1 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:35:50.33 YeaCfPgp0 1/905











「シーッ!」








元スレ
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/

2 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:36:34.66 YeaCfPgp0 2/905

「大きな声で 話しかけないでよっ。あたしが ここにいること バレちゃうじゃないっ!」

「あれ? そこにだれか いるのか?」
「ややっ マリベルおじょうさん! また そんなところに かくれたりして……。」

「もう……。 いいじゃないの あたしが漁に ついて行ったって!」
「ね 見逃してよ コック長! あなたの作るシチューって最高よ! ウフフ…。」

「…わしに おせじをいっても ムダですぞ。」
「さあ お父上にしかられないうちに 船を おりなされ。」

「いったい どうした? さわがしいようだが なにか あったのか?」

「あっ ボルカノ船長 じつは マリベルおじょうさんが…。」

「…………………。」
「わかりました。マリベルおじょうさん。ただし 今回かぎりですぜ。」

「やったあーーっっ!!

「さてと そうと決まったら いよいよ出航だ! アルス グズグズするなよっ!」

「そうよ アルス。グズグズするんじゃないわよっ。」

3 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:38:14.06 YeaCfPgp0 3/905

※注意書き

1. このお話はプレイステーション専用ソフト『ドラゴンクエストⅦ』及び
そのリメイク版であるニンテンドー3DS専用ソフトを原作とし、
これをもとにスマホ版をクリアした記念で書き起こした後日談です。

いたスト?ヒーローズ?……設定がややこしくなるのでなかったことにしてください。


2. 内容は主人公アルスとマリベルを中心とした航海の旅です。
→最初っから最後までべったべたです。
→成人指定はありません。(少年誌くらいのレベルなら)


3. 基本一話完結型の全30話を予定しています。


4. 形式はご覧の通りセリフをメインに地の文を挟んだものになっています。
地の文も難読漢字などはなるべく平仮名や片仮名で表記しております。
また、セリフなどに関してはなるべく原作に近い形で書いていきます。


5. 基本的に原作で登場した人物、組織、地名、その他諸々の概念や設定に則ってお話は構成されています。
作者オリジナルのキャラクター及び独自設定は、ほんの一部を除きなるべく排除してあります。
あくまで原作との整合性を保ってお話を進めますので世界観を壊さずに読んでいただけるかと思います。

設定はps版がメインですが、お話の都合上3ds版で登場したモンスターなども絡んできます。


6. お話を作るにあたってはよそ様のSSなどの影響をもろに受けている部分があります。「もしかするとこのお話はあれが元ネタか」という部分がしばしば見受けられる可能性がありますのであしからず。


人生で初めてSSなんて書いたので拙いところだらけですが、
お付き合いいただける方はどうぞスクロールで読み進めください。

4 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:39:39.14 YeaCfPgp0 4/905






航海一日目:船出





5 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:40:41.64 YeaCfPgp0 5/905

世界を震撼させた大魔王オルゴ・デミーラが倒れ平和がもたらされて早数日、漁村フィッシュベルでは一隻の漁船が船出を迎えようとしていた。

ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

アルス「…………………!」

数々の困難を乗り越え、魔王を打ち破った英雄たち。

その中の一人、少年アルスは父親の後を継ぎ、漁師として再出発しようとしていた。

マリベル「ついに ついに このマリベル様が この船に乗る日がきたのね!」

そしてもう一人、世界を救った少女マリベルもまた、ある想いを胸にこの船に乗り込んでいた。

マリベル「うん。うんうん。ウフフっ!」
マリベル「さあ アルス! フィッシュベルのみんなが度肝抜くぐらいの 大物をとるんだからね! 気合入れていきなさいよっ!」

アルス「マリベル まだ 最初の漁場までは 数日かかるよ。」

マリベル「そんなこと わかってるわよ!」

そんな二人のやりとりを微笑ましく思いながら、少年の父であり村一番の漁師にしてこの漁船アミット号の船長でもあるボルカノは少女をなだめる。

ボルカノ「わっはっはっ! マリベルおじょうさん まあ 気長に 船の旅をお楽しみくだせえ。」

6 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:42:06.12 YeaCfPgp0 6/905

フィッシュベルからしばらく船を走らせた先で船員の一人が望遠鏡を片手に叫ぶ。

「船長っ! 後方に マール・デ・ドラゴーンを確認!」

ボルカノ「しばらく 並走するぞ。」

アミット号に近づいてきたのは、水の精霊の加護を受けた伝説の一族を乗せ、かつてエスタード島が魔王により封印された際に英雄たちの足となって活躍した海賊船だった。彼らは一族の血を引く少年を乗せたアミット号の船出を見届けるべく、海原を走らせやってきたのであった。

「「「おーい!!」」」

アルス「おーい!」

マリベル「おーい!」

「みなさまの漁の成功を いのっておりますぞー!」 

「アルス様 ばんざーい!!」

「ボルカノ殿 ばんざーい!!」

ボルカノ「そっちも 達者でなーっ!」

海賊たちを乗せた巨大な船は祝砲を上げ、少年たちの姿を見届けた後、ゆっくりと進路を大海へ、当てもない旅へと舵を切っていった。その甲板の上では、一族の長が妻と共に息子の成長を誇りに思いながら、名残惜し気に地平線に消えゆく船の姿を見つめていた。そうしてその姿が見えなくなると、その場の指揮を副官に任せ、妻と二人、船室の中へと消えていくのだった。

7 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:44:19.45 YeaCfPgp0 7/905

漁場へと船を進めるアミット号の甲板では少女と、長年船で腕を振るう料理長が何やら話し込んでいた。

コック長「まったく マリベルおじょうさんには まいりましたぞ。」
コック長「万が一 お怪我でも なされたら ご両親に 何と説明したものか……。」

マリベル「ふーんだ。 別に あたしの心配なんて 無用よ。」
マリベル「ちょっとやそっとのことで どうにかなっちゃうほど やわじゃないわ。」

コック長「やれやれ……。」

“この娘には何を言っても無駄だろう”

料理長は盛大な溜息をついて首を振る。

マリベル「…それにしても コック長 あれだけ反対してたのに よくあきらめてくれたわね。」

コック長「それはまあ 船長の許可が でたんですから わたしが 反対する必要なんてありませんからな。」
コック長「ただ さっきのとおり 今回限りですぞ。お父上のお気持ちを考えれば わしらも むやみやたらと おじょうさんを 連れまわすわけにはいきませんからなあ。」

マリベル「わかってるわよ。 パパも ある程度 子離れできたとは思うけど この前みたいに倒れられちゃ あたしだっていやだもの。」

コック長「まあ アルスが 付いているとあれば お父上も ご安心なさるかもしれませんがね。」

マリベル「ちょっと~ コック長!」

コック長「はっはっは! ところでマリベルおじょうさま。 船に乗ったからには乗組員の一員として はたらいてもらいますぞ!」

マリベル「むむぅ… 仕方ないわね。 わたしも ちゃんとそのつもりで 乗り込んだんだから。」

コック長「それは たのもしいかぎりですな。 さっそく お昼の献立ですが…。」

8 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:45:30.68 YeaCfPgp0 8/905

二人がそんな話をしている横で漁師の親子は。

ボルカノ「そういや アルス。 おまえ 母さんの サンドウィッチは もってきただろうな!」

アルス「あ そうだった。 はい 父さん。」

[ アルスは アンチョビサンドを ボルカノに 手わたした! ]

ボルカノ「おほっ! これこれ! これを食わなきゃ 漁に出るって感じが しねえんだ。」
ボルカノ「……モグモグ……。 ぐ ごほん。」
ボルカノ「…なにしてんだ アルス。 ぼーっと 見てねえで お前も食ったらどうだ?」

アルス「あ うん。」
アルス「…………………。」
アルス「マリベル!」

何を思ったのか少年は唐突に料理長と話し込んでいた少女の名を呼ぶ。

マリベル「…なによ? あたし いま忙しいんだけど。」

アルス「あ ゴメン。 でも マリベル 今日 朝ごはん食べてないんでしょ?」

そういって少年は持っていたアンチョビサンドを半分にして少女に手渡す。

マリベル「…これ マーレおばさまが あんたのために 作ったんでしょ?」
マリベル「あたしが 食べるわけにはいかないわ。 それにあんたは 体力つけなきゃならないんだから。」

その時。





「……グ~………。」





波音に負けない大きな音が甲板に鳴り響いた。

マリベル「…………………。」
マリベル「……な なによっ!」

少女はお腹を両手で抑え、真っ赤になって叫ぶ。

アルス「ぼくなら 大丈夫。 さっき 港で アミットまんじゅうもらったし なんたって 今回は マリベルも 料理をつくってくれるんでしょ?」
アルス「だったら そっちも たくさん食べたいからなあ。」
アルス「……それに さ。」
アルス「母さんの サンドウィッチは すっごくおいしいんだよ。……でも 漁の時しか作らないし せっかくだから マリベルにも 食べてほしいんだ。」

マリベル「……! アルス あんた さらっと…。」

アルス「…………………。」

マリベル「ああ もうっ! もらうわよ! 後で やっぱりお腹すいた とか言っても 知らないからね!」

アルス「うん。 その時は マリベルの 料理を たらふく食べるから別にいいよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふ……ふんっ!」

そういって少女は船室へ靴を鳴らしながら入っていくのであった。

コック長「……アルスも なかなか 言うようになったな。」

ボルカノ「わっはっはっ! こっちが 恥ずかしくなるような セリフを よく言ってのけるよ お前は。ま オレと母さん くらいになれば 言葉を交わさずともだがな! わっはっはっ!」

アルス「…………………。」

高らかに笑う父親と苦笑いする料理長を他所に少年は何とも言えぬ表情を浮かべるのだった。

9 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:46:30.17 YeaCfPgp0 9/905

マリベル「…ったく。」

船室では少女が一人サンドウィッチを片手に顔を赤く染めていた。

マリベル「何よ…… アルスのくせにナマイキよ!」 

悪態をつきながら放ったセリフは、もう何度口にしたかもわからない。

マリベル「…………………。」
マリベル「……モグモグ……ごくん。」

しばらくじっとサンドウィッチを見つめていた少女だったが、やはり空腹には敵わず一口かぶりつく。

マリベル「…おいしい……。」

少年とその父親がいつも食べている母の自慢の一品は、簡素ながらも素材の味を存分に生かした完成された味だった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしも 作れるようにならなきゃなあ…… 漁の時は これを作ってあげたいし……。」
マリベル「……今度 マーレおばさまに レシピを 教えてもらおっと。」

一口で虜にされてしまった少女は、ふと少年の顔を思い浮かべてそっと独り言つと残りの欠片も残さず平らげてしまうのだった。

10 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:47:23.93 YeaCfPgp0 10/905

出航時は東の空で眠気眼をこすっていた太陽も今ではすっかり目を覚まし、アミット号の調理場では慌ただしく料理人たちが昼食の準備に取り掛かっていた。

「材料は これで 全部か?」

「ええっ とりあえず 下処理をするんで……。」

「かーっ! また 皮むきかよ!」

そんな喧騒の中、黙々と調理にいそしむ少女の姿があった。

コック長「ふむ… マリベルおじょうさんも かなり 腕を上げたようですな。」

マリベル「……あたりまえよ。 旅の途中じゃ みんなも 手伝ってくれたけど 基本的には あたしが みんなの 食べるものを つくってたんですもの。」

手に持った包丁を眺めながら少女は言う。

コック長「ほう それは それは。」
コック長「しかし アルスも 料理を手伝うとは 少し意外でしたな。」

マリベル「いつだったか あたしが “料理のできる 男の人って 女にとって 理想よねー。” なんていったせいかしら。ちょくちょく 手伝ったり 自分で するようになったわ。」

コック長「そうですか。 ……アルスも大変だな。」

たくわえた髭を擦りながら料理長はボソっと呟く。

マリベル「なに 言ってるのよ コック長。」
マリベル「あたしだけが 作るなんて フコーヘイだわよ。」
マリベル「それに うまい下手は 関係ないのよ。」

コック長「ほう。」

マリベル「ようは 気持ちの 問題よ。 誰かのために 作ろうって気持ちが 大事なのよ。」
マリベル「さすがに 黒焦げや この世のものとは思えない 味のするもの 出されたりしたら 許さないけどね。」

そう言って少女は目蓋を降ろして人差し指で宙にクルクルと円を描く。

コック長「…………………。」
コック長「成長されましたな マリベルおじょうさん。」

マリベル「なによ~。あたしだって いつまでも ワガママな お子様じゃないんだからね。」

コック長「わがままだって 自覚があったんですか?」

マリベル「うっ…。まあ 多少はね。」
マリベル「そりゃあ今回だって わがまま言って 乗せてもらったんだから 文句は言えないけどさ。」

痛い所を突かれ、少女はバツが悪そうに視線を逸らす。

コック長「わがままと わかっていても ついて行きたい 理由があるんですかな?」

マリベル「……うん。まっ 今回は 特別ね。」

「お二人とも こっちは終わりました。」

そんな二人のやりとりはもう一人の料理人や手伝いの船乗りの催促で中断された。

コック長「…………………。」

少女の言う理由とやらが気になる料理長だったが、少し考える素振りをした後、クスっと笑い調理に戻るのだった。

11 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:47:55.76 YeaCfPgp0 11/905

“ゴンゴン”

「昼飯が できたぞ~!!」

鈍い金属音と共に船全体にお昼時を報せる伝令がやってきた。

ボルカノ「おっ! もう 昼飯の時間か。」
ボルカノ「アルス オレはさきに 食ってくるから 見張りをたのんだぞ。」

「食い終わったら すぐ 戻ってくるからよ。しっかりな。」

アルス「あっ はい!」

そう言って船長を含めた何人かの船員は少年と舵取りを残して先に船室へと戻っていった。


12 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:48:33.33 YeaCfPgp0 12/905

「…………………。」
「腹減ったなあ。」

アルス「……そうですね。」

少年は甲板に残った船員と共に見張りをしたり海鳥の鳴き声に耳を傾けたりしながら時間をつぶしていた。

「いや~ うまかった!」

そうしてしばらく暇をつぶしていると、食事を終えた漁師たちが甲板へと戻ってきた。

「……おう アルス。早く 下にいってやんな。」

アルス「えっ? ……はい。」

「かわいい 料理人が おまえを 待ってるぜっ。」

アルス「…………………!」

ぱっと顔を赤らめると少年は駆け足で船室へと降りていくのだった。

13 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:49:07.48 YeaCfPgp0 13/905

少年が食道へとやってくると、そこには既に席について満足気な表情を浮かべる料理人たちと、エプロンをつけて仁王立ちをしている少女がいたのだった。

マリベル「来たわね アルス。」

アルス「…………………。」

マリベル「な… なに ジロジロ みてるのよ。」

アルス「いや… ごめん なんでもない。ただ エプロン 似合ってるなと思ってさ。」

マリベル「……そ そうかしら?」

思わぬ賛辞に少女は戸惑いを隠すように少年を席へと促す。

マリベル「……さあ さめないうちに はやく 食べましょっ。」

アルス「待っててくれたの?」

マリベル「先に 食べてても よかったけどね。あんたが 一人で 寂しく 食べてる姿を 思い浮かべたら かわいそうに なっちゃってね。」
マリベル「ほーんと あたしってば やさしいんだから。感謝しなさいよね!」

アルス「う……うん ありがとう。」

そうして少年は少女と共に席に着き、彼女が見守る中、初漁において最初の料理に手を付けたのだった。

マリベル「……どう?」

アルス「…おいしい…!」

少し緊張した面持ちだった顔がほぐれ、少女は満足気に頷く。その笑みにつられて少年も、そして料理人たちも微笑みを浮かべながらささやかなご馳走を平らげるのだった。

14 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:49:56.29 YeaCfPgp0 14/905

涼しい風が帆を柔らかく押していく。船は遥か南の地へ向け、夕日を追いかけてゆっくりと航行を続けていた。

マリベル「綺麗ね…。夕日を じっくり見つめるなんて いつぶりかしら。」

沈みゆく夕日を見つめ少女が呟く。

アルス「魔王を 倒してから かなり バタバタ してたからね。」

ボルカノ「世界が 平穏を取り戻したってことを 実感させられるな。」

マリベル「……ねえ ボルカノおじさま これからどういう 道のりに なるのかしら?」

ボルカノ「今回の船旅は 漁だけじゃなくて 各港町にあいさつする 目的もありますんでな。」
ボルカノ「普段の漁じゃ めったに 行かないところにも 寄るつもりですぜ。」
ボルカノ「まずは コスタールに。それから……。」

15 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:51:10.59 YeaCfPgp0 15/905

マリベル「……そう。それじゃあ ほぼ 世界一周って感じなわけね。」

アルス「せっかくだから あの時 凱旋で会えなかった 人たちにも 顔を出したいね。」

マリベル「そうね。また あっちこっちから 引っ張りだこに なるのは ごめんだけどね。」

少女はそう言って両手をヒラヒラと振るう。

アルス「そうなの? あの時は マリベル かなりうれしそうだったけど。」

マリベル「そりゃあ あたしだって あの時は うれしかったわよ。それこそ そういう風に 迎え入れられて 当然だと 思っていたわ。」
マリベル「でも 毎回毎回 そんなふうに 扱われちゃ こっちだって 肩がこっちゃうわよ。」

アルス「ははは… それもそうだね。」

ボルカノ「こっちとしては 英雄が 二人もいるとなれば 心強いってもんだがな。わっはっは!」
ボルカノ「ところで マリベルおじょうさん。おじょうさんは これから先 どうするおつもりなんです?」

マリベル「どうするって…。」

ボルカノ「あいや うちのせがれは このとおり これから 漁師の道を 進んでいくわけですが マリベルおじょうさんは 何か やりたいことでも?」

マリベル「それは……。」
唐突な質問に少女はどう答えたものかと言いよどむ。

マリベル「…………………。」
マリベル「…ボルカノおじさま あたしは…。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「あたしは…!」

その時だった。





「ボルカノ船長!!」





一人の漁師が階段の下から姿を現す。

ボルカノ「ん どうした?」

「交代の時間ですぜ!」

ボルカノ「おう!」

船長は短く返すと少女に向き直るとその目を見据える。

ボルカノ「マリベルおじょうさん。おじょうさんには きっと 引く手数多なんでしょう。」
ボルカノ「でも おじょうさんの 人生は おじょうさんのもの。網元の娘という 立場もありましょうが 自分の心に 素直になって 好きなことをしてほしいと思いますぜ。」

マリベル「ボルカノおじさま……。」

アルス「…………………。」

「マリベルおじょうさん! コック長が 呼んでますよ。」

マリベル「すぐに行くわ!」

階下から現れたもう一人の料理人に首だけ動かして返事すると、少女は俯いて黙り込む。

マリベル「…………………。」
マリベル「……少し 考えさせてください……。」

それだけ吐き出し、少女はゆっくりと船室へと降りて行った。


16 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:53:45.71 YeaCfPgp0 16/905

ボルカノ「アルス お前 本当は どう思ってるんだ?」

少女のいなくなった甲板で、父は隣に立つ息子に問いかける。

アルス「…………………。」

ボルカノ「一緒に 旅をしてきた お前なら マリベルおじょうさんのこと よくわかっている はずだろう?」

アルス「……どうだろう。」

ボルカノ「なんだ なんだ そんなことで あの娘を幸せに できるのか?」

いまいち煮え切らない返事をする息子に父はあきれた様子で片眉を上げる。

アルス「っ……!?」

ボルカノ「……神が復活したと聞いて 開かれた祭りの時 あのコは お前のいない間に ずいぶん お前のことを 話してくれたよ。」
ボルカノ「その時 あのコが どれだけ お前のことを 大切に思っているか オレには…。」

アルス「父さん!」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…………………。」

ボルカノ「…なんにせよ あのコを 泣かせるようなこと するんじゃあないぞ。」

俯いたまま拳を作る少年の肩をもち、父は力強い声で思いをぶつける。

ボルカノ「アルス! 我が息子よ。」
ボルカノ「一人前の 漁師である前に まず 誠実な男であれ。」
ボルカノ「……オレから 言えるのは それだけだ。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん。わかったよ。」

ボルカノ「……なんだか 説教くさくなっちまったが ま がんばれよ。わっはっは!」

そう言って少年の父親は自分の休憩を取るために船室へと戻っていったのだった。

アルス「……ありがとう 父さん。」

17 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:56:04.22 YeaCfPgp0 17/905

すっかり辺りは暗くなり、漁船アミット号の調理場は夕食の仕度で再び熱を帯びていた。

マリベル「はあ……。」

そんな中、鍋の中身を掻きまわしながら少女が大きな溜息をつく。

マリベル「…………………。」

コック長「お悩みごと …ですかな?」

思いつめた様子の少女に見かねた料理長が気を利かして優しい声で訊ねる。

マリベル「……ねえ コック長。コック長は 自分の将来を どうやって決めたの?」

コック長「わしですか? わしは 自分のやりたいことを やっているうちに こうなっただけですぞ。」
コック長「そのことで いろいろと 苦労はしましたが 後悔したことは 一度もありませんな。」
コック長「こうして 職場にも仲間にも 恵まれておりますしな。結局 自分の気持ちに 素直になれば それだけまっすぐな 気持ちでいられる ということですから 自然と 仕事にも力が入りますし なにより 幸せな気持ちで いられるわけです。」

そう言って料理長は体を逸らし自慢げに微笑む。

マリベル「ふーん……。」
マリベル「自分の気持ちに素直に…か。」
マリベル「…………………。」

少女は口を閉ざすと自分の胸に手を当て、ゆっくりと瞳を閉じる。

コック長「……マリベルおじょうさん?」

マリベル「ありがとうコック長。あたし 少しだけ 前向きになれそう。うふふ…。」

コック長「……そいつは 何よりです。」
コック長「さて それでは さっさと 準備を 終わらせましょうか。」

マリベル「ええ!」

18 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/23 23:58:28.84 YeaCfPgp0 18/905

眠っていた月が夜を謳歌し始めた頃、夕食を終えたアミット号の中ではこれからの漁の成功を祈って少しばかりの酒が振舞われた。
そんな中、少年は自分が甲板に残るといって早々に退席してしまい、
少女のほうは後片付けやら明日の朝の仕込みやらで炊事場にて料理人たちと動いていたのだが、
それをよそに船乗りたちは一人、また一人と吊り下げられたハンモックに横になっていくのだった。

そうして皆が寝静まったころ、明日の準備を終えた少女は揺れるロウソクの灯りを頼りに船内を見渡す。

マリベル「…………………。」



“いない”



木材を波打つ鈍い音に紛れ、少女は誰も起こさないようにゆっくりと船の上を目指していった。

19 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:00:27.50 8lPBK+pa0 19/905

アルス「…………………。」

少年はまだ船首で見張りをしていた。

まだ遠くに見える南の大灯台の灯りを見つめ、少年は伸びてきた黒髪を後ろで束ねて潮風になびかせている。

ゆらゆらと揺れる灯台の光は、少年の中に様々な想いを沸き上がらせていく。これまでの旅のこと、父親に認められたこと、自分のなすべきこと、この漁にかける思い、そして先ほど見せた少女の曇り顔のこと。

“そんなことで あの娘を幸せに できるのか?”

