……もう少しだけ、待っててくれるかな?」

「え、え? ちょ……千歌ちゃん、何言って……」

千歌「ごめんね……よーちゃん。ずっと黙ってて」

「黙ってるって、何を? だって、千歌ちゃんがあのことに関係あるわけ……」


千歌「――彼なの」


「彼……?」

千歌「あの人なの。よーちゃんからお金を奪ったのは……佐原君なの」

「お金……奪った……?」

千歌「私、気づいてたのに……あの人がよーちゃんからお金奪ったんだって、わかってたのに……なのに、怖くて……嫌われたくなくて……何もできなかった……」ポロポロ


「どう……いう……」


千歌「ごめんなさい……ごめんなさい……」

302 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:05:09.64 sGk7Q0VmO 113/207

「ちょっと……ちょっと待ってよ」

千歌「よーちゃん……」

「千歌ちゃんが……あれに関わってるって? そんなの……そんなの嘘だよ……ねえ、嘘だって言ってよ!」


(――思い出したくなかった)


千歌「……ううん、嘘じゃない。佐原君が曜ちゃんのお金を見せびらかして、私に言ったの。『君の大好きな友達は、随分と騙されやすいんだね』って」

「……は?」

千歌「私の鞄が漁られたんだって気が付いて、よーちゃんの写真とかが部屋に散らばってて」


(――考えたくなかった)


千歌「きっと……嫉妬したんだ。私が、あの人のこと好きじゃないってわかったから。チカの自惚れかもしれないけど……多分そう」

「嫉妬って、私……佐原君に、何もした覚えないんだけど」


(――聞きたくなかった)


千歌「よーちゃんは知らないかもしれないけど、高校の時からそうだったんだよ。私、佐原君のこと色々と手伝ってたし……間接的に」

「間接的にって……え? ごめん、ちょっと今……」フラッ

千歌「よーちゃん!?」


「やばい……今、過去最高に混乱してる」フラフラ

千歌「よーちゃん、待って!」



「来ないで」



千歌「――っ!」



「ごめん、もう……何も考えたくないよ」

303 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:06:14.93 sGk7Q0VmO 114/207

―――




(あー……なんであんな別れ方しちゃったかな)

(千歌ちゃん、すごい顔してた)


(けど、仕方ないじゃん。親友から裏切られたような気分になったら、誰だってこうなるよ)

(きっと私、期待してたんだ。千歌ちゃんが、あの頃と少しも変わってないって)

(たった数度のやりとりで、千歌ちゃんの何もかもを知った気になって、勝手に失望して。その結果が今の私)



