704 : VIPに... - 2013/07/07 02:05:32.45 tZPSTBILo 1/23もし上条さんが不幸すぎて暗部に落ちてたらって感じの何番煎じif思いついた
結構な量だから時間がある人だけ読んでくれると嬉しい
詰め込みまくってたぶん20レス前後
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-39冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363523022/
上条当麻は生まれつき不幸な人間だった。
それもちょっと運が悪い程度のものではなく、とても偶然で片付けるのは無理があるほどだ。
幼稚園に入り物心ついた時にはもう、他の子供達は皆上条を避けていた。
近くに居ると自分まで不幸になる。皆がそう思ったのはおそらく仕方のない事で、別におかしい事ではないのだろう。
加えて上条は不幸そのものとして扱われ、子供達は上条に暴力を振るって傷めつけることで排除しようとした。
子供達は皆、正義は自分達にあると信じて疑わなかった。
憧れの戦隊物ヒーローのように悪を懲らしめているのだと、自分の行為に誇りさえ持っているように思えた。
それは無邪気で純粋な心からくるものだった。
上条を遠ざけたかったのは子供だけではない、その親、大人達までもが上条のことを気味悪がった。
自分の子供が暴力を振るっている事に気付いてもそれを止めず、中にはもっとやるようにとそそのかす者も居たらしい。
誰だって一番大切なのは自分の子供だ。だからこそ、その子供を巻き込む可能性がある上条の存在が気に入らなかったのだろう。
上条の味方は両親だけだった。両親だけはいつでも上条を庇ってくれた。
両親と一緒に暮らす家だけが、この世界で唯一の自分の居場所だった。
上条にとってはただそれだけが救いで、どれだけ辛いことがあっても我慢することができた。
小学校に上がると同時に、学園都市に預けられた。
科学の最先端を行くその街であれば上条の不幸について何か分かるかもしれない。
そして、そういった環境であれば幼稚園の時のような状況にはならないかもしれない。そんな両親の願いがこもった選択だった。
そうやって最後まで上条の事を想ってくれた両親は、ある日突然押しかけてきた男に殺されてしまった。
その男というのは精神を病んでしまった者らしく、噂で聞いたとある不幸な少年に自分の不幸の原因を押し付けて排除しようとしたらしい。
ただ、上条だけは助かった。両親がその身を犠牲にしてでも守ろうとしたからだ。
実はこの話には裏があるのだが、その時は何も気付くことなどできなかった。
ただ、いつも通りの、理不尽で救いようのない、不幸な結果だった。
学園都市に入ってから外みたいな扱いはマシになるかとも思っていたのだが、実際はあまり変わらなかった。
上条の不幸は科学の最先端を行く学園都市にすら解明できずに、周りの子供達はやはり上条を気味悪がって遠ざけたり痛めつけたりした。
ある晴れた日の放課後の事だった。
とある河原、夕陽の光が水面にキラキラと反射して輝くその場所に、自分とクラスメイト達は居た。
別に楽しく遊んでいるわけではない。少なくとも自分は。
「おらよっ!!!」
「ははっ、いいぞいいぞ!!!」
ガッと、鈍い衝撃が後頭部に響く。視界がブレて、前のめりによろける。
ズキズキとした痛みに顔をしかめながら頭を押さえると、ヌルッとした感触が手に伝わってきた。確かめなくても分かる、おそらく出血しているのだろう。
ぼんやりとそんな事を思った次の瞬間には、今度は前方から拳が飛んできて、強烈に顔面を打つ。口の中が切れて、鉄の味がいっぱいに広がる。
どれだけ続いたのだろうか。
自分はただ盗まれた上履きを返してもらおうと、指定された場所まで来ただけなのに。
そこがやけに人気の少ない場所なので嫌な予感はしたのだが、案の定だった。
いつも通りのヒーローごっこ。
誰かを悪者に仕立て上げて、自分の優位性を高め自己満足を得る遊び。
ただ、この日はいつもより相手がしつこかった。
「なぁ、コイツ川に落とさねえ?」
上条はそこで真剣に自分の命の危機を感じた。
それは怖かった。今までどんな扱いを受けてきたとしても、死というものは恐ろしい。
悪役にだって抵抗する権利くらいはあるんじゃないか。
そう思った上条は、自分の服の袖を引っ張っていた者を思い切り突き飛ばした。
ザバン!! という水しぶきと共に、先程まで自分を掴んでいた男の子は川の中へと落ちた。
まだ小学校低学年という事もあって、どうやらまともに泳ぐこともできなくバシャバシャと明らかに溺れている。
「ごぼっ、たす……たすけ……っ!!!」
「う、うわあああああああああああああああああ!!!!!」
他の子供達はパニックを起こし、一斉に逃げ出していく。落ちた子を助けようと思う勇気はなかったらしい。
それは上条も同じで、怖くなって一緒になって走って逃げ出した。大変な事になったのは分かっていた、ただ向き合うのが怖かった。
走って走って走って、溺れる子の声が聞こえなくなるまでとにかく走った。
後になって、その男の子は溺死体となって発見された。
***
隠れ家の天井がぼんやりと目の前に広がる。
「朝…………いや夕方か」
まだぼんやりする頭で上半身を起こすと、窓からはオレンジ色の夕陽の光が差し込んできているのが分かる。