父親の言葉が今になって頭の中に響く。

自分には決心がなかったのだ。確かに自分は世界を救った。だがそれは仲間の力があってこそのことだと少年はわかっていた。いくら英雄ともてはやされようが今の自分は漁師としてはひよっこに過ぎないのだ。そんな自分が少女の幸せを約束してやれる保証はない。それに父親はああいうが、実際のところ少女が自分をどう思っているのか直接聞いたことなど一度もない。どこにも確証はないのだ。

そんな思いが少年の心を、思いをぶつけることを、踏みとどまらせていた。

アルス「ふう……。」

そして詰まった思考を一度洗い流そうと、少年が溜息をついた時だった。





“ギィ”





アルス「……マリベル?」

木の軋む音に振り替えるとそこには少女が立っていた。

マリベル「まだ 起きてたのね。」

少女が歩みながら話しかける。

アルス「うん。 交代まで まだ 時間があるからね。」

マリベル「そう……。」

そう言って少女は少年の隣に立つ。

アルス「…………………。」
アルス「どう? 初めて 漁に きてみて。」

マリベル「どうって まだ 何にもしてないじゃない。 それに はじめては あなたも でしょ。」
マリベル「でも… そうね。こうして 乗せてもらえたのも もう あたしたち こどもじゃないからなんだって そういう気分になるわ。」

船縁に肘をかけ、少女は彼方を見つめる。

アルス「もう こどもじゃない か…。」
アルス「ねえ マリベル。 今回の漁についてきたのは 何か わけがあるんじゃないの?」

少年は顔だけを彼女の方に向けて尋ねる。

マリベル「…べつに。」
マリベル「今まで さんざん ボロ船や マール・デ・ドラゴンみたいな 大きな船には 乗ってきたけど やっぱり 網元の娘として 自分ちの船くらい 乗っておかないとね。」
マリベル「…………………。」
マリベル「それだけのことよ。」

遠方の灯りを見つめたまま少女は言った。

すると少年は上半身だけ動かし、少し思案するように彼女の横顔を見据えた。

アルス「…………………。」

20 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:03:20.49 8lPBK+pa0 20/905

アルス「嘘だね。」

マリベル「!」

ピクっと肩を揺らし、少女は驚いた様子で少年の方に向き直る。

少年は構わずに問い詰める。

アルス「コック長に見つかって 父さんが降りてきたとき いつもなら ブーブーいう だけだったのに あの時は 真剣な目をしてた。」
アルス「譲れない理由が あったんじゃないの?」

マリベル「…………………。」

少女はしばらくの間少年の目を見つめていたが、やがて視線を逸らし、くせっ毛を押さえつけている頭巾をほどいて諦めたように呟いた。

マリベル「…なによ アルスのくせに。いつもは 鈍感にぶちんなのに こういうと時だけは やけに 鋭いんだから。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………たの…。」
マリベル「……あんたの 初めての漁を ……見届けたかっただけよ!」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ずっと 夢だったんでしょ? ボルカノおじさまの 後を継いで 一人前の漁師に なるんだって。」
マリベル「世界を救って あんたは 本当は なんにでもなれたのに。」
マリベル「シャークアイさんの 後を継いで 海賊の総領にだって… リーサ姫や グレーテ姫と 結婚して 王さまにだってなれたかもしれないのに。」
マリベル「生まれたころから 一緒だったのに なんだか いつの間にか あんたが 遠いところに行っちゃうような気がしてた。」
マリベル「…それなのに アルスは フィッシュベルで 漁師になることを選んだ。」

ポツリ、ポツリと呟くにように言葉を紡ぎだし少女は俯く。

マリベル「…………………。」
マリベル「うれしかったのよ。網元の娘っていう立場上 あたしは ここを離れるわけにはいかない。けど アルスは違う。でも……。」
マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「…………………。」

アルス「さっき 父さんが きみに 自分の心に素直になれって言ってたけど…。」
アルス「ぼくも 父さんと同じだ。」
アルス「世界を旅してきたからこそ マリベルなら 自分のやりたいことが 見つけられたんじゃないかと思う。」
アルス「マリベルが どこかへ行っちゃったらさみしいけど ぼくは どんなことだって マリベルのことを 応援したい。」
アルス「……ねえ 聞かせてくれないかな マリベルの 本当の気持ち。」
アルス「きみは 本当は どうしたいの?」

そういって今度は少年が少女の方に向き直る。

少女は船べりにかけた白魚のような手を見つめたまま微動だにしない。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス どうしてあたしが あんたやキーファに 付きまとって パパとママの反対を押し切って 旅に出たり したと思う?」
マリベル「旅を重ねて どんなに危険な目にあっても…。」
マリベル「どれほど つらい現実を突きつけられても…。」
マリベル「…なんど…こころが…おれかかっても…ずっと……。」
マリベル「…………………。」
マリベル「最初は ただの好奇心だって… のけ者にされたくないからだって… そういう風に言い聞かしてた。」
マリベル「でも違ったのっ! あたしは ただ…。」

声の震えも忘れて少年を真っすぐに見つめる。







マリベル「…ずっと あんたと いっしょに いたかったからよっ!!」

21 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:06:23.53 8lPBK+pa0 21/905

少女の翡翠色のまなこから一筋の涙が伝った。その透き通る瞳から溢れた水は天からこぼれた雨水のように彼女の足元を濡らしていく。

マリベル「あたしは…」

これまでずっと誤魔化し続けた感情が、とめどなく溢れる雫となってボロボロと流れ出す。

マリベル「…あたしは…… アルスと 一緒にいたい。」
マリベル「あんたが……漁師でも……海賊でも 関係ないっ!」
マリベル「あたしは… あんたが いなくちゃ ダメな……っ!?」

突然視界が真っ暗になり、体が窮屈さを覚える。
一瞬何が起こったのか少女は理解できなかったが、やがて体を包む温もりに自分が少年に抱きしめられていると気づいた。

マリベル「あっ… アルス?」

アルス「…………………。」
アルス「……ごめん。」

”ごめん”

という言葉の真意をわかりかね、少女は自分の頭からサッと血の気が引くような感覚を覚え、途端に体が小さく震えだす。
その様子を体越しに感じて少年は何を思ったか、抱き留めていた体を少しだけ離し、彼女の顔を見て絞り出すようにゆっくりと語りだした。

アルス「ぼくが……。」
アルス「ぼくが どうして あんなに 過酷な旅を 続けてこられたと思う?」

マリベル「えっ…?」

アルス「どんなに 危険な目にあっても どれほど つらい現実を突きつけられても 何度 心が折れかかっても…。」
アルス「何度だって立ち上がれたのは どうしてだと思う?」

マリベル「…………………。」

少女は上向き、溢れる涙で霞んだ目で、静かに、ゆっくりと、
いつの間にか頭一つ分追い越されてしまった少年の顔を、すべてを包み込む闇夜のような目を見つめる。

アルス「マリベルが そばに いてくれたからだ。」

マリベル「アルス……。」

アルス「どんな時でも きみが いてくれたから 頑張れた。」
アルス「だって ぼくは……。」

そう言い出したとき、少年はこれまでの少女との思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。
そこに映るどんな表情の彼女も、今、少年にとっては宝物のように感じられた。

そして、温かくこみ上げる衝動にたまらず少年は白状する。

アルス「だって ぼくは きみが 好きだから。」

マリベル「っ………。」

刹那、少女はその瞳に意識を吸い込まれるような感覚を覚える。
否、吸い込まれていったのは少年の方なのかもしれない。



気づけば少女は瞳を閉じ、少年にすべてを預けていた。

22 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:09:12.79 8lPBK+pa0 22/905

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

いったいどれほどの間そうしていただろうか。
数秒だったのか数分だったのか。
永遠とも思えるような長い時間の末、互いに息苦しさを感じて離した口元からは名残惜し気につうっと糸が引いた。

息を整えようと努める二人だったが、少女は小さな嗚咽を漏らしながら再び涙を流し始めてしまった。

どうしていいかわからず少年はただ、優しく彼女を抱きしめる。

マリベル「ヒッ……ヒック…… あるすの ばか……。」

アルス「言うのが遅くなって ごめん。」
アルス「旅が終わったら 言おうと思ってたんだけど なかなか 決心がつかなくて。」

マリベル「遅いのよ… ばかアルスっ…!!」

そうやって自分の胸元で悪態をつく姿も愛おしくて少年は風で美しくなびく少女の髪を、頭を、そっとなでつける。

やがて少女も落ち着きを取り戻し、いつしか二人は近づきつつある大灯台の灯りをぼんやりと見つめていた。
一部始終を誰かに見られているとはつゆ知らず、抱き合う二人の表情は恍惚とも安堵とも言えぬ満ち足りたそれそのものであった。

アルス「マリベル ぼく がんばるよ。」
アルス「きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにしてみせる。」

マリベル「……あら あたしなら 今のままでも じゅうぶん幸せよ?」
マリベル「あせらなくたって いいじゃない。少しずつ できることから やっていけば。」
マリベル「だって……。」

アルス「……?」

マリベル「だって これまでの旅だって そうだったじゃない!」
マリベル「それにあんた 今回はいいけど 漁に出ている間 あたしがいなくて 泣きべそかいたって 知らないからね!」

本当は気が気でないのは少女自身であるということは本人が一番わかっていた。
だが実際のところ彼女は少年なら大丈夫だと確信しているし、水の精霊の加護を受けるこの幼馴染を心底信用していた。
それでも、航海の間待っていなければならない寂しさを彼に悟られまいと、精一杯の強がりを見せるのであった。

アルス「…………………。」

少々面食らったように瞬きしていた少年だったが、ゆっくりと、噛みしめるようにそっと少女にささやく。

アルス「大丈夫。どんなに 離れていても マリベルのことを 思い出すから。」

マリベル「…………………。」

この幼馴染、否、今は恋人と表現すべきなのだろうか。
彼はどうしてそんな聞くだけでもこそばゆい台詞をいとも簡単に、それでいてまっすぐ言ってのけるのか。
普段は利発な思考回路が焼き切れそうになりながら、少女は顔を赤らめては伏せ、“ぬぬぅ”と唸ることしかできないのであった。

マリベル「……アルスのくせに ナマイキよ…。」

アルス「…ふふ……。」

暗闇を進む一隻の船の上、二人の行く先を照らすように、闇に浮かぶ丸い月が恋人を祝福するように夜空で瞬く。





旅は、まだ始まったばかりだ。

23 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:12:17.88 8lPBK+pa0 23/905

ボルカノ「なんだ 完全に 出ていくタイミングを 見失っちまったな。」
ボルカノ「これじゃあ 交代の奴を 起こしにいけねえじゃねえか。」
ボルカノ「……しかし アルスのやつ オレがいること 忘れてんじゃないだろうな?」

船の後ろの方では行き場を失った船長が盛大なため息をついていた。

ボルカノ「…………………。」

しばらく二人の様子をまじまじと見つめていた船長だったが、幸せそうに佇む二人の背中にそっと祝福の言葉をささやく。

ボルカノ「おめでとう アルス。」
ボルカノ「……なんだか 無性に 母さんの顔が 見たくなってきちまったぜ。」

そうして船長がなんとか忍び足で甲板を抜け出した後、
起こされた別の船員たちの足音でようやく二人は互いの体を離し揃って船室へと戻っていくのであった。

それぞれの寝床につく間際、もう一度軽く口づけを交わし、長い長い一日がようやく終わりを迎えた。






そして……

24 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:13:08.68 8lPBK+pa0 24/905






そして 夜が 明けた……。





25 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:19:10.69 8lPBK+pa0 25/905


主な登場人物

アルス
言わずと知れた主人公。世界を取り戻す旅を終え、身も心も大きく成長した。
数々の選択肢の中から、育ての父親の後を継ぎ漁師になることを決意する。
幼馴染のマリベルには頭が上がらない。
地の文では「少年」「漁師の息子」と表記。
一人称は「ぼく」。

マリベル
本作のヒロイン。
旅を通してわがままな部分も少しだけ身を潜め、大人の女性へとなりつつある。
お互いの気持ちをぶつけあい、初々しいながらも晴れてアルスの恋人に。
地の文では「少女」「網元の娘」と表記。
一人称は「あたし」「わたし」。

ボルカノ
アルスの父親にして国一番の漁師。
漁船アミット号の船長を務める。
豪胆な性格だが周りの者からは慕われている。
不器用ながら世界を救った息子を誇りに思い、自分の後を継いだことを嬉しく思っている。
地の文では「少年の父親」「漁師頭」「船長」と表記。
一人称は「オレ」「わたし」など。

コック長
漁船アミット号で長年料理長を務める老人。
アルスやマリベルのことを小さい頃から見てきており、
とくにマリベルのことを気にかけている様子。
地の文では「料理長」と表記。
一人称は「わし」。

乗組員

めし番(*)
コック長と共にアミット号で腕を振るう新人料理人。
見た目からして中年~初老。
性格は明るく茶目っ気があるが、少々お調子者。
地の文では「料理人」「飯番の男」と表記。
一人称は「ボク」。

モリ番(*)
アミット号で銛の管理をする男。
腕っぷしには自信がある。
地の文では「銛番」「銛番の男」「漁師」と表記。
一人称は「オレ」。

その他漁師たち(*)
ボルカノと共にアミット号で漁をする男たち。
無名。
エンディングでは上記のモリ番に加え三人が同乗している。
地の文では「漁師」「漁師の男」などと表記。
一人称は「おれ」「オレ」。

26 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 00:29:16.75 8lPBK+pa0 26/905

以上第1話でした。

本文はちょうど原作のエンディングからスタートします。
このお話を通して「あの後二人はどうなったのか」について想像したものを書いていければと思っています。

成長した少年アルスと少女マリベルが漁師たちを巻き込み各地で繰り広げる冒険や懐かしい面々との再開、
そして新たな出会いや別れ。
色んな解釈ができるドラクエ7の世界を、原作からの問いを、
作者なりに考えた答えを、少しだけこのお話の中に盛り込んでいきます。


…………………


お読みいただくうえでいくつかわかりづらい所もあるかと思いますが、
登場人物の台詞などは以下の様になっております。

〇〇「…………………。」
→名前の判明しているキャラクター(本作品では主人公も思いっきりしゃべります)

*「…………………。」
→原作中で名前の出なかったキャラクター
→名前はわかっていても表示されないキャラクター

*「「…………………。」」
→二人が同じ台詞を言う場合

*「「「…………………。」」」
→三人以上が同じ台詞を言う場合

[ 〇〇は ××を △△に 手わたした! ]
→ゲーム中に登場するメッセージボックス


…………………


※予定について

既に完結まで書き起こしてあるので手直しが済み次第順次掲載していきます。
(できれば毎日一話のペースで)

万が一途中で心が折れたらpixivにでも乗っけておきます。

32 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:23:09.49 8lPBK+pa0 27/905






航海二日目:欲望の街の酒宴





33 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:26:40.34 8lPBK+pa0 28/905




「おい アルス 起きろ。とっくに 到着してるぜ。」



アルス「…あ…… はい…。」

夜も明ける前にアミット号はコスタールの港に到着していた。
初日の緊張感からよほど疲れが溜まっていたのか、少年はあれから一度も起きることなく朝を迎えた。
大きな欠伸と共に体を伸ばして一息つくと、昨晩の少女の温もりが思い出される。
そして照れくさい感覚と共にこれからのことに思いを馳せ、胸の内からふつふつと力が沸き上がるような感覚を覚えたのだった。

ハンモックから起き上がり辺りの様子をうかがうと隣の炊事場からはトントントンという子気味良いリズムを刻む音が聞こえてくる。
どうやら料理人たちは朝食の準備をとっくに始めているようだ。

アルス「…………………。」

再び注意を凝らして耳をそばだてると一つ上の階から何やら話し声が聞こえてくる。



“しまった!”