「私……何を信じればいいんだろう」

304 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:06:51.18 sGk7Q0VmO 115/207

~~~
数時間前 喫茶店


梨子「来てくれてありがとうございます。報告したいことがあって」

ダイヤ「いえ、構いません。私も、報告しなければならないことがありましたので」

梨子「そうですか。じゃあ、私から」ゴソゴソ

梨子「これを」スッ

ダイヤ「手帳……」

梨子「中を見てください。それは――」


―――




ダイヤ「――なるほど。元文芸部部長……佐原誠が、犯人である可能性が高いと」

梨子「どう思いますか?」

ダイヤ「ふむ……まず間違いないでしょうね」

梨子「どうしてです?」

ダイヤ「実は私も、お母様にお聞きしたり、ルビィに協力を仰いだり、自ら調べたりしたのですが……丁度、彼についてわかったことがいくつか」

梨子「どうして、そんなピンポイントで?」

ダイヤ「前回お話しした時、彼の苗字が出てきましたので、気になってはいましたの。なにせ黒澤家と佐原家は、かつて共に漁業を営んでいたものですから」

梨子「まさか……ということは、佐原家も網元の?」

ダイヤ「黒澤家が管理する側なのに対して、佐原家は現場を指揮する側。つまり佐原家は、代々伝わる漁師の家系なのですわ」

梨子「じゃあ、彼のお父さんが」

ダイヤ「血を引き継いでいるのはお母様の方です。お父様は、東京から越してきたのだと。お母様の代には、既に漁師としての仕事を続けることはできなくなっていたのですわ」

梨子「え? でも、今でも内浦では漁業が盛んですよね」

ダイヤ「理由は簡単。黒澤家が、佐原家との関係を断ち切ったからです」

305 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:07:19.44 sGk7Q0VmO 116/207

ダイヤ「私のお爺様の代のことです。それまでは、佐原家は代々漁業を営み、内浦でも指折りの実力者でした。ですが、佐原家のやり方は少々乱暴で……一歩間違えば、黒澤家はもちろん、内浦の漁業活動全体に影響を及ぼしかねないものでした」

梨子「それは一体……」


ダイヤ「交付金の不正受給ですわ」


ダイヤ「漁業協同組合の者と内通し、交付金の額を水増ししていたのです」

ダイヤ「佐原家は、漁場での生産力向上のためであるからと主張し、事実そのお金に着手した形跡はありませんでしたが……当然、不正など許されるはずもありません」

ダイヤ「関わった組合員と共に、佐原家には一定期間の業務停止の処分が下り……佐原家は実質、漁場から追放されたのです」


梨子「でも、一定期間だったんですよね。それが終わったら、また始めればいいんじゃ……」

ダイヤ「残念ながら、ことはそう簡単ではないのです。一度信用を失った者が再び信用を取り戻すには、どれだけの時間や労力が必要か計り知れません。彼らが海に戻ることは、二度とありませんでした」


ダイヤ「その代のご主人のお孫さんが、佐原誠ですわ」

梨子「今、佐原君のお父さんやお母さんは?」

ダイヤ「……十年も前に離婚なさったとのことです。お父様はご結婚なさった後、内浦へ越してきたのはいいものの、仕事が中々見つからず四苦八苦していたと。そんな矢先にお母様は、ギャンブルにのめり込んでいったそうですわ」

梨子「ギャンブル……」

ダイヤ「詳しい事情は分かりかねますが、離婚して以来お母様はシングルマザーとして佐原誠を育てていた。しかし、ギャンブルへの依存はますます加速し……」

梨子「それで……学費を滞納してしまったんですね」

ダイヤ「一概にそうとは言い切れませんが、恐らくは」

梨子「そんなの、全然知らなかった」

306 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:07:58.96 sGk7Q0VmO 117/207

ダイヤ「ところで……千歌さんは今、私の住むマンションにいます」

梨子「へ? どういう……」

ダイヤ「今千歌さんが借りているアパートは、元々は私がご紹介したものですわ」

ダイヤ「何やら、そのお部屋に不満があるということで……」




千歌『ねーダイヤさーん! あのアパートボロい!クサい!あと寒い!』

千歌『ダイヤさんのお家に入れて? おねがーい……』ウルウル




梨子「えぇ……」

ダイヤ「私も、紹介した者として無下にすることもできず……ほぼ毎週、週末になると私の部屋に泊まっていきますわ。それがもう1年も続いています」

ダイヤ「私も面倒になって、千歌さんの分の布団を購入してしまいました」




千歌『わーい! フカフカのお布団……えへへ』ギュー

千歌『ダイヤさん、ありがとう!』ニコニコ

ダイヤ『べ、別に……ソファーで寝て体を痛めでもしたらいけませんので。当然のことですわよ……』ポリポリ




梨子「ダイヤさん……千歌ちゃんのこと甘やかしすぎ」

ダイヤ「え、そうですか?」キョトン

梨子「はぁ……ルビィちゃんがあんなに頼もしく育ったのは、寧ろ奇跡だったのね」

307 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:08:42.16 sGk7Q0VmO 118/207

ダイヤ「コホン。ですが千歌さんも、本当にアパートが気に入らないからという理由だけで私の家に来ているわけではないと思うのです」

梨子「まあ、確かに。千歌ちゃんはそんなに図々しい人じゃ……そんなこともないかな?」

ダイヤ「考えてみてください。ただ住む場所を変えたいだけなら、別の賃貸を探すか、もしくはお母様とご一緒に暮らせばよいのです」

梨子「あ……」

ダイヤ「千歌さんのお母様は、東京に住んでいらっしゃるのですから。それができないということは、何か後ろめたい理由があるのかもしれません。例えば……同居人と顔を合わせたくないとか」

梨子「同居人?」

ダイヤ「以前、千歌さんのお買い物に付き合ったことがあるのですが。日用品や食材の量が、一人暮らしのそれではありませんでした。ですから、アパートにもう1人、誰かが住んでいるのではないかと」

梨子「まさか、それが佐原君なんでしょうか」

ダイヤ「断言はできませんが、先程梨子さんからお聞きしたお話も合わせると、辻褄が合うかと思います」

梨子「なるほど……」

308 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:09:36.62 sGk7Q0VmO 119/207

ダイヤ「――それで、梨子さんはどうしたいのですか?」

梨子「え?」

ダイヤ「曜さんのお金を奪った犯人の目星はついている。その人物の背景も分かっている。住居にも当たりがついている」

ダイヤ「いえ……そもそも、善子さんからその手帳を受け取った時点で、私の知る梨子さんならば、犯人を捕まえるために尽力しているはず」

梨子「だっ……だから、こうやって……」

ダイヤ「私に報告する必要が、果たしてあったでしょうか? 善子さんのバイト先に出没するのであれば、再び現れるのを待つだけでいい。犯人を捕まえるだけなら、実に簡単ではありませんか」

梨子「それ……は……」

ダイヤ「一体、何があなたの足を止めるのです?」

梨子「……何もありませんよ」


ダイヤ「曜さんですか?」

梨子「――っ」


ダイヤ「なるほど。この件には千歌さんが関わっている可能性が高い。なにせ、曲がりなりにも千歌さんは犯人の同居人なのですから」

ダイヤ「その上、千歌さんと曜さんは既に会っている。しかも、事件が起きた直後に……そう、あまりにもタイミングが良すぎるのですわ」

ダイヤ「この事件を解決するということは、曜さんと千歌さんを引き合わせることとなるかもしれない」


ダイヤ「まさか、それが嫌なのですか?」


梨子「……ダイヤさんには関係のないことです」

309 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 12:10:38.54 sGk7Q0VmO 120/207

ダイヤ「梨子さんの考えていることは、私にはわかりませんわ。ですが……曜さんの件を、このまま野放しにするわけにはいきません」

梨子「……」

ダイヤ「私は私にできることをします。梨子さんは、梨子さんにできることをしてください」

梨子「……はい」カサカサ

ダイヤ「その紙は……以前私が渡した?」

梨子「千歌ちゃんのアパートの住所です。まだ見てなくて…………え?」

ダイヤ「どうかしましたか?」

梨子「この住所……曜ちゃんのアパートの、すぐ近くですよ」

ダイヤ「まさか、たまたま近くに住んでいたとでも?」

梨子「間違いありません。こんな近くにいたんだ……」


ダイヤ「全く……鞠莉さんといい果南さんといい、余りにも偶然が重なりすぎていますわね」

梨子「鞠莉さんと果南さんが、どうかしたんですか?」

ダイヤ「今回の件で、お2人にご相談したのですわ」

ダイヤ「鞠莉さんは、イタリアの大学で経営学を学んでいるのですが……その延長で、カジノへ足を運ぶこともあると」

ダイヤ「どうやらそこで、サハラと名乗る女性と接触したらしいのです」

梨子「まさか……」

ダイヤ「ええ、間違いないでしょう。なにせ、過去に一度膨大な借金を抱えた上に、出身は沼津とおっしゃったそうですから」

梨子「果南さんは?」

ダイヤ「留学先のダイビングスクールで、果南さんのダイビングショップの常連客である男性と出会い、よく話す仲になったそうです」

ダイヤ「彼の旧姓は、佐原というそうですわ」


梨子「そんな偶然が……」


ダイヤ「私も驚きましたわよ。一体、どんな力が働いているのかと……」

ダイヤ「まさに、奇跡としか言いようがありませんわね」

310 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 14:56:20.11 sGk7Q0VmO 121/207

―――




梨子「ただいま……あれ、曜ちゃんの靴がある」


ガチャ


梨子「曜ちゃん、電気くらい…………曜ちゃん?」



「おかえり、梨子ちゃん」ニコッ



梨子「寒いわね……暖房もつけてないなんて」

「うん」

梨子「体、冷えるわよ」

「うん」

梨子「……なにかあった?」

「……」



「梨子ちゃん。私ね、お酒買ってきたんだ」

梨子「お酒?」

「う冷蔵庫に入ってるから、一緒に飲も」

梨子「いいけど……曜ちゃんがお酒買ってくるなんて、私がここに来てから初めてじゃない」

「そうかも。ちょっと、そんな気分なんだ」

311 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 15:00:04.28 sGk7Q0VmO 122/207

―――




「はぁ……ぽかぽかする」

梨子「暖房付けたからでしょ」

「あったかいなあ、梨子ちゃんの体」

梨子「くっつかないでよぉ……恥ずかしいじゃない」カァァァァァ

「やだ」ギュー

梨子「もぅ……」ゴクゴク


「梨子ちゃん……何かあったでしょ」

梨子「まあ、ちょっとね」プハッ

「言わないの?」

梨子「曜ちゃんが言わないんだもん」

「……そっか」


「梨子ちゃん。私、決めたよ」

梨子「なにを?」



「――梨子ちゃんと一緒に、ヨーロッパに行く」



梨子「……え?」


梨子「またそんなこと言って」

「梨子ちゃん、私本気だよ?」


梨子「……どうして?」


「なんかもう、なにも考えたくないなって。楽になりたい」

梨子「私といると、楽?」

「うん。安心する」




「だって梨子ちゃんは、ずっと私の傍にいてくれるから」




「梨子ちゃんはきっと……私を裏切らないから」

312 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:07:17.25 sGk7Q0VmO 123/207

―――




「スー……スー……」


梨子「おやすみ、曜ちゃん……」



『曜さんの件を、このまま野放しにするわけにはいきません』

『梨子さんは、梨子さんにできることをしてください』

『仮に警察へ行ったとして、この手帳だけでは証拠としては不十分ですが』

『善子さんも交えて、犯人の背景をお伝えすれば……あるいは、重要参考人として警察の方々に対処してもらうことは可能かと思います』



梨子「そんなの……わかってる」



梨子(考えてみれば、すごく簡単な話)

梨子(曜ちゃんに、千歌ちゃんの居場所を教えてあげればいい。それだけで、何もかも全部解決するんだから)


梨子(そうしない理由は、そうできない理由は……)


梨子(結局、私の望みは一つだけ。この生活を続けたいんだ)

梨子(どんな形でもいい……ずっと傍にいてほしい。寄り添ってほしい)


梨子(もう、一人になんてなりたくないの)

313 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:08:07.53 sGk7Q0VmO 124/207

――――――

――――

――
2年前



千歌「みんなおっはよー!」

A子「おはよー高海さん、今日も元気だね」

B子「今日1限から体育だし、めんどー」

千歌「大丈夫、みんなでドッジボールやるんだもん。きっと楽しいよ!」


「おっはヨーソロー!」

A子「おっ、ヨーソロー!」

B子「内浦のヒーロー様の登場ですねー」ケイレイ

「もー、そんなんじゃないってー」


梨子「おはよう」

千歌「おはようお寝坊さん!」

梨子「もう! 千歌ちゃんが異常に早いだけでしょ?」プンプン

「千歌ちゃん、三年生に上がって更に元気になったよねー」


A子「もうすっかりクラスの中心だよね」

B子「さっすが内浦、体育会系というか」


キーンコーンカーンコーン

314 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:08:48.71 sGk7Q0VmO 125/207

―――




千歌「……あれ、あの人」


佐原「……」ガラッ


梨子「今来るなんて、ちょっと遅刻気味ね」

「ふーん……去年までのあたしみたいな感じ?」

千歌「……」




千歌「ねえねえ君、名前は?」

佐原「……は?」


梨子「ちょっ、千歌ちゃん!」

千歌「ふぇ? なあに、梨子ちゃん」

梨子「なにって、プレイ中……」

千歌「ねね、君も一緒にやろ? ドッジボール!」


佐原「……えっと」


「いっくよ~、それっ!」

千歌「あたあっ!」ポカッ

「えっへへ、よそ見してるから悪いんだよー!」

千歌「もう、仕方ないなー」トボトボ




千歌「えへへ、当たっちゃったのだ」

佐原「……」


千歌「ねえ、名前は? 今年来たばっかだから、あんまわかんなくて……あっ、私は高海千歌。ご存知の通り、君のクラスメイトです!」


佐原「……佐原です」

千歌「佐原……うん、覚えた! よろしくね、佐原君!」

佐原「……」コクッ



梨子「千歌ちゃん、ボールそっちいったわよ!」

千歌「あ、うん! わかったー!」パタパタ



佐原「たか……み……」

315 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:10:06.94 sGk7Q0VmO 126/207

―――


図書室



ガヤガヤ…



佐原「……」ペラッ


千歌「これ借りまーす……あれ、佐原君だ。図書委員だったんだね」


佐原「どうも」


千歌「ねえ、部活は何入ってるの?」

佐原「……文芸部」

千歌「文芸部? そっか、じゃあまるちゃんたちの先輩だ!」

佐原「……誰?」

千歌「私の可愛い後輩だよ。2年生に3人いるんだけど、多分3人とも君の後輩になるから」

佐原「今、文芸部は人が少ないんだ。入部してくれるなら歓迎するよ」

千歌「ちなみに、文芸部の部長さんは? 挨拶しておきたいなー……なんて、流石にそれはおせっかいか」

佐原「……僕」

千歌「へ?」

佐原「文芸部の部長は、僕だよ」

千歌「へえー! すごいじゃん!」

佐原「何も凄くなんてない。3年生でまともに部室に通ってるのは僕だけ……って、聞いてる?」

千歌「部長さん! 私の大切な後輩を、どうかよろしくお願いします!」ペコッ


佐原「……はぁ」

316 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:10:57.38 sGk7Q0VmO 127/207

―――





千歌「ねえ……佐原君って、バイトしてるよね」

佐原「なんで」

千歌「この間、商店街のファミレスで見かけた。覚えてないかな、よーちゃんとりこちゃんとお邪魔したんだけど」

佐原「覚えてない。多分僕、キッチンにいたから」

千歌「あれー、おっかしいな。よーちゃんもりこちゃんも覚えてないっていうし……」

佐原「……もしかしたら、人手不足で一度ホールに出たかもしれない」

千歌「ホント!? ほら、私の目は節穴じゃなかったんだよ!」エッヘン


千歌「でもさ、大変じゃない? 部長もやって、バイトもしてって。私なんて、内浦で部活やってた時は家の仕事とか全然だったし」

佐原「部活なら、国木田さんや黒澤さんが手伝ってくれるから」

千歌「そっか、なら安心だ」


佐原「……ウチ、母子家庭なんだ。だからってお金に困ってるわけじゃない。バイトするのは小遣いのため」

千歌「ふーん、えらいね。私、最近は毎日家の手伝いしてるけどさあ、これが結構大変で……」


「千歌ちゃーん、まだー?」

千歌「あ、今行くよ! ……じゃあね、佐原君」バイバイ


佐原「……」

317 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:43:49.96 sGk7Q0VmO 128/207

―――




A子「ねえ聞いた?」

B子「うん、佐原君の……」

千歌「なになに、何の話?」

A子「あーなんかね。佐原……だったかな、あそこに座ってる男子」

千歌「うん、佐原君が?」

B子「学費滞納してるらしいんだよねー」

千歌「学費……」



~~~
図書館


千歌「ぶちょー! これ返しまーす!」

佐原「君、普通に返せないの?」

千歌「毎日を楽しみたいのだ!」

佐原「……はぁ」

千歌「それはなんのため息かな?」

佐原「別に。鬱陶しいだけ」

千歌「あ、ひっどーい」

佐原「……で、今回もなんか借りるの?」

千歌「うん。なにかおすすめがあったら教えて欲しいな」

佐原「それじゃあ、昨日国木田さんが読んだあの本がいいと思うよ」

千歌「えぇー、まるちゃんの本ってなんか難しくてさー」

318 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:44:36.15 sGk7Q0VmO 129/207

―――


佐原「はい、これね。返却期限は2週間です」

千歌「……ねえ」

佐原「なに?」

千歌「何か、困ってる事があったら言って欲しいな」

佐原「なんで」

千歌「だって私達、クラスメイトじゃん」

佐原「……他人だよ」

千歌「そんなことない」

佐原「クラスメイトで、他人だ」

千歌「友達だよ」

佐原「しつこいな。高海さんって、前の学校でもそうだったの?」

千歌「うーん、あんま自覚ないけど。梨子ちゃんをスクールアイドルに誘った時は、確かにウンザリされてたかも」

佐原「その時の彼女が、今の僕だよ」

千歌「悩みがあるなら言って欲しいな」

佐原「僕の話、聞いてた?」

千歌「うん」ニシシ

佐原「……折り紙付きらしいね」


「千歌ちゃーん……」

千歌「あっ、ごめんごめん。またね」

319 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:45:28.99 sGk7Q0VmO 130/207