随分とぐっすりと眠り込んでしまったようだ。まぁ、何者かが接近すれば反応するようなセキュリティは仕掛けてあるのだが。
それにしたってこんな状態ではいざという時の対応が遅れる可能性がある。
上条は寝ぐせのついた髪をクシャクシャにしながら、重い腰を上げた。
着ているのはシワがつきまくったワイシャツにスラックス。そういえば、昨日は仕事帰りにそのままベッドに横になったか。
とにかく先にシャワーを浴びようかと、上条は脱衣所へと向かった。
手早く衣服を脱ぎ、浴室へと入り、蛇口をひねって頭からシャワーを浴びる。
濡れた髪が頬に張り付き、口からは自然と溜息がこぼれる。
ザァァ……という音を聞きながら、上条の頭の中では先程までみていた夢が再生されていた。
(……何を今更あんなものを)
振り払うようにブンブンと頭を振ると、水滴が飛び散る。
こんなものは今の内に頭から退かさなければいけない。仕事にまで支障が出たら流石に笑えないからだ。
確かに、人を殺したのはあれが初めてだった。あの後いつまでも震えが止まらなかったのも覚えている。
しかし、だから何だというのだ。
今更、いつ、誰を、どうやって殺したかなんていうものに、何の意味があるのだろうか。
少ししてシャワーから出てきた上条は、カジュアルな服装に着替えると軽い朝食……いや夕食を作る。
リビングに戻るとムワッとした熱気が息苦しかったので、エアコンをつけて部屋を涼しくする。
今は七月に入ったばかり、学園都市的にはそろそろ夏休みかという時期だ。まぁ、その辺りの感覚を上条はもう忘れてしまったのだが。
適当に作ったスクランブルエッグを口に運びながらリモコンでテレビをつけると、薬にも毒にもならない平凡なニュースが流れていた。
最近能力者による犯罪が増えてきているなど、能力レベルが上がるといったウソで金を取る詐欺など。
どれもこれも上条からしてみれば「ふーん」以上の感想を持つ事ができない。
そんな時、ガラステーブルの上に置いたケータイが振動して着信を知らせる。
上条は面倒くさそうにのっそりと手を伸ばして取った。
「もしもし、場所と時間と人物と殺すのか生け捕るのか」
『あはは、お仕事熱心で何よりです。ですが、暗にそれ以外では話したくないと言われているようで少々傷つくのですが』
「あー、今日は暑いな、もう夏だ夏。お前も夏バテとか気を付けろよ。……で、ターゲットの情報は?」
『……いいでしょう。今回のターゲットはレベル3の発火能力者(パイロキネシスト)です。詳細はメールにて』
「りょーかい。なんだ今回はちゃんと能力とか調べついてんのか。いつもそれで頼むぜ」
『そう簡単にはいきませんよ。相手側も裏に関わっている場合などは、そういった情報も中々出て来ません』
「って事は一般人なのそいつ? 何やらかしたのか知らねえけど、それって警備員(アンチスキル)の管轄じゃね?」
『確かに彼自身はそこら辺のチンピラと変わりありません。ただ、少々マズイものを見られまして』
「なるほどね、不幸なやつだ。けどよー、それくらい俺を呼ばなくていいだろうに。
いくら俺が対能力者に特化してるっつっても、レベル3くらいなら適当に駒集めて攻めりゃどうにでもなんだろ」
『その辺りの事情はメールの方で確認をお願いします。色々と複雑な問題も絡んでいる可能性もあるのですよ』
「……なーんか面倒くさそうだなオイ。俺昨日も仕事したばっかだぜ? ブラック過ぎんだろちょっとさー」
『まぁまぁそう言わずに。報酬に少し色を付けておきますから』
「はぁ……金があっても使う暇がなきゃな。いいよいいよ、分かりました。働きますよーっと。別に嫌いじゃねえし仕事」
『ありがとうございます。それでは、必要ないでしょうがご武運を』
ピッという音と共に通話が切れると、上条はすぐにメールを確認する。
そこにはターゲットの特徴や出没場所が細かく図付きで載っており、思わず感心して小さく口笛を吹く。
相手も大した事ないようなので、これは楽な仕事になりそうだ。
しかし、気になることがないわけではない。
資料を読む限り、このターゲットの男は学校の身体検査(システムスキャン)ではレベル2からレベル3への壁を破れずに不登校になってしまったらしい。
レベル0の上条からしてみれば贅沢過ぎる悩みで何を甘えているのかと言いたくもなるのだが、重要なのはそこではない。
ターゲットの能力レベルについては最初のプロフィールにハッキリと書かれていた。「レベル3:発火能力(パイロキネシス)」と。
つまりは、不登校になってから能力レベルが上昇したという事になる。
(そんな事あるのか……? いや、演算能力はともかく、自分だけの現実《パーソナルリアリティ》なら学校行かなくても何かのきっかけで強化されたり……)
こういった部分はレベル0であるがゆえに上手く想像はできないが、珍しいという事くらいは分かる。
資料には今世間で噂になっているレベルを上げるアイテムが関わっているという可能性も考えて、その辺りを聞き出すようにという指令が書いてあった。
そして、聞きたいことを聞き出せたら即刻処分するように、とも。
本来、そういった情報を取り出す仕事は精神系統の能力者が適任であるように思える。
ただ、今回は関わっているモノがモノだ。にわかには信じられないが、レベルが上がるなんていう代物の情報を能力者が手に入れたら、きっとろくな事にならない。
だからこそ、無能力者である上条があてがわれたというのもあるのだろう。元々レベル0であるので、例え上がったとしても大した変化はない。