慌てて着替えを済ませて梯子を昇ると、案の定そこでは本日の動きについて話し合う父親と漁師たちの姿があった。

ボルカノ「遅いぞ アルス。もう とっくに 話は すんじまったぜ。」

駆けてきた少年を船長が仁王立ちで迎える。

アルス「ああっ! ご ごめんなさい……。」
アルス「……それで ぼくは どうすれば いいんですか?」

ボルカノ「おう。お前は いわば 大使みたいなもんだ。」
ボルカノ「オレと 一緒に コスタール王の ところに 来てもらうぞ。」

アルス「あそこまでは ここからでも けっこうな距離があるけど 大丈夫ですか?」

ボルカノ「場合によっちゃ みんなには 何日か ここで 待っててもらわなくちゃ ならんかもな。」

船長の言う通り、ここコスタールの港から国王の住む城へ行くには大陸の端から端まで行くようなもので、
実際に徒歩で行った場合かなりの時間を要することは明らかだった。

アルス「歩いて 行くんですか?」

ボルカノ「……? 他に 何が あるっていうんでえ? 馬車でも 手配するのか?」

アルス「……いい方法が あるんです。」

確かに徒歩に比べて馬車ならば多少早く到着するだろう。
加えて王の使いという名目上、申請すれば馬車代くらいは国の経費で落ちる可能性は高い。
しかし少年には費用が掛からず馬車よりも早い移動手段があるのだった。

アルス「ぼくに 任せてもらえませんか?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「お前が そこまで いうなら 何か 考えがあるんだろう。」
ボルカノ「まあいい。残るやつらには 次の港までに 必要な 物資を調達してもらう。」
ボルカノ「お前ら 俺たちが戻るまで 暇なら カジノにいってても 構わないからな。ただしあんまり のめりこみすぎるんじゃないぜ。」

「「「うす!!」」」

ボルカノ「それじゃ 朝食が済んだら 解散だ!!」

号令と共に漁師たちは一斉に階下の食堂へと降りていく。
少年も続いて降りていくと既にそこにはいくつもの皿が並べられ、食欲をそそるバターの焼ける匂いがほんのり漂っていた。

少年が梯子の隣で立ち尽くしていると料理の盛り付けられた皿を運ぶ少女が炊事場から出てきた。
少女は少年の存在に気付くと少しだけ頬を紅潮させ微笑む。そんな彼女に釣られては顔を赤らめ、少年は恥じらうように後頭部を掻いて目を伏せる。

そんな二人の一瞬のやり取りに気付いたのは、
やはり昨晩のやり取りを否が応でも見せつけられてしまった船長と、小さいころから少女を見ている料理長だけだった。

ボルカノ「…………………。」

コック長「…………………。」

やがて諦めたように一息つくと、少年の父親は自分の定席に腰を下ろし、料理長も残りの皿を取りに調理場へと戻っていった。

そうして朝食の間、黙々と料理を平らげる漁師たちに加えて、お互いの顔を、視線を、どうしても気にしてしまう二人の沈黙が、
決して大きくはない食堂をさらにこじんまりと感じさせるのだった。

34 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:28:12.80 8lPBK+pa0 29/905

食事を終えた一同はその場で解散し、それぞれの行動に移るための準備を始めていた。

マリベル「アルス。」

そんな中、まだ後片付けの住んでいない炊事場から少女がやってきて少年の名を呼ぶ。

アルス「んー?」

少年は自らの支度を整えるため持ってきた不思議な巾着袋を覗きこんでいた。

マリベル「…今日は どうするの?」

いつもならお構いなしに聞いてくる少女も、今朝はどこか控えめに訪ねてくる。

アルス「うん まずは 父さんと コスタール王のところに あいさつに 行ってくるよ。」

マリベル「そう……。」

そう言う少女の声は少し悲しげで、その視線は寂しげに少年の足元へと注がれていた。

そうしてしばらく口をつぐんでいたが、ハッと何かを閃いたかのように目を見開くと駆け足で炊事場へと戻っていった。

アルス「…………………。」

“いったいどうしたのだろうか”

そんな疑問を胸に少年は食堂と炊事場を隔てる扉を見つめる。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

少年は再び袋の中に手を入れ、丸められた大きな布のようなものを引っ張り出すと、父が待っているであろう甲板を目指すのだった。

35 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:30:06.41 8lPBK+pa0 30/905

ボルカノ「…来たか。」

少年の予想通り船長は甲板で一人、長旅に備え体を伸ばしながら息子を待っていた。

アルス「遅くなって ごめん 父さん。」

ボルカノ「いいってことよ。それよりも アルス。その布は いったい なんだ? コスタール王への 献上品か?」

アルス「ああ これ? ちょっと待ってて。」

そう言うと少年は肩に担いでいた布を広げ、その上に座って手招きをする。

ボルカノ「なんだ アルス。絨毯の上に 乗って どうするんだ?」

父はいまいち少年の真意を理解できずにいたが、やがて少年と向き合うにように絨毯に腰を下ろす。

父があぐらをかいたのを見て少年は少しだけ口角を上げる。

アルス「じっと していてね。」

そう呟くと少年は意識を集中するかのように足元を見つめる。

ボルカノ「……!」

刹那、少年の父親は周りの景色が沈んでいくかのような錯覚を覚える。
何事かと辺りを見やれば景色が沈んだのではなく、自らが浮上したいることに気付いた。

ボルカノ「こいつは たまげた! 絨毯が 浮いているじゃねえか!」

アルス「魔法のじゅうたん。これで ひとっとびさ!」

そう言って少年がホビット族の暮らす洞窟へと絨毯を旋回させようとした、まさにその時だった。




「待って!!」




不意に呼び止められて少年が振り向くと、そこにはいつものように髪を頭巾で覆った少女が小さなつづらを持って立っていた。

アルス「マリベル!」

マリベル「あたしも 行くわっ!」

そう宣言すると少女は自分の足元に小さなつむじ風を起こし、漁師の親子が座る絨毯へと飛び乗った。

マリベル「あんただけじゃ ボルカノおじさまが 心配だから あたしが ついて行ってあげるわ。」

アルス「でも…。」

少年は困った顔で父親を見る。当の本人は息子と少女を交互に見つめる。少年の顔とは対照的に少女の表情は真剣そのものだった。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わっはっはっ! それもそうですな。では ご一緒して もらうと しましょうか!」

マリベル「ボルカノおじさま!」

アルス「父さん!」

ボルカノ「それともなんだ お前は 男二人の方が いいか? それはそれで 別に 文句は 言わないけどよ。」

マリベル「アルス……。」

そう呟くと少女は少年の顔を見上げ、服の裾を掴む。
その手はどこかすがるような、哀願するようなそれで、幾多の困難をその手で切り開いてきたとは思えないほど弱弱しく感じられた。

アルス「…………………。」

父親の手前抵抗はあったが、彼にしてみれば彼女を拒む理由などどこにもなかった。
むしろ彼女と過ごせる時間が増えることへの喜びが増し、無意識のうちに少女の手を上から包み込むように握っていた。

アルス「わかった。一緒に 行こう。」

マリベル「……うん。」

ボルカノ「…決まりだな。」

そうしてアミット号の船長は目の前で繰り広げられている光景にあっけに取られている漁師に呼びかけ、“コック長によろしく”と伝えて少年に向き直る。

アルス「それじゃ そろそろ 行こうか。しっかりつかまって!」

そう言うと少年は今度こそ空飛ぶ不思議な絨毯をコスタール王の住まう“城”へと向けてゆっくりと加速しながら走らせるのだった。

36 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:32:54.97 8lPBK+pa0 31/905

ボルカノ「こりゃ すごいな!」

快適な速度で風を切る絨毯の上で乗客が感嘆の声を上げる。

アルス「これなら お昼前には 入口まで つくと思うよ!」

ボルカノ「そうか そうか。それなら 夕方までには 帰ってこれそうだな。」
ボルカノ「どれだけ 向こうに いるかにも よるけどな。」

マリベル「ところで ボルカノおじさま 今回の訪問は あいさつだけが 目的じゃないんでしょう?」

ボルカノ「ええ。漁の時 こっちの港で 停泊する許可や 漁獲量の取り決めなどを。」
ボルカノ「こうして 世界中に 国や町 村が復活した以上 いつまでも こっちの好き勝手に 漁をするわけには いきませんからな。」

マリベル「そう… ですよね。」

アルス「…………………。」

船長の言葉に二人はどこか思いつめたように俯いて黙り込む。

ボルカノ「いえいえ これで 本来あるべき形に 戻っただけですから 二人が 責任を感じる必要は ありませんよ。」
ボルカノ「それに オレや漁師たち だけじゃない 村や国のみんな 二人が 世界を救ったことを 誇りに 思っているんですからな。」

アルス「父さん…。」

マリベル「ボルカノおじさま…。」

ボルカノ「二人には どこへ行っても 胸を張っていて ほしいんです。」

そう言って、かつて世界にたった一つだった島の、国一番の漁師はニカっと笑った。

アルス「…………………。」
アルス「うん。」

マリベル「まかしてください ボルカノおじさま! 網元の娘の 名にかけて きっと 悪くない 交渉をしてみせますわ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りに してますよ “マリベルさん”!」

マリベル「ぼ、ボルカノおじさ…。」




「ぐぅ~。」




不意に聞こえた大きな音に少女が振り向くと少年がお腹を抱えて目を見開いていた。

ボルカノ「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「あ アハハハ…。」

二人の視線に気づき、少年は恥ずかしげに自分の腹を見つめて空笑いする。

考えてみれば朝食をとったのは早朝。しかし今、気づけば太陽も地平線からずいぶん離れ、頂との中間辺りに浮かんでいる。
言うなれば丁度“小腹(こばら)がすく”時間だった。

マリベル「……そんなことだろうと 思ったわよ。」

すると少女は待ってましたと言わんばかりに折りたたんだ膝の横に置かれたつづらを開ける。

マリベル「はい これ。」

そう言って少年に手渡したのは一つのサンドウィッチだった。

アルス「えっ!?」

マリベル「急いでたから アンチョビじゃなくて 悪いけど… 今はそれで 我慢してちょうだい。」

アルス「ううんっ すごくうれしいよ! ありがとう。」

そう言うや否や少年は小ぶりなサンドウィッチにかぶりついた。

アルス「……モグモグ……ごくっ。」
アルス「…おいしい。」

マリベル「あったりまえよ! このマリベル様が 作ったんだから当然よ トーゼンっ!」

そんな自信に満ちた態度とは打って変わり、目の前に座る少年の父親に渡すその手はどこかおずおずとしていて緊張した面持ちだったが、
同じように称賛の言葉が返ってくると少女は安堵した様子で小さくため息をつくのだった。

37 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:34:38.18 8lPBK+pa0 32/905

太陽が頂へと差し掛かろうとする頃、
“魔法のじゅうたん”を丸めて再びなんでも飲み込む不思議な袋に押し込み、一行は目の前にぽっかりと開いた洞窟へと入っていった。

日の光も届かぬ暗闇に青白く光る通路は得も言われぬ神秘さを湛え、まさにおとぎ話の世界を歩いているような感覚を呼び起こす。

そんな光景に包まれながら少年の父親は思ったままの疑問を口にする。

ボルカノ「こりゃまた どうして ここの洞窟は こんなに 明るいんだ?」

アルス「光ゴケ だよ。」

そう言って少年は腰に下げた袋から小さな焼き物の壺を取り出すと、蓋を開けて父親にその光の主の正体を明かす。

なんの変哲もないように見えるそれは、薄闇に反応してボウっと光を放ち始めた。

ボルカノ「ほう……。」

少年は“城”に向かう最中父親に、かつて自分たちが訪れた過去の世界よりもさらに過去のホビット族の王女の話を聞かせた。
光ゴケが繁茂するようになるまでの彼女の苦労、コスタール王との結婚、そして魔王の侵略により命を落としたこと。

ボルカノ「ずいぶん 苦労の歴史が あるんだな。」

アルス「まあね。」
アルス「そう言えば ここの王様だけど……。」

そこまで話して少年はこれから対面するであろう現在のコスタール王のことを思い出していた。

アルス「かなり 変わった人だけど 驚かないでね。」 

ボルカノ「……?」

少年の忠告にいまひとつ返事をできずにいたが、後ろで苦笑する少女の様子からどうやらその言葉に嘘はないことは見て取れた。

38 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:35:36.49 8lPBK+pa0 33/905




「やっほ~ 旅のお客人!」



ボルカノ「…………………。」

入口に立っていたホビットの案内人に通されて向かった玉座にその人は鎮座していた。
少年にはもはや聞きなれた挨拶の言葉にも屈強な漁師の男は口を半開きにして固まる。

コスタール王「元気に してた? あれ? 今日は 見慣れない人と一緒だね。」

アルス「先日は どうも 陛下。こちらは ぼくの 父です。」

ボルカノ「……お初に お目にかかります。フィッシュベル村の 漁師 ボルカノと申します。」

息子の紹介を受け、あっけに取られていた父親も我に返って挨拶する。

コスタール王「やあ やあ 初めまして! わしがここの 王様だよ。こっちが わしの妻。」

「ようこそ 遠路はるばる おいで くださいました。」

王の目配せを受けた小柄な女性は上品、というよりかは可愛らしい微笑みで三人に語り掛ける。

コスタール王「それで 今日は わざわざ どうしたのかな?」

ボルカノ「はい 実は これからの 交易のことで…。まずは こちらに 目をお通しいただけますか。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙を コスタール王に 手わたした! ]

上質な羊皮紙を受け取り、王はじっくりとその文面に目を通す。

コスタール王「…………………。」
コスタール王「なるほどねー だいたいの 内容は わかったよ。」
コスタール王「ところで お客人 昼食は まだかな?」

ボルカノ「はい… 港からまっすぐ きたものですから。」

コスタール王「こまかい話は 食べながら 話そうじゃないか!」

39 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:36:37.43 8lPBK+pa0 34/905

昼食の用意を待つ間、来賓用の控室にて少女はグランエスタードの王がしたためた書簡の中身について漁師頭に尋ねていた。

マリベル「ボルカノおじさま 王様はなんて?」

ボルカノ「うん? だいたいの内容は さっき 移動中に 話した通りです。」
ボルカノ「港での停泊権 領海近くでの漁業許可 および 漁獲量の取り決め……。」
ボルカノ「そんなところですな。」

それはコスタールに一方的に押し付けるものではなく双方が納得できるように条件が付されたものだった。
フィッシュベルにも来航する船のための船着き場の拡張が要求されたし、同じようにエスタード島近海での漁業を認可する旨が盛り込まれていた。

マリベル「……そうですの。」

相槌を打つと少女は何か思案するように口元に手を添えた。

ボルカノ「はたして 飲んでくれるか…。」

アルス「大丈夫だよ。」

ボルカノ「…やけに 自信が あるじゃねえか?」

アルス「なんとなく わかるんだ。あの王様は 信用できるって。」

ボルカノ「……そうか。」

少年の見せた確信の表情から父親もなんとなく彼の人の人となりを垣間見たような気がし、
隣で目をぱちくりさせている少女と顔を合わせ、再び少年に向き直ると小さく頷いた。

40 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:38:29.67 8lPBK+pa0 35/905

玉座の間の隣にある質素な卓の上には、港を擁するだけあってか海の幸が華やかに盛り付けられた皿が並んでいた。
3人の来賓の反対側には迎賓側の王、王妃、王女、王子が座り傍には付き添いで大臣が立っていた。

この手の席に関して三人は心得たものだった。
片や国一番の名士として城に招かれ、王と共に食事をとる機会の多い漁師頭、片や世界中でこれまた王族や領主たちに囲まれて食事をしてきた少年と少女。
片や豪快に、片や遠慮がちにも慣れた作法で馳走を口へと運んでいく。

最初に感嘆の声を漏らしたのは少年の父親だった。

ボルカノ「…うまい。素材の良さを生かした 繊細な味わいで とても 美味ですな。」

世辞を述べる媚はなく、心から舌鼓を打った。

アルス「こちらは…… なんでしょうか?」

少年が見慣れない姿の食材を覗き込んで尋ねる。

「この辺りでしか 見られない 深海魚です。脂が乗っていて 煮つけに ピッタリなのです。」

と、傍で見ていた大臣が簡単に説明してみせる。

マリベル「これは お酒ですか?」

少女が続けて尋ねる。

コスタール王「うん それは麦芽を醸造したお酒でね。わしらは エール酒と呼んでいるよ。」
コスタール王「見たかんじ お客人たちも もう 大人みたいだし いいかなー と思ってね。」

人懐こい笑顔で王は自慢げに紹介する。
少女は意外にも苦みの中に芳醇な香りの広がるこの“黄金”に魅了され、後で港の酒場で飲めはしないかと早くも考えを巡らせるのだった。

コスタール王「それで 今回の締約について なんだけどねー。」

王は笑顔を崩さずに切り出す。

コスタール王「うん こちらとしても これから どんどん 他国と親交を 深めたいし お宅の国とは 縁もあるしね。」
コスタール王「締結しましょう。」

アルス「本当ですか!」

コスタール王「もちろんだよー それに お客人たちの お誘いと あっちゃあねえ! わっはっはっ!」






マリベル「待ってください!!」






41 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:41:26.16 8lPBK+pa0 36/905

突然声を上げた少女にその場の全員の視線が集まる。

アルス「マリベル?」

少女は隣に座る少年を一瞬見やり、再び視線を王に戻すと物怖じもせずに言う。

マリベル「提案書には 書かれていませんでしたが 万が一 お互いの領海内で 魔物に襲われた場合の対処も 考えるべきかと 思います。」 

ボルカノ「む…っ。」

アルス「あっ……。」

突然の少女の行動に肝を冷やした漁師頭もその息子も、その口から放たれた至極真っ当な提案に思わず声を漏らす。



コスタール王「…………………。」



対する王はしばらく瞬きを繰り返していたが、やがて一息つくと少し間をおいてから急に真面目な表情を作り顎に手をやる仕草をして言った。

コスタール王「それもそうだな。お嬢さんの 言うとおりだ。」
コスタール王「数がめっきり減って ほとんど 見かけなくなった というが 魔物はまだ 確実に おるわけであるしな。」
コスタール王「双方 海上の警備を するに 越したことは ないだろう。」
コスタール王「……ただ 書面に 書かれていない ということは そちらの王は 今の提案を 把握していないんじゃあないかね?」

マリベル「……ごもっともですわ。」
マリベル「……出過ぎたまねを お許しください。」

少女とてこちら側だけ守ってもらおうなどという虫のいい話をするつもりは毛頭なかったが、
残念ながら今から戻って王に伝えに行くには時間が掛かりすぎる。
そこまで考えていたからこそコスタール王の言葉は当然のこととして受け止めていたし、
これ以上勝手に話を進めようとも思わず、素直に謝罪の言葉を口にした。



コスタール王「やだなあ! そんな 悲しそうな顔 しないでよ!」
コスタール王「また後日 こっちから グランエスタードに 使いを出すから ありがたく その提案は 受け入れるよ!」

マリベル「えっ…?」

コスタール王「ささっ 堅い話は ここまでにして お客人たちの 旅の話を 聞かせてよ! うちの子たちが 楽しみに してたんだ。」

マリベル「陛下……。」

そう言ってすっかり元の笑顔に戻った王は、隣に座る王子の頭を優しく撫でた。

そんな様子を向かい側で眺める漁師頭と網元の娘は、どうして少年がここの王をそこまで買うのかわかったような気がして、自然と頬を緩ませるのであった。

42 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:42:44.45 8lPBK+pa0 37/905

昼過ぎ。

食事を終えて茶を飲み終えた頃、たっぷりと王の百面相を堪能した三人は港に戻ろうとしていた。

その帰りがけ、王が少年を呼び止めて小声で言う。

コスタール王「最初に 会った時から 見込みのあるコと 思っていたけど 予想以上に 大物だね あのおじょうさんは。」

アルス「……そうですね。まさか あの場で あんな風に言うとは 思いもしませんでした。」

コスタール王「そういうところにも 惹かれてるんでしょ? アルスくん。」

アルス「…!」

コスタール王「気づかれないとでも 思ったかい? なめてもらっちゃあ 困るな。わっはっはっ!」

そんなやり取りの後、王は帰ろうとする少年をまたも引き止め、カジノの特別会員証と何やら同じような材質でできた濃いピンク色の紙を手渡した。

そこには王の直筆でこう書いてあった。


“超とくべつ会員証”


アルス「…………………。」
アルス「陛下 これは……。」


コスタール王「いやあ 平和っていいよね!」


王はそれだけ言うと高らかな笑い声と共に踵を返して玉座の間の方へと歩いて行ってしまった。

何か言いたげな表情のまま固まっていた少年だったが、
出口へと続く階段の上から少女がひょっこり顔を出して呼んできたため仕方なく足早に退出するのだった。

43 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:44:57.28 8lPBK+pa0 38/905


少年たちが港町に戻る頃には既に日も暮れ始め、夕日に染められた町の市場はまるで絵画のように美しく映えていた。

コスタール王によってしたためられた新しい締約書を保管すべく船へと戻った船長と別れ、
少年と少女は一足先に城の面影だけが残る大きな建物へと向かっていた。
道中どこからともなく熱い視線をちらほらと感じたが、大事になるのを避け散策もそこそこにまっすぐに通りを歩いていた。

「おや マリベルおじょうさん それに アルスも。」

マリベル「あら コック長じゃないの。」

丁度市場を抜けようとした時、かけられた声に振り向くとそこには大量の食材が詰まった木箱を担いだアミット号の料理長が立っていた。

コック長「今 お戻りですかな。」

マリベル「ええ。これから 少しだけ カジノに 行ってくるわ。」

コック長「そうですか。あまり 入れ込みすぎないように お願いしますよ。」
コック長「さっき覗いてみたら 何人かが 大負け してましたからな。」

マリベル「まったく ばかねー。賭け事は じょうずにやらなきゃ すぐに すっちゃうってのに。」

アルス「ついでに みんなの 様子も 見てきます。」

コック長「お二人とも お気をつけて。」
コック長「……ああ! 今日は 積み荷の整理で 夕飯が 遅くなりそうですから どうぞ ごゆっくり。」


44 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:47:27.94 8lPBK+pa0 39/905


カジノの中は以前の喧騒を取り戻していた。
とはいえ、魔王の君臨に際しても相変わらず博打に打ち込む客は少なくなかったため大した変化はないのだが、
客の顔は現実から逃げるような悲壮なそれではなく純粋に楽しんでいるように見える。
むしろ真剣な表情で勝負に臨む老若男女の姿にはどこか圧倒されるものがあった。

そんな賭博場の活況をまじまじと眺めている少年と少女のもとへ、その姿を見つけた誰かが走ってきた。

「ま マリベルおじょうさん! それに アルスも!」

マリベル「どうしたのよ そんなに あわてて。」

駆け寄ってきたのはアミット号のモリ番だった。見ればその顔は屈強な体躯に似つかわず青ざめている。

“何かあった”、というのは一目瞭然だった。

「そ それが……。」

コック長の言っていた通り、彼を筆頭とする漁師たちは意気揚々とカジノに来たはいいものの、
案の定大負けし、自分たちではとても取り返せない金額になってしまったという。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっきれた。まったくいい歳した 男たちが 束になって これじゃあね。」
マリベル「パパに なんて言ったらいいか あたしが 困っちゃうわよ。」

「そ そこをなんとかっ! 助けてくださいよ~ お二人共!」
「海の男 一生の お願いです! このままじゃ 俺たち ここで ただ働きしなくちゃ ならないんです!!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス あたしたちの 持ち金って どれぐらい 残っていたかしら?」