―――




梨子「千歌ちゃんが?」

「うん。最近付き合い悪いなーって」

梨子「そんなこと……寧ろ、今までが良すぎたんじゃないかしら。ほら、内浦の学生ってここと違って少なかったでしょ」

「むぅ……」

梨子「千歌ちゃんって、自覚ないだろうけど……人を惹きつけやすいのよね」

「わかる」

梨子「よーちゃんもそういうところあるよ?」

「それはわからない」


―――




佐原「ウチの母親、ギャンブル依存症なんだ」

千歌「酷い……」

佐原「だから僕が自分で稼がないとダメってこと」

千歌「だからアルバイトしてるんだね」

佐原「でないとご飯も食べられない。家賃は……多分、払ってはいると思う」

千歌「そんな状況、全然想像できないや……」



千歌「あのさ。全部一人で抱え込んじゃ駄目だよ」

佐原「今までずっとそうしてきたんだ」

千歌「一人で抱えきれなくなった時、誰かが隣にいてくれないと……」

佐原「こんなくだらないことに他人を巻き込みたくない。僕は運が悪かった。それだけのことだよ」

千歌「そんなこと……」

佐原「決めたんだ、あんな親みたいには絶対ならない。一人で生きていくってさ」

320 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:46:31.99 sGk7Q0VmO 131/207

―――




佐原「僕、明日から学校に来ない」

千歌「……え?」

佐原「学校辞めるんだ。手続きも終わってる」

千歌「嘘……だって、来月卒業なのに……」

佐原「学費の滞納はとっくに限界を超えてる。卒業なんてできるわけがないんだよ」

千歌「そんな……あんまりだよ」

佐原「分かってたことだよ。もう家も無くなったしね」

千歌「家も……?」

佐原「追い出されたんだ。どうやら、家賃も払っていなかったらしい」

千歌「そんな……どうすれば……」

佐原「これからどうすればいいかなんて、こっちが聞きたいくらいだよ」


佐原「まあ、そんなわけだから。国木田さんたちによろしく」

321 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 17:47:41.45 sGk7Q0VmO 132/207

千歌(あの時の私は……どうしてたかな)

千歌(そうだ。私には……梨子ちゃんや、曜ちゃんがいた。だから乗り越えられた)

千歌(でも……この人には、誰もいない)

千歌(立ち塞がる壁も、比べ物にならない)



千歌(彼は、昔の私そっくりで。全部一人で抱え込もうとして、結局その重さに潰れてしまう)

千歌(そっか……私、放っておけないんだ)




千歌「私が支えるよ」

佐原「……は?」

千歌「君一人でやっていけるとは思えない」

佐原「ちょっと、何言って……」

千歌「私は大丈夫。どうせ卒業したら、旅館を継ぐって決まってるんだ。それが少し延びるだけだよ」

佐原「ふざけないでくれよ……何も知らないくせに、支えるだって? よくもそんな軽口を叩けるね」

千歌「私、本気だよ。言ったじゃん、私たちは他人なんかじゃない」


千歌「――"友達"は、支え合わなきゃね」



千歌(なんでだろう……よーちゃんの顔が、頭から離れないや)


千歌(ごめんね、よーちゃん)

千歌(でも、大丈夫だよね)


千歌(私がいなくたってよーちゃんには、ルビィちゃん、まるちゃん、善子ちゃん……そして、りこちゃんがいる)

千歌(だから……大丈夫だよね)

322 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/04 20:37:13.67 ndPsZ5w1O 133/207

―――




ボフッ


千歌「やめて」

佐原「高海さん……」

千歌「ごめん佐原君。私、君をそういう対象としては見れない」

佐原「じゃあ、どうして一緒に住むなんて言ったんだよ」

千歌「何か、勘違いさせちゃったなら……謝る」

佐原「……優しいね、高海さんは」

千歌「一緒に住もうって言ったのは、あくまでお金を節約するためで……そういう意味じゃないから」



―――





千歌「ただいま……佐原君? どこに行くの、こんな時間に」

佐原「仕事だよ、夜の土木工事。今までよりもずっと給料がいいんだ」

千歌「辞めなよ、体こわしちゃう」

佐原「これで良いんだ。君の傍にいる必要もないしね」

千歌「それは……」


佐原「高海さん、この際だから言っておくよ。もう、内浦に帰ったほうがいい」


ガチャッ


千歌「……今更、帰れるわけないじゃん」

323 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:49:55.07 cFFVzDNrO 134/207

―――




千歌「いらっしゃいませー……ありがとうございましたー」


千歌(……いい加減、ちゃんとした仕事見つけないとなあ)


ダイヤ「――あら? もしかして、千歌さん?」

千歌「え……ダイヤさん、どうしてここに?」

ダイヤ「お久しぶりですわね。私はたまたまこの商店街に用事があって、通りかかったところですわ」

千歌「そうだったんだ……久しぶりです」

ダイヤ「ところで、千歌さんはこちらで働いていらっしゃるのですか?」

千歌「はい、ここでバイトさせてもらってます」

ダイヤ「そうですか。頑張ってくださいね」ニコッ


千歌(そっか。ダイヤさん、何も知らないんだ)


千歌「あのっ、ダイヤさん!」

ダイヤ「……はい?」

千歌「私、もうすぐシフト終わるんですけど……この後時間ってありますか?」

324 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:50:23.72 cFFVzDNrO 135/207

―――


喫茶店


ダイヤ「それで、相談とは何ですの?」

千歌「はい……その、私今、フリーターやってて」

ダイヤ「意外ですわね。千歌さんなら、進学するかご実家のお仕事をなさるかの二択だと思っていましたのに」

千歌「アハハ……ちょっと、色々あって」

ダイヤ「さぞかし大変でしょう。一人暮らしとなると、何かと面倒が増えますし」

千歌「ええ、お金のやりくりとかも大変で……そのことなんですけど」

ダイヤ「何でも言ってごらんなさい。できる範囲であればお手伝いいたしますわ」

千歌「ちょっと、心機一転したいなーって思ってて。新しい仕事と、手ごろな賃貸を探してるんです」

ダイヤ「千歌さんは、現在はどこにお住まいで?」

千歌「○○区の、安いアパートに」

ダイヤ「お母様とご一緒に暮らしてはいないのですか? 確か、東京にお住まいだとお聞きしておりましたが」

千歌「あー……はい、別々です」

ダイヤ「なるほど……」

千歌「こんなこと、ダイヤさんに言うのも変ですよね。忘れてください」アハハ

ダイヤ「……千歌さんのことですから、また無茶なことをしているのでしょう。詳しくは聞きません」

千歌「はい……」

325 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:50:58.56 cFFVzDNrO 136/207

ダイヤ「とは言ったものの、お仕事に関してはお力を添えるのは難しそうですわね」

千歌「いえ、いいんですよ。元々自分で見つけるべきものですし……あれ? 今、お仕事に関してはって」

ダイヤ「黒澤家繋がりで、東京にいくつか不動産を保有している者がいるのですわ。中には破格の賃貸もあるでしょうし、ご紹介できるのであれば……」

千歌「うっわ、流石黒澤家」

ダイヤ「なんですの。嫌ならお断りしても構いませんわよ?」

千歌「いえいえ! なにとぞよろしくお願いします」ペコッ


千歌「あの……ダイヤさん。スマホの連絡先、交換してもらってもいいですか?」

ダイヤ「はい?」

千歌「えっと、新しく契約したんですよ。それで、えっと……」

ダイヤ「……まさか、家出でもしてきたんですの?」

千歌「ギクッ」

ダイヤ「はぁ、呆れた。一体何があったというのです」

千歌「すみません……」

ダイヤ「まあいいです。先程言ったでしょう、深くは聞かないと。しかし……千歌さんが私の手を必要としてくれるのであれば、いつでも御貸し致しますわ」

千歌「……ありがとうございます!」

326 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:51:26.34 cFFVzDNrO 137/207

―――




千歌「へえー……なんか、とても趣のあるアパートですね」

ダイヤ「素直に古いと言ってくださいな」

千歌「アハハ。その、安く借りれるだけでうれしいですよ」

ダイヤ「ご不満があれば、何でも言ってくださいとのことです。まあ、この分では不満だらけでしょうが」

千歌「いいんです、助かりました。あとは仕事かぁ……」


ダイヤ「――雑誌や本の編集プロダクションはどうでしょうか」


千歌「へ? 私が?」

ダイヤ「……いえ、すみません。無責任なことを言ってしまいました。忘れてくださいな」

千歌「編集……か」

327 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:52:32.24 cFFVzDNrO 138/207