ちなみに、余計な情報を手に入れた人間を殺せ、というのも精神系統の能力が関係している。
記憶を消すという方法も取れなくはないのだが、それでは他の精神系統能力者に解析される可能性を残すことになる。
表で生きる一般人を消すのは色々と問題が多いので避けるのだが、裏の人間やスキルアウトなどに関してはそういった配慮がなされる事は滅多にない。
「まっ……ちゃっちゃと済ませますか」
サラリーマンのスーツのように、上条にも仕事着がある。といっても、ワイシャツと黒のスラックスなのだが。
ただ、耐久性は申し分なく、衝撃を受け流すという学園都市ならではのトンデモ素材であったりする。
無能力者がこういった世界で生きていくには、自分自身の肉体もそうだが、装備というのも重要なのだ。
もちろん、初めはこんな高等なものなど与えられずに、一発撃たれたらそれまでという状態で何度も死線をくぐり抜けてきた。
そうやって仕事をこなしていく内に装備も充実していったというわけだ。まるでRPGのようだ。ロケットランチャーという意味ではなく。
まぁ、今の装備であれば普通の銃では貫通する事も難しく、撃たれても少々……いや、かなり痛いだけだ。
それでも、上条は普段の仕事で弾をもらう事など滅多にない。丈夫な服があれば撃たれてもいいという事にはならない。
服で隠れている部分はいいのかもしれないが、頭なんかにもらえば一発で終わりである事に変わりはないのだ。
ワイシャツの上に少し大きめの黒のジャケットを羽織る。
黒のスラックスにこれは組み合わせとしてどうかとも思うが、特に見た目を気にする必要もない。
それよりもこの時期だと暑さのほうが気になるが、このジャケットは銃の収納関係の面で優れているので重宝している。
着替え終わった上条は、銃やらナイフやらを状態を確認しつつ服の中に仕込んでいく。
あまり入れすぎると動きづらくなるので、その辺りもバランスが重要だ。
最後に、一番良く使う一番ゴツい銃の点検をする。
演算銃器(スマートウェポン)というものを自分で改良したもので、上条自身の思考パターンを読んで好きな系統の火薬や弾頭を自動で組み込んでくれるものだ。
まぁこんなものは技術開発部の方に任せておけばいいと最初は思っていたのだが、できて損はないとある男に言われた事から一応技術として身につけた。
上条は演算銃器(スマートウェポン)を左手で構える。
銃口の先にあるのは、飲み終わったコーヒーの缶だ。
(エアガン。片側貫通)
パァン! という軽い音と共に、コーヒーの缶が撃ち抜かれた。
しかし、弾は反対側から抜けることはなく、カランという音と一緒に缶の中へと落ちる。
「オッケー、と」
上条は小さく呟くと、それもジャケットの中へとしまい込んだ。
日はもう大分傾き、空の色はオレンジから茜色へと変わっていくところだった。
もう少しで、夜がやってくる。
***
ありきたりな光景だった。
暗い路地裏。前方にはターゲットが居て、上条は真っ直ぐ銃を突きつけている。
あれだけ情報があったので、ターゲットを見つけて追い込む事くらいは簡単だった。
そしてその相手はというと、
「動くんじゃねえぞ!! コイツの顔燃やしてやるぞ!!!」
「離して……離してよっ!!!」
何故か人質と見られる中学生くらいの黒髪ロングの女の子を掴んで、その掌を真っ直ぐ彼女の顔へと向けていた。
上条は溜息をつく。
こういった状況は何度か見てきたわけだが、まさかこんな時間にこんな場所にノコノコとやってくる少女が居るとは思わなかった。
実は少女もターゲットの仲間で、元からこういう作戦なのかとも考えるくらいだ。だとしたら、どちらも演技は大したものだ。
とにかく、上条は手にした銃を下ろすことはない。
その様子を見た男は顔を引きつらせて、滝のように汗を流している。
「お、おい……お前聞こえてんのか……? 俺はレベル3だぞ!! その気になればこんな女、すぐに消し炭にできるんだ!! 分かったら銃を捨てろ!!!」
「だからやめてよ卑怯者!!」
「なんだとコラァァ!!! テメェ口には気を付けろよ!!!」
「……盛り上がってる所悪いんだけどさ。何言ってんのお前?」
「は……?」
上条が首を傾げてそう言うと、男も少女もポカンとした様子でこちらを見つめるしかない。
この状況でなぜそんなセリフが出てくるのか、少しも理解できていないようだ。
「お前がレベル3で、その気になればその子を燃やし尽くせるって事くらいは分かってる。けどよ、何でそこから俺が銃を下ろすことに繋がるんだ?」
「……おい待てよテメェ。コイツがどうなっても」
「やれよ」
「ッ!!」
「どうした、早くやれよ。人質がいなくなったその時がお前の最後だ」
「えっ……うそ……そ、んな……」
男も少女も、上条の言葉に絶望の表情を浮かべる。
それもそうだろう、このままでは二人共先はない。生き残るのは上条だけだ。
上条はあくまで調子を変えずに淡々と告げる。
「おい俺は仕事はさっさと終わらせて帰りたいタイプなんだよ、みんなそうなんだろうけどさ。
お前らだってこんなろくでもねえ状況、いつまでも続けたくないだろ? だから、さっさと決めてくれよ。早くしねーと、俺がこのまま撃っちまうぞ?」
「な、なによ……あたしには決定権も何もないじゃない……!!」
「あー、それもそうだな。どっち道あんたも俺に撃たれるか、そっちの男に燃やされるかだ。