アルス「20000コイン くらいかな。」

マリベル「……で? あんたたちの 赤字は?」

「…全員合わせて 30000コイン ぐらいです。」

マリベル「ハァ~~~~~。」

長い溜息の後、少女は少年の腕をひっぱり受付へと向かって歩き出した。

「…………………。」

少女がいったい何をするのかわからず、“不安”の二文字を顔に浮かべたまま漁師たちはぞろぞろとその後を付いて行く。

「あら いらっしゃいませ。お名前をどうぞ。」

マリベル「アルス。」

くいっと袖を引っ張られ、少年は促されるままに署名する。

「あら 英雄様 じゃないですか! どうぞ ごゆっくり。」
「それで アルスさんは 現在 コインを 21504枚 お持ちです。」
「何枚 お引き出しいたしますか?」

マリベル「全部出してください。」

「コインの 大きさは どうなさいますか?」

マリベル「端数 以外は 100で。」

「かしこまりました。少々 お待ちください。」

そう言って受付嬢が奥の金庫へ引っ込むと、未だ少女の真意を掴みかねている漁師の一人がたまらず尋ねた。

「マリベルおじょうさん いったい どうする おつもりで…?」

男の問いに振り向くと少女は少しだけ口角を上げ、あっけらかんと答えた。





マリベル「足りないなら 増やせば いいんだわよ。」




45 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:48:38.96 8lPBK+pa0 40/905


「はい これで お預かりしていた コインは 全部ですよ。」

金庫から戻ってきた受付嬢は「100」と彫り込まれたコインの入った小さめのバケツを抱えて戻ってきた。

マリベル「ありがと。」

「で でもマリベルおじょうさん いったい そんな大金 どうやって 増やすんでえ?」

マリベル「まあ 見てなさいな。」
マリベル「そのかわり もし うまくいかなくても あたしを 恨まないでよねー。」

「と とんでもねえっ!」

そうして少女はガタイの良い男をぞろぞろと従えて階段を上っていく。
その様子はもともと可憐な容姿も相まって正真正銘のお嬢様というか、
騎士たちを連れる一国の姫のような雰囲気を漂わせ、嫌でも周りの目線を引くのであった。

一方、少年は上階を目指す手前、近くにいたうさぎ耳の係員に先ほど王から受け取った代物について尋ねる。

アルス「すいません コレ なんですけど…。」

「…………………。」
「お客様 コレを どちらで?」

アルス「えっ お 王様から いただきました。」

「……そうですか。では こちらへ。」

係員はそう言って手招きすると少女たちの行った後に続き階段を昇っていった。


46 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:49:59.37 8lPBK+pa0 41/905


二階では、さらに上へと続く階段の下で少女が待っていた。

マリベル「あら? どうしたのよ アルス。」

係員に連れられてバルコニーに出ようする少年に遠くから声をかける。

アルス「ま マリベル 先にやっててーっ!」

マリベル「……?」

また子供だましのラッパの音でも聞きに行くのだろうかと不審に思ったものの、少女は言われた通りに3階へと向かって行った。

「どうぞ ごゆっくり。ウフフフ…。」

そして少年も背中を押され、そのままバルコニーへと消えていくのだった。


47 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:50:44.33 8lPBK+pa0 42/905


カジノの最上階へとやってくると少女はまっすぐにある場所へと向かった。


「100ドルスロット…。」


まさに少女の狙いはこれだった。同じスロットでも額が飛びぬけているこの台であればさして時間もかからずに勝敗の決着がつく。
かつて旅の最中も最強の装備品を人数分揃えるために躍起になって通ったものだった。

「まさかこれで 稼ぐつもり ですかい!?」

マリベル「そうよ。それ以外に 何があるっていうんですの?」

「し しかし これじゃ 二万枚も あっという間に…。」

銛番の男は青い顔で腕を震わせる。

マリベル「いいじゃないの。どうせ あたしとアルスの コインなんだから。」

そう言うと少女は慣れた手つきでコインを九枚投入し、右側面についているレバーをガチャリと引き始めた。

48 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:52:32.99 8lPBK+pa0 43/905

始めてから五分、無機質なスロットマシーンとの格闘は一進一退だった。
手元のコインが100枚を切ろうとすればすぐに元の額まで取り戻し、300枚にまで増えたかと思いきや続けざまにハズレていく。
しかし取引される額が大きいせいもあってか無駄に演出が長く、小さな当たりの度に手を止められて少女は早くも辟易とし始めていた。
見守る船乗りたちも始めこそ一喜一憂していたが、やがて反応も薄くなり口数も減っていた。

そうして再び雲行き怪しくなり始めたころ、ふらふらとした足取りで誰かが階段を上ってきた。

「よお アルス やっときたか。」

気づいた漁師の一人がこちらへ向かってくる少年に声をかける。

アルス「…………………。」

しかし少年は何かを捜す様子で目線を泳がせていたが、やがて台の前で頬杖をついている少女を見つけるとそのふらついた足で近づいていった。

マリベル「……あら アルス ずいぶん 時間かかってたわね。ラッパの調子でも 悪かったのかしら?」

アルス「…………………。」
アルス「………ふ………。」



マリベル「え……?」















アルス「ぱふぱふ。」















マリベル「き…きゃ~~~~~っ!!」



49 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:56:25.16 8lPBK+pa0 44/905

少年は振り向いた少女の腰から背中に腕を回し、自分の頭を少女の体に近づけるとそのまま心臓をめがけて顔を埋没させた。
突然の少年の行動に何をされているのか分からず少女はしばし少年の黒髪を見つめていたが、
やがて彼が感触を確かめるように顔を左右に振り始めると稲妻よりも早く腕を突き出した。

甲高い悲鳴と共に突き飛ばされ仰向けに寝転び、“ゴンッ”という鈍い音を立てて少年は頭を抱えケイレンする。

“いったい何が起こったのか”と辺りにいた者が一斉に振り向けば、
そこにはぴくぴくと体を震わせる少年と腕を突き出したまま肩で息をする真っ赤な少女がいるだけだった。

アルス「…………………。」

リーチを告げるスロットの音と誰の物とも分からぬ心臓の音だけがやけにうるさい。

マリベル「…………………!」
マリベル「……アルス?」

アルス「…………………。」

少女の呼びかけにも答えず、遂に少年はピクリとも動かなくなった。

マリベル「アルス!」

気づけば少女は先ほど感じた羞恥の感触すら忘れて少年を抱き起していた。

マリベル「ちょっと アルス しっかりしなさいよ!」

肩を揺らされ少年は意識を取り戻す。

アルス「んん…。」
アルス「マリベル… ぼくは いったい…。」

マリベル「…………………。」

頬を染めたまま額を青ざめさせるという器用な芸当をやってのける少女の姿がそこにはあった。

マリベル「アルス…。」
マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「っ……!!」

名前を呼んだきりなにも言わない少女と、黙ったまま二人を見つめる観衆を交互に見やり、
少年はぼんやりとさきまで自分の身に起こっていたことを思い出し、声にならない声を一人上げる。

「あら~ たいへん! 英雄様には まだ 刺激が 強すぎたかしらね~。」

騒ぎを聞きつけて階下からやってきた踊り子と係員が申し訳なさそうな、
それでいて面白おかしそうな顔をしながら、目をぱちくりさせる二人に謝る。

「ごめんなさいね~ お客様方。あら? そっちのスロット…」

マリベル「…えっ?」

係員に指差された方を皆が振り向くとそこにはすっかり勝負を始める前の状態にもどったスロットマシーンがあった。

当たりを報せる照明を点灯させている点を除いて。

マリベル「うそっ…!?」

そこには確かに『 7 7 7 7 7 』のパネルが一直線に並んでいた。

「おい 嘘だろっ!?」

「お お……。」









「おおあたり~~~~!」






係員が叫ぶと、どこから取り出したのか、踊り子がラッパの軽快な音色でカジノ全体に奇跡の訪れを報せるのだった。


50 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:58:26.84 8lPBK+pa0 45/905

「こ… こちらで… 全てになります…。」

100ドルコインの詰め込まれた木箱を抱え、受付嬢は息を切らして言った。

「し… 信じられん…。」

「こんな ことが…。」

「夢でも 見てるんじゃあ ねえだろうな…。」

「いつつ! 引っ張るんじゃねえ!」

アルス「今まで 10ドルスロットでも 出したことなかったのに…!」

マリベル「お おほほ… おほほほほほほっ!!」
マリベル「…………………。」

アルス「…差し引き いくら?」

「はい 皆さんの 損得合計で… 3006054枚です!」

マリベル「さ… さんびゃくまん……。」
マリベル「ど どうしようっ アルス!!」

思わず横に立つ少年の肩と手首を掴んで揺さぶる。

アルス「ぼ ぼくたち もう 欲しい景品もないしねえ……。」

落ち着きなく狼狽えているとどこからともなく異様な雰囲気を嗅ぎつけてカジノ中から客がやって来た。
恨めしそうな目でコインの束を見つめてい者もあれば、羨望の眼差しで見る者、すがるような眼を向ける者と三者三様だったが、
あれよあれよという内に一行の周りは人だかりで完全に埋め尽くされてしまった。

“まもののむれよりも質の悪い連中につかまった”と、万が一の事態に備えて少年は自分の背に少女を隠す。

しかしそんな中、少女が少年にそっと耳打ちをすると、しばらく考える素振りの後、少年もそれに同意して頷く。
それと同時に少女は冷や汗を浮かべる受付嬢に、否、周りの雑踏にも聞こえるようにわざとらしい大声で語り掛ける。

マリベル「もし。ここにあるコインを 皆さんが抱える 赤字にすべて 当てて差し上げて よろしいかしらん?」
マリベル「それから これをチップに 今夜 ここで パーティーを 開いて いただけませんこと?」

思いがけないというより普通であればありえない提案に、受付嬢も、漁師たちも、見物客たちもが文字通り“絶句”した。

どこからともなく聞こえてきた“ごくり”という音は幻聴の類では決してないだろう。

しばらく蝋人形のように固まっていた受付嬢が走って執務室へと向かい戻ってくるまでの間、痛いほどの静寂が辺りを包み込んだ。

そして…。



「お待たせしました。」



やがて受付嬢と共にやってきたのはこのカジノを任されているであろう人の良さそうな初老の男性だった。

「そのご提案であれば よろこんで お引き受けいたします。では 早速。」
「こちらにありますは 当カジノで 記録されている 負債者リストです。」
「どうぞ これを。」

[ マリベルは 負債者リストを うけとった! ]

マリベル「ありがとっ。」

[ マリベルは メラを となえた! ]

小さな発動音と共に少女の手元にあった紙の束は一瞬で燃えカスとなった。

その瞬間、一斉に歓声と拍手が沸き起こり、一行をかき分けてなだれ込んだ群衆の手により少女は宙を舞った。

「うおおおっ!」

「女神だ! 女神さまが 舞い降りられたぞ!」

「女神様 ばんざーい!!」

マリベル「きゃっ! ちょっとぉ! うわっ! あははっ!」

二回、三回、四回、五回。

いつの間にか少年も漁師たちも加わり、女神と称された少女は何度も天を舞うのだった。


51 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 11:59:45.35 8lPBK+pa0 46/905

「ふぁ~~ えらい目に あったわ。」

「そう? けっこう 楽しそうだったじゃない?」

散々揉みくちゃにされた後、やっとのことで喧騒から抜け出した少年と少女は、
今は二人、建物の西側にあるテラスで宴の準備が整うまでの間時間をつぶしていた。

マリベル「そうだけどさあ 危うく スカートの中 見られるところだったわよ。」

アルス「あはは… そういえば さっきは ごめん。」
アルス「ぼく 変なこと 言ってなかった?」

マリベル「変なことなら しっかり 言ってたわよ。しかし あんた バルコニーで なにやってたのよ?」

アルス「うっ…。ラッパよりも 効果絶大な 幸運の儀式とか 言ってさ。」
アルス「二人に 挟まれて……。」

少年は先ほど自分が見た天国と地獄を思い出し思わず身を屈める。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルスの えっち。」
マリベル「それで あんなこと したのね…。」

アルス「ご… ごめん。」

マリベル「……ふんっ。」

“これはいよいよ嫌われてしまったか”

昨晩の熱い抱擁と口づけの後がだけに少年はがっくりと項垂れる。

マリベル「…た……ん…ね。」

アルス「えっ?」

マリベル「ううん。いいわよ。特別に ゆるしたげるわ。」
マリベル「効果は 本物だった みたいだしね。」

果たしてツキをもたらしたのはバルコニーにいた女性たちなのか、それとも彼自身なのか。

今となってはどうでもいいことだった。


52 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:00:55.30 8lPBK+pa0 47/905

日も完全に沈んだころ、カジノを擁する港町は昼に見た市の活況とはまた違った喧騒に包まれていた。誰もが浮足立ち、妖しく光るランタンが建物の輪郭をくっきりと浮かばせる。

夜の街。

そんな言葉がぴったりと当てはまる。

そしてより多くの人の息遣いが、市場を抜けた先の一際大きな建物から聞こえてくる。

「それでは 今宵 世界を救った英雄と 同じく女神様の ご厚意を賜りまして 祝杯を あげましょうぞ。」
「乾杯!!」



「「「「かんぱーいっ!!」」」」



賭博場の一階では普段使われない卓や椅子を持ち出して席が並べられた。
それらに囲まれた支配人が号令を挙げると一斉に杯を打ち合う甲高い音が響きあった。

コスタールでは日常的に飲まれているエール酒が、蔵からこれでもかと運びこまれ存分に振舞われた。
チップをはずまれホクホク顔の料理人や給仕者がせわしなく行きかい、山ようなの料理を次々と運んでくる。

ボルカノ「しっかし マリベルおじょうさんには 本当に 頭があがりませんな。あのままじゃ 明日からの漁に 支障がでるところでしたよ。」

コック長「いやはや おかげ様で 調理の手間も省け 一回分の食費も 浮きました。」

マリベル「コック長が 調理を始める前で よかったわ。作ってもらって 食べられないんじゃ 申し訳が立たないもの。」

「おれ おじょうさんに 一生 ついて行きます!」

マリベル「もう おおげさねえ。」

「オレ このまま ここに取り残されちまったら どうしようって 思ってたんです。」
「そんなことになったら オレは… おれぁ…。」

船員の一人は早くも泣き出す始末。

最初こそ近くにいた者たちと料理を頬張っていた参加者たちも、
ある程度腹が満たされたのか次第に席を立ち始め、少女の周りはすっかり人だかりとなっていた。

「女神様 ささっ ぐいっと いってくだせえ! うぇっへっへ。」

「ああん 女神様 こっちで 一緒に 飲みましょうよ!」

「み 水…。」

「おーい 酒だ! 酒 もってこい!」

「おい 誰だ 足 踏んだやつ!」

マリベル「えっ ちょっと まだ 空いてないってば!」

「おお~ 欲望の街に 舞い降りた 女神~ その名は マリベル~。」 

もうめちゃくちゃである。

「あら~ 英雄の お兄さん ハンサムじゃない。」

「お姉さんたちと ご一緒に いかが~?」

「わはははっ! あんちゃん ほれほれ もう一杯!」

アルス「えっ あれっ…!?」

慣れない歓迎ぶりに戸惑い助けを求めようにもどこに誰がいるのかさえわからない。

敢え無く二人ともされるがままに時が過ぎていくのだった。



53 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:03:22.92 8lPBK+pa0 48/905

アルス「し しんどい…。」

もはや英雄どころかただの玩具になっていた少年は、やっとのことで人込みを抜け出し、今は風に当たるために灯台の階段を上っていた。

アルス「こ ここまでくれば 大丈夫だろう。」
アルス「…マリベルは 無事かな……。」

結局あれから一度も顔を見ていない幼馴染の身を案じながらも、今は捜しに行くだけの余裕もなくただひたすら足を進める。

そうして屋上への階段を上りきった時。

「…………………。」

少女が手すりにもたれて立っていた。

アルス「よかった ここに いたんだ。」

マリベル「……アルス。」

少女の方は別段酩酊している様子もないが、ほんのり赤みを差した頬に緩慢な動作はどことなく色気を発していた。

アルス「いつからここに?」

マリベル「少し前よ。火照った 体を冷ますには ちょうどいいわ。」

アルス「そっか。」

そう言って少年は少女の隣に立ち手すりに寄りかかる。

マリベル「まさか あそこまで 揉みくちゃに されるとは 思わなかったわよ。」

アルス「まったくだよ。さすがに まいったね。」

マリベル「……でも これで よかったのよね。」

アルス「うん。どうせ あんなに 持っていても 仕方ないしね。」
アルス「ちょっと 驚いたけど いい選択だったと思う。」

マリベル「…ふふっ ありがと。」
マリベル「念願の エール酒も たらふく 飲めたし 言うことないわね。」

アルス「あれ? そういうこと?」

マリベル「じょーだんよ ジョーダン。」

アルス「それにしても マリベル 変なことされなかった?」

マリベル「変なこと? ええ まあ ぐいぐい来る おじさんは いたけど 手酌してあげてたら すぐに ひっくり返ったわよ。」

アルス「うわあ。」

マリベル「そういう 英雄サマこそ 女の人に 囲まれて デレデレ してたんじゃないでしょうね!」

アルス「そ そんなことないよ…。」

マリベル「ふーん? ……ぱふぱふ。」

そう言って少女は悪戯な笑みを浮かべて少年の胸板の間に人差し指を這わせくるくると撫でまわしてくる。

アルス「それはっ……!」


54 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:05:30.66 8lPBK+pa0 49/905


マリベル「ふふっ。いいわ 信じてあげる。」

アルス「…………………。」

マリベル「何よ。なんとか 言ったらどうなの?」

アルス「あっ ゴメン。すごく 優しくなったなー と思って。」

マリベル「……あたしが?」

アルス「うん。」

マリベル「ばっ ばかねー。あたしってば もともと こんなに優しいのに。」

アルス「えっ いや それは そうなんだけど……。」

マリベル「…もう! どっちなのよ!」

アルス「あはは ごめんごめん。」

マリベル「むう……。」

アルス「…………………。」

そう言ってわざとらしくむくれる少女の顔を見つめながら少年は彼女の変化について思い起こす。

これまで何度となく浴びせられた理不尽な非難の数々、棘のある言葉、他人との露骨な比較。
それらが今ではすっかりとなりを潜めてしまっている。
思い返せば旅の終盤、魔王が復活してからその兆しはあったのだが、いったい何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。
少年にとっては喜ばしいことなれどその原因がいまいち分からず、というよりは急激な変化についていけず、
自分がどこかぎこちなく接してしまっている気がしてならなかった。

マリベル「ねえ… どうしたのよ 人の顔 ジロジロ見て。」

アルス「え? あっ ああ なんでもない。」

マリベル「…変な アルス。はあ~~ 話してたら 喉乾いてきちゃった。」
マリベル「さて! もう一度 飲みに行きましょっ。主役が いつまでも 席空けてちゃ みんな 不安だろうし。」

アルス「まだ飲むの!?」

マリベル「あら? まさか か弱いレディを 一人置いて行くつもり?」
マリベル「どうなっても 知らないわよ~。明日になったら どこにもいなくて みんなで 探すことになっても。」

アルス「…行きましょうか。おじょうさま。」

マリベル「よろしい! うふふっ。」

そうして再び主賓を迎えた宴会場は再び熱狂に包まれ、華やかな宴は真夜中を過ぎても続いたのだった。







そして……



55 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:06:13.74 8lPBK+pa0 50/905






そして 夜が 明けた……。






56 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:07:58.77 8lPBK+pa0 51/905

以上第2話でした。

皆さんもどこかのタイミングで必ずコスタールのカジノには寄っていったことでしょう。
わたしも一日何分と時間を決めてちょこちょことコイン稼ぎをしたものです。

で、やっぱり登場するのが100ドルスロット。
PS版と比べると3DS版やスマホ版は演出がなくなってしまった分
視覚的な面白さは減ってしまいましたが、作業となると話は別です。

小さい当たりでも額が大きいので
毎回毎回長いファンファーレを聞かされる羽目になるんですよね。

…いくら景品のためとは言え正直もう二度と御免です。
(メタルキングヘルム、人数分揃えたと思ったらマリベルが装備できないだなんて……。)

そしてもう一つ忘れてはいけないのが「パフパフ」。
当たる確率が上がるという効果ですが、
期待させておいて落とすのはもはやシリーズ定番。
(戦闘では普通に女性陣がやってくれるんですけどねぇ……ただし敵に。)

そんなガッカリ感を払拭してやろうと
今回のお話ではアルスに美味しい思い(?)をしてもらいました。

落ち込むアルスに果たしてマリベルはあの時何を言おうとしたのか。
答えはもう少し先のお話で。




いやあ 平和っていいよね!




