1 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 13:59:13.54 p8GJfAiM0 1/14

と、いうお題をいただきました。

たしか5作目のはずです。
地の文で書いています。

2 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:01:54.91 p8GJfAiM0 2/14


ある暑い日のはなし。
ちょっとだけ普段よりもおめかしして、私はとある場所に来ていた。
地面がむき出す小道を一時間ほど歩いたところ、大きな神域をゆるりと沿った境内の向こうに、私の目的のものはある。
八月って、世間一般的にお盆の季節。花を添えて、お線香も携えて、墓前にちょっとだけ近況報告をしたり、人によっては無病息災を祈願したり。
そもそも興味がない人も、宗派が違っても、不思議と日本人は手を合わせる。無宗教国家がおりなす国民的宗教行事。悪くないと思うよ。
だからさ。私も、瑞鶴も。今日くらいは、大切な人に手をちゃんと合わせておきたいんだ。柄じゃないけどね。

3 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:03:52.40 p8GJfAiM0 3/14


「おーい、瑞鶴。ちょっと待ってくれよ」

小石を鳴らしながら小走りに、提督さんが寄ってくる。
駅からちょっと歩いただけなのに、もう息をきらしている。やれやれ、デスクワーカーはこれだからしょうがないなあ。

「む、瑞鶴よ。世の中には机仕事をしながら体力作りも欠かさない猛者もいるんだぞ」
「だとしても、提督さんは出不精でしょ。そのうちホントにデブっちゃうよ」
「うむむ…考えておこう」
「あはは!そんな神妙にしないでさ、ランニングなら付き合うよ」

なんてことのない、普段と変わらない会話をしながら木漏れ日をいく。
あの時の情勢を考えると、こんな他愛ないことも許されなかったのかな。
なーんて感傷的になるのは、今日が特別な日だからかもしれない。


4 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:05:55.50 p8GJfAiM0 4/14


のろのろと牛歩のごとく、花包みと私の荷物を抱える提督さんに合わせて境内を歩く。
一歩二歩と歩くうち、顎に首にと滴はたまっていく。
今日は風もほとんどないから、流れる汗がただただ鬱陶しい。
年々暑くなるとは言われているが、今年はさらにおかしな天気だ。もう何日も、日照りは地面を焼き付ける。かと思えば、ゲリラ豪雨がバケツを反したように叩きつく。
暑い暑いと、愚痴の絶えることはないけど。でもまあ、この天気の中で先祖に帰ってこいってんだから。生きてる人間もなかなかひどいねえ。
鎮守府で育ててるきゅうりは、残念ながら今年は発育不良が多かったよ。

「……瑞鶴、気分悪くないか?」
「ん~……大丈夫だよ。提督さん」
「……そうか」

はしゃぐ太陽とは裏腹に、私たちの口数は少なくなる。

「………暑いね」
「……あぁ、暑いな…」

どう見繕っても、今日は暑い日だった。


5 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:06:55.53 p8GJfAiM0 5/14


この公園、私が目的とするお墓まで、歩いて一時間はかかる。だから自然と、景色に目が向く。
小高い山の稜線を覆うように常緑樹は生い茂り、セミはみんみんうるさく鳴いている。
気高くクモは舞い上がり、遥か彼方の積乱雲は白くそびえている。
わずかに秋を先取るトンボが一匹だけ、私の頭上を追い越した。まるで飛行機のようだった。

ふらふらとかすかに横に揺れるさまが、練習機の俗称たる赤トンボを連想させる。

「瑞鶴?」

提督さんの声。気づくと、私の足は止まっていた。

「どうした瑞鶴。ここまで来て、やっぱりイヤとは言わせないぞ?」
「わ…わかってる。わかってるよ。怖じ気づいてなんてないわよ」

あわてて提督さんの後をついていく。
トンボはつかの間、視界からいなくなっていた。


6 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:08:26.48 p8GJfAiM0 6/14


ここに来るのは初めてだ。正直に言おう。
今まで来なかったのは、きっと、怖かったんだ。大切な人の死に真正面から向き合うのが。たとえ私と直接の関係がなかったとしても。
でも、それでは私は止まったままだ。加賀さんにもバカにされる。翔鶴姉に申し訳も立たない。
だから今年は来たんだ。

この目の前の碑に。人骨が埋まっているわけではない、けれど確かに人が生きた証が刻まれた、この墓石に。

『瑞鶴乃碑』と銘打たれた、私自身のお墓に。

種々の航空機が紹介されているパネル、海上自衛隊から寄贈された錨、殉国の碑と並んで、奥の方にそれは鎮座していた。


7 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:12:57.00 p8GJfAiM0 7/14


「………」

こうして目の前にすると、なんというか、感慨深い?って言うのかな。おかしな感覚だ。
普通に考えれば、自分自身のお墓参りなんてありえない。生前葬でもないし、未来にタイムスリップしたわけでもない。
でも確かに、これは瑞鶴のお墓で。軍艦・瑞鶴に搭乗していた人たちのお墓で。
生き残った人が建立した、仲間を追悼する石碑なんだ。