同情はするが、諦めてくれ。俺だって極力一般人は巻き込みたくねえ、色々面倒だしな。けど、わざわざこんな所に飛び込んできたのはあんただ」
「……あたしはやらなくちゃいけない事があるの! こんな所で…………」
「知らねーよあんたの事情なんかさ。つーか志半ばで死んじまうなんていうのは世の中珍しくないだろうに。
やり残したことを作らずに人生の幕を閉じる人間なんていうのは本当に一握りだ。結局は死ぬのが早いか遅いかの…………って何語ってんだ俺」
上条は空いた右手で頭をかくと、目を細めて相手を見る。
その目に、男は体全体をビクッと震わせた。
「本気かよ……テメェ、マジで……!!」
ドンッ!! という銃声に男の声はかき消される。
「ごァァあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
路地裏に絶叫が響き渡る。ボトボトと、決して少なくない量の血液が地面に広がる。
男はあまりの激痛に少女を離し、両膝をついて苦しんでいた。
そして、苦痛の声は一人分しかない。
「あなたは…………」
「怪我してねえならさっさとどいてくれ」
上条は呆然と立ち尽くす少女を押しのける。
この少女の目が気に入らなかった。上条が引き金を引くその瞬間の目、そして今現在の目。そのどちらもが。
具体的にどこが、とは言えない。
上条は今や汚い地面でのたうち回っている男の近くへと歩いて行く。
念の為逃げられないように両足を撃ち抜くと、更に大きな騒音が辺りに広がった。
「がっ……ぁ……な、んで……!!」
「こいつはかなり特殊な銃でな。さっきのはお前の耳の横から背後に弾を飛ばした後、弾に込められた超高密度圧搾空気で軌道修正して後ろから撃ち抜いたってわけだ。
要はブーメランみたいなもんだな。この時代、例え鉄砲玉でも返ってくるらしい」
上条は面倒くさそうに説明すると、男の襟首を持って無理矢理上半身を起こし、その額に銃を突きつける。
案の定、男の顔からは脂汗が吹き出し、
「ひっ!!」
「じゃあ次は俺から質問だ。お前は急にレベルが上がったみたいだが、何か裏ワザでもあるのか?」
「こ、これだ!! この幻想御手(レベルアッパー)を使ったんだ!!」
尋問もクソもない。男はあまりにもあっさりと白状した。
そして取り出したのは、何の変哲もない音楽プレーヤーだった。
上条はそれを見て眉をひそめる。
これは苦し紛れの言い訳なのだろうか。しかし、見た感じこの男に自分の命と天秤にかけて傾くようなものなどないように思える。
それならば、本当にこんなものがレベルの上がるアイテムだというのか。
「……一応言っとくが、ウソついても何の得にもならねえぞ」
「本当だ!! こんな状況でウソなんかつかねえよ、信じてくれ!!!」
男のその言葉には上条も頷けるのだが、それにしたって現実味が薄い。
本来能力開発というものは様々な薬品や電極によって、五感全てに働きかけて行うものであり、こんな音楽一つでどうにかなるものでもないからだ。
ただ、その辺りを考える必用があるのは上条ではないのかもしれない。とにかく、男が持っている情報は手に入れた。それでいいだろう。
上条はここで初めて口元を緩める。
「分かった、信じてやるよ。すぐ話してくれてサンキューな」
「あ、あぁ……それじゃ」
ドンッ!! と銃声が鳴り響いた。
上条の左手にある銃から発射された弾は、そのまま真っ直ぐ突き進んで男の額の真ん中を撃ち抜く。
ただし、同時に脳が飛び散るような事にはならない。
本当に洗練された威力というものは無駄な破壊を行わずに、適切に生命活動を停止させる破壊だけを行う。
バタッと男の体が力なく倒れる。
ゴボゴボと血が次々と流れだして、その周りに広がっていく。
「あ…………あ…………」
「ん、なんだまだ居たのかお前」
上条が振り返ると、そこには先程の少女が目を見開いてひたすら震えていた。
無理もない。彼女くらいの年の女の子が目の前で人が殺される所を見たのだ。耐性がなければショックは甚大だ。
まぁ、そういった耐性があるというのは何の自慢にもならず、むしろ惨めなものではあるのだが。
少女はそれでも何とか頑張って口を開く。
「どうして……こ、殺したの…………?」
「仕事だからだ」
「それ……だけ?」
「あぁ、それだけだ」
上条はそう答えると、さっさと報告に行く事にする。
いつもよりも楽な仕事だった、感想はそのくらいしかない。
ターゲットがどんな人物なのか、善人か悪人か。そんなものは関係ない。
居場所のない上条にとっては、こうして誰かに何かを頼まれ必要とされる事だけが存在意義に等しかった。
仕事は疲れるが、そこまで嫌いではない。
響き渡る銃声、硝煙の匂い、人の悲鳴。それらは上条に生きていると実感させてくれる。
そんな少年の前に、表で幸せに生き続けてきた少女が立ちふさがる。
「……まだ何かあるのか?」
「あ、あたし、やることがあるって言ったよね。それ、なの。その幻想御手(レベルアッパー)を探してたの」
「悪いが、渡すことはできない。別に俺にとっては価値の無いものだが、これも仕事だからな」
「……あたしの友達が同じものを使ったみたいなの」
「へぇ、それで羨ましくなって自分も欲しいってか?」
「違う!!!」
少女の必死な剣幕に、上条は黙りこむ。
押されたわけではない。普通の女子中学生に凄まれたくらいで押されていては、この世界ではどれだけ命があっても足りない。
ただ、この様子だと素直には退いてもらえないと踏んで、どうしようかと考えていた。