57 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/24 12:09:01.99 8lPBK+pa0 52/905

第2話の主な登場人物

アルス
漁師としての修行と同時にグランエスタードの大使として各地へ旅することに。
コスタール王に渡された超とくべつ会員証により災難(?)に見舞われる。

マリベル
アルスと共にエスタード島からの大使としての役割を担う。
持ち前の発想力でアルスとボルカノを助ける。
思わぬ展開からアルスにより「ぱふぱふ」をさせられるがその心境やいかに。

ボルカノ
バーンズ王より命を受けてアミット漁の間各地へ文書を届ける任を請け負う。
少年と少女の仲を微笑ましく見守る。

コック長
寄港した町や村で買い出しのリーダーを務める。
ギャンブルなどにはあまり興味がない。

漁師たち
アルス、マリベル、ボルカノがいない間暇を持て余しカジノに興じる。
しかし勝負強さを自負する海の男たちも初めてのカジノには少々てこずった様子。
マリベルの強運により難を逃れる。

コスタール王
フランクな言葉遣いが特徴だが実は非常に聡明な一国の主。
ホビット族の妃とは一男一女をもうけている。
真面目な話や緊急事態には本来の厳格な王としての姿が顔をのぞかせる。
その後の騒動を作ったもともとの原因(?)

60 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:25:28.79 egR44K5f0 53/905






航海三日目:忍び寄る影





61 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:26:15.30 egR44K5f0 54/905


アルス「あたま いたい……。」

朝日と共に少年が目覚めるとそこは宿屋の一室だった。

昨晩少女に付き合って散々飲んだ後、少年はふらつく足を引きずって予め予約していた宿まで戻ってきた。

しかしその後の記憶はぷっつりと消えている。

寝巻を着ている限りちゃんと着替えてから床に就いたようではあるが。

アルス「どうして マリベルが ここに……?」

柔い感触に布団を捲るとまさにこの頭痛の原因となった少女が少年の胸にすっぽりと頭を埋めていた。その体にはいつぞや神が半ば強引に押し付けてきた桃色の寝間着を纏っている。

アルス「これは…… ぼくは いったい…。」

ただでさえ鈍った頭に加えてのこの状況に少年の思考は完全に追いついてこない。

そうして重たい頭を回転させてなんとか記憶を整理しようとしていた時だった。

マリベル「う… ん……。」
マリベル「…おはよう アルス。」

少女が目を覚まし、頬を赤らめトンデモナイことを口にするのだった。





マリベル「もう… アルスってば だいたん なんだから……。」


62 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:27:47.77 egR44K5f0 55/905




「おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。」



アルス「ご主人まで!」

マリベル「うふふっ。」

少年は少女にすっかり騙されたのだ。
ベッドから起き上がると少女は盛大に吹き出しながら「嘘よウソ」と言い、着替えるからと自分の部屋に戻って行ってしまった。
少女の出て行った部屋で少年は顔を真っ赤にしたまましばらく動けずにいたのは言うまでもない。


63 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:28:17.72 egR44K5f0 56/905


マリベル「だ~か~ら~ ごめんってば!」

宿屋を出てからというものの少年は青い顔のまますっかり黙り込んでしまい、
何度呼び掛けても“ああ”だの“んん”だのといった生返事しか返ってこず、痺れを切らした少女が遂に折れた。

マリベル「酒に付き合わせて 仕舞いに 勝手に 潜り込んじゃったのは 悪かったけどさ…。いい加減 しゃんと しなさいよ!」

アルス「うん…。」

後者も少年にとっては由々しき事態であったが、今は酔いを醒ます手段を捜すほうに軍配が上がっていた。

アルス「み… みず…。」

朝食にもろくに手が付かなかったのはお約束である。


64 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:29:11.59 egR44K5f0 57/905


ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

準備を終えたアミット号は次なる中継地を目指して海原へと乗り出した。

ボルカノ「おう アルス もう 動けるのか?」

アルス「これでも ザル二人の子だからね…。」

ボルカノ「しかし 聞いたぞ アルス。なんでも マリベルおじょうさんに 手ェ出したらしいじゃねえか。」
ボルカノ「おまえも 隅に置けない奴だな。わっはっはっ!」

アルス「と 父さんまで!」

マリベル「まあ お義父さま ったら…。」 

アルス「もうっ!!」

ボルカノ「冗談だ 冗談。」

マリベル「うふふふ…。」

アルス「みんなして ひどいや…。」

ボルカノ「わっはっは! それにしても 今日はいい風だ。」
ボルカノ「この分だと 今日はかなり 距離を稼げそうだな。もしかしたら 今日のうちに 着けるかもしれん。」

マリベル「あれから どうなってるのかしら。」

アルス「…フォロッド城か……。」

漁船アミット号の次なる目的地は魔王によって一時は住民全てが消されたという城、フォロッドだった。

魔王と対峙する前に噂を聞きつけやってきた時には既にもぬけの殻となっていたこの地方にも人々が戻ってきているらしいが、果たして現在彼らはどうしているのだろうか。

魔王討伐後に寄らなかったため実際のことは何もわかっていない。しかし国がある以上はそこの主君と何らかの締約を取り付けなければならない。今度の訪問は視察も兼ねて非常に重要なものだった。

65 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:30:06.84 egR44K5f0 58/905

昼過ぎ、船長の言う通り予定よりも早くコスタール地方の南端を通過し、漁船アミット号は東へと進路を変えた。
するとそれまで体を休めていた漁師たちが慌ただしく動き始める。



今回の船旅で最初の漁が始まろうとしていた。



アルス「…いよいよだ!」

少年も今は普段着ではなく作業用の軽装に身を包んでいる。

狙うは昨日コスタール城で振舞われた深海魚。
今回は長旅ということもあって捕ったものはその場で裁いて塩漬けにし、干物として持ち帰ることにしていた。

「それっ 網を投げろー!!」

号令と共に一斉に網が深い青色の海へと投げ込まれる。

マリベル「そーれっ!!」

わざわざ持参した作業着に身を包み少女も屈強な男たちに混じって大きな網の一端を持って海へと投げ込む。
どうやらこの辺りの海域はかなり水深があるらしく、あっという間に網は深淵へと沈んでき長い長い縄が限界まで伸びきった。

66 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:32:07.95 egR44K5f0 59/905

マリベル「さーて 何が かかってるかしらね~。」

網を投げ込んでからかれこれ二刻は経っただろうか。緩やかな追い風を受けてアミット号は北東に見える次なる大陸を目指し前進していた。

ボルカノ「よーし そろそろいいだろう。網を引くぞ!!」

「「「おおー!!」」」

船長の号令と共に男たちが一斉に甲板に集まり、いよいよ収穫を確かめようとしたその時だった。

「…………………!」

艫(とも)で見張っていた船員が“何か”の接近に気付いた。

不自然な泡を立たせ、船を追いかけてくるその異様な気配の正体は。




「まものだーっ!!」




アルス「…っ!」

見れば黒い影が三つ、四つ、猛烈な速さで追い上げてくる。

「このままだと 追いつかれるぞーっ!」

ボルカノ「なんだと!」

マリベル「……アルス!」

アルス「うん!」

二人は顔を見合わせ、少年は船首へ、少女は船尾へそれぞれ走りだした。

67 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:32:44.85 egR44K5f0 60/905


アルス「追い風よ……来いっ!」

少年が念じるとそれまでゆったりと流れていた風が船の真後ろから強く吹き付け、帆を力強く押し始めた。

マリベル「くらいなさいっ! イオナズン!」

少女が詠唱するとまだ少し離れた位置にいる黒い影のやや手前で想像を絶する大爆発が起こり、一帯に真っ黒な煙が立ち込める。

ボルカノ「や… やったのか?」

マリベル「…まだよ!!」

黒煙の中からは再び影が追ってきていた。その数は爆発の前よりも増えているように見える。

「このままだと 追いつかれますぜ!」

マリベル「あんまり 派手にやると ロープが切れちゃうわよね…。 何か いい手は…。」
マリベル「…………………。」
マリベル「人の見てる手前 使いたくは なかったけど… なりふり かまってられないわね!」

そう言うや否や、少女は全身に青白い光を纏わせる。

マリベル「スゥーーーーっ はああああああ!!」

[ マリベルは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく いきをはいた! ]

吐き出された息は船の後ろをみるみる凍らせ、海上に大きな氷の壁を作り出した。

「ひえええ!」

目の前で人間離れした技をやってのける少女に恐怖すら覚え、急激に温度の下がった船上では漁師が思わず悲鳴を上げる。

マリベル「アルス! もっと早く 進めないの!?」

そんなこともお構いなしに少女は船首で風を操る少年に向かって叫ぶ。

アルス「これ以上は無理だ!!」

一方の少年も精神を集中させて追い風を起こし続けるが網にかかった獲物の重みのせいか思うように船の速度は上がらない。そうこうしている内に再び黒い影が現れ、あっという間に開いた距離を詰めてくる。

マリベル「やるしかないわね… アルス! 迎え撃つわよ!」

アルス「わかった!」

もしもの時のために用意してきたグリンガムの鞭とオチェアーノの剣を握りしめ、船員を非難させて身構える。

「…………………。」

船の横まで付けてきた影が消え、一瞬の静寂が訪れる。

アルス「……来る!」

こうして魔物の群れを追い払うべく、“最後の戦い”以来“最初の戦い”が幕を開けた。

68 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:34:54.52 egR44K5f0 61/905

まず甲板に飛び込んできたのは先ほどの黒い影の正体だった。

「ぐうおーん!!」

マリベル「キルゲータ……!」

堅い甲羅に鋭い牙を持つこの海亀の化け物は陸上でも素早く移動してくる厄介な相手ではあったが、経験を積んだ二人にとってはもはや敵ではなかった。
少女が鞭で数体を縛り上げるとすかさず少年が拳で何度も殴りつけ、いとも容易く甲羅を砕いていく。
ものの数秒でけりが付き、魔物たちはあっという間に沈黙して甲板に転がった。

マリベル「次が 来るわよっ!」

再び海面を見やると体を大きく膨らませた八本足の怪物が少年たちを押しつぶそうと飛び込んできた。

アルス「ダゴンか…!」

「うぞぞぞ……!」

寸でのところで少年は獲物を抜きその体を受け止めると、剣先に灼熱の炎を纏わせる。
相手がたまらず力を緩め仰け反る瞬間を見逃さず少年は大きく切り払い数本の足を吹き飛ばす。

「ほ ほふうっ…!」

強烈な一撃に体勢を崩しよろける軟体の化け物だったが、紫色の体を大きく膨れ上がらせると、落とされた筈の足がみるみる生えてきた。

マリベル「しつこいのよっ! このタコスケ!」

そんな光景をみすみす見逃すはずもなく、少女は再生中のそれの足を鞭で絡めとり引き倒すと、
宙へと大きく飛び上がりその反動で怪物を船外へと投げ飛ばす。

マリベル「きりさけーっ!!」

そのままバタバタ足を動かしながら宙を舞うそれに幾重もの空気の刃を飛ばし、あっという間に切り身にして海へと還してしまった。

マリベル「ふんっ 他愛ないわね。」

アルス「まだ だっ!」

少年が叫ぶと同時に船体が大きく揺れ、二人は思わずバランスを崩す。

マリベル「わわっ なに!?」

「あんぎゃーす!」

けたたましい咆哮を浴びて振り向くとそこには青い鱗に身を包んだ巨大な水竜が首をもたげていた。

アルス「ギャオース…!」

マリベル「こいつっ…!」

強力な息吹に加え、その巨体で何度も突進されては船が危ない。
一刻も早く船体から引き離さなければあっという間に漁船は沈められてしまうだろう。

アルス「マリベル どいてっ!」

マリベル「!」

少女が身を翻し距離を取ると、少年は今にも息吹を吐き出そうとしているそれに向かって一直線に駆け寄ると、その顎下に狙いを定めた。

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐ あいてを ついた! ]

「あぎゃあっ!!」

渾身の正拳をもろに喰らい、その巨体は嘘のように吹き飛んだ。

アルス「…………………。」

少年は巨体が沈んだ先をじっと見つめ、敵の気配を探る。

すると少し離れた地点から巨大な水柱が上がり、再び姿を現した海竜が船側に向かって突進してきた。

「ぎゃおおおおおす!」

マリベル「無駄に タフな やつね…!」
マリベル「でも これで終わりよ! 喰らいなさいっ!」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

少女がそう叫ぶと空中に巨大な火の玉が出来上がり、しぶきを上げながら接近する頭めがけて落下した。 

「あぎゃああああっ!!」

身もよだつような断末魔を上げ、焼け焦げた体をひっくり返したまま、その脅威は遂にピクリとも動かなくなるのだった。

69 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:35:54.73 egR44K5f0 62/905



マリベル「…………………。」


神経を研ぎ澄まして辺りの様子を探る。

海面はどこまでも澄み切り、波は元の静けさを取り戻していた。

アルス「どうやら 今ので 最後のようだね。」

そう少年が呟いた時。



「「「うおおおっ!!」」」




それまで階段の下で息を潜めていた漁師たちが一斉に歓声を上げた。

「すげぇ! 見たかよ 今の!」

「わはははっ! こりゃあ 今回の旅は 銛の手入れが 少なくて 済みそうだな!」

ボルカノ「やるじゃないか 二人とも。さすがは 世界を救った 英雄なだけあるな!」
ボルカノ「あんなにいた 魔物の群れが あっという間に 片付いちまった。」

アルス「いやぁ…。」

父親の褒め言葉に少年は頭を掻いて俯く。

マリベル「当然よ トーゼンっ! あたしとアルスが いれば あんなの へでもないんだから!」

対照的に少女は腰に手を当て得意気な表情で漁師たちの輪の中で称賛を浴びている。

ボルカノ「一時は どうなるかと 思ったが これなら どこへ行っても 大丈夫そうだな。」

マリベル「任しておいて ボルカノおじさま! このあたしの手にかかれば どんな奴が 来ても スライム同然だわよ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りにしてますぜ。」
ボルカノ「……ところで スライムって なんですかい?」

70 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:38:07.09 egR44K5f0 63/905


落ち着きを取り戻した船の上では甲板に散らばった魔物たちの残骸が処理され、今度こそ網を引く時がやってきた。

ボルカノ「よし 網をひけー!」

「「「せーのっ!」」」

漁師の掛け声とともにリズム良く網が引き上げられていく。

アルス「ふんぬっ!」

マリベル「そーれっ!」

少年と少女は作業着を汗で濡らしながら一心に網を引いてゆく。
いくら巨大な魔物を吹き飛ばす力があるとはいっても、二人にとってそれが重労働であることには変わりなかった。

「お 網が見えてきたぞ!」

アルス「くぅ… お 重いぃい!」

ボルカノ「しっかりしろ アルス。そんなんじゃ 獲物は 引き上げられないぞ!」

アルス「は はい!」

父親の檄を受け、少年の全身に力が入る。
なんとか網全体を引っ張り上げると、そこには見たこともないような奇怪な魚たちがかかっていた。

ボルカノ「ふむ まあまあ だな。」

「お目当ての奴も それなりに 入っているし ひとまずは 成功ってとこですかね。」

マリベル「しかし ずいぶん 薄気味悪いのが 入っているのね。」
マリベル「これなんて ぶにぶにしてて 気持ち悪い……。」

ボルカノ「わっはっはっ。深海の魚ってのは 変わったやつが 多いんです。」

曰く、以前少年たちが旅をしていた際にも何度かこの海域で漁をしたことがあったそうだが、
その時の収穫を島に持ち帰っても皆気味悪がって誰も買い付けなかったのだとか。

しかしコスタールで味わったように、見た目は少々難ありでもコクのある味わいが楽しめるとあれば
今まで食わず嫌いしていた人たちも食べるようになるであろう。

そんな思惑から漁師たちは獲れた魚たちをすべて処理することにしたのだった。

71 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:39:42.78 egR44K5f0 64/905


比較的小さな個体を何匹か持って少女が調理場へと向かっていった後、
漁師たちは魚を捌いて天日干しにし、現在は網に絡まった海藻やらゴミやらを取り除く作業に取り掛かっていた。

ボルカノ「しっかし まだ この辺の海には かなり強力な 魔物が 生息しているみたいだな。」

先ほどの魔物による襲撃を思い出し漁師頭が浮かない顔で言う。

アルス「そうだね……。魔王がいなくなって 少しずつ 減ってきてはいると思うんだけど。」

少年の言う通り魔王の影響がなくなった今、凶暴な魔物たちはその数を減らしつつあるという報告が入ってきており、
漁を行うという決定もそんな報せを聞いた網元が下したものであった。

しかし実際に相対してみるとその脅威は予想を遥かに超えるものがあった。
ある程度は漁師たちも自分の身を守る術を会得しているとはいえ、少年と少女がいなければ今頃どうなっていたか分からない。

ボルカノ「コスタール王に 安全保障を 取り付けたのは 正しい判断だったかもな。」
ボルカノ「まったく マリベルおじょうさんには 頭が 下がりっぱなしだぜ。」

アルス「本当にね。」

ボルカノ「おまえも 良い嫁さんを 貰ったもんだ。あ いや 婿に行くんだったか?」

アルス「えっ!?」

突然父親の口から飛び出してきた言葉に少年は思わず飛び退く。

ボルカノ「知らないとでも 思ったか?」

アルス「……もしかして あの晩 見てた?」

ボルカノ「見てた? じゃねえ。見せつけてくれたのは どこの 誰だ?」

アルス「うぐっ…。」

ボルカノ「わっはっはっ。孫は 最低でも 二人はほしいもんだ。」

意地の悪そうな笑顔で父親は高らかに笑う。

アルス「と 父さんっ!」

ボルカノ「それはさておき アルス。」

少年の講義をかわすように父親は真面目な顔に戻ると、息子にとあることを提案する。

ボルカノ「今後のことを 考えると 一回 王様のところに 行ったほうが いいと思うんだが おまえは どう思う?」

アルス「……うん。フォロッド城に着いたら 一度 グランエスタードに 飛んだほうがいいかもしれないね。」

ボルカノ「また じゅうたんを 使うのか?」

アルス「いや 今度は もっと 早い方法があるよ。ただ……。」

ボルカノ「ただ なんだ?」

アルス「人によっては ちょっと 気分が 悪くなるかも。」

ボルカノ「へえ なんだか知らんが とんでもない 方法みたいだな。」

アルス「慣れれば 便利なんだけどね。」

ボルカノ「楽しみに しておくか。」


72 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:41:44.80 egR44K5f0 65/905

そうして日も暮れた頃、昼間捕れた深海魚が煮つけや刺身、塩焼きとなって食卓に並び、
それぞれの味や触感についてあれこれ感想を述べあった後、明日の予定について会議が開かれていた。

ボルカノ「まず フォロッド城の 南方に位置する港についたらアルスとオレで 
一度グランエスタードに戻って 今回の魔物の襲撃や コスタール王との締約について バーンズ王と話してくる。」

アルス「移動は 一瞬で済むので みなさんは 先に 城へ行ってください。ぼくたちも 話が終わり次第 直接 城に行きます。」

ボルカノ「着いたら 城をブラブラ しててもいいが できるなら そっちの王に謁見を 申し込んでおいてくれ。」 

「ウス!」

アルス「マリベルは どうする? ぼくたちと 来る?」

マリベル「そうねえ 言い出しっぺは あたしだから あたしが 直接 王様に報告するのが 筋ってもんよねえ……。」

ボルカノ「でもそうすると フォロッド王の 顔見知りが誰も いなくなりませんかね。」

マリベル「それも そうですね…。」

アルス「…………………。」
アルス「大丈夫だよ マリベル。王様には僕から 言っておくから。」

マリベル「あら そう? じゃあ あたしは 先に 行くとしようかしらね。」

ボルカノ「他に 何かある奴はいるか?」

「…………………。」

ボルカノ「…決まりだな。 よし 会議は終わりだ。各自 持ち場に戻ってくれ。」

「「「ウス!」」」


73 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:43:38.37 egR44K5f0 66/905


やがて夜も深まり、月が煌々と海面を照らす中、少年と少女は食堂の卓を囲んで何やら話し合っていた。

アルス「…どう 思う?」

響き渡る料理人たちのいびきの間を縫うようにして少年が小さく呟く。

マリベル「どうって 魔物のこと? そうね… あれから 日も浅いし まだまだ 出てきても おかしくはないと 思うけど?」

アルス「そう。そうなんだけどさ。」
アルス「本当に 魔王が 倒れただけで 魔物たちが いなくなるのかなって。」

マリベル「…ははん なるほどね。」
マリベル「言われてみれば そうよね。魔王も神も いないと思われていた時だって しっかり魔物は 存在していたし 襲ってきてたものね。」

アルス「うん。」

マリベル「でも まあ 少なくとも 凶暴な連中は 魔王が復活してから でてきたわけだし
 その魔王が いなくなった今 そいつらがいなくなるのは 時間の問題なんじゃないの?」
マリベル「今いる奴らが どう いなくなるのかは 分からないけどね。これ以上増えないっていうことは 確かなんじゃないかしら。」

