喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
山花作治(77) 無職
【老人と菊】
ホーッホッホッホ……。」
元スレ
喪黒福造「菊を育てるというのは、あなたのいい趣味になるはずですよ」 老人男性「菊を育てる……」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1540993078/
春。朝、とある住宅街。一軒家。塀の門には「山花」の表札が見える。
居間。テレビのニュースを見ながら、一人で朝食を食べる老人男性。
テロップ「山花作治(77) 無職・元用務員」
テレビ「本日の特集は、IoTです。IoTとは、Internet of Thingsの略で……」
山花(ふん。デジタルだとか、ITだとか……。どんどん世の中が複雑になっていくな……)
食事を終え、テレビを見続ける山花。テレビには公共放送の朝ドラが映っている。
朝ドラは戦前の日本が舞台のようであり、主人公の女性は着物を着ている。
仏間。仏壇に手を合わせる山花。仏間には、山花の妻・秋絵の遺影がある。
山花「…………」
今は亡き妻のことを頭に浮かべる山花。
山花(秋絵……。お前が死んでから、俺は一人ぼっちになってしまったよ……)
街の郊外を走るバス。バスの中には、山花を含め客が数人いる。山花の後ろにいるのは、喪黒福造だ。
座席を立ち、バスの中を走り回る小さな男の子たち。男の子たちは、大声を出してはしゃぐ。
山花「こらっ、静かにせんか!!みんなの迷惑になるだろうが!!」
男の子たちを叱りつける山花。
男の子たち「すいませーーーん」
しょんぼりした表情で、座席に戻る男の子たち。違和感のある表情で、山花を見つめる乗客たち。
山花(全く……。このボウズどもは、家でどんなしつけを受けているんだ……)
バスを降り、歩道を歩く山花。山花の側には喪黒がいる。
喪黒「いやぁ、バスの中でのさっきの一喝……。あれは本当に、胸がスカッとしましたよ」
山花「まあ、その……。私は当たり前のことをやったまでですから……」
とある温泉施設。大浴場。温泉につかる喪黒と山花。
喪黒「ほう……。山花さんは、小学校の元用務員だったのですか?」
山花「そうですよ。だから、さっきは昔の癖が出てしまって……」
喪黒「それで、バスの中で子供を叱ったというわけですね?」
山花「はい」
喪黒「どうやら、山花さんはくそ真面目で曲がったことが嫌いなお方のようですなぁ」
山花「私は昔から、周りにそうよく言われてきました」
喪黒「それでもって、あなたは自分にも他人にも厳しい性格でしょう?」
喪黒「だから……。外では話し相手がいなくて、一匹狼の生き方をしてきたのではないですか?」
山花「おっしゃる通りです。私のことを理解してくれたのは妻だけでしたが、妻は数年前に亡くなりました」
喪黒「では、今のあなたは一人暮らしですか?それじゃあ、寂しいでしょう……」
山花「『寂しくない』と言えば嘘になりますよね」
喪黒「山花さん。老後を生きるのなら、話し相手や生きがいくらいは持った方がいいですよ」
山花「今の私は、死ぬまでそんなものとは無縁でしょう。それもこれも、今までの自分の生き方がもたらした結果ですから……」
喪黒「分かりました……。あなたのために、私が何とかしましょう」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
山花「これは、ウォータープルーフの名刺……」
喪黒「そうです」
山花「それにしても、『ココロのスキマ、お埋めします』というのは……?」
喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
山花「は、はあ……」