―――




上司「なんで進学しなかったの?」

千歌「一刻も早く自立したいと考えたからです」

上司「どうしてウチを選んだのかしら?」

千歌「御社の雑誌を拝見し――」


~~~


上司「――うん、採用」

社員「はやっ! まだ面接半分も時間残ってるやん!」

上司「いいでしょう別に。新人は若いに越したことはないわ……それに」

社員「それに?」

上司「この子、すごいのよ? Aqoursの歌の歌詞は、ほとんどこの子が書いたんだから」

社員「うっそ……海未ちゃんみたいやな」

上司「きっとすぐに慣れるわ。今回の新人には、ちょうど文書作成の部署に入ってもらおうと思ってたの」

社員「なるほどなあ。適任ってことやんね」

328 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:53:09.30 cFFVzDNrO 139/207

上司「ところであなた」

千歌「はっ、はい!」

上司「最終学歴の書類、まだ提出されてないみたいだけれど。今手元にあるかしら?」

千歌「いえ……その……」

上司「ないのね。なら早めに用意しておくこと」

社員「ちょっとエリチ。あの様子、なんか事情あるんやない?」コソコソ

上司「……ねえ。用意できるの、できないの?」

千歌「すみません。今、両親に連絡できないというか、なんというか……」

上司「まあ、いいわ。とにかく、早めに書類を揃えること」

千歌「……はい」

社員「採用でいいん?」ボソッ

上司「期限は一週間。それまでに用意できなかったら、採用の話はなしよ」

千歌「――っ」


上司「貴方の事情は知らないけれど。ご両親、心配してるんじゃないかしら?」

千歌「そう……ですね」

上司「色々と厳しいことは言ったけれど。私は、貴方が入社してくれるのを待ってるわ」

千歌「……はい! ありがとうございます!」

329 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:54:03.20 cFFVzDNrO 140/207

―――




プルルル……ガチャッ…


千歌「あっ、あの、もしもし……」

美渡『はい、十千万です……あれ、この声って』


千歌「高海……千歌、です」

美渡『千歌? 今、千歌って言った?』

千歌「……うん。私だよ、美渡姉」

美渡『あんたっ……どれだけ心配かけたかわかってんの!?』

千歌「うぅ……ごめんなさい」

美渡『――よかった……無事でよかった』グスッ

千歌「美渡姉……?」

美渡『あ、志満姉……うん、あの馬鹿だよ』


志満『……もしもし、千歌ちゃん?』

千歌「うん。ごめんね、遅くなって」

志満『帰ってこれる?』

千歌「……ごめん」

志満『そう……それで、どうしたの?』

千歌「あのね。東京で、新しい仕事見つけたんだ。その、書類送って欲しくて」

志満『……嫌だって言ったら?』

千歌「え?」

志満『書類を送らなかったら、千歌ちゃん帰ってくる?』

千歌「――っ」


千歌「帰らない」


志満『……そう』

330 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:55:00.25 cFFVzDNrO 141/207

美渡『ちょっと千歌、志満姉に何言ったの』

千歌「就職に必要な書類送ってくれなくても、帰らないよって」

美渡『……はあ。ほんっと馬鹿チカだよね』

千歌「うん」

美渡『いいよ。あたしが送っとくから、好きなようにやんな』

千歌「え……いいの?」

美渡『まあ、あんたの気持ちも分からなくはないから。ただ、近いうちに必ず帰ってくること!』

千歌「うん、わかった」



美渡『約束だかんね』

千歌「……うん」グスッ

331 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:55:47.16 cFFVzDNrO 142/207

―――





千歌「ごめん佐原君。私、ここ出て行くよ」

佐原「……ああ」

千歌「もうここには来ない、これで終わり」

佐原「なんとなくそんな気はしてたよ。最近の高海さん、なんだかせわしなかったからね」

千歌「……元気でね、佐原君」

佐原「高海さんも、元気で。さよなら」

332 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:56:19.26 cFFVzDNrO 143/207

―――




千歌「せんぱーい。何見てるんです?」

上司「ああ、高海さん。ちょっと、マックのサイトをね」

千歌「……あれ、よーちゃんだ」

社員「ん? ちかっちの知り合い?」


千歌「――っ」


社員「どうしたん?」

千歌「……あ、いえ。その呼び方、昔の先輩を思い出して」

社員「ウチみたいにナイスバディやったん?」クスクス

千歌「ええ、それはもう負けないくらい」

上司「へえ、希と張る子がいるなんてね。あ、もしかして。あの金髪の子?」

千歌「そうです! 鞠莉ちゃん凄いんですよ! こう、バストが…………コホン。さっきの話ですけど。私の知り合いというか、幼馴染なんです」

上司「へえー、可愛い子じゃない」

社員「人を惹きつけるというか、存在感のある子やな」

千歌「はい……そうですね」

333 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:56:57.41 cFFVzDNrO 144/207

―――




千歌(はぁ……疲れた)トボトボ


千歌「――え? 嘘……」


「うぅ……飲み過ぎた……」フラフラ


千歌(どうして……よーちゃんがここにいるの?)


「大体、サークルの先輩飲み過ぎだって……あたしがあんなに飲めるわけないっつーの……」フラッ


バタンッ


千歌「よ-ちゃん!!」パタパタ


ダキッ


「……あれぇ? どうして千歌ちゃんがいるの?」

千歌「――っ、それは……」

「あそっかぁ、これ夢なんだ」

千歌「……うん、そうだよ」

「えへへ……千歌ちゃん」ギュー


千歌「……」キュンッ



千歌(――ああ、好きだなあ)

334 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:57:26.65 cFFVzDNrO 145/207

千歌「よーちゃん、家はこの辺?」

「うん、このへんー……あそこだよ、あそこー」

千歌「え? だってあそこ、私のアパートのすぐ近く……」


千歌(今まで会わなかったのが奇跡なくらい。これから気をつけなきゃ)


「千歌ちゃーん、おんぶして?」

千歌「ええっ!?」カァァァ

「おんぶー」エヘヘ

千歌「も、もぅ……仕方ないなぁ……///」


グイッ


千歌(よーちゃん、すっごく軽い)


「……ねえ、千歌ちゃん」

千歌「ん?」

「なんで、私たちの前からいなくなったの?」

千歌「……」

「ねえ、なんで……」ギュー


千歌「……ごめんね」


「私の事、嫌いになった?」

千歌「――っ、そんなわけないよ!」


千歌「好きだよ……今でも、ずっと好き」

「グスッ……うん」



「私も好きだよ、千歌ちゃん」

335 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:58:14.19 cFFVzDNrO 146/207

―――




千歌(佐原君……ちゃんとやってるかな)


千歌「あっ、すいません大家さん、お久しぶりです」

大家「あらあら、いらっしゃい。今日はどうしたんだい」

千歌「いえ、その……彼、元気でやってるかなって」


大家「……あの部屋の住人なら、もう住んでないよ」

千歌「え?」

大家「家賃を3月も滞納してね。悪いけど、出て行ってもらったんだ。探してるなら、彼の実家にでも行ったらどうだい。あれからもう、一週間も経ってるからね」

336 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:58:43.27 cFFVzDNrO 147/207

―――




ザー…



佐原「……」グゥ…


老人「アンタ、見たところ相当若いね。こんな雨降りに、ここにいていい人間じゃない。悪いことは言わん、家に帰んな」

佐原「……帰る家なんて無いんですよ」

老人「そりゃ、大した苦労人だ」


佐原「……クソが」



ザー…



佐原(……雨が止んだ?)

佐原(いや、まだ降ってる。誰かが傘を……)




千歌「見つけた」

337 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/05 17:59:14.77 cFFVzDNrO 148/207

佐原「……高海さん?」


千歌「なにしてんの、ホームレス?」

佐原「もう放っておいてくれ」

千歌「……ほんと馬鹿だよね」




千歌「ほら、帰ろ?」

佐原「――え?」




千歌「私たちの家に」

338 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/06 23:30:01.15 6upMnZmNO 149/207

―――




ピンポーン


ダイヤ『……はい』

千歌「高海です」

ダイヤ『千歌さん? どうしたのです』

千歌「遊びに来たよ、ダイヤさん!」ニコッ


~~~


千歌「ふぁぁぁ……ソファーふかふか……」

ダイヤ「全く、連絡も無しに突然来て。私がいなかったらどうするつもりでしたの?」

千歌「ダイヤさん細かい。もっと柔軟に生きようよ、硬度下げてさ」

ダイヤ「誰が硬度10ですか」

千歌「そこまでは言ってないよ」


ダイヤ「……それで、どうしたんですの」

千歌「言ったじゃん、遊びに来たよって。お酒買ってきたんだ」エヘヘ

ダイヤ「私、ビールはあまり飲まないのですが……」

千歌「そうなの? でも大丈夫、甘いお酒も買ってきてるから」

ダイヤ「はぁ、仕方ないですわね。お付き合い致しますわ」

千歌「今夜は寝かさないよー♪」

339 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/06 23:30:31.18 6upMnZmNO 150/207

―――




ピンポーン


千歌「来ちゃった♪」

ダイヤ『……またですの』

千歌「いいじゃん、どうせ暇でしょ?」

ダイヤ『暇じゃありませんわよ。まだ来月までのレポートが……』

千歌「全然余裕じゃん。ねえ、ダメ?」

ダイヤ『あのですね、千歌さん。レポートというのは一朝一夕で終わるものでは……』

千歌「だってぇ、アパートがさぁ」

ダイヤ『アパート? 何かあったんですの?』

千歌「ボロいし、臭いし、あと寒いし……ねえお願い、ダイヤさんの部屋に入れて?」ウルウル

ダイヤ『……仕方ないですわね』

千歌「やりー♪」

340 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/06 23:31:36.93 6upMnZmNO 151/207

―――




千歌「ええ!? どうしたのこれ!!」

ダイヤ「貴方があまりにもウチに押しかけるものですから、買っておいたのですわ。毎回私の布団の中に入られても困りますし」

千歌「えへへ、お布団ふかふか……気持ちいい」ギュー

ダイヤ「喜んでもらえたのならなによりですわ。まあ、ソファーで寝て体を痛めるのも困りますから」

千歌「ありがと、ダイヤさん!」ニコニコ

ダイヤ「いえ……あの……どういたしまして……///」


~~~


ダイヤ「コーヒーですわ。ミルクと砂糖は入れておきました」

千歌「おお、流石ダイヤさん♪」

ダイヤ「もう覚えましたわよ」


千歌「……ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「はい?」

千歌「ギャンブルにハマるって、どんな感覚なのかな」

ダイヤ「なんです、藪から棒に」

千歌「……あ、いえ。何でもないです、忘れてください」



ダイヤ「他人から見て、余り見栄えのよろしいものではありませんわね。本人もそれは分かっているはず」

千歌「そう……ですよね」ズズッ

ダイヤ「ですが、一度甘い蜜を吸ってしまえば、その感覚は忘れられないものです。丁度、コーヒーに砂糖を入れすぎてしまう千歌さんのように」

千歌「……ダイヤさん、これ砂糖入れた?」

ダイヤ「勿論、角砂糖を一つ」

千歌「それじゃ少ないよ」

ダイヤ「いつも入れすぎなのですわ。それくらいが正常です」

千歌「ぶー……」



ダイヤ「一度依存してしまえば、簡単にやめられるものではないでしょうね」

千歌「分かってても、やめられない……か」

341 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/06 23:32:54.15 6upMnZmNO 152/207

―――




千歌「ねえ、そのお金どうしたの」

佐原「賭けに勝ったのさ」

千歌「賭けって……またギャンブル?」

佐原「それよりもずっと可能性の高い勝負だよ」

千歌「何それ、意味わかんないし」


佐原「ところで。君の友達、相当騙されやすい性格してるよね」

千歌「……は?」

佐原「あんな子をいつまでも好きでいるなんて、もしかして高海さんは馬鹿なのかな。同姓だよ? 狂っているとしか思えない」

千歌「好き? 何言って……」


佐原「正直言って、高校の時から目障りだったんだよね。いつも高海さんの傍にいて、何でも知った風な顔で、高海さんと同じ高さに立って……その上幼馴染だって?」

佐原「君のバッグから彼女の写真がわんさか出てきた時は、はらわたが煮えくり返ったね。また僕の前に立ち塞がるのか……ってさ」


千歌「――まさか……!」

佐原「いやあ、実に簡単だったよ。あんな近くに住んでいたなんて……」ククク



パシン



佐原「……痛いな」


千歌「ハァ…ハァ……」

佐原「なにすんだよ」

千歌「佐原君……君さ……やっていいことと悪いことが……!」

342 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/06 23:33:37.03 6upMnZmNO 153/207

佐原「……いいかい高海さん」グイッ

千歌「っ……!」


佐原「僕みたいな底辺に生まれた人間はさ……他人から奪うことでしか生きられないんだ」

千歌「どういう……」

佐原「そのままの意味だよ。親の援助はなく、最低限の教育すら放棄され、挙句周囲の人間からも見捨てられている。こんな出来損ないの人間がいっぱしの生活を送るには、奪うしかないのさ」

千歌「――そんなことない! ここに私がいる! 私が……」


佐原「君に何ができる」

千歌「え……」


佐原「どうせ高海さんは……僕に同情しただけだろう」



千歌「それは……」



佐原「高海さんは明るくて優しい。故に誰からも好かれている。困っている人に手を差し伸べる勇気もある」

佐原「普通の人は、同情するだけで行動には移さない。いや、移せないんだ。良いか悪いかはともかく、それってすごい事だと思うよ」


佐原「――でもね」


佐原「同情だけじゃ、人は救えない。優しさだけじゃ、人は救えない」


千歌「あ……ぁ……」


佐原「君が今まで僕にしてくれたことは、悪いけど全部無駄だったのさ」

343 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 14:55:18.21 yhyXGDgnO 154/207

―――





千歌「よーちゃん……よーちゃん……」ブツブツ


千歌(よーちゃん、アパートにいるのかな)



ガチャッ



千歌「――!」



「おっでかけ♪ おっでかけ♪」

梨子「もう、はしゃがないの」

「だって、梨子ちゃんとお出かけなんて! テンション上がっちゃうよねー!」

梨子「曜ちゃんったらー」ウフフ



千歌(なんで梨子ちゃんが……)

千歌(そっか、遊びに来てるんだ。お互いの住んでる所とか、2人なら知り合っててもおかしくないよね)


「……うん?」


千歌「――っ」サササッ

344 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 14:55:50.64 yhyXGDgnO 155/207

梨子「曜ちゃん、どうしたの?」

「いや……あそこに誰かいたような」

梨子「気のせいじゃない? 私は何も見えなかったけど」

「……そうだね。じゃ、早く行こ? 全速前進ヨーソロー!」



千歌(よーちゃん、きっと困ってる。きっと悲しんでる)

千歌(謝らなきゃ……お金返さなきゃ……)



『――こんな出来損ないの人間がいっぱしの生活を送るには、奪うしかないのさ』



千歌「あ……」



『――同情だけじゃ、人は救えない。優しさだけじゃ、人は救えない』



千歌「う……ぅ……」


千歌(どうして動けないの。どうしてこんな簡単なことができないの。どうして……)

345 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 14:56:33.00 yhyXGDgnO 156/207

―――


喫茶店前



千歌(はぁ……なんでついてきちゃったんだろ)

千歌(よーちゃんとりこちゃん、楽しそうだなあ)



千歌「……え?」


千歌(まさか、目が合った?)


ガチャッ


「千歌ちゃん!!」



千歌「やばっ……」パタパタ



千歌(私はよーちゃんに会えない。会っちゃいけないんだよ)

千歌(佐原君があんなことをしたのは、元をたどれば全部私のせいなんだから)



「千歌ちゃん……待って!」


千歌「――曜……ちゃん……」

千歌「……!」ダッ


千歌(ダメ、来ないで)

千歌(よーちゃんに会う資格なんか、これっぽっちもない)

346 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 14:57:01.11 yhyXGDgnO 157/207

「何でっ……どうして逃げるの!? 千歌ちゃんっ!!」


千歌「ハァッ…ハァッ…」


千歌(ヤバい、追いつかれる)

千歌(よーちゃんにかけっこで勝てた事なんて、一度もなかったんだ)



「はっ……はっ……捕まえた!!」ガシッ

千歌「うっ……離して!」

「千歌ちゃん! 私だよ……曜だよ? 覚えてないなんて言わせないから!」


千歌「お願い……やめて……」


「千歌ちゃん、顔隠さないでよ……折角久しぶりに会えたのにさ」

千歌「ごめん……なさい……ごめんなさい……」


千歌(こんな顔、見られたくない)


「どうして謝るの? ……ねえ、こっち向いてよ!」グイッ


千歌「――っ」ポロポロ


「え……千歌……ちゃん?」

「どうして……泣いてるの?」


スルッ


千歌(よーちゃん、今まで見た事ないくらい酷い顔してる)


千歌「……」ゴシゴシ

千歌「……!」ダッ


「あ……千歌ちゃん……」




千歌(私、最低だ……ごめんね、よーちゃん)

347 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 14:58:07.31 yhyXGDgnO 158/207

―――




ピンポーン



ダイヤ『どうぞ』