アルス「もし 全然 減らなかったら?」

マリベル「もう ネガティブねえっ。その時は また あたしたちで ぶっ飛ばしてやれば いいじゃないの!」

そう言って少女は握り拳を少年の鼻面に突き出す。

アルス「…………………。」
アルス「は…はははっ!」

マリベル「…何よ なんか 文句でもあるの?」

アルス「ううん 違うんだ。やっぱり マリベルは マリベルだなって。」

怪訝そうな顔で睨む少女に少年は涙を拭きながら笑ってみせる。

マリベル「なによそれ~。バカにしてるの?」

アルス「褒めてるんだよ。やっぱり マリベルはこうで なくっちゃね。」

マリベル「…………………。」

アルス「……ありがとう 安心したよ。」
アルス「うんっ。その時は また ぼくたちで がんばろう。」

マリベル「……わかれば よろしい。」

そんな少年の頷きに少女は満足げに口角を上げる。

マリベル「さてっ あんた 交代まで 時間あるんでしょ? 何かあったら 起こしてあげるから もう 寝たら?」

そう言って少女は少年のハンモックを指して目配せする。

アルス「マリベルは まだ 寝ないの?」

マリベル「お生憎サマ あんたと 違って 体力が 有り余ってるのー。」
マリベル「ほらっ わかったら さっさと 寝なさいな。」

アルス「う うん…。おやすみ マリベル。」

半ば強引に背中を押される形で、少年は戸惑いながらも少女の指示に従い横になるのだった。


74 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:44:41.84 egR44K5f0 67/905


「あれ マリベルおじょうさん そんなところで 何やってるんです?」

少年が眠ってからしばらく経った頃、一人の漁師が自分の役割を終えて食堂へと戻ってきた。

マリベル「…ん? あ ええ……。ちょっとね。」

「……アルスが どうか したんですかい?」

漁師は眠っている少年の顔を見て不思議そうに尋ねる。

マリベル「ううん べつに。ただ 間抜け面だなー と思ってね。」

「はあ… それより そろそろ そいつを 起こさなきゃ ならないんですが。」

マリベル「あら もう 交代の時間?」

「へえ。」

マリベル「あっそう。邪魔したわね。」

そう言って少女は少年の元を立ち去ろうと足を踏み出す。

「おじょうさんも お休みに なりますか?」

マリベル「ええ さすがに 今日は 疲れたわ。万が一のことがあったら と思って 起きてたんだけど もう 大丈夫そうね。」

「さすがは マリベルおじょうさん。 おれたち 頭が 下がりっぱなしでさぁ。」
「ゆっくり おやすみになってくだせえ。」

マリベル「ありがとっ ふあぁ… おやすみ~。」

そう言って少女は眠気眼をこすりながら自分の寝床のある調理場へとゆっくり歩いていくのだった。

75 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:46:39.34 egR44K5f0 68/905


「おい アルス 起きろ。交代の時間だぞ。」

アルス「……んん…はい…。」
アルス「あれ マリベルは?」

少年は辺りを見回し先ほどまでここにいた少女の姿を探す。

「おじょさんなら ついさっきまで おまえの 寝顔 見てたみたいだけど おれが来て すぐに おやすみになったよ。」

アルス「そうですか……。」

「じゃあ おれはもう寝るから あと 頼んだぜ。」

アルス「はい お疲れ様です。」

漁師が上階に消えてまもなく船内に響くいびきが一人分大きくなった。
少年は身支度を済ませると調理場と食堂を隔てる扉をゆっくりと開き、簡素な間切りの奥で小さな寝息を立てている少女のもとへとやって来た。

アルス「…ずっと 起きててくれたんだね。」
アルス「疲れてただろうに。ありがとう… マリベル。」

そう呟くと眠る少女の頬にそっと口付けを落とし、少年は自分の持ち場へと戻っていった。



マリベル「…ん…… あるす……。」



少年の去った部屋の中、幸せそうに眠る少女をそっと波の子守歌が包み込んでいくのだった。






そして……


76 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:47:12.22 egR44K5f0 69/905






そして 夜が 明けた……。






77 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 11:53:57.56 egR44K5f0 70/905

以上第3話でした。

「おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。」

…………………

今回から漁が始まります。
自分は極たまに海釣りこそしますが漁師でもなんでもないので
ここら辺の知識についてはからっきしです。

お話を書き起こすにあたって一番苦労したのがこの漁の描写と船の構造です。
現代の漁でさえ知識が乏しいのに加え、ドラクエの世界ではまだ機械のない帆船での漁なので、
正直右も左もわからない中なんとか資料を漁って手探りで書いております。

アルスたちの乗る漁船も「アミット号」と名付けてありますが、そもそもそんな名前は原作には出てきません。
うろ覚えですがどなたかのサイトを拝見した時に偶然見つけた名前をそのまま頂戴した形になります。
実際、網元の名前がアミットなのだからそういう名前になるのはあり得そうな話ですが。

そしてこの漁船、船を操作するための舵輪どころか舵柄も見当たりません。
PS版だと船尾の辺りに船乗りが配置されている描写があるのですが何かを操っている様子は見えません。
(3DS版に至っては段差の関係で漁師が船尾に回る描写すらない!)
完全に帆の調整だけで操舵していたかと思うといかに航海が大変なものだったか見えてくるような気がします。
…実際は描写を削っているだけで本当はあるのかもしれませんが。

◇ちなみにこの「漁船アミット号」についてはこんな風に決めてあります。

・寝床
一階
船首:ボルカノ・モリ番・漁師・漁師

二階
食堂:アルス・漁師・飯番・コック長
厨房:マリベル(簡単な間仕切りでスペース確保)

・操舵室はない。
・操舵輪も舵柄もない。
・移動速度はそこまで速くない
(※マール・デ・ドラゴーン)
(→フィッシュベル沖からダーマまで一晩)
(→本気を出せばアミット号の二倍くらい?)
・トイレは一階、甲板に続く階段の辺りの樽に(甲板の船首にはトイレが設けられていない)

…………………

アルスとマリベルの漁中の作業着については3DS版の「ふなのり」の恰好をイメージしていただければ結構です。



78 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/25 12:02:57.95 egR44K5f0 71/905

第3話の主な登場人物

アルス
ダーマ神殿でつける職業はすべてマスター済みだが、
基本的には近接攻撃を中心に戦う。

マリベル
同じく職業はすべて極めている。
基本的にはムチや呪文など、中~遠距離攻撃を中心に戦う。

ボルカノ
漁の指示を出すのはボルカノの役割。
戦闘に関して経験はないものの、魔物に囲まれようが立ち向かう姿勢を見せる。

漁師たち
抜群のチームワークで手際よく漁を行う。
鍛え抜かれた肉体は、ちっとやそっとでは疲れを知らない。
戦闘に関しては素人だが、いざとなれば戦う覚悟がある。

83 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:08:44.38 PzmFtaYD0 72/905






航海四日目:人の心





84 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:10:27.75 PzmFtaYD0 73/905


ボルカノ「よし 昨晩言ったとおり 今日はしばらく 別行動だ。」
ボルカノ「お前ら 道中 魔物に襲われても マリベルおじょうさんに 頼ってばかり いるんじゃねえぞ!」

「「「ウース!」」」

あくる朝、ゆるやかな北西の風が吹き続けたおかげでアミット号は無事にフォロッド城の南に到着していた。
簡易的な船着き場と番兵が二人いるだけの小さなそれだったが、要件を伝えると快く見張りを引き受けてくれた。
曰く、彼らは意識を取り戻したときには既にここにおりあまり事態を呑み込めていないようだった。
しかし魔王が倒れたことを伝えると安堵の表情を浮かべ、英雄との出会いを素直に喜んでくれたのだった。

アルス「それじゃ 行ってくるね。マリベル 身の危険を感じたら ルーラで すぐに飛んできてね!」

マリベル「わかってるわよ。アルスこそ 王さまの前で 失礼のないようにするのよ。」

アルス「うん。それじゃ 父さん ぼくに つかまって。」

ボルカノ「こうか?」

アルス「行くよ!」

[ アルスは ルーラを となえた! ]

マリベル「アイラに よろしくねー!!」

少年は頷くとふわりと体を浮かせ、父親を連れて遥か彼方へと飛んでいってしまった。

その後には黄色く光る羽の美しい軌跡だけが残されていた。

マリベル「さて あたしたちも 行くとしましょうか。まずは そこの丘を 右から 迂回するわよ。」

「「「おおーっ!!」」」

そして少女たちも堅牢な壁に囲まれた若き王のいる城へと歩き出すのであった。

85 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:13:09.14 PzmFtaYD0 74/905


ボルカノ「わっはっはっ! 今のが ルーラってのか なかなか 楽しいじゃねえか。」

アルス「父さんは すごいや。普通の人だったら 間違いなく 酔ってるはずなのに。」

ボルカノ「海の男を なめちゃ いけねえぜ アルス。これぐらい 朝飯前よ。」

そうやってしばしの間久しぶりに親子水入らずで城下町を歩いていく。

アルス「……久しぶりだね こうやって 二人だけで 歩くのって。」

ボルカノ「そういえば そうかもなあ。お前も オレも すいぶん バタバタ してたからな。」

少年はかつて揺れていた。
自分はマール・デ・ドラゴーンの総領の血を引いており、本当はこの漁師の父とは血のつながりがないことを知った時、
自分という存在が分からなくなり酷く悩んだのだった。

表ではなんでもないふりをしていて、実際は誰にも分かち合えない苦しみを一人で背負い込み、人知れず嘆いていた。

だが、魔王と戦うと決めた夜、それを打ち明けた時のことが彼を吹っ切れさせた。
この血のつながらない両親はこれまでどれほど自分を愛し、大切に育ててくれたか。
旅立つ息子の背中を押し、どれほど支えてくれていたか。
そしてこうして世界が闇に包まれる中、魔王を倒すと決意した自分をどれだけ誇りに思ってくれたか。

血のつながりなぞもはやどうでもよかった。
確かにかの総領と人魚姫は自分の本当の両親だった。
彼らが大切な存在であることにはなんの異論もない。
だが、同じように本当の息子として育ててくれた豪胆な父も、すべてを包み込んでくれる恰幅の良い母も、
少年にとっては本当の両親に変わりなかった。

彼は心底自分が幸せ者だと思った。自分のことを案じ、誇りに思ってくれる存在が四人もいたのだ。


“自分は誰よりも恵まれている”


それが彼にとっての誇りだった。こうした巡り合わせをもたらした水の精霊に、
そして今、こうして父と二人で歩けることに、少年は深く感謝するのだった。

アルス「父さん…。」

ボルカノ「ん? どうした?」

アルス「ありがとう。ぼくを…。」
アルス「ぼくを……。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「っは! 礼なら オレを超える 漁師になってから 言いやがれってんだ!」

そういう父の顔は晴れ晴れとしていたが、その声は本人にしかわからないくらいほんの少しだけ、ほんの少しだけ震えていた。

86 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:18:09.52 PzmFtaYD0 75/905


「ややっ! これはボルカノどのに アルスどの。アミット漁に 行っていたのでは?」

城下町の端までたどり着いた時、警備をしている兵士が二人に気付き駆け寄ってきた。

ボルカノ「そのことで 大事な 話が あるんだ。王様に 取り次いでくれ。」

「はっ!」

要件を伝えると兵士は一目散に城へと走り出し、二人が息をつく間に戻って来た。

「ふぅ… 話は通しておきましたので どうぞ えっけんの間まで お進みください。」

ボルカノ「悪ぃな。」

87 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:18:57.30 PzmFtaYD0 76/905


こうして漁師の親子は彼らに任を与えた本人であるグランエスタード王のもとへとやってきた。
そこにはかつて永遠の時を隔たった親友の子孫として王族に迎え入れられたユバールの踊り子と、国を取り仕切る王が待っていた。

アイラ「アルスじゃない! それに ボルカノさんまで!」

アルス「こんにちは 王さま アイラ。」

バーンズ王「よく来たな ボルカノ それに アルスよ。漁の途中にもかかわらず 大事な用とは いったい どうしたというのじゃ。」

ボルカノ「はい それが…。」

[ アルスとボルカノは これまでの いきさつを 話した。 ]

バーンズ王「そうか… 確かに マリベルの 言うとおりだな。」

アイラ「それじゃあ まだ 海では 凶暴な魔物が 暴れているのね…。」

アルス「そうなんです。」
アルス「コスタールからは じきに 使者が やってくるかと思います。」

ボルカノ「これから まだ 多くの国や町に 回る予定ですからな。
王様が お書きになった書状にも 安全保障の件を 追記されたほうが あとあと 面倒ごとにならずに 済むかと思います。」

するとしばらく考える素振りを見せた後、王は納得したように頷いてみせた。

バーンズ王「うむ わかった。そういう状況とあらば いたしかたない。」
バーンズ王「では 書状を。」

ボルカノ「はっ。」

[ ボルカノは 残りの締約書を 手わたした! ]

バーンズ王「書き終わるまで しばらく かかる。それまで 暇でもつぶしていてくれ。」

アルス「はい。」

88 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:21:25.92 PzmFtaYD0 77/905


父は城にいる友人と話してくると言いどこかへ行ってしまったため、
少年は戦友と共にこの城に住まうもう一人の王女のところへやってきていた。

リーサ姫「…アルス!? アミット漁はどうしたの?」

少年を見た姫は驚いた様子でパタパタと駆けよってくる。

アルス「こんにちは リーサ姫。実は……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

リーサ姫「そう… そんなことが あったのね。」

アイラ「やっと 平和な世界を 取り戻したと 思ったのに まだ そんな脅威が 残っていたなんて……。」

王女は視線を落とし浮かない顔で言う。

アルス「うん。まだ 魔物とは 一度しか 遭遇してないけど これから先 まだまだ 戦わなくちゃ いけないかもね。」

リーサ姫「アルスとマリベルに 何かあったら 大変なんだから 十分 気を付けてね。」

アルス「はい ありがとうございます。」

アイラ「……ところで アルス。その後 マリベルとの仲は どうなの? うふふ。」

王女は悪戯な笑みを浮かべて後ろから少年の肩を掴む。

アルス「えっ そ それは……。」

リーサ姫「あ わたしも 気になる! どうなの アルス! どこまで いったの!?」

口ごもる少年にもう一人の王女も興味津々といった様子で詰め寄る。

その目はらんらんと輝いていた。

アルス「う… 話さなくちゃ ダメですか……?」

リーサ姫「王女の 命令は…。」

アイラ「絶対 なのよ。うふふ。」

アルス「…………………。」
アルス「…実は……。」

楽しそうに笑う二人の王女に挟まれ、少年は観念してこれまでのことを白状するのだった。

89 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:23:55.21 PzmFtaYD0 78/905






アイラ「ええーーーーっ!」





リーサ姫「キャーー! ちゅーして 抱き合った ですって!!」






アルス「二人とも 声 大きいですよ……。」






「リーサさま アイラさま どうなさいましたかっ!」






突然の大声に扉の前で控えていた衛兵が血相を変えて飛びこんてくる。

アイラ「ああ ごめんなさい なんでもないのよ!」

「はあ……。」

いまいち納得できていないのか、衛兵は気の抜けた返事をして再び扉の向こう側へ戻っていった。

リーサ姫「いけない いけない。フフッ!」

アルス「二人とも 驚きすぎですってば。」

アイラ「だって あんなに 進まなかった 二人の仲が この数日で こんなに進展してるんですもの。そりゃあ 驚くに 決まっているじゃない。」

元踊り子の王女はクスクスと笑う。

アルス「そんなこと 言われてもなあ……。」

リーサ姫「でも 素敵ね~。」
リーサ姫「あーあ いいな 二人とも。あたしも 焦がれるような 恋がしてみたい……。」

そう言って姫は両手を握りしめ天を仰ぐ。

アイラ「そうねえ 王族ってだけで 色目使われたりするのは 嫌だものねえ。」

アルス「二人とも いい人は まだ いないんですか?」

アイラ「うーん 強いて言えば アルスくらい だったけど…。 そうねえ……。」

事実か冗談かはさておき、王女は思案するように顎に指を当てて黙り込む。

アルス「……?」

リーサ姫「わたしは まだ かなあ。外に出ていけば 出会いが あるのかもしれないけれど。」

王女の言葉に城下町に住む若者を思い浮かべる少年だったが、女ったらしのよろず屋の青年や広場にいる弱虫の青年の顔にこの国の将来を思いやるのだった。

アルス「リーサ姫。一度 諸外国へ 遊びに行かれたほうが いいかもしれません。」

リーサ姫「あら お城の外 じゃなくって?」

アイラ「……そうかもね。」

少年の言わんとしていることが分かってしまい、もう一人の王女は渋い頷で頷くのだった。

リーサ姫「……?」

90 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:27:11.53 PzmFtaYD0 79/905


アイラ「ところで マリベルは どうしてるのかしら?」

この話はこれ以上していてもどうしようもないと考えた王女が今はここにいないもう一人の少女に話題を移す。

アルス「マリベルは 先に フォロッド城に 行ってるよ。」

アイラ「あら 大丈夫なの? 彼女一人で。」

アルス「ああ それなら 他の漁師の人たちが ついているから 大丈夫だよ。」

アイラ「うーん わかってないわねえ アルスったら。そういう意味じゃ ないのよ。」

アルス「えっ……?」

アイラ「はあ…… これじゃ もし 彼女に何かあっても 知らないわよ?」

アルス「それって どういう……。」


”コンコンコン”


その時、短い打ち付け音と共に扉の向こう側から衛兵が少年に呼びかけてきた。

「アルスどの 準備が 整ったようです。王様のもとへ お急ぎください。」

アルス「あ…… はい!」
アルス「それじゃ 二人とも ぼくは これで!」

そう言い残し少年は扉を開けて階段を駆けあがっていった。

アイラ「……まったく。あの調子で これから 大丈夫なのかしら。」

リーサ姫「アルスのことだもん きっと うまく やるわよ。」

アイラ「ふふっ そうね。本当 マリベルが うらやましいわ。」

91 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:28:20.78 PzmFtaYD0 80/905


「っくしゅん……!」

遠い故郷では自分のことで話が盛り上がっているなどつゆ知らず、
少女は体の不調からくるものではない不自然な悪寒を覚え、たまらずくしゃみをする。

「大丈夫ですか マリベルおじょうさん。潮風が お体に 障りましたか?」

マリベル「ううん 大丈夫よ。それより ほら 城が見えてきたわよ。」

そう言って少女が指さす先には堀に囲まれた高い城壁がそびえ立っていた。

「あれが フォロッド城… なんだか 砦みたいっすね。」

マリベル「はたから見たら そう思うかもねえ。」

「……やけに 静かですね。」

マリベル「……………変ね。」

漁師の言葉に耳を澄ましてみると確かにそこには不自然な静寂が漂っていた。

マリベル「…急ぐわよ!」

胸騒ぎを感じた少女は漁師たちを促し速足で城へと近づいた。

その時だった。



「止まれ!」

「そこを動くな!」



マリベル「えっ…!?」

突然の大声に振り向くと詰所の脇から重装備の番兵が現れ少女たちの行く手を阻んだ。

マリベル「な 何よ あんたたち。あたしたちは ここの王さまに 用があるのよ!」

「うるさいっ! 貴様ら 魔王の手先だろう! こんな中 外から やってくる奴が 無事なわけあるか!」

マリベル「はぁっ? ちょっと 待ちなさいよ!」

「黙れいっ おまえら こいつらを 取り押さえろ! 抵抗するなら 殺しても 構わん!」

尚も番兵は聞く耳を持たず、辺りは武器を構えた兵士たちに取り囲まれてしまった。

マリベル「何よ やる気なのっ!? それなら こっちだって…。」

「マリベルおじょうさん こりゃ なんかの 勘違いですぜ。」
「ここは大人しくしておいて 後で 誤解を解いたほうが得策なんじゃ…!」

負けじと臨戦態勢を取る少女の耳に銛番の男が小声で言う。

マリベル「むぅ… それもそうね。」
マリベル「わかったわ。抵抗なんてしないから さっさと 連れて行きなさいよ!」

そういって少女は手を上げて降伏の意思を示す。

「よし しばって 牢にぶちこんでおけ!」

マリベル「ちょっと どうして そうなるのよっ!」

「早く歩け! 命が惜しけりゃ 大人しくしてるんだな。
「後で みっちり 拷問してやる。」 

「ひいいっ!」

マリベル「…っ!!」
マリベル「まずい ことになったわね…。」

「じょ じょうだんじゃねえぜ……!」

「こんなところで 死にたくねえよぉ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

少女はただ、遠くの空を見上げ少年の名を呼ぶ。

ここにはいない少年の名を。

92 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:30:03.80 PzmFtaYD0 81/905