風呂からあがった喪黒と山花。2人は、温泉施設のレストランでビールを飲んでいる。
喪黒「山花さん。あなたが話し相手や生きがいを持ついい方法がありますよ」
山花「何ですか?それは……」
喪黒「菊を育てることです。菊を育てるというのは、あなたのいい趣味になるはずですよ」
山花「菊を育てる……。ああ……。用務員だったころ、小学校の庭園で菊を育てていたことがありました」
喪黒「そうですか。ならば……。菊を育てることは、今の山花さんになおさら向いているでしょうねぇ」
山花「うーーーん……」
喪黒「自分の手でじっくり育てることにより、菊に対して親しみがわくはずです」
喪黒「だから、菊は一人暮らしの山花さんのいい話相手になってくれるでしょう」
山花「確かに……」
喪黒「しかも、菊は春に植え付けを行い、秋に開花を楽しむ植物なのですから……」
喪黒「数か月間、菊の開花を待ち続けるということが、あなたの生きがいになるでしょう」
山花「そうかもしれませんね……」
喪黒「山花さん、菊を育てる気になりましたか?」
山花「はい。あなたがそこまでおっしゃるのなら、騙されたと思って……」
BAR「魔の巣」。喪黒と山花が席に腰掛けている。
山花にカタログを見せる喪黒。カタログには、菊の写真がいくつも載っている。
山花「菊の苗のカタログですか……。結構、豊富な種類の菊を扱っていますね」
喪黒「山花さん。この中から、お好きな種類の苗をお選びください」
山花「分かりました。じゃあ、私はこれにします……」
カタログ内のとある菊の写真を指差す山花。
喪黒「あなたが選んだ苗は、宅急便で自宅に届きますよ」
山花「この苗を、私はじっくり育てるのですね」
喪黒「そうです。ただし、山花さんには約束していただきたいことがあります」
山花「約束!?」
喪黒「はい。私は、あなたに話し相手と生きがいを与えるために菊の栽培を提案しました」
喪黒「だから、菊は花が咲くまで心をこめて育ててください。いいですね、約束ですよ!?」
山花「わ、分かりました……。喪黒さん」
1週間後。山花の自宅の前に、宅急便のトラックが停車する。
配達員たち「山花さん、宅急便でーーす!!」
玄関前で小包を持つ配達員。小包にボールペンで名前を書く山花。
居間。机に向かい、菊の育て方のパンフレットを読む山花。
山花(これが菊の育て方……。ずいぶん詳しいな……。用務員のころを思い出してしまったよ)
庭。植木鉢に土を入れ、菊の苗を植える山花。菊の苗が植えられた鉢が、複数できる。
山花(ここにある苗が、秋には満開の花を咲かせるのか……)
仏間。仏壇に向かい、亡き妻に話しかける山花。
山花「秋絵。俺はある人物に勧められて、菊を栽培することになったんだ」
山花家。じょうろで菊の苗に水をやる山花。山花は、何かの鼻歌を歌っている。
山花(まるで、実の孫ができたかのような気分だ……)
街の郊外のホームセンター。店の外の、園芸コーナーにいる山花。
山花(えーーと……。これが菊の肥料か……)
山花家。庭で、菊の苗に話しかける山花。
山花「大きくなれよ。お前たちが花を咲かせる日を、俺は待っているからな」
夜。寝室で、布団の中に入る山花。彼の頭の中に、喪黒の言葉が思い浮かぶ。
( 喪黒「菊は花が咲くまで心をこめて育ててください。いいですね、約束ですよ!?」 )
山花(喪黒さんに言われるまでもなく、菊は丹精込めて育てるつもりだ……)
目を閉じる山花。
夏。山花家。半そで姿の山花が、庭にいる。
複数の鉢に植えられた菊の苗は、見違えるように伸びて葉が生えている。菊の枝の脇芽をハサミで切る山花。
山花「どうだ……。なかなか、りりしい姿になっただろう?」
山花「俺は、お前たちが育っていくのを毎日見るのが楽しみなんだよ」
門の前で、インターホンが鳴る。ピンポーーーーン!!