~~~


ダイヤ「今回はちゃんと連絡してくれましたね。千歌さんの成長が嬉しいですわ」

千歌「うん」



ダイヤ「千歌さん?」

千歌「えへへ」

ダイヤ「どうかしたんですの」

千歌「なんでもない」

ダイヤ「なにかあったでしょう。様子が変ですわよ」

千歌「そんなこと……ないよ」

ダイヤ「言ってごらんなさい。私は、貴方の味方ですわ」


千歌「うぅ……うっ……」グスッ


千歌「ダイヤさん……ダイヤさんっ……!」ギュッ

ダイヤ「……」ナデナデ


千歌「私、よーちゃんに酷い事を……!」

348 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:00:34.84 yhyXGDgnO 159/207

~~~



千歌「ごめんね、ダイヤさん。何も話せなくて」

ダイヤ「いえ。謝らないでください」

千歌「うん……最近の私、謝ってばっかりだね」

ダイヤ「何か私にしてほしいことはありますか」

千歌「できればこれからも、色々相談に乗ってほしいな」

ダイヤ「私が力になれるのであれば、喜んで」


千歌「……うん」ニコッ


ダイヤ(この子、こんな風に笑う子だったかしら)



ダイヤ「一度崩れた友人関係を修復するのは、年を経れば減るほど難しいものになっていきます」

千歌「うん、わかってる」

ダイヤ「たった一度のいざこざで、以降二度と会わなくなる、なんてことも珍しくありませんわ。ですが……千歌さんと曜さんは、その程度の関係ではないでしょう」


ダイヤ「千歌さんの意思次第で、必ず乗り越えられるはずです」


千歌「そう……だよね」

ダイヤ「ええ。そうですわ」


千歌「私頑張るよ。ありがとう、ダイヤさん」

349 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:31:57.57 yhyXGDgnO 160/207

―――




千歌「お金返して」

佐原「……なに」

千歌「お金。よーちゃんから盗ったお金、返してよ」

佐原「何言ってんの? 君のものじゃないよ」

千歌「なら自首してよ」

佐原「やっぱり高海さんは馬鹿だね。するわけないだろ」

千歌「どうせ捕まる」

佐原「足は一切残してない。捕まえられるわけないね」

千歌「通報するよ?」

佐原「してみなよ。馬鹿にされるだけだ」

千歌「ギリッ……」

佐原「そんな顔初めてみたな。やっぱり好きな人が絡むと、流石の高海さんも黙っちゃいられないか」

千歌「そんな人だとは思わなかった」

佐原「残念だったね、君の思うような人間じゃなくて。僕を助けた事、後悔してるかい?」

千歌「……」

佐原「正直に言いなよ。人間なんてそんなもんさ」

千歌「……違うもん」

350 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:33:29.77 yhyXGDgnO 161/207

―――


某マック



千歌(多分、ここであってるよね。よーちゃんのバイト先)

千歌「……」ウロウロ

千歌(――いた!)


千歌(どうしよう、バイト中だ。当たり前だけど)

千歌(お金は、私が返す。今は無理だけど……近いうちに、必ず)

千歌(全部話して、よーちゃんに謝るんだ、そのためにここに来たんだから)



千歌「はー……息白い」

千歌(寒いなあ。よーちゃん、バイトいつ終わるんだろ)

千歌「……」ウロウロ


ウィーン


千歌(やばっ!)

351 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:34:24.61 yhyXGDgnO 162/207

「いらっしゃいませー!」


千歌(どうしよう……入らないわけにはいかないよね)

千歌「う……ぅ……」トコトコ


「お持ち帰り……です……か……」


千歌「あの……その……」

「なん……で……?」

千歌「えっと……お持ち帰りで」

「え……?」

千歌「おっ……お持ち帰りで!」

「えっと……何を……ですか?」

千歌「それは、その……曜ちゃ――って、ちがくて!!」

「へ……私?」

千歌「――っ///」カァァァァァ


千歌(私の馬鹿~~~~~~~~!! 何言ってんの!!///)

352 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:35:18.07 yhyXGDgnO 163/207

千歌「あの……じゅ、ジュースで……お願いします」

「……」ボー

千歌「えっと……曜ちゃん?」

「はっ……う、うん……じゃなかった! 分かりました!」

「ドリンク……ですよね? こちらのメニューからお願いします……」

千歌「えっと……その……」


千歌(ヤバい、テンパり過ぎだよ。どうしよう、なに頼めば……)


千歌「あの……うぅ……」

「みかんジュース……は、ないからさ」


千歌(……へ? みかんジュース?)


「この……オレンジジュースとかどうかな?」

千歌「……!」パアッ

千歌「うん……それにする!」


「うっ……」


千歌(よーちゃんの助け舟だ……助かったぁ)


「あ……ありがとうございましたー!」


千歌「ぅ……」チラッ


千歌(今、話すことはできないんだよね。やっぱ外で待ってよう……寒いけど)


ウィーン

353 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:36:04.62 yhyXGDgnO 164/207

千歌(寒い……あったかいのにすればよかったかな。でもそれどころじゃなかったし)

千歌(家帰ってから飲もう)




「……千歌ちゃん、見つけた」


千歌「あ……曜……ちゃん」


「隣……いいかな?」

千歌「……うん」


「よっと……」スッ

千歌「あの……よーちゃん」

「ん?」

千歌「ごめんね……突然、よーちゃんのバイト先来ちゃって……」

千歌「びっくりさせちゃったよね……迷惑、だったかな?」

「ううん、そんなことないよ」

「千歌ちゃんが来てくれて……すっごく嬉しい」


千歌(よかった……怒ってないみたい。本当、来てよかった)

354 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:36:35.80 yhyXGDgnO 165/207

千歌「あのね……チカ、よーちゃんに……どうしても言っておかなきゃならないことがあって」

「千歌ちゃん?」


千歌(――言わなきゃ)


千歌「それでねっ……チカ……チカね……!」





千歌(言ったら……嫌われるよね)





「千歌ちゃん!」

千歌「……っ!」ビクッ


「あ……その……はぁ……」

「あのね、千歌ちゃん」


千歌「うん……」

「どうしたの?今日の千歌ちゃん……なんか変だよ、まるで……」


「何かを怖がってるみたいな――」

355 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:37:11.23 yhyXGDgnO 166/207

千歌「……そう……かも。私、きっと怖いんだよ」

「え? 怖いって……何が?」


千歌「チカね……ホントは、よーちゃんに会う資格なんて……これっぽっちもないんだ」

千歌「チカは、よーちゃんに会っちゃいけないんだよ」

「なんで……? 勝手に決めつけないでよ……」

千歌「ううん、決めつけてなんかないよ。当然だよ」

千歌「だってチカは……曜ちゃんを裏切ったから」

「裏切った? ごめん、話が全然見えない……」

千歌「あの……ね」


千歌「……ダメだ。今日は……言えない」

「は? ここまで言っておいて、今更言えないって……意味わかんないよ!」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

「まっ、また――」


千歌(臆病な私で、ごめんなさい)

356 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:37:46.91 yhyXGDgnO 167/207

「……いいよ、話さなくても」

千歌「……え?」

「私ね、千歌ちゃんが会いに来てくれたってだけで……すっごく嬉しい」

千歌「ほん……と?」

「うん、ほんと。心の底から思ってるよ」

「だって私……ずっと、千歌ちゃんに会いたかったから」

「あの時から、ずっとそればっか考えてたから」

「自分でも呆れるくらい……千歌ちゃんのことしか、考えてなかったんだよ?」



千歌(嘘……よーちゃんが……)キュンッ



千歌「……うぅ……よーちゃん」グスッ

「もう……泣かないで?」



千歌「ごめんね……チカ、最低だから」

「……え?」


千歌(よーちゃんはこんなに優しいのに)

千歌(私はこんなにも酷くて、ズルくて、醜くて。だから――)


千歌「私は……私が嫌いです」

「千歌ちゃん……」

357 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:38:45.88 yhyXGDgnO 168/207

千歌「――今日は、もう帰るね」

「え……」


千歌(これ以上いても、多分話せそうにないしね)


千歌「チカもね……ほんのちょっと話せただけだけど、すっごく嬉しかったよ」

千歌「バイバイ……よーちゃん」



千歌(今度は……いつ、会えるのかな?)



「――千歌ちゃん!」



千歌(……え?)



「好き……大好きだよ!」

「あの頃から、ずっと……大好きだから!」

358 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/07 15:40:04.50 yhyXGDgnO 169/207

千歌「よーちゃん……」

千歌「うっ……うぅ……」ポロポロ

千歌「……!」ダッ


千歌(――よーちゃん!)


ギューッ


「え……なに……!?」



千歌(ごめんね、急に抱き着いて。びっくりしてるよね)

千歌(でも、一つだけ伝えたいことがあるんだ)

千歌(だから……これだけは言わせて?)



「千歌ちゃん……なの?」



千歌「……すき……だよ」


「……え?」


千歌「大好きだよ……曜ちゃん」


スッ


「え……まっ……」

「千歌ちゃん……待って!」



千歌「――っ」パタパタ

359 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:11:50.51 vlpX5WjlO 170/207

――

――――

――――――


チュンチュン…


千歌「う……ん」

千歌「……朝?」


コトコト


千歌(いい匂い)


ダイヤ「――あら、起きたんですの」

千歌「はい……おはようございます、ダイヤさん」

ダイヤ「おはようございます」

千歌「朝食作ってるんですか」

ダイヤ「ええ。もう少し待っていてくださいね」


千歌「ダイヤさん、志満姉みたい」

ダイヤ「そんなに優しい女性に見えますか?」

千歌「うん、見えるよ」

ダイヤ「フフッ、ありがとう」

360 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:13:44.37 vlpX5WjlO 171/207