その頃、グランエスタード城の謁見の間では王が書き直した書状を受け取るため、漁師の親子が再び集まっていた。

アルス「………っ!?」

ボルカノ「どうした アルス?」

アルス「…いや なんでもない。」

バーンズ王「ふむ。待たせたのう 二人とも。流石に 数が多くて 手間取ってしもうたわい。」

ボルカノ「とんでもありません。」

バーンズ王「では これを。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を うけとった! ]

バーンズ王「では 頼んだぞ。」
バーンズ王「道中 気をつけてな。マリベルにも 礼を言っておいてくれ。」

アルス「はい 確かに!」

会合を済ませた少年は父親を急き立て城のテラスへ出ると、人目もはばからずに転移呪文を唱えた。

ボルカノ「おい どうしたんだ アルス。もうちょっと ゆっくりしていっても 罰は当たらないんじゃねえのか?」

アルス「そうかも しれないけど 何か 胸騒ぎがするんだ!」
アルス「もしかしたら マリベルの身に 何か…。」

ボルカノ「……よしっ 急ぐか。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん! 行こう!」

そうして親子は再び黄色の軌跡を描いて南東の方向へと飛び去っていく。

後にはぽかんと空を見つめる人々だけが取り残されていたのだった。

93 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:32:53.79 PzmFtaYD0 82/905


「おい そこの お前たちっ!」

少年たちが城門の手前に着陸すると同時に再び重装兵が槍の切っ先を向けて威嚇してきた。

「貴様らも 魔王の手先か!?」

アルス「ぼくたちは グランエスタードからの使いです。」

「なにぃ? 証拠を見せろ 証拠を!」

ボルカノ「こちらに。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

「…………………。」
「むむっ これは 確かに。いやいや 失礼しました。」

アルス「ふう……。」

「我が国も 魔王の襲撃を 受けたばかりでしてな。こうして 厳戒態勢を 敷いているのです。」
「どうぞ ご無礼を お許しください。」

ボルカノ「わかってくれりゃ それで いいんだ。」

「ささっ では こちらへ。」

そう言って番兵は近衛兵を呼ぶと少年たちを任せて城門へと戻っていった。

94 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:34:47.77 PzmFtaYD0 83/905


アルス「…………………。」
アルス「……静かすぎる。」

城の中は異様な静けさに包まれていた。

父親の方もそれを察知してかどこか落ち着かない様子で辺りを見回している。

「こちらにございます。」

謁見の間までたどり着いたところで近衛兵は二人を止めると、奥に座る人物に来客を告げる。

「王様 グランエスタードより 使者がお見えです。」

「うむ 通してくれ。」

「ははっ!」

王の承諾を得た近衛兵は再び二人のもとへやってくると、一言だけ挨拶を述べて階下へと戻っていった。

「では 私はこれで。」

アルス「どうも。」

95 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:36:12.49 PzmFtaYD0 84/905






「おお そなたは アルスでないか!」





声の方へ振り向くとそこにはカラクリの開発に熱を上げていた若き王が立っていた。

アルス「王さま ご無沙汰しております。ご無事で なによりです。」

フォロッド王「はっはっは! まさか エスタード島からの 使者が そなたであったとはな。驚いたよ。」
フォロッド王「……して そちらは?」

若き王は少年の隣に立つ大柄の男に尋ねる。

ボルカノ「ボルカノと 申します。 アルスの父で エスタード島の漁師をしております。今回は バーンズ王の命により まいりました。」

フォロッド王「なんと アルスのお父君で あったか。これは これは。」
フォロッド王「わたしは 若造ながらここの王をしている者だ。どうぞ よろしく。」

ボルカノ「ははっ。」

フォロッド王「ろくな 歓迎もできず 申し訳ない。」
フォロッド王「なにせ つい先日まで我々は 魔王によって どことも 分からぬ 空間に 閉じ込められていたのでな。」
フォロッド王「城の者も ピリピリしているのだよ。」

アルス「……そのことなのですが 魔王は滅びました。」

フォロッド王「何! それは まことかっ!」

少年の言葉に若き王は身を乗り出して驚きを顕にする。

ボルカノ「ええ こいつが 奴に 神サマとやらに代わって 鉄槌を下してくれたんです。」

フォロッド王「そうか… そうであったのか。」
フォロッド王「我々が 解放されたのは 魔王がいなくなったからであったか。もしや とは 思ったが…。」

二人の言葉に合点がいったのか、王は腰を深く落とし目を伏せる。

アルス「ぼくたちは 平和になった今 こうして 漁をしながら 世界中を 回っているんです。」

ボルカノ「それで 私たちの 王から 書状を 預かっております。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

フォロッド王「…………………。」

手渡された締約書に目を通しながら王は険しい表情で呟く。

フォロッド王「なるほど 海には 未だ 魔物が 出るか。確かに 交易を 行う以上 野放しには しておけぬな。」

アルス「…………………。」

フォロッド王「あい わかった。それでは 後日 グランエスタードに使いをよこそう。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

フォロッド王「いやいや 礼を言わねば ならんのは こちらの方だ。こうして 生きていられるのは アルスや その仲間の おかげなのだからな。」

深々と礼をする少年の父親に王は年相応の爽やかな笑顔で応えてみせる。

アルス「……そういえば ぼくらの 仲間が 先に こちらに 到着しているはず なのですが…。」

少年は辺りを見回し、少女たちの姿がないことに気付く。

フォロッド王「む? そうなのか? 報告では 魔王の手先が現れたとしか 聞いておらぬがな。」

アルス「魔王の手先?」

96 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:38:19.28 PzmFtaYD0 85/905




「おい 大人しく 白状したら どうなんだ!」



マリベル「だから あたしたちは 魔王の手先 なんかじゃないって 言ってるでしょうが!」

少年たちが王と会談しているころ、城の地下室では少女が壁に縛り付けられ番兵に囲まれていた。

「まだ そんな戯言をぬかすか!」

「証拠を見せい 証拠を!」

マリベル「だから 証拠なら アルスたちが すぐに 持ってくるって……。」

「なんなんだ さっきから アルス アルスって。」

「ふん はぐらかそうったって そうは いかねえぞ。」

「これ以上 白を切る つもりなら こっちにも考えがあるぜ。」
「おい。」

そう促すと番兵たちは廊下から縛られた漁師たちを連れてきた。

「うぐぅ… ま マリベルおじょうさん…!」

マリベル「みんなっ!」

「こいつら 一人ひとり これから 拷問にかけてやる。」

「おじょうさん! おれたちの ことは 構わねえ! 早く アルスのところへ!」

「黙れい! 余計なこと言うと こうだぞ!」

「ぐあああっ!」

番兵の一人が手に持った鞭で容赦なく漁師の体を叩きつける。

「お前から 絞ってやろうか? うん?」

マリベル「やめて!! みんなには 手を出さないで!!」

「ほう では お前からで かまわないと 言うのか?」

醜悪な笑顔を浮かべて男が詰め寄る。

マリベル「……その変わり みんなをここから 解放しなさい。」

「…いいだろう。おい そいつらを 連れてけ。」
「くれぐれも 王様や 兵士長の お目汚しには ならないようにな。」

「はっ。」

コック長「マリベルおじょうさんっ!!」

「おう コラ 離せ! おじょうさんに 手ぇ出したら タダじゃ おかねえぞ!」

番兵たちのリーダーと思わしき男が指示すると、漁師たちは立たされ再び廊下の向こう側へと連れていかれた。

97 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:40:30.53 PzmFtaYD0 86/905


「ふん。どうせ あいつらは たいした情報は もっていないんだろう?」

マリベル「たいしたも 何もないわよ! 本当に 手を出さないんでしょうね。」

「お前さえ 大人しく 吐けばな。」

マリベル「だから あたしたちは……。」

「…この期に及んで まだ 言うか。」
「ならば 体に聞くと しようじゃないか。」

マリベル「……暴力で 吐かせるつもり?」

「別に 痛めつけても 構わんが 幸い おまえは 上玉だからな。」
「もっと 違う方法で 聞くとしよう。」
「……おい。」

男が目くばせをするとそれまで少女の体をがっちりと掴んでいた腕が離れる。

マリベル「…ひゃうっ!!」

突然の感触に首を動かすと先ほどまで足首を掴んでいた番兵が少女の脚をまさぐっていた。

マリベル「ちょ ちょっと あんた 何するのよ!」

脚に加えて今度は別の男が腰のあたりをいやらしい手つきで撫でまわす。

マリベル「ど どこ触って…! きゃあ!」

脚を触っていた番兵の手が少女のドレスの裾をまくり始める。

マリベル「い…いい加減しなさい!」

そう叫んで少女が呪文を詠唱しようとした瞬間。



マリベル「…がっ… かはっ…!」



男が少女の腹を思い切り殴りつける。

「おっと 呪文なんて 使われた日には こっちが 危ないんでな。」
「ほれっ これでも 浴びるんだな!」

マリベル「ど 毒蛾… ぐっ… ううう…。」

思考が鈍り、腹に受けた衝撃で少女の目の前が霞んでいく。

“ああ…自分はこんなところで穢されてしまうのか”

そんな嘆きを他所に目の前の男たちはにたにたと嗤う。



マリベル「ア…ルス… 助け…て……!」



98 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:43:47.56 PzmFtaYD0 87/905





「脱走だっ! えいへーい!」




城の中に番兵たちの叫び声が響き渡る。

フォロッド王「な 何事だっ!?」

突然の事態に王が立ち上がり扉の先を見据えた時だった。



「アルス!! ボルカノ船長も!!」



勢いよく扉が開かれ、アミット号の漁師たちが謁見の間になだれ込んできた。

「マリベルおじょうさんが あぶない!」

アルス「っ!!」

ボルカノ「お おい アルスっ!」

「うわっ!!」

父の静止も聞かずに少年は衛兵たちの間をかき分け、漁師たちの来た方へ疾風の如く飛び出していった。

ボルカノ「お前たち いったい 何が あったんだ!」

「それが ここに来て すぐに 捕まっちまって。弁解しても ちっとも聞いてもらえねえで……。」

「あいつら オレたちが 魔王の手下だとか言って 拷問に かけようとしたんでさぁ!」

「おれたちを 逃がそうとして マリベルおじょうさんは……!」

フォロッド王「なに マリベルだと!? これは 大変なことになった!」

ボルカノ「おい おじょうさんのところへ 案内してくれ!」

「「「ウス!」」」

こうして船長と王は漁師たちに連れられ、少年の後を追って駆けだしたのだった。

99 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:46:52.65 PzmFtaYD0 88/905




マリベル「…っ………ぐっ…。」



力の入らない体をなんとか弄ばれまいと少女は必死に抵抗した。
だがその度に容赦ない暴行を受け、遂にぐったりと項垂れ、大粒の涙が床を濡らしていった。

「ほれほれ どうした。もうギブアップか。」
「さっさと吐けば これ以上 痛いことはしないぜ。」

「もしかしたら はじめてで 痛むかもしれないけどなあ がっはっは!」

マリベル「だれ…が… あんた…たち なんか…に……。」

朦朧とする意識の中、少女は独り言のように小さく呟く。

「ああ? なんだって?」

「アニキ もう やっちゃいましょうよ。どうせ 吐きやしないんですから。」

「むっ それもそうだな。」
「どうせ あの連中も 今頃 さらし首に なっている頃だろうしよ。」

マリベル「なっ……!?」

「これで 魔王の手下をやったと言えば 手柄は 間違いないぜ。」

マリベル「あん…た たち… さいしょ…から…っ!」

自分が身代わりとなって助けたと思った漁師たちが結局は殺されていた。

そんな残酷な結末に打ちひしがれ、少女の体が、心が、絶望に染まっていく。

マリベル「いや… いや…。」

100 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:49:30.64 PzmFtaYD0 89/905


アルス「…どうして……っ!!」

城を駆け抜けながら少年は酷く後悔していた。

”どうしてもっと早く気づけなかった”

”どうしてあの時船で待ってるように言わなかった”

”どうしてあの時自分と来るように言わなかった”

アルス「マリベル… 無事で いてくれ!」
















「いやあああああああああっ!!」















アルス「…! そっちか!」

地下から響く悲鳴のもとへ、少年は稲妻の速さで階段を、そして長い廊下を走り抜ける。


101 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:50:15.92 PzmFtaYD0 90/905





ボルカノ「…今の悲鳴は!?」

フォロッド王「地下牢だ!」

「いそげ!」




102 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:53:27.63 PzmFtaYD0 91/905




アルス「マリベルーーーーっ!」



少年が固く閉ざされた扉を蹴破ると、そこには少女を取り囲むようにして立ちはだかる男たちの姿があった。
その中心にいる少女の服は既にボロボロで、体には殴打の痕や真っ赤なみみずばれが見受けられた。

マリベル「…あ……。」

少女はその虚ろな瞳で少年を見つけるとそのまま意識を閉ざしてしまった。

「なんだ 貴様は!」

「扉には 厳重な施錠が されていたはず!」

アルス「…………………。」

「……あ?」

アルス「ま……る……を…た。」

「…なんだってぇ~??」





















「マ リ ベ ル に 何 を し た あ あ あ あ あ あ あ !!」



















103 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:56:08.18 PzmFtaYD0 92/905


少年が叫ぶと同時に凄まじい風が吹き込み、部屋全体を大きな揺れが襲う。

アルス「言え… そのコに何をしたんだ……!!」

真っ青な光を漂わせ、蒼白に染まったその瞳で男たちを睨みつける。

「ひ ひぃ……!」

「なんだこいつはっ 化け物か!」

あり得ない光景を目の前に番兵の一人がたまらず逃げ出そうとするも、少年にがっちりと首を掴まれ地面に叩きつけられる。

「がはっ…!」

アルス「答えを 聞いてないぞ。マリベルに 何をしたかと 聞いてるんだ。」

「何にも… 何もしてない! ただ…。」

アルス「ただ… なんだ? 抵抗する彼女を なぶり もてあそんでおいて?」

「ひいい… お助けをっ!!」

アルス「誰が 許すと思うか こんなことを…!」

少年が軽く腕に力を入れると、ミシっという鈍い音が響き番兵は白目を剥いて泡を吹きだした。

「うわわわ……!?」

また一人に手を伸ばし、片手で宙へ引っ張り上げる。

「ま… 待て! 話せばわかる!」

アルス「ならば どうして 彼女の話を聞かなかった?」

そう言うと少年はそのまま壁に向かって番兵を思い切り投げつけた。

「げうっ…!」

体全体でもろに衝撃を受けた男は意識を失い力なく体を横たえる。


104 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:57:25.38 PzmFtaYD0 93/905

「ち…違うんだ! おれじゃない! アニキに 命令されて 逆らえなかったんだ……!」

アルス「へえ…。」

往生際悪く言い訳を始めた最後の男を少年は無表情に見つめる。

「な この通りだ! なんでも言うこと聞くから 見逃してくれよお!!」

なんとか命乞いをする男の言葉に少年はわざとらしく反応する。

アルス「そう なんでも 言う通りにしてくれるのかい。」

「は はぃい…! 約束します!」

アルス「じゃあ 自分たちが 何を したか 言ってごらん。」

貼り付けたような笑顔で少年は問う。

「は… そ そこの女性を 脅して 無理な質問をして 黙らせました……。」

アルス「…それから?」

「そ それから… 体を触ろうとしたら 抵抗されたので… 少々…。」

アルス「少々…?」

「そ その 少しだけ 手をあげました…。」

アルス「そっか。じゃあ どうして あんなに 服がボロボロなんだい?」

「それは… そこの 鞭で……。」

アルス「どうして あんなに 痣だらけなんだい?」

「それは… アニキが 殴って……。」

アルス「……どうして こんなに 床が 濡れているんだい?」

「そりゃあ… そいつが 泣いたからで……。」

アルス「…………………。」
アルス「それで 全部かな?」

「はは はいっ… もうそれ以上は 何もしてませんっ 本当なんです!!」

アルス「そっか。」

「ね ねえ もういいでしょう 旦那! 言われた通り あっしは 洗いざらい 話しましたぜっ…!!」

アルス「そうだね。ありがとう。」

「じゃ じゃあ‼」




















「  ダ メ だ ね  」












105 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 19:59:09.62 PzmFtaYD0 94/905


無機質な仮面のように表情を凍り付かせ、少年は宣告する。

「そ そんな 話がちがへあっ!!」

男は気が付くと宙を舞っていた。
意識の途切れる寸前、男が最後に見たのは凍て付くような冷たい眼差しで男を見下ろす少年の顔だった。

「う ぐっ うう………。」

部屋に醜い男たちのうめき声が木霊する。

アルス「…………………。」

最後の男が動かなくなるのを見届け、少年はそっと呟いた。





アルス「お前たちは マリベルを 泣かせた。……ぼくが許せないのは それだけさ。」





106 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:03:06.33 PzmFtaYD0 95/905


ボルカノ「……! こりゃ いったい…!」

地下牢に到着した漁師たちが見たのは異様な光景だった。

ひしゃげた扉、恐怖を顔に張り付けたまま床に転がり呻く番兵たち、
ぐったりとしている少女を腕に抱き、傷に手を当て何かを念じる少年。

壁や床には何かを打ち付けたようにひびが入り、置かれていたであろう樽や椅子、卓はひっくり返ってあちこちに散乱していた。
そんな部屋の中に消えた松明の煙がもやのように充満し、その光景をより一層不気味に仕立てている。

フォロッド王「なんということだ! この者たちは うちの 番兵だ!」

「アルス! マリベルおじょうさんは…!」

アルス「…………………。」

ボルカノ「アルス……。」

アルス「ぼくの せいだ……。」

少年は呼び掛けには応じず、緑色の優しい光を手から発しながら自分に言い聞かせるように呟き続ける。

アルス「あの時 どうして 一緒に来るように 言わなかったんだ。」
アルス「もっと… もっとぼくが 早く気づいていれば… マリベルは こんな目に あわずに 済んだんだ。」
アルス「ぼくが ついていれば…。絶対に 守るって 約束したのに……!」

フォロッド王「アルス… すまない。こんなことに なっているとは 知らずに……。」

アルス「……王様の せいでは ありません。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「マリベル ごめん。ごめんよ……。」

少女の頭を胸に抱き少年は何度も何度も名前を呼ぶ。

「…ア…ルス。」

アルス「……っ!」

すると呼びかけに応じるかのように少女は薄眼を開き、少年の顔を見つめながらゆっくりと口を開く。

マリベル「やっぱり 助けに… 来てくれたのね……。」

アルス「マリベル!!」

マリベル「遅いよ… ばか……。」

アルス「ごめん… ごめんよ… きみを守るって 言ったのに。」

マリベル「あたしは… 大丈夫よ。これくらいで くたばったりしないわ……。」

アルス「でも…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「やっぱり あんたは あたしの ヒーローだったのね……。」
マリベル「…ありがとう。」

ゆっくりと息を吐くと、安心した様子で今度こそ少女は気を失った。

まなじりから水晶のような涙が一筋滑り落ち、少年の掌を濡らす。

アルス「マリベル……。」

少年は両手に眠った少女を抱きかかえると地下室の出口へと歩き始めた。
この場の後処理は王や漁師たちに任せて、今は何よりも少女を安全な場所に移すことが最優先だった。

そんな少年の意図を知ってか知らずか少年の父親は黙ってその背中を見届けると、
二人の出て行った暗い部屋の中、今後のことを王と話し始めるのだった。

107 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:04:28.21 PzmFtaYD0 96/905


夕日が地平線へと沈み始めた頃、少女は王の自室の向かいにある部屋、普段は勉強家の王が書庫として使っている部屋で目を覚ました。

マリベル「ここは……。」

“ギシッ”という乾いた音が響く。

どうやら少女は簡易的なベッドの上に寝かされていたらしい。

アルス「…気が付いた?」

マリベル「あ……っ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「アルス… あるすぅ…!」

少年の顔を見た途端、少女は布団を跳ね除けベッドの隣に座る少年の腕を引っ張り、その胸に顔を埋めてわんわんと泣き出した。

マリベル「あふっ…う… う…っ。」

アルス「……怖かったね。」

マリベル「…うん……。」

アルス「……つらかったでしょう。」

マリベル「うん……。」

アルス「もう 大丈夫。」

マリベル「うんっ……!」

そっと少女の肩を抱き、柔らかい髪を撫でる。



少年は、涙を流さずに泣いていた。


108 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:08:12.69 PzmFtaYD0 97/905


“コンコンコン”

しばらくして少女が落ち着きを取り戻すのを見計らったように扉が叩かれる。

「二人とも いいかな?」

顔を覗かせたのは若き国王だった。

フォロッド王「……まずは 謝らせてほしい。」
フォロッド王「この度は城の者が 取り返しようもないことをしでかし
そなたらを 深く 傷つけてしまったこと 大変 申し訳なく思う。……すまなかった。」