相手が同じような裏の人間だったなら問答無用に頭か心臓を撃ち抜いて終わらせるところだが、一般人相手にそれはマズイ。
それならもう逃げるしかないだろう。
「あたしの友達がそれを使ったみたいなの! それで……みんな意識不明になっちゃって……っ!!」
「……ん?」
上条の思考が一瞬止まる。先程まで考えていた、逃げるという選択肢が一旦遠のく。
「これを使ったのか? それで意識不明になった?」
「本当にそれかどうかは分からないけど……レベルアッパーが原因なのは間違いないと思う。
あたしも誘われて使おうかとも思ったんだけど、風紀委員(ジャッジメント)の友達に止められて。それで……最近急にみんな……!!」
「じゃあそのレベルアッパーの事を風紀委員に伝えれば良かったじゃねえか」
「伝えたよ。その友達は信じてくれたけど、他の人達は……。やっぱり現物なしにそんな確証のない事を言ってもダメなの」
「ふーん、だからこいつが必要ってわけか」
上条は音楽プレーヤーを片手でポンポンと投げながら、じっと少女を見る。
嘘をついている可能性はある。ただ単に能力レベルを上げたいが為にレベルアッパーが欲しいのかもしれない。
しかし、今の流れでは彼女は風紀委員にレベルアッパーを届けなくてはいけない。
もしここで上条が彼女に預けずに自分で持って行くと言ったらどうするつもりなのだろうか。
そこまで考えていないという可能性もあるにはあるが、流石にそこまで単純なミスを犯すだろうか。
それに、これは不確実な自分の勘でしかないのだが、彼女の様子を見る限りは本当の事を言っているように思えた。
まぁいずれにせよ、答えは変わらない。
「お前の事情は分かった、けどこいつは渡せねえな」
「……じゃあ警備員(アンチスキル)に届けてよ!」
「それもダメだ。言っただろ、仕事だって。分かってるとは思うが、俺は風紀委員なんかじゃねえ。
この街でどこの誰が倒れて意識不明なったっていうのも興味がねえ。誰が正しくて誰が間違っているのかっていうのもどうでもいい」
「そんな……っ!!!」
「お前がこいつを手に入れる方法は二つだ。一つは俺が持ってるこれは諦めて、別のものを探す。
音楽データがレベルアッパーの正体だって分かったなら、その倒れた友達の家とか漁れば出てくるんじゃねえの? まぁ俺が黒幕ならとっくに処分してるけどな」
「じゃあもう一つは!?」
その言葉を受けると同時に、上条は手に持った銃を少女に向けた。
「俺を殺して奪う、だ。可能性は限りなくゼロに近いと思うが、やってみる価値があると思うのなら好きにすればいい」
「…………」
「……おい何だよその目。って何近づいて来てんだ?」
少女のその行動は上条にとって予想外だった。
こうすれば彼女は大人しく他のレベルアッパーを探しに行くと思っていた。
しかし現実、彼女はじっとこちらの目を見つめて、ゆっくりと、だが確実にこちらに歩いてきていた。
先程上条が人を撃ち殺す所を目撃したはずなのに。今まさにその銃を真っ直ぐ向けられているというのに。
彼女の足取りには少しの迷いも見えない。
上条はすぐに口を開く。自分でも少し動揺しているのが分かった。
「待てって。お前何考えてんだよこの銃はオモチャじゃねえ、撃たれたら死んじまう。そのくらい中学生にだって分かんだろ?」
「……弾が出てこないならオモチャと変わらない」
「出ただろ確かに。お前も見てただろ」
「出ないよ」
「お前一体何を――」
「あなたはあたしを撃てない」
少女に銃口を掴まれ、無理矢理下ろされた。
まるで聞き分けの無い子供に対するように、静かに、ゆっくりと。
上条は目を見開く。
銃を突きつけられているのに真っ直ぐ向かってくる。表で生きる普通の中学生の少女にそんな真似ができるはずない。
それでは実はこの少女は裏の人間なのかと言えば、すぐに頭を振るしかない。
少女はじっとこちらの目を見つめている。
その目は心の奥まで見透かすような透明な色で、ここまで真っ直ぐ自分と向き合った者などいつ以来だろうとも思った。
その時。
「あァ? なンなンですかァ、この状況はァ」
新たな人の声。
上条はすぐにそちらへ振り返り、銃を向けた。
今日は何かと邪魔が入る日だ、といつも以上の不幸に小さく溜息もつく。
そこに居たのは、暗い路地裏ではよく目立つ白髪に不気味なほど真っ赤な目をした細身の少年だった。
上条は直感する。この男はどう見ても表の人間ではない。
銃を向けられても微動だにしない者は今日でもう二人目だが、こちらは撃たれないと思っているからではなく、銃に対して脅威を抱いていないからだ。
白髪の男は足元に転がった死体を軽く蹴って、
「こりゃ死体か? オイオイ、人がレベル上げの為に頑張ってンだから、妙な事して邪魔してンじゃねェよ」
「レベル上げ……?」
思わず小声で繰り返す。
少し視線をずらしてみると、少女の方も何かを伺う様子で白髪の男の方を見ている。
レベルアッパーと呼ばれるアイテムは今しがた手に入れたばかりだ。
そんな時、「レベル上げ」という単語を口にしながら新たな人間が現れた。その二つを関連付けるのは至極当然な流れだろう。
これはどうするべきか、と少し考える上条。
仕事内容的には今手に持っている音楽プレーヤーを渡せばそれで済むのかもしれない。
ただし、依頼主が欲しいものは確実な情報だ。もしこの音楽プレーヤーがダミーだった場合、仕事を完遂したとは言い切れない。
上条は小さく舌打ちをすると、
「おいレベル上げってのはどういう意味だ?」