~~~


千歌「ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「はい」

千歌「私……今日、全部終わらせてこようと思う」

ダイヤ「そうですか」

千歌「……わかるの?」

ダイヤ「何が……とは、もう言いません」


ダイヤ「梨子さんから、お話は伺っておりますわ」

千歌「りこちゃんから?」


千歌(そっか……りこちゃん、よーちゃんから色々聞いてるんだ)


ダイヤ「千歌さんなりに、何かと思う事もあったでしょう」

千歌「……うん」

ダイヤ「千歌さんが、終わらせると決意したのなら。私は応援致しますわ」


千歌「ありがとう、ダイヤさん」

361 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:14:16.43 vlpX5WjlO 172/207

~~~



千歌「今までありがとうございました」ペコッ


ダイヤ「なんです、改まって」

千歌「ご迷惑をおかけしました」

ダイヤ「いいのです。好きでやったことですから」

千歌「本当に、お世話になりました」

ダイヤ「ええ」



千歌「さよなら、ダイヤさん」



ダイヤ「――それは違いますわ」

千歌「……え?」


ダイヤ「さよならは、私たちの挨拶としてふさわしくありません」

千歌「……そうだね。そうだった」



千歌「行ってきます」

ダイヤ「ええ、行ってらっしゃい」

362 : 以下、名... - 2018/01/08 00:14:46.29 vlpX5WjlO 173/207

―――





佐原「もう来ないと思ってたよ」

千歌「私もそのつもりだった」



千歌「今日で、本当に終わり。何もかも……終わらせるから」

佐原「この部屋を引き払うのかい?」

千歌「そのために片付けるの。夕方に引っ越しの業者さんが来るよ」


佐原「……まあ当然か。あんなことをしでかした僕とは、一刻も早く縁を切りたいよね」

千歌「このアパートに住んでいていいよ。私は実家に帰る予定だから」

佐原「君、今の仕事はどうするつもりなんだ?」

千歌「有給消化したら退職するよ」

佐原「じゃあ、面倒事は粗方済ましてきたわけか」ガタッ


千歌「……どこに行くの?」

佐原「外に。僕がいたら邪魔だろう」

千歌「……」


ガチャッ

363 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:15:43.49 vlpX5WjlO 174/207

―――


パチンコ店



善子「あいつ……今日も来てる」

善子(自分の手帳が盗まれたこと、気付いてないのかしら)



佐原「……」スタスタ

善子「あんた……」


佐原「一万円、両替お願いします」

善子「今日は故障してないはずだけど」

佐原「早く」

善子「……」ガチャッ


善子「アンタさ……最近何かヤバいことしてるでしょ」

佐原「ヤバいこと?」

善子「なんていうか、勘よ。そんな雰囲気纏ってる」

佐原「何言ってるんだ」

善子「フフッ、私にはわかるのよ。この邪気眼を持ってすれば……って、アンタには通じないか……」

佐原「……やっぱりそうか」ククッ

364 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:16:12.40 vlpX5WjlO 175/207

グイッ


善子「――っ!」

善子(やば……なんでこいつ、ナイフなんか持ってきてんのよ……!)


善子「……なんのつもり、それ」

佐原「君なら分かるだろう。返してもらうためにきたんだ」

善子「言ってることの意味が……」

佐原「あの日、家に帰ってすぐに気づいたよ」

善子「……!」

佐原「ダメじゃないか。人の物を勝手に盗んじゃ」

善子「アンタにだけは言われたくない」

佐原「ククク……そりゃそうだ」


佐原「さあ、早く持ってくるんだ。事務室にあるなら僕も着いていくけど?」


善子「……ないわよ」

佐原「状況わかってる?」

善子「無いって言ってんでしょ。知り合いに渡したの」

佐原「……」

365 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:16:39.02 vlpX5WjlO 176/207

先輩「――アンタ、なにしてんの?」

佐原「君は」

善子「矢澤先輩……」

先輩「あたしの大切な後輩に、なんてもん突きつけてくれてんのよ」

佐原「ねえ、人質って知ってる?」グイッ

善子「きゃっ……!」

先輩「警察呼ぶわよ! ナンバーは既に押してる……あとはコールするだけなんだから……!」

佐原「かけた瞬間この子は殺す」

善子「あ……ぁ……」ガクガク

先輩「くっ……」ギリッ


佐原「……大切な人を傷つけられた時の顔ってのは、どうしてこうも恐ろしいんだろうね」

先輩「私の大事な後輩に、手出しなんてさせない」

善子「いいから……逃げて」

先輩「善子は黙ってなさい」

366 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:17:28.51 vlpX5WjlO 177/207

ザッ…ザッ…


佐原「僕が店から出るまで動くなよ」

善子「う……ぅ……」グスッ

先輩(なんでこんな時に限って他に客がいないのよ……!)



善子「……アンタ、どうするつもりなの?」

佐原「は?」

善子「手帳返してもらいに来たんでしょ。こんなことしたって、意味なんかない」

佐原「関係ないんだよ。警察を呼ばれたら、元も子もない」


善子「……私がもう呼んでるって言ったら?」

佐原「どういうこと?」

善子「私のケータイ、ガラケーなの。ポケットの中で操作するのは簡単よ。先輩に気を取られて、私のことはお留守になってたみたいね」

佐原「……そんなハッタリが通じると思うかい?」

善子「もうすぐ来るはずよ。交番、ここから近いでしょ」

佐原「……」

367 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:17:54.60 vlpX5WjlO 178/207

スルッ


佐原「――くそっ!」ダッ


ウィーン


善子「う……ぅ……」ヘナヘナ


先輩「善子っ!」

善子「先輩……矢澤せんぱーい……!」ウルウル

先輩「バカ、私のことはにこにーって呼びなさい」

善子「そんな恥ずかしい呼び方、できるわけないですよ……」グスッ


先輩「怪我はないわね? 心配かけんじゃないわよ、ったく」

368 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:18:31.71 vlpX5WjlO 179/207

―――




ガチャッ



千歌「……あれ、佐原君?」

佐原「出して」

千歌「え?」

佐原「早く出せっ!」

千歌「待って、何のこと言ってるのか……」


佐原「早くっ!!」グイッ


千歌「――!」

千歌「なにそれ……なんでナイフなんか……」

佐原「津島さんから手帳を受け取ったのは君だろう」

千歌「津島……善子ちゃんのこと? 違うよ……私、善子ちゃんのことなんて何も……」

佐原「君以外に誰がいるっ!? この辺に住む人で、津島さんとやり取りするような人間なんて……!」


千歌(ダメだ、ヒステリー起こしてる。話なんて通じない)

千歌(一体何があったの? 善子ちゃんと何の関係があるの?)

千歌(警察……ダメ、スマホは今手元にない)


千歌「誰か助けて……よーちゃん……助けて……!」

369 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:19:26.87 vlpX5WjlO 180/207

―――


数時間前



「梨子ちゃん、明日はクリスマスイブだよ」ニコッ

梨子「そうね」

「久々の三連休だからさ! 今日は梨子ちゃんとゆっくりしてたいんだ」

梨子「私も、今日は曜ちゃんとくつろぎたいよ」

梨子(できることなら……ね)


「えへへ……梨子ちゃん」ギュー

梨子「曜ちゃん……」ナデナデ



梨子(でもそれは、もう叶わない)



梨子「あのね、曜ちゃん」

「ん? なに、梨子ちゃん」

370 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:20:26.22 vlpX5WjlO 181/207

梨子(この先に進めば……多分もう、戻れない)

梨子(わかってる。それが正しいんだ)

梨子(なのに……なのに……)


「梨子ちゃん……どうして泣いてるの?」

梨子「うっ……うぅ……」ポロポロ


「梨子ちゃん?」


梨子「――何かあったら、いつでも連絡してほしいな」

「え?」

梨子「そして……辛くなったら、また私を頼ってね? これだけは、守って欲しい」

「ちょ……何言ってんの、梨子ちゃん。まるで、この部屋から出て行くみたいな……梨子ちゃん、飛行機の日まであと4日もあるじゃん」


梨子「私、内浦に帰ろうと思う」


「え……待って、いきなりすぎるよ。帰る時は一緒に帰ろうって約束したよね。しかも私、梨子ちゃんとヨーロッパに行くって……」

梨子「うん。でも曜ちゃんは……ヨーロッパには行かないの」

「は?」

梨子「曜ちゃんにはまだ、やることがあるでしょう」

「やることって……」



梨子「――千歌ちゃんに、会いに行こう」

「千歌……ちゃん?」

371 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:21:02.84 vlpX5WjlO 182/207

―――




「ここが……千歌ちゃんのアパート?」

梨子「うん。驚いた?」

「嘘でしょ、こんなに近い所に住んでるなんて……」

梨子「私も、初めて聞いた時は驚いたわ」


「千歌ちゃんに……」


梨子「さあ、曜ちゃん」


「嫌だ……会いたくないよ」

梨子「どうして?」

「怖いんだ、私。裏切られるんじゃないかって、傷つくんじゃないかって」



梨子「……ねえ、曜ちゃん」

梨子「千歌ちゃんは、なんて言ってた?」

「え?」

梨子「確かに千歌ちゃんは、私たちに何の相談もせずに姿を消した」

梨子「でもそれって……私たちを、信じてるからじゃないかな」

「信じてる……?」

梨子「それくらいで、私たちは駄目になったりしないって。私たちの関係が、なかった事にはならないって」

「それは……」

372 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:21:29.93 vlpX5WjlO 183/207

梨子「ねえ曜ちゃん。もう一度、千歌ちゃんを信じてあげて」

梨子「自分の気持ちに、素直になってあげて」

梨子「千歌ちゃんの気もちに……答えてあげて?」


「ふっ……ぅ……うん……」ヒグッ


梨子(だって……貴方が本当に好きなのは……心の底から愛しているのは)



「……」ゴシゴシ



「……千歌ちゃん!」



梨子(――そうでしょう?)



梨子(たった数週間……ほんの少しの間だったけど)

梨子(貴方と過ごした時間は、私にとって……あの頃に負けないくらい、キラキラとした宝物だった)


梨子「ありがとう、曜ちゃん……私、本当に幸せだったよ」ポロポロ