そう言って王は二人に頭を下げる。

アルス「…………………。」

マリベル「ぐす…っ。ふふっ 危うく お嫁に 行けなくなるところだったわ。」

赤く腫れぼったい目で少女は気丈に微笑む。

アルス「それで 彼らは…。」

フォロッド王「うむ 厳重に 処罰することにした。彼の者たちのしたことは 人間として してはならない 卑劣極まりないものだ。」
フォロッド王「あんな者たちが この城で 警備をしていたのかと思うと ゾッとするものがあるな。」
フォロッド王「……カラクリ以上に 彼らの心は 空っぽなのかもしれない。」

マリベル「いいえ… あいつらには しっかりと 心があったわ。とっても 醜い心が。」
マリベル「あたしを いたぶってた時の あいつらの たのしそうな顔…!」

自分に降りかかった災難に怒りがこみ上げてくる。

マリベル「きーっ! なんであたしが こんな目に あわなきゃ ならないのよっ!」

アルス「マリベル まだ 安静にしてなきゃ…!」

マリベル「これが 安静に~ なんて してられますかってのよ!」
マリベル「王さま! あたしは あなたや この城の人たちには 何の恨みも ないけど
あいつらには 一回ずつ メラゾーマ ぶつけてやらなきゃ 気が済まないわよ!」
マリベル「今 あいつら どうしてるのっ!?」

フォロッド王「むっ 彼らは 今 治療中だ。」

マリベル「えっ……?」

フォロッド王「われわれが 到着した時には 既に ボロ雑巾のように 地面に転がっていたぞ。」

“見てはいけないものを見てしまった”

そんなことを言いたげに王の顔は引きつっていた。

マリベル「……アルス?」

アルス「……ちょっと やりすぎたかな?」

そう言う少年はバツが悪そうな顔で明後日の方を見やる。

大切な人を傷付けられたためとは言え、極まった怒りの感情は少年をびっくりするほど冷徹に変えてしまったのだ。

少年はどこかで自分に恐怖していた。

フォロッド王「いや あれぐらいで 良かったのだろう。」
フォロッド王「……息があったのは 奇跡だったと思うがね。」

アルス「ええ。あんなの とはいえ 自分たちの助けた人々を この手に かけたくは ありませんからね。」
アルス「死なない程度に おしおき したつもりです。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……そう ならいいわ。わざわざ このマリベルさまが 直接 手を下すまでも なかったってことね。」


109 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:10:52.09 PzmFtaYD0 98/905


フォロッド王「…………………。」
フォロッド王「ところで マリベル。体の調子は どうだ?」

王の質問に思い出したかのように少女は自分の体をぺたぺたと触る。

マリベル「……なんともないみたい。」

フォロッド王「そうか。……アルスが つきっきりで 回復呪文を 唱えていた おかげだろう。」

マリベル「……アルス?」

王に暴露にされ少年はそっぽを向く。

アルス「ん… いや 別に……。」

マリベル「……ふふっ。 ありがと。」

アルス「……うん。」

素直な感謝の言葉に少年は照れくさそうにたじろぎ、ポツリと返事するのが精一杯だった。

フォロッド王「さて アルス マリベル。」
フォロッド王「二人が良ければ 今夜 魔王の滅亡と平和の訪れを祝って ささやかな 宴を 開こうと 思うのだが 出席してくれるかな?」

アルス「……どうする?」

マリベル「あたしは かまわないわよ。ただ……。」

フォロッド王「…ただ?」

マリベル「新しいドレスを くれたらね! もうっ 大事な いっちょうらだったのに こんなに ボロボロに してくれちゃって!」

そう言って少女はあちこち敗れて白い肌が露出してしまっているドレスの袖を引っ張る。

アルス「マリベル! 見えっ…!」

マリベル「何見てんのよ! アルスの えっち! ヘンタイっ! どうせ あたしが 寝ている間も あっちこっち ジロジロ 見てたんでしょ バカぁ!」

アルス「わかった わかった! 出ていくから そんなに 叩かないで! ザキは やめて!」

フォロッド王「はっはっはっ! それでは メイドをよこすから 用意が 整ったら 声をかけてくれたまえ!」

そう言い残して少年と若き王は脱兎のごとく走り出し扉から出ていった。

マリベル「ったく! 男ってのは どうして どいつもこいつも ヘンタイばっかりなのよ。」
マリベル「…………………。」



マリベル「…見られた? アルスに……?」



冷静になって言葉に出した瞬間、“ぼんっ”という音を立てて怒りが羞恥心へと代わる。

マリベル「いや~ん! もう お嫁に 行けないわ~!!」

枕に顔を押し付け首を左右に大きく振りながら悶える姿は年頃の女子のそれそのものである。
今まで何度も際どい装備や服装をしてきたとはいえ、状況が状況だったためか余計な想像が働いてより一層恥じらいが生まれるのだった。

実際のところこんな状況で下心を働かせられるほど少年は不埒ではないし度胸もなかったであろうが。

マリベル「……まあ いっか。どうせ あいつが うちに 来るんだし。」

自分に言い聞かせるように誰にも聞こえない声で少女はそっと独り言つのだった。

110 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:13:02.91 PzmFtaYD0 99/905


夕日が完全に沈んだ頃、城の外では宴の準備もほとんど終わり、残すは主賓の登場を待つだけとなっていた。

主賓が普段着では示しがつかないと言われ、
少年は急遽ふくろの中を探り“それっぽい”という理由だけで“かいぞくの服”を引っ張り出して袖を通す。

フォロッド王「おお なかなか 似合っているではないか! 海の男 という 感じが 漂ってくるな。」

アルス「ははは… そうですか?」

ファッションに関してはあまり頓着がない方なのであまり自信はなかったが、
少なくとも自分よりは目が肥えているであろう王の称賛を受け今夜はひとまずこれを着ていることにした。

ボルカノ「おお 来たか アルス。」
ボルカノ「……? おまえ いつから そんな服 もってたんだ?」

二階のテラスで暇をつぶしていた少年の父親が少年に気付き声をかける。

アルス「え? 旅の途中で 偶然……。」

ボルカノ「そうか。いや やけに 板についてるような 気がしてな。」
ボルカノ「まあ いい。マリベルおじょうさんは もう 平気なのか?」

アルス「うん。傷も全部治したし 着替えたら 来ると思うよ。」

ボルカノ「そうか。あんなことに なったってのに まったく たいした娘だぜ。」

フォロッド王「そんな ところにも 惚れているんだろう?」

あまりに突然の茶化しに少年はよろけながら抗議する。

アルス「王様までっ……!」

フォロッド王「あれだけ 心労を 割いておいて その言い草はないだろう。」
フォロッド王「誰が見たって 嫌というほど 伝わってくるぞ。そなたの 思い入れ様は。」

アルス「……そんなに わかりやすいですか?」

フォロッド王「残念ながら。」

ボルカノ「こっちの身にも なって欲しいもんだな。」

アルス「はっ ははは…。」

フォロッド王「はっはっはっ!」
フォロッド王「……おや。お姫様の お出ましのようだぞ。」

111 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:15:32.23 PzmFtaYD0 100/905


王の見やる先には、まさに“お姫様”が立っていた。
レースで彩られた鮮やかな紅のドレスは花弁を吊り下げたように腰から足首までふわりと覆い、
肩から腕はさらに深い紅のシフォン生地で包まれてラインの美しさを主張している。

さながらその姿は深紅の薔薇と見紛うほどであった。

マリベル「…………………。」

「あらまあ! 私の お古だけど ピッタリだったわね。」

そう言って少女の後ろから出てきたのは若き王の母君、つまり王太后だった。

フォロッド王「母上 いつの間に!」

「せっかく こんなに可愛らしい娘さんが いらしているのですもの。せめてのお礼にと 思いましてね。」

ボルカノ「おお これは また お美しい。」

マリベル「ど どうかな……?」

入浴の後だからなのか、少女はほんのりと頬を染めている。
普段はあまりしない化粧もいつの間にか施されており、大人の女性の雰囲気を漂わせていた。
旅を始める前と今では体つきも随分女性らしくなり、
胸元や腰つきが強調された上半身に時々見え隠れする足首も強い色気を引き出していた。

アルス「…………………。」

半開きの口のまま、その姿を瞳に焼き付けるように少年は目を見開く。

マリベル「や やっぱり 似合わないよね… あたしなんかじゃ……。」

少年が何も口にしないのを見て不安な気持ちが沸き上がり、たまらず少女は目を伏せる。

その仕草一つ一つが少年を誘惑しているとも知らずに。

アルス「…………だ…。」

マリベル「…え?」

アルス「きれいだ……。」

マリベル「……ほんとに?」

アルス「うん… きれいだよ マリベル…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「と 当然じゃないの…! とーぜんっ……。」

直球すぎる賛辞にうまく返せず、いつもの覇気もどこへやら。

「このコったら いつも こんなに綺麗な髪を頭巾で 隠してしまっているなんて もったいありませんわよねえ。」

マリベル「こ 王太后さま…!」

「あらあら。ウフフフ…。」


112 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:18:35.71 PzmFtaYD0 101/905


フォロッド王「……さて それでは 役者も揃ったことだし 宴を始めると しようじゃないか。」

そう言って若き王は前に出ていくと民に向かって語り掛ける。

フォロッド王「皆! 今日は 素晴らしい日だ。魔王の脅威に おびえる日々は 終わったのだ!」
フォロッド王「そして 今 ここに 憎き魔王を打ち倒した英雄が 二人も 皆に会いに来てくれた。」
フォロッド王「……アルス マリベル。」

アルス「はい。」

王は振り返り、二人を前へと促す。

アルス「みなさん これから 平和な 日々がやってくることでしょう。」

「「「おおおおっ!!」」」

「英雄様 ばんざい!」

「キャー! こっち 見てー!!」

フォロッド王「皆 せいしゅくに!」

少年の言葉に沸き上がる観衆を王が片手でなだめる。

アルス「……でも 忘れないでください。」
アルス「魔王や 魔物たちが いなくなった今 手を取り合うことを忘れた人々が 戦争を 始めるかもしれません。」

少年の言葉を継ぐように少女が前へ出て語り掛ける。

マリベル「忘れないで。人の心の闇は いつしか 魔王を 作り出すことを。」
マリベル「忘れないで。驕りと欲望は あなたを 魔王にすることを。」

アルス「本当に怖いのは 魔王だけじゃない。魔王の心を持った 人間もなんです。」

「…………………。」

フォロッド王「皆! しかと 聞いたか。」
フォロッド王「我々はこれからも 尊い命が 愚かな戦や争いのために 失われることのないよう
人間としての誇りを胸に 生きていこうではないか。」

「「「おおおおっ!!」」」

フォロッド王「では フォロッド7世の名のもとに ここに 誓いを立てる。」



「 乾 杯 ! 」



「「「かんぱーいっ!」」」

王の号令の下、人々は高々と杯を掲げて誓いを立てる。

それは無機質な城壁が、息吹を吹き込まれたように温かみを湛えた瞬間だった。

113 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:19:26.88 PzmFtaYD0 102/905


宴の席もある程度落ち着き、主賓たちも用意された席でゆっくりと食事と酒に舌鼓を打ち始めていた。

ボルカノ「しかし アルス。アドリブにしちゃ やけに 説得力のある話だったじゃねえか。」

少年の父親が感心した様子で息子を見つめる。

アルス「……なんでだろうね。練習したわけじゃないのに。」

少年自身もどうしてあんなにすらすらと言葉が出てきたのかわからなかった。

ボルカノ「……そうだな 一つ 覚えておけ。人を納得させる力も いつか リーダーを 務めるうえで 大切なことだからな。」
ボルカノ「そういう話が できるやつの言葉ってのはな 信念が こもってるんだよ。」

アルス「信念……。」

ボルカノ「そうだ。本心でもないことを 言うやつの 言葉には 中身が なんにもねえ。」
ボルカノ「そいつの魂が 乗っかって 初めて 言葉ってのは 人の心を 揺さぶるんだ。」

アルス「魂を乗せる…か。うん。」

ボルカノ「……とと また 説教しちまったな。どうも 最近 歳を食っちまったみてえで いけねえ。」

そう言って少年の父親は片方の眉を上げて頭を掻く。

アルス「父さんは まだまだ 若いよ。」

ボルカノ「わっはっはっ! あたぼうよ まだまだ おまえには 負けねえぜ。」

アルス「あはははっ!」

114 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:20:31.01 PzmFtaYD0 103/905


マリベル「王太后様 本当に ありがとうございました。」

漁師の親子が語らう卓から少し離れたところでは少女と若き王の母君が二人で話していた。

「いやですわ これぐらい わたくしどもが 受けた 恩に比べれば 些細なことでしてよ。」
「しかし お似合いですわ あなたたち。」

マリベル「えっ?」

「……アルスさん でしたよね。あのお方は きっと素晴らしい ご主人になりますわ!」

マリベル「…どこか 抜けてて 見ていて 危なっかしい時が あるんですけどね……。」

「でも それもひっくるめて 彼の良さなんでしょう?」

マリベル「……はい。」

短く、しかしはっきりと少女は返事をする。

その目は、いつの間にかたくましくなった少年の背中を優しく見つめていた。

「それにしても うちの息子にも 早く よい お相手が 見つかると いいのですけども……。」

悩ましく上品なため息をついて王太后は愚痴る。

マリベル「彼なら きっと見つかりますよ。きっと。」

「そうかしら? あの子 どこか堅いし 熱くるしいところが ありますからねえ……。」

マリベル「でも 彼は 優しい人です。今は お忙しいのでしょうけど その気になれば すぐに 素敵な人を 見つけてくるはずですわ。」

「ふふふっ。」


115 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:22:19.03 PzmFtaYD0 104/905


それから更に時は流れ、ある程度腹を満たした宴の席は再び飲み物を片手に思い思いの談笑に浸り始めた。

フォロッド王「ほう… そうか 一度は 行ってみたいものだな。」

そんな中、少年と若き王はフォーリッシュの町からやってきた元兵士長と共にこれからのことについて話し合っていた。

アルス「何もないけど 平和で 静かな国ですよ。」

フォロッド王「使いを出すつもりだったが わたし自ら赴くのも 悪くないな。」

アルマン「ほう それは いい考えですな。王も 様々なところへ行って 色んな人に会い 学んでくるのが よいでしょう。」
アルマン「きっと 気晴らしにも なるでしょうしな。」

アルス「うちの 王様も お喜びになると 思いますよ。」

フォロッド王「うむ。今から 楽しみだな。」
フォロッド王「……そういえば カラクリ人間の ことなのだが。」

そう切り出して若き王は腕を組む。

フォロッド王「……やはり 今の 技術レベルでは 到底 不可能だと 改めて痛感したよ。」
フォロッド王「まずは もっと初歩的な 研究から 始めなければ ならないようだ。
フォロッド王「いやはや アルマンの先祖の ゼボット殿には 感服する ばかりだ。」

そう言って王は大きな溜息をつくと、ふと思い出したように独り言を呟く。

フォロッド王「……ゼボット殿と言えば エリーは 今頃 どうしているだろうか。」

アルマン「…………………。」

アルス「エリーは… きっともう 天国で ゼボットさんと 幸せに 暮らしていますよ。」

フォロッド王「……そうかもな。」

少年は動かなくなってしまったカラクリ兵のことを伝えるべきか悩んだが、
咄嗟に出てきた言葉は嘘でもなんでもなく、本当に思ったことだった。

あの二人は、否、もしかすると亡くなった王女本人を含めて三人かもしれないが、きっと彼らは今一緒にいることだろう。

そんな風に少年は思えたのだった。

アルマン「……ええ きっと そうでしょうとも。」



そんな少年の言葉に頷く男の顔は、とても安らかだった。


116 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:24:33.86 PzmFtaYD0 105/905


国を挙げての宴はその後明け方まで続くのだったが、明日以降の旅のことを考えて少年たちは早々に床につくことにした。


英雄たちが眠った後も尚、熱の冷めやらぬ人々の楽しそうな話し声がいつまでも絶え間なく聞こえてきたのだった。








そして……



117 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:25:12.02 PzmFtaYD0 106/905






そして 夜が 明けた……。





118 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:28:07.45 PzmFtaYD0 107/905


以上第4話でした。

ヒロインのピンチに駆けつけるヒーロー。
そんなありきたりな構図ですが、今回はとんだ悪党どもからマリベルを救うべく
アルスには鬼になってもらいました。
(一連の描写がちょっと生々しかったかもしれませんが、ご容赦ください。)

さて、魔王が復活してからのことで一番の衝撃だったのがフォーリッシュとフォロッド城の無人化です。
他所からやってきた行商人や傭兵志願者がポツンと立ち尽くしているのがやけに印象的でしたね。
BGMが変わっていないのも反って不気味です。
エンディングでは聖風の谷の住民の話で人が戻ってきたことを知ることができますが、
直接立ち寄っているわけではないので現場がどうなっていたのかはうかがい知れません。
第4話ではその点を想像して書いてみました。

とかく、人は疑心暗鬼に陥ると排他的・攻撃的になりがちです。
ましてやその状況を利用しようとするものがどこかにいても不思議ではありません。
そんな人の醜い心がいつの間にか魔王を作り上げていくのでないでしょうか。
心の無いカラクリと魔王の心をもった人間、果たして恐ろしいのはどちらなのでしょう。
ゼボットの台詞がやけに心に沁みます。

それから、今回はグランエスタード城の面子に登場してもらいました。
このSSでは3DS版の追加ストーリー『なつかしき友の記憶』を踏まえた上でお話を作っておりますのでご了承ください。
つまり、アイラがキーファの子孫としてグラン家に迎え入れられているという設定です。

そんなアイラの恋愛事情はメディアによって変わってきますね。
原作では少しだけ思わせぶりな発言があったようななかったような。
小説版ではアルスとくっついていますね。
プレイヤーの中にはヨハンとの関係を勘ぐったりした方もいたみたいですが、
実はアイラ加入直後にフィッシュベルに寄ると漁師がアイラに一目ぼれするシーンもあります。

一方のリーサ姫は作者の知る中ではまっさらです。
キーファという跡取りがいなくなってしまった以上、
誰かがリーサ姫と結婚して王位を継ぐというシナリオが考えられますが
本人の台詞からそういった事情を読みとることはできません。
(なんせお兄ちゃんの話ばかりなので)
もしかするとバーンズ王がアルスを婿にと画策していた可能性も捨てきれませんが
このお話ではそれもこれも全部悩んでいる最中ということで。

◇次回はフォロッド城を離れ航海の旅へ。果たして目的地は……。

119 : ◆N7KRije7Xs - 2016/12/26 20:38:31.35 PzmFtaYD0 108/905

第4話の主な登場人物

アルス
不在の間にマリベルを傷つけられ激怒。
鬼神のごとき力で番兵たちを圧倒する。
立ち寄ったグランエスタード城では王女たちの質問攻めに合いたじたじに。

マリベル
仲間想いなところを利用され、アルスとボルカノの不在の間
フォロッド城の悪番兵たちに監禁、拷問にかけられるも
駆けこんできたアルスによって救出される。

ボルカノ
息子と久しぶりに親子水入らずでグランエスタードへ。
バーンズ王からの信頼が厚く、何かと相談を受けることが多い。
初心者が気分を悪くしがちなルーラも難なく受け入れてみせた。

アミット号の船員たち
マリベルと共にフォロッド城に向かうも番兵たちに捕らえられる。
既に用済みとして危うくさらし首にされそうなところを脱走。
やってきたアルスたちにマリベルの危機を報せる。

バーンズ王
グランエスタードの主にしてキーファやリーサの父親。
思慮深く、民から愛されている名君だが時々若い頃のやんちゃな性格が顔をのぞかせることも。
アミット号一行に各国との締約を結ぶための使いを任せる。

アイラ
アルスたちと魔王を倒した英雄の一人。
放浪の民ユバールの踊り子だったが、役目を終えて先祖の故郷であるグランエスタード王家に迎え入れられた。
今ではリーサ姫の良きお姉さん的存在。

リーサ姫
グランエスタードの王女にしてキーファの妹。
お兄ちゃん子だったこともあり兄との永遠の別れに酷くふさぎ込んでいたが、時間を経てなんとか乗り越えた模様。
年頃の女子らしく誰かの恋愛が気になるようだが、自分のこととなるとまだなんとも言えない様子。

フォロッド王
現在のフォロッド城当主。フォロッド7世。
若くして王位についているが民からの信頼は厚い。
カラクリ人間の開発に熱をあげているが、地道にいこうと考え始めている。

フォロッド王太后(*)
フォロッド7世の母。息子想いの思いやりある女性。
マリベルのことを気に入り自分のお古のドレスを与える。
メイド曰くまるで着せ替え人形だったとか。

フォロッド城の悪番兵たち(*)×3
マリベルや漁師たちを魔王の手先に仕立て上げ、
拷問を行ったうえで自分たちの手柄にしようと画策していた。
アルスの制裁によって虫の息に。



続き
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(2/8)

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