「あァ? そのまンまの意味だ。俺は最強のその先、無敵へと辿り着く。もう誰も挑もうとする気すら起きねェ程の無敵の存在になァ」
「会話が成り立たねえな。だから――」
「気付けよ、詳しいことは何も話す気はねェって事だ。さっさと失せろ」
白髪の少年は薄く口元を伸ばして、嫌な感じの笑みを浮かべる。
何となくは予想できていた。この男はそう簡単に言いなりになる程簡単じゃない。
だから、上条はその言葉を聞いた瞬間、迷いなく引き金にかけた指の力を強める。
一般人相手には使えない方法だが、この相手は違う。
それならば普段と同じような、無慈悲で残酷な方法を用いることもできる。
「悪いが、俺もそう簡単には引けねえ。言う気がねえってんなら、それ相応の手段をとらせてもらうぞ」
「……ハハッ、おもしれェ!! やってみろよ格下ァァ!!」
白髪の少年は笑みを崩さず、それどころかより一層楽しげに両手を広げた。
どう見ても隙だらけであり、普段なら問答無用に発砲して動きを封じるところではあるのだが、そう簡単にもいかない。
相手が本当に何も判断できないような状態であれば、このまま撃っても良かっただろう。
だが、上条はそんな可能性に賭ける気など起きない。もっと、より現実的な可能性を考えたほうが利口だ。
銃を突きつけられても余裕を崩さない理由。まず一番単純でありそうなもの。
相手は、銃で撃たれても平気な能力を持っている。
当然、能力以外でも銃を防ぐ事はできる。
現に上条自身もこの装備によって普通の銃撃であればダメージは受けるにしても、そこまで深刻な事にはならない。
しかし相手の「レベル上げ」という単語を聞く辺り、防御手段は能力であると考えた方がいいのかもしれない。
多くの学生が居て多くの能力が存在するこの学園都市でも、銃で撃たれても平気だという能力者は少ない。
だが、確かに存在しているという事も上条は知っていた。以前一人だけ、そんな能力者を見た事がある。
といっても、無敵の能力者なんていうのはいない。
銃が効かないのであればそれには理屈があり、同時に突破口も確実に存在する。
能力者との戦闘では、そういった能力の弱点などを見極めながら行うというのが基本だ。
銃が効かない能力者と戦う時に注意しなければいけないのは、その事実よりもその後の反応だ。
何も知らない状態で相手の左胸に弾が当たれば、当然そこで終わったと考える。そしてそれが大きな隙となって返ってくる。
一瞬の隙、この世界ではそれが命を左右する。だからこそ常に様々な事を想定して予想外の状況というのを潰していく。
その点で言えば、こうして銃が効かないんじゃないかという予想ができている時点で、状況としては悪くはない。
むしろ、相手が最初からこちらの隙を突くつもりであるならば、有利に運べるとも言える。驚くだろうと思っていた相手が驚かなかった場合、逆に自分のほうが驚いてしまう事もある。
そう考えれば、このまま引き金を引くという選択もアリだと言える。
おそらくそれでは仕留めることはできないだろうが、こちらが驚いているフリをして、その隙を突きにきた相手の隙を突く。
問題はある。例えば銃が効かないのであれば、他の打撃や斬撃も効かないであろう事。それならばどんな攻撃ならば通用するのか。
上条はここで一瞬自分の右手を見る。
どんな能力者にでも確実にダメージを与えられる武器は持っている。
しかし、すぐに考えなおす。
これは使い勝手がかなり悪い。それに何度も通用するものではなく、一度警戒されたら厳しい事になる。
冷静に考えれば、ある程度相手の動きを見て、もっと能力に関する情報を集めた方がいいのだろう。
「なンだ来ねェのかァ? 別に俺はオマエらがここから離れれば後はどうでもいいンだがなァ」
「だからそれはできねえって言ってんだろうが」
「ククッ、なら……こっちから行ってやろうか?」
上条は素早く少女の方に目を向ける。
この場で相手の攻撃を捌いて観察するにしても、近くに一般人の少女が居る状況というのは簡単ではない。
銃が効かないのであれば相手は高位能力者である可能性が高く、そんな相手との戦闘で周りへの被害を考えられるほどの余裕などない。
もちろん、一般人を死なせた場合揉み消しが面倒で、上からペナルティがあるというのも、彼女を巻き込みたくない理由の一つだ。
しかし今の上条にはそれ以外に一つ、彼女のことでハッキリさせたい事もあった。
(……仕方ねえな)
覚悟を決める。
できるだけ戦闘を長引かせない様に、すぐに終わらせる。
そう判断すると、引き金にかかっていた上条の指に力が込められた。
瞬間、ドンッ!! と鳴り響く銃声。
「がっ……!!!」
視界が急激にブレる。
胸の辺りに強烈な衝撃が叩きこまれ、息が一瞬止まる。
同時に足が地面を離れ、後ろへ吹き飛ばされているという事実に気付く。
苦痛の声を漏らしたのは上条の方だった。
相手に銃撃が効かないのは予想していた。しかし、引き金を引いた自分の方が吹き飛ばされるとは思わなかった。
上条はフワッとした浮遊感と、胸から広がる激痛に顔をしかめながら、何とか空中で体勢を整えて両足から地面に着地した。
「ぐぅ……ぁ…………」
「え、な、何……が……」
胸を抑えて苦痛の表情を浮かべる上条に、呆然と目の前の光景を見ている少女。
上条が胸に当てた手を離してみると、その上には弾が乗っていた。
今しがた自分が目の前の男に向けて撃ったものだ。
それは、つまり。
(俺が撃った弾が跳ね返ってきた……?)