373 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:22:18.71 vlpX5WjlO 184/207

「……あれ」

梨子「……ふぇ?」グスッ

梨子「どうしたの、曜ちゃん」ゴシゴシ



「あの人……ほら、こっちに向かってくる」

梨子「本当だ。このアパートの人かな」


「――っ!」グイッ

梨子「えっ……ちょ、曜ちゃん!?」


「ヤバい……あの人、ナイフ持ってる!」

梨子「うそっ……!?」



佐原「フーッ…フーッ…」


ガチャッ


梨子「こっちには目も留めないで…………え?」

「どうしたの、梨子ちゃん」

梨子「あそこ……千歌ちゃんの……!」

「――そんなっ!」


「千歌ちゃん!!」ダッ


梨子「待って曜ちゃん! 警察に任せた方がいいよ!」グイッ

「離してっ、千歌ちゃんが……今から警察を呼んでたんじゃ間に合わない!」

梨子「怪我じゃ済まないかもしれない……相手は刃物を持ってるのよ!?」

「それでもっ!!」


「千歌ちゃんを……助けなきゃいけないから」


梨子「あ……」スルッ


ガチャッ

374 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:23:02.87 vlpX5WjlO 185/207

―――





(鍵は開いてる……)


「早く出せっ!」

「待って、何のこと言ってるのか……」

「早くっ!!」


「この声……千歌ちゃんだ!」



佐原「津島さんから手帳を受け取ったのは君だろう」

千歌「津島……善子ちゃんのこと? 違うよ……私、善子ちゃんのことなんて何も……」

佐原「君以外に誰がいるっ!? この辺に住む人で、津島さんとやり取りするような人間なんて……!」



(手帳? 善子ちゃん? 何の話……)


千歌「誰か助けて……よーちゃん……助けて……!」


「――っ!」ダッ

375 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:24:10.22 vlpX5WjlO 186/207

佐原「なっ……なんだ君は!」

「ああああああっ!!」ガッ


佐原「くっ……」


(よし、押さえつけた! あとはナイフを……)


佐原「どけっ!」ドゴッ


「うっ……かはっ……」

(ヤバい、みぞ殴られた)

「う……ぅ……」ガクッ


千歌「――よーちゃん!! 危ないっ!!」

佐原「邪魔しやがって!」ブンッ



梨子「えいっ!」



「……え?」

佐原「ぐあっ……離せよ! なんなんだ、次から次へと……!」グイッ

梨子「きゃあっ!」



バタンッ

376 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:25:47.59 vlpX5WjlO 187/207

「梨子ちゃん……!」

(ダメだ、まだ力が……)


千歌「りこちゃん!」パタパタ

千歌「梨子ちゃん……血が……!」

梨子「いっつ……大丈夫よ、壁に頭ぶつけたけど、かすり傷だから」


(梨子ちゃん……ありがとう、助けてくれて)


千歌「ひどい……ひどいよ。佐原君、暴力だけは絶対にしない人だと思ってたのに……!」キッ

「さは……ら……?」


『あの人なの……よーちゃんからお金を奪ったのは、佐原君なの』


「――っ」



佐原「なんだよ……そんな目で……」


「ハアッ…ハアッ…」

(よし、動ける……力も入る!)


佐原「そんな目で…………僕を見るなあああああああああああああああ!!!」ブンッ

377 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:28:02.58 vlpX5WjlO 188/207

「――っ!!」


パシッ


「ぐっ、腕離せよっ……!」グイッ…グイッ…

「その顔……そうか、君はあの時の……」

「クソッ……女のくせに、なんでこんなに力が……!」


「……私はいいよ。何をされても」

「昔からバカやってた分……傷つくのも、悲しいのも、笑って誤魔化せる」

「色々と適当だからさ……お金を取られたことも、もう一度Aqoursが……なんて騙されたことも、全部私がマヌケだったんだって自分を納得させられる」

「だから……君にされたことは、もう怒ってないんだ」



「でも……でもね」ギュウウウッ



「――どんな理由があろうと!! 私は千歌ちゃんを傷つける奴は許さないっっっ!!!」

378 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:29:19.94 vlpX5WjlO 189/207

千歌「よーちゃん……」ポロポロ


「いたっ……痛いっ! 離してくれ……!」


ポロッ…カランッ…


(ナイフを落としたっ……!)


ガッ…カラカラ…


「ナイフは向こうに蹴り飛ばしたよ。もう観念して」

「くうっ……」



「こんなボロいアパートに、二人は住んでたんだね」


千歌「あの……違うんだよ、よーちゃん」

「何が違うの? だってそういうことじゃん……この男は、このアパートに合鍵を使って入った。その部屋に、こうして千歌ちゃんの私物がたくさんある」


「そんなの……ひとつしかないじゃん」

379 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:36:48.07 vlpX5WjlO 190/207

「……違う」

「は?」

「高海さんは実質、僕と同棲なんてしてない」

「この期に及んで何を……!」


梨子「曜ちゃん……聞いてあげて?」

「梨子ちゃん……?」


「最初の1ヵ月くらいだよ。まともに2人で暮らしていたのは」

「そのうち高海さんの方から離れていった。それで確信したよ」

「この人は、僕に同情していただけだったんだ……って」

「僕は実質中卒で、そんな人間がすぐに就ける仕事と言えば、夜の土方くらいしかなかった」

「対して高海さんは、しっかり高校を卒業している。家族と時折連絡も取っていたらしい」

「まともな経歴さえあれば、ちゃんとした仕事にありつける。段々と顔を合わせる頻度も少なくなっていったよ」

「僕と高海さんは、何もしていないんだ……何一つ」

380 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:56:56.48 vlpX5WjlO 191/207

プルルルルル……


千歌「電話……?」


ダイヤ『もしもし、千歌さんですか?』

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ『千歌さん。彼は、傍にいらっしゃいますか?』

千歌「うん、いるよ」

ダイヤ『代わってください』

千歌「わかった」


千歌「はい」スッ

佐原「……誰?」


ダイヤ『失礼いたします。私、黒澤ダイヤと申しますわ』

佐原「くろさわ……まさか!」

ダイヤ『ええ。貴方の思い浮かべる黒澤家で、間違いないかと』


佐原「……フン。今更なんだっていうんだ」

佐原「黒澤家が佐原家を見限った理由は知ってる。しかも、二世代も昔の話だ。直接アンタには関係ない。それなのに……今更何の用?」

ダイヤ『貴方のご両親と連絡がつきましたの』

佐原「……は?」

ダイヤ『都合がよろしければ、内浦へ足を運んでくださいな』

佐原「いや、ちょっと待ってくれ。意味がわからない」

ダイヤ『話はそれだけですわ。では――』

381 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:58:00.56 vlpX5WjlO 192/207

梨子「待ってください」

ダイヤ『あら? 梨子さんもいるのですか?』


梨子「今から内浦になんて無理よ。だって、もう警察を呼んでいるもの」

佐原「……」

梨子「私の傷と、貴方の包丁。現行犯逮捕は確定よ。それに……」スッ

佐原「それは……!」

梨子「この手帳を使って詐欺罪で起訴するつもりだしね。貴方が内浦に帰るのは当分先になりそうよ」

佐原「……そんな物が証拠になるとでも?」

梨子「確かにこの手帳は証拠能力は薄いかもしれない。でも貴方の身元が割れた以上、重要参考人として捜査してもらうことはできるわ」

「梨子ちゃん……?」

千歌「ねぇ……なんか梨子ちゃんが怖いんだけど」コソコソ

「乱暴にされたこと怒ってるのかな」ボソボソ

梨子「そこ、聞こえてるわよ?」ニコッ

ようちか「ひいっ……」


佐原「なら、僕はここから逃げるしかないね」

「……逃げられるとでも思ってるの」 

382 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 00:58:57.59 vlpX5WjlO 193/207

千歌「あのね、佐原君」

佐原「……高海さん」


千歌「私、思い知ったんだよ」

千歌「嫌われることから逃げ続けても、何にもならない。何にも解決しない」


千歌「だから私は、一歩踏み出すことにしたんだ」


千歌「確かに私たちは間違ったことをしたよ」

千歌「私は、大切な幼馴染みを傷つけた。貴方は、決して許されないことをした」

千歌「でも……そこで立ち止ってたら、何もできない。何も始まらない」

千歌「何もしなかったら、いつまでも0のままなんだよ」


千歌「だからさ、やり直そうよ」


千歌「進む方向が間違っていたなら、最初に戻って、また1から歩き出せばいい」



千歌「こんなことはもう、終わりにしようよ」

383 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:31:48.28 vlpX5WjlO 194/207

―――


新幹線車内


梨子「……」ムスッ

「もう、梨子ちゃーん……機嫌なおしてよぉ」アセアセ

千歌「ど……どうしたの? 梨子ちゃん」


「いや、その……梨子ちゃん、最初は一人で内浦に帰る予定で」

梨子「曜ちゃん? 言ったらどうなるか分かるわよね?」

「はっ、はい……了解であります」ケイレイ


梨子「あんな感動的なやり取りのあとに……これ?」

「うぅ……不可抗力だよ、許してぇ……」


千歌「結局、みんな一緒に帰ることになったね」アハハ

ダイヤ「私は、今回の件で内浦に一度帰ることになったのですが……どうして善子さんもいらっしゃるのですか」

善子「ヨハネヨ……だって、リリーが帰るって言うんだもの」

梨子「あら。リトルデーモンがいないと、ヨハネ様は寂しいのかしら?」

善子「そこ、からかってんじゃないわよ!」

ダイヤ「鞠莉さんも、今夜辺り内浦へ到着する予定とのことです」

千歌「流石にフットワーク軽いね、鞠莉ちゃん」

384 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:33:03.54 vlpX5WjlO 195/207

―――




佐原父「君が渡辺さんだね」

「あ、はい……ってちょ……!」

佐原父「本当に申し訳なかった」

「やめてくだいよ、土下座なんて……顔を上げてください」


佐原父「この封筒に、35万全額入っている。君が盗まれた金額で間違いないかい?」

「ええ。あの、受け取っていいんですか?」