そして今の私も、確かに瑞鶴であり、飛行機を駆使して敵と戦う。人の身か、鋼鉄の巨体であるかなど、たいして意味はないだろう。

だからこれは、間違いなく私のお墓であり、乗り越えるべき一つの区切りなんだ。


8 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:17:36.47 p8GJfAiM0 8/14


「ほら、瑞鶴」
「なに…あ、ああ…お花。うん、ありがと」

提督さんから二輪の花をもらい、供花する。そして手を合わせる。
一つは、エンガノに沈んだ自分自身と、仲間に。
そしてもう一つは、誰一人して生き残れず、石碑をすらも建立されていない、姉の艦霊に。
私は目を閉じる。

練度が足りないと侮られたこと。
一人も欠かさず帰還した初の実戦。
先輩方が全滅した、運命の日。
幸運と不運で隔て別れた私たち。
数隻の駆逐艦だけを伴った、最後の海戦。

喜びも悔しさも悲しさも、全ての記憶は私に根付いている。
ぜんぶぜんぶ、覚えている。
途切れることのない喧騒が、私を永遠のような回顧へさそいいれる。


9 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:18:17.00 p8GJfAiM0 9/14



………
……



10 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:18:53.46 p8GJfAiM0 10/14



「ねえ提督さん」
「なんだ」
「ありがとね」
「なんだ、急に」
「ここまでついてきてくれて、ありがと」
「……それは、俺のセリフだ」
「……へへっ。それで、さ!」
「イタッ!?背中たたくなバカ…」
「これからもよろしくね!」
「……おう、任せとけ!」


11 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:20:54.34 p8GJfAiM0 11/14


目的を果たし、私たちは帰路につく。
と、提督さんが思い出したように振り向いた。

「そうだ瑞鶴。これ、預かってるぞ」
「え、なになに?」

受けとる。それは竹トンボだった。

「なにこれ。竹トンボじゃん」
「加賀からだぞ。お前にって」
「加賀さんがぁ?」

いぶかしみ、眺める。どこからどう見ても普通の竹トンボだ。

「どうしろってのよ」
「お前に任せるってさ」
「って言われても…」
「まあ、あいつなりの供養を考えてくれたんだと思うよ」

言われて、あの仏頂面を思い出す。やたら私たち五航戦に突っかかって、ていうか主に私だけ。私だけ!突っかかってくる焼鳥屋さん。


12 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:23:07.62 p8GJfAiM0 12/14


トンボ。カトンボ、赤トンボ。飛行機乗りにとって、思い出すのはやはりそんなとこだろう。
竹トンボは飛ばすもの。高く、高く飛ばして、みんなにどうだと自慢するのだ。
私はなかなか飛行機で自慢が出来ないけど、確かに竹トンボなら。滅多なことではチョンボしない。

「これを高く飛ばして、みんなを供養してやれってことなのかな」
「かもしれんな」

七面鳥と揶揄されて、ろくすっぽ戦果を稼げなかった私たち。せめて依り代の私が、あの大きな雲に向かって羽ばたかせてやれと、そう言うことなのだろうか。
なんなんだか、もう。
いやもうホント、口べたにも程があるだろう。直接言え。
なんて毒つきながら、私は頬を緩めた。
石碑の前で、思い切り竹トンボを飛ばしてやる。風を切る音とともに舞い上がる。
ずっと無風だったのに、一度だけ強い風が吹いた。あっという間に竹トンボは林の向こうに消えてしまった。

「……ありがとう」

不意に出た言葉は、加賀さんだけでなく、いろんな人たちに向けてのものだと思う。


13 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:24:23.74 p8GJfAiM0 13/14



「さて…じゃあ帰るかあ」
「そうしよっか。…うん、やり残したこと、ないよね」
「おう。ないぞ」

私たちは並んで、来た道をもどる。
親戚の家に行って、適当に時間を過ごして自分の家に帰る感じ。お盆だもん。顔見て、手を合わせて、あとは好きにすればいいのよ。
国民的宗教行事の由来も、ていよく理由をつけて、大切な人に会いに行くのが目的なのかもね。みんながみんな、加賀さんみたいに素直じゃないと困っちゃう。

「提督さん。お腹すいた!なんか食べていこーよ」
「お、いいぞ。なにがいい?」
「ん~…やっぱさ、カレーがいいよね!」
「そうだな。こんな暑い日は、カレーに限るな」

まだまだ暑さは残るけど、私たちはゆっくり帰る。ゆっくり来たんだから、帰りもゆっくりに決まってる。
ちなみにナスは、今年は豊作だって聞いている。それじゃあまあ、鎮守府に戻ったら精霊牛でも作りますか。
ご先祖さまが、平和な景色を眺めながら来れるように、ね。


14 : ◆E7idzvHwo6 - 2018/08/15 14:31:33.39 p8GJfAiM0 14/14

これで終わりなんです。

それにしても、いつのまにか5周年経ってて、艦これ1期が終わって、時間がどれだけ残酷なのかがまざまざと見せつけられました。
明後日まで艦これはできないですけど、まあ、ゆっくりやっていきましょう。今後もぽつぽつSSを書いていけたらと思います。

HTML化依頼を出してきます。あとで。
それではまた~。

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