こうしている間も、僅かに身じろぐ度に胸に激痛が走る。これは肋骨の何本かにヒビくらい入ったかもしれない。
大抵の銃であればそこまでのダメージを受けないこの装備だが、上条の持つ演算銃器(スマートウェポン)の銃撃には耐え切れないらしい。
まぁ、弾が体を貫通しないだけマシなのだろうが。
一方で、白髪の少年は楽しげに笑っていた。
「おっ? なンだなンだ、死ンでねェのか! いいね、いいねェ!! 根性見せろ、せいぜい俺を楽しませろ格下ァァ!!」
「ッ!!」
男が足元の小石を蹴り飛ばした瞬間、上条はすぐにその場を離れる。
ズガン!! と辺りを震わせる程の轟音が響き渡った。
通り過ぎたのはオレンジ色の閃光。
凄まじい速さで蹴り出された小石は空気抵抗による摩擦熱ですぐに燃え尽き、まるでレーザー兵器であるかのような形相を呈す。
そんな現実離れした光景を目にして、上条はとにかく必死に頭を回転させる。
(レベル5クラスの能力者か……? 落ち着け、レベル5と戦った事はあるだろうが)
「ハハッ、やるじゃねェか!! よく粘ってる方だぜオマエ!!!」
今度は凄まじいスピードでこちらに突っ込み、腕を伸ばしてくる白髪の男。
速さはともかく、その動きは素人丸出しではあるのだが、相手の能力が分からない限り少しの油断もできない。
高位の能力者に関しては、触れられた瞬間に勝負が決まるような能力も珍しいものではない。
上条は胸の激痛に顔をしかめながら強く思い込む。
(発条包帯《ハードテーピング》――――脚部解放)
白髪の男の両腕は虚しく空を切った。
ダンッ!! という強い踏み込みと共に、上条は一回のジャンプで男の頭上を飛び越す。
そして空中で素早くナイフを取り出すと、ガラ空きのその背中に向かって投げつけた。
キィィン!! という甲高い音と共に、ナイフは弾かれて高速で回転しながら投げた本人へと飛んでいく。
「ちっ!」
上条はすぐに左手の銃身でナイフを防ぎ、地面に着地すると同時に後ろへ飛び退く。
白髪の男は素早く振り返って、その後を追った。赤い瞳が狩りをする肉食動物のように鋭く光る。
口元は大きく横へ裂かれ、嗜虐のこもった笑みを浮かべていた。
「ハッ……ハハハッ!!! オマエいいよ、あンな人形共なンかよりずっとまともに俺の敵やってンじゃねェかァ!!!」
「ぐっ……コイツ……!!」
上条は顔をしかめながら、伸びてくる手に対して体をひねって連続で避けていく。
脚部に仕込んである発条包帯(ハードテーピング)により身体能力の底上げはできているが、それでも長く使っていられるような便利な代物ではない。
今この瞬間にも無理な動きによって筋肉が悲鳴をあげており、何かの拍子に動かなくなってもおかしくない状況だ。
とにかく、相手へ攻撃が通らないことには話にならない。
(意識の外からの攻撃も無効……って事は自動防御タイプってわけだ。肝心の能力は……)
飛び道具を跳ね返す。それだけを考えれば念動力という可能性もありえる。
例えば念動力者に石を投げつけた場合、空中でその制御を奪われて逆に跳ね返されるという事もある。
もしもそれが銃弾にも適用出来るのであれば、最初の一撃も説明できそうではある。当然、レベル5クラスの力が必要にはなるだろうが。
しかし、念動力では不可解な点もある。それは相手の動きだ。
本当に念動力者であるのならわざわざ近付く必要性などない。まぁその辺りは相手が楽しんでいるという点からまともな考えが通用しない可能性もある。
触れることが出来れば勝負を決められるような節もあるが、それは触れることで分子結合レベルで干渉する事ができるのかもしれない。
(……ただ、念動力なら一番扱いやすいのは変形が少ない固体だ。それなら)
上条は再び足に力を込め、左手にある壁へとジャンプする。
そのままトントンッと左の壁、右の壁、と蹴って白髪の男の背後へ回ると、真っ直ぐ銃を突きつけ引き金を引いた。
銃口から出てきたのは、ボッ!! という音と広範囲に広がるオレンジ色の炎だった。
炎は暗い路地裏を照らし、白髪の男を丸ごと飲み込んだ。
例の少女は今上条から見て後ろの方にいる。この展開の連続に頭が追いついていない様子だが、それはどうでもいい。
念動力タイプであるのなら、炎のような変形しやすいものをこれだけの範囲で操作するのは難しいはずだ。