佐原父「もしも足りないというのなら、いくらだって用意する」

「いや……やめてください。このお金だけで、十分ですから」


佐原父「のちに裁判が始まると思う。そうなったらまた、君たちに迷惑をかけるかもしれない」

「いえ、そんな……」

梨子「あの、佐原さん」

佐原父「なんだい」

梨子「貴方は、その……失礼ですが、離婚されていますよね」

佐原父「ああ」

梨子「どうして彼……誠君の罪を、貴方が?」

佐原父「あんな女に育てられていても、俺の子供だからな」

梨子「そうですか……」

385 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:33:30.31 vlpX5WjlO 196/207

佐原父「君たちにとって、誠は犯罪者でしかない。そして俺は、君たち被害者から憎まれるべき立場の人間だ。こうしてまともに話せているのが奇跡的なくらいに」

千歌「いえ、気にしないでください」

佐原父「一歩間違えたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない……改めて、本当に申し訳なかった」ペコッ


佐原父「だが……君たちは、あいつの同級生だったと聞いている」

佐原父「もしも、あの馬鹿にまだ救いようがあると思うのなら……ぜひ協力してほしい」


千歌「それは……」チラッ

「いいかな、千歌ちゃん、梨子ちゃん」

千歌「……うん」

梨子「ええ」



「元クラスメイトとして、ちゃんと罪を償ってほしいという気持ちは、私たちにもありますから」

「是非、協力させてください」


佐原父「――ありがとう。心から感謝します」


「ところで……このお金、本当にいいんですか?」

佐原父「ああ、受け取ってくれ」

「でも……」

佐原父「俺は、誠が出直してきて……俺に金を返しに来るのを、待つことにしたんだ」


「……そうですか。わかりました」

386 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:35:52.65 vlpX5WjlO 197/207

―――




千歌「いい人だったね」

梨子「うん。なんか、男らしい人だった」

「あの人の下で暮らしていたら……佐原君、あんな風にはならなかったのかな」



果南「おーい」

千歌「あっ、果南ちゃん!」パタパタ

果南「えいっ」ハグ

千歌「わっ……もう、果南ちゃんったら」

果南「千歌、少し背が大きくなった?」

千歌「どうだろ、ヒール履いてるからじゃない?」

「ううん、確かにちょっと伸びてるよ」

千歌「……そっか」


善子「リリー、連れてきたわよ」

花丸「久しぶりずら~」

ルビィ「みなさん、お久しぶりです」


梨子「ありがとう、善子ちゃん。花丸ちゃんとルビィちゃんも、久しぶりね」

「わああ、ルビィちゃんすっごく大人っぽくなったね!」

ルビィ「えへへ、そうかなー」

善子「中身は何も変わってないわよ」

花丸「それは善子ちゃんもずら」

善子「うるさいわよずら丸!」ニャー


ダイヤ「鞠莉さんはあと1時間ほどで到着するそうですわ。こうして皆さんが揃うのは、私たちの卒業以来初めてではありませんか?」

387 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:36:39.08 vlpX5WjlO 198/207

千歌「折角みんな集まったんだからさ! 今から沼津に遊びに行こうよ!」

果南「残念だけど、私は仕事に戻らなきゃ」

千歌「えー!? そんなー!!」

果南「文句言わない。大人になったんでしょ?」

千歌「ぶー……」


ダイヤ「私も、家の者に挨拶をしませんと」

ルビィ「そうだね、お姉ちゃん」


千歌「えぇー……ダイヤさんとルビィちゃんもぉ」

花丸「まると善子ちゃんは大丈夫だよ」

善子「だから、善子じゃ……もういいわよ」

花丸「あれ、ヨハネは?」

善子「いいっつってんじゃない。しつこいわよ」

花丸「へぇー……明日は雨ずらね」

善子「ずら丸っ! からかうんじゃないっ!」


ルビィ「う……うゅ……」


ダイヤ「……ルビィ、行きたいのでしょう」

ルビィ「あ……お姉ちゃん」

ダイヤ「いいんですのよ? 私についてこなくても」

ルビィ「……ううん。私も行かないとね」

ルビィ「だって、ルビィは黒澤家の後継だから」


ダイヤ「……立派になりましたわね」

388 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:37:08.52 vlpX5WjlO 199/207

花丸「じゃあ、ルビィちゃん。またあとでね!」

善子「がんばルビィよ?」


ルビィ「あ……ありがと、花丸ちゃん! 善子ちゃん!」フフッ


千歌「ふぇぇ……みんなで沼津行きたかった」

「仕方ないよ。また夜に会えるから……ね?」

千歌「うぅ……わかった。じゃあ夜にたくさん食べるために、昼は精一杯楽しむぞー!」オーッ

「ヨーソロー! 了解でありますっ!」ケイレイッ



梨子「はしゃいでるなぁ……2人とも」クスクス



果南「梨子ちゃんは行かないの?」

梨子「あ、いや……私も行くけど、ただ……」

果南「ただ?」


梨子「えっと……大したことじゃないんだけどね。ちょっと考え事してたんだ」


果南「なあに? 言ってみなよ」

389 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:38:28.32 vlpX5WjlO 200/207

梨子「……正直、わからないの」

梨子「これから私は、どうすればいいのか」

梨子「どの方向に進めばいいのか」


梨子「実は私、ピアノで行き詰まってたんだ」

梨子「コーチに何を言われたわけでもないんだけど、最近なんだか……気持ちよくピアノが弾けなくて」

梨子「この間東京のコンサートで弾いた時は、ちゃんと弾けたの。曜ちゃんや千歌ちゃんがいてくれたおかげかどうかはわからないけど……でも、それで納得した」

梨子「結局、私の願いは一つだけ。誰でもいい、どんな形でもいい……ずっと傍にいてほしかった。寄り添ってほしかった」


梨子「だから、千歌ちゃんと曜ちゃんが羨ましい」

梨子「あんなことがあったのに……離れ離れになったのに……」

梨子「それでもまた、こうして巡り会えたから」

梨子「きっと、これからも……あの頃みたいに、2人一緒に歩いて行くんだろうなって思って」

梨子「でも私は、向こうに帰ったらまた一人ぼっちで」

梨子「それがなんだか、すっごく寂しいの」

390 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:39:06.07 vlpX5WjlO 201/207

果南「――ずっと一緒にいたからね。あの2人」


梨子「え?」


果南「千歌と曜は、特別な幼馴染みだから」


梨子「そう……ですね」


果南「私と鞠莉、ダイヤの関係とは、またちょっと違う」

果南「友達以上……恋人以上? みたいな」


梨子「恋人以上ですか」フフッ


果南「だってそうじゃない? 多分お互い、代えられるような人は見つけられないよ」

梨子「そうかも……しれませんね」


果南「……でもね」

果南「梨子ちゃんが心配する必要はないと思うよ?」


梨子「……え?」



果南「……じゃあ私、もう行くから」

梨子「あっ、はい」

果南「元気でね、梨子ちゃん」

梨子「うん……果南さんも」

391 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:39:59.57 vlpX5WjlO 202/207

梨子(違う。曜ちゃんと千歌ちゃんは、簡単に言葉で説明できるような関係じゃない)

梨子(あの2人の繋がりは、友情だとか、恋愛だとか……そんな上辺だけで語れるようなものじゃない)

梨子(何もかも垣根を超えた……お互いを理解し合って、受け入れて、分かち合って)

梨子(その先にある、他の人には見えない何か)


梨子(きっとそれは私にも見えなくて、届かない)

梨子(欲しくてたまらなくて、手に入れようと足掻いて……そして、とうとう叶わなかったもの)


梨子(羨ましいなあ)


梨子(私は、千歌ちゃんになりたかったのかな?)

梨子(それとも、曜ちゃんに憧れていたのかな?)


梨子(ううん……きっと、どちらも違う)


梨子(――私は、あの中に入りたかったんだ)

392 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:40:34.19 vlpX5WjlO 203/207

千歌「――梨子ちゃん」


梨子「……千歌ちゃん?」


千歌「おいで?」

梨子「……え?」


「梨子ちゃん、一緒に行こう?」

梨子「あ……その……」


梨子「いいの……かな? 私が、一緒にいても……いいのかな?」


千歌「もう、何言ってるの? 梨子ちゃん」

「そんなの、当然だよ!」


千歌「だって私たち、約束したでしょ?」

「みんなでお願いしたじゃん?」




『――ずっと一緒にいられますように』

393 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:41:08.89 vlpX5WjlO 204/207

梨子「あ……」




千歌「ほら、早く早く~!」

「急がないと、置いて行っちゃうよ~!」



梨子「――っ」



梨子「……フフッ」


梨子「待ってよ~、2人とも~!」

394 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:43:32.61 vlpX5WjlO 205/207

……ねえ、梨子ちゃん、千歌ちゃん。

私ね、思うんだ。


――神様が、願いを叶えてくれたんじゃないかって。


だってさ……すっごい偶然だよね。

千歌ちゃんが駆け落ちした相手が、私を詐欺の標的にして。


梨子ちゃんが、本当にたまたまだけど、そんなタイミングで私の家を訪れて。

実は犯人は、善子ちゃんに出会ってて。

ルビィちゃんと花丸ちゃんにとっては、文芸部の先輩で。

彼のお父さんは果南ちゃんのダイビングショップに通いつめてて、仲良くなってて。

鞠莉さんは、そのお母さんと知り合いで。

ダイヤさんは、千歌ちゃんの相談相手になっていた。


本当に不思議だけど……今回、Aqoursのみんなが関わってるんだよ。


神様が叶えてくれたのかな。

あの時、みんなでしたお願いを。

395 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:44:00.41 vlpX5WjlO 206/207

千歌「……」


「……千歌ちゃん?」



千歌「………………ように」



梨子「千歌ちゃーん、みんな待ってるよ?」



千歌「あ、うん!」パタパタ






――見つかりますように。


私たちだけの輝きが、見つかりますように。

396 : ◆PChhdNeYjM - 2018/01/08 01:44:26.71 vlpX5WjlO 207/207

END

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