山花「はーーい、山花です」
門の前で、喪黒と対面する山花。
喪黒「こんにちは、山花さん」
山花「ああ、喪黒さん。お久しぶりです」
居間。机に向かって会話をする喪黒と山花。
喪黒「山花さん。どうやら、菊の栽培はあなたのいい趣味になったようですねぇ」
山花「ええ。おかげさまで、あいつらが育つのは私の生きがいになりました」
喪黒「当然ながら、菊の花はあなたの話し相手にもなったでしょう?」
山花「はい。今までの私は孤独でしたけど、現在ではあいつらが話し相手になってくれて本当に楽しいんです」
喪黒「よかったですなぁ、山花さん」
山花「あいつらは、まさに私の実の孫のような存在です。あの菊の花は、本当にかわいくてたまりません」
喪黒「どうやら、山花さんは私との約束を守っているようですねぇ。今のところは……」
山花「そりゃあ、もう……。菊の栽培なしに、今の私の人生は考えられません」
喪黒「山花さん。年を取ってから、生きがいを持つというのはいいことですよ」
喪黒「生きがいがあれば、幸せな老後の人生を送ることができるのですから……」
山花「ええ。喪黒さんのおかげで、私は幸せな老後の人生を送れそうです。本当に感謝していますよ」
喪黒「これはこれは、実に恐縮です……。このままいけば、あなたの菊は満開の花を咲かせてくれるでしょう」
喪黒「ただし、何事もなく、順調に育てることができればの話ですが……」
山花「大丈夫ですよ。私は、あいつらを大切に育てていますから……」
喪黒「だといいんですがねぇ……」
秋。朝、山花家。庭で、複数の鉢の菊を見つめる山花。菊は花が色づいており、今にも咲きそうだ。
山花はいつも通り、菊の花に話しかける。
山花「おお。ようやく色づいてくれたか。もう少しだ。もう少しで、花を咲かせそうだな。頑張れよ」
午後。住宅街の近くのとある工場。工場の窓から火の手が上がり、建物はみるみる炎に包まれる。
入口から逃げ出す工員たち。工場の炎は、隣にある民家に燃え移る。燃え上がる民家。
燃えている民家から塀を乗り越え、隣の住宅へと炎が燃え移る。さらに、その隣の住宅にも……。
住宅街の周囲に到着する数台の消防車。ホースを持ち、必死に消火活動を行う消防士たち。
炎に包まれる山花の自宅。2人の消防士に両脇を掴まれた山花が、悲壮な顔で叫び声をあげている。
山花「家の庭に、菊の花があるんです!!私が大切に育てたあいつらが!!」
消防士たち「おじいちゃん、落ち着いてください!!」
山花「離してください!!私は菊の花を取りに行きたいんです!!」
翌日。全焼し、黒焦げになった柱が残った山花の自宅跡。山花は焼け跡に一人で立っている。
植木鉢を両手で持つ山花。庭にあった菊は全部焼けてしまい、鉢の中の土だけが残っている。
山花「ウ……、ウウウ……。ウオオオオオオオ……!!!」
植木鉢を持ったまま、泣き崩れる山花。
数日後。親戚の自宅。親戚の一家とともに、台所で食事をする山花。
親戚の子供「ピーマン嫌ーーい」
山花「こら!好き嫌いをせず、ちゃんと食べなさい!」
山花に叱られ、機嫌を悪くする親戚の子供。
居間で会話をする親戚の夫婦。2人が陰口を言うのを、廊下から見つめる山花。
親戚の夫「全く……。親戚の老人を引き取るなんて、気苦労が多すぎるよ」
親戚の妻「ホント……。こっちにとっちゃ、災難もいいところね!」
ある日。しょぼくれた表情で、外を歩く山花。山花の前に、喪黒が姿を現す。
喪黒「やぁ、山花さん」
BAR「魔の巣」。喪黒と山花が席に腰掛けている。意気消沈した様子の山花。
山花「喪黒さん……。私が丹精込めて育てた菊が、みんな焼けてしまいました……!!」
山花「あと少しで、満開の花を咲かせようとしていたのに……!!」
喪黒「それはお気の毒ですなぁ……。山花さん……」
山花「私は家を失った上に、話し相手も生きがいも失ってしまいました!!」
山花「大切な菊を失ってしまったことで、私は生きる望みさえもなくしてしまったんです!」
喪黒「いやはや……。あなたのご心労、察するに余りあります」
山花「それにですよ……。今の私は、親戚一家のもとで居候をしているんですが……」
山花「彼らからは何かと疎まれていて、毎日が針のむしろなんです!」
喪黒「大変ですねぇ……」
山花「ああ……。これから先、どうやって生きていけばいいのか……。もう、私は世の中が何もかも嫌になりましたよ」
喪黒「分かりました……。私が何とかしましょう。山花さん、私に着いて来てください」
喪黒に誘われ、外に出る山花。2人はとある山に入り、森の中を歩き続ける。
落ち葉を靴で踏む音が、周囲に響く。森の奥に辿りつく喪黒と山花。
喪黒「着きましたよ。山花さん」
山花「喪黒さん。ここで一体、何をするんですか……?」
喪黒「山花さん。あなたは、世の中が何もかも嫌になったのですよね?」
山花「はい。今の私は生きる望みが全くありませんし、世の中にもうんざりしています」
山花「でも、このままじゃあ死んでも死にきれません……」
喪黒「山花さん。あなたの望み、今すぐかなえてあげますよ」
山花「えっ!?」
喪黒は、山花に右手の人差し指を向ける。
喪黒「さあ、山花さん……。私の手をじーっと見つめてください」
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
山花「ギャアアアアアアアアア!!!」
喪黒のドーンを受け、山花は全身が光り輝く。光に包まれながら、みるみる形が変化する山花。
光はやがて、はっきりした姿となる。そう……、金色の花を満開に咲かせた菊の姿だ。
山花「喪黒さん……。何となく気分が落ち着いてきたんですけど……。何が起きたんですか?」
喪黒「山花さん。あなたはたった今、人間から菊の花に変身したのですよ」
山花「私は菊の花になったんですか?」
喪黒「そうです。あなたは金色の特殊な菊になったのですから、永遠の命を保ち続けることができます」
喪黒「季節を超えて咲き続け、嵐にも雪にも耐えることができますし……。炎に焼かれてもびくともしません」
山花「そうですか……。そりゃあ、いいですね……」
喪黒「しかも、山の奥で咲いているのですから、一般人に見つかることはありません」
喪黒「つまり、あなたは大好きな菊となり、世の中とも永遠におさらばできるというわけです」
山花「それはありがたいですね……。私の望みが、これ以上なくいい形でかなったのですから……」
山花「あなたには、何とお礼を言ったらいいか……」
喪黒「どういたしまして……」
山花「ねぇ、喪黒さん……。人間って本当に醜い生き物ですね。過ちやいさかいを繰り返し、欲望に振り回されて……」
喪黒「ええ。人間は誰もが皆、心にスキマを抱えているのですよ。だから、私の仕事はなくならないのです」
山花「恥ずかしながら、菊になる前の私もそうでした。でも……。今の私は大自然と一体化できて、本当に心が安らかですよ」
森の中を歩く喪黒。
喪黒「老人は様々な経験や知恵を持っていますが……。一方で、彼らは好奇心の喪失や虚しさも同時に抱えています」
喪黒「さらに……。老人になると体力や気力が衰え、行動範囲の狭まりや生活のマンネリ感が生まれるようになります」
喪黒「老後の人生には何かしらの苦痛が伴いますが……。それでも生きがいがあれば、余生は幸せなものになるはずです」
喪黒「そもそも、人間は誰もが年を取りますが……。果たして、幸せな余生を送れる人はどれだけいるでしょうか?」
喪黒「何しろ、人間は皆、心にスキマを抱えていますから……。でも、菊の花はそういったものとは無縁でしょう。ねぇ、山花さん……」
喪黒「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
夜。森の中に、金色の菊がひっそりと咲いている。夜空に浮かぶ満月の光を浴び、花びらが輝く金色の菊。
―完―