同じ念動力系の水流操作(ハイドロハンド)のように液体を操作する能力者の場合、計算方法が異なるのか固体に対しては能力を使うことができない。
その両方を高いレベルでこなす事など、例えレベル5でも難しい。
――そう判断したのだが。
「……なンか苦しいなオイ。あァ、そっかそっかァ、こんだけ燃えりゃ酸素が薄くなるのも当然ってわけか。
って事は何だ。オマエってこの俺にダメージを与えた最初で最後の人間になるンじゃねェの? ハハッ、良かったじゃねェか、これで地獄で自慢できるぞ」
「なに、アレ……一体どんな能力使えばあんな事……!!」
後ろから聞こえてくる少女の震えた声。
気持ちは分からなくもない。今まで様々な能力者を見てきた上条も、ここまでデタラメな能力者は見たことがなかった。
しかし、泣き言を言っている暇はない。
上条はグッと右拳を握りしめる。
もう使うしかない。これは本来は防御用ではあるのだが、そんな事を言ってられる状況ではない。
能力者に対して絶対的な攻撃力を持つこの右手に賭ける、それが今上条が選択できる最も可能性が高い手段だ。
ドンッ!! と地面のコンクリートを踏み砕き、今しがた炎の中から出てきたばかりの男へと突っ込む。
ビキキッと足の筋肉が嫌な音を発するが、気にしている場合ではない。
耳元ではビュゥ!! と空気を切る音が響く。ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
相手まで後数歩。生と死の間にいる感覚。上条の瞳が不自然に揺れる。
白髪の男は右足を上げ、地面を踏み込んだ。
「ッ!!!」
直後、コンクリートが砕け散り、まるで散弾銃のように指向性を持って上条へと撒き散らされていく。
狭い路地裏、逃げ道は一つしかない。上条はすぐに上に飛んで、男の頭上を越す。
しかし、これは予想していたのだろう、白髪の男はそれを見てすぐに今度は左足を大きく上げた。
「芸がねェ奴だなオイ!!!」
その左足が地面を踏み込んだ瞬間、男を中心とした地面のコンクリートが一斉に上空へと打ち上げられた。
だが、上条にとってこれは予想外の攻撃ではない。空中へと逃げるからには、その後考えられる追撃くらいは想定している。
男の攻撃が来る前、上条は左手の銃から強力な弾を前方へ二、三発撃ち、その反動で僅かに空中を移動する。
上空への全方位攻撃……そう見えても安全地帯はある。男の真上だ。
「ぐっ!!!」
ガガッと、コンクリート片のいくつかが上条の腕を打つ。
何とか男の真上までは移動できたが、それでも完全に攻撃をかわせるわけでもない。
ただ、上条にとっては服で守られていない首から上を守れるだけで十分だった。
ダンッ!! と上条は男のすぐ近くに着地する。
同時に、右拳を握りしめた。
「ハハッ!!!」
男はすぐに腕を伸ばしてくる。
しかし、この程度は上条も体をひねる事で簡単にかわす事ができる。
そして。
(発条包帯《ハードテーピング》――――腕部解放)
カウンターで上条の右腕が飛ぶ。
まともに入れば人間の頭を吹き飛ばすほどの、強力な一撃。
しかし。
「ぐぅぁっ!!!」
強烈な激痛が胸に広がる。
相手の攻撃をもらったわけではない。発条包帯(ハードテーピング)による負荷によって、最初に受けた胸へのダメージに響いたのだ。
当然、動きも鈍る。
その隙を、相手は見逃さない。
「オイオイ、流石にぶっ壊れちまったかァァ!?」
男は上条の襟首を掴むと、思い切り横の壁へと投げ捨てた。
壁にぶつかると、まるでトラックに激突されたかのような衝撃が全身を襲った。視界が一瞬大きくブレて、意識が飛びそうになる。
尋常な勢いではない。もし普段着だったら、これだけで致命傷になっていただろう。
「ごはっ!!! がぁ……!!」
「休んでる暇なンかねェぞ!!!」
ズガン!! という轟音を聞いた時は遅かった。
おそらくまた石を蹴り飛ばしたのだろう。
一度見たオレンジ色の閃光は真っ直ぐ飛んでいき、動けない上条の腹部を撃ち抜いた。
「ぐっ……ぁぁ……あああああああああああああああああ!!!!!」
ブシャァァ!!! と凄まじい量の血が噴き出る。
身を焼かれるような激痛に視界が急激に点滅し、少しでも気を抜けばそのまま死へと引きずり込まれそうだ。
大抵の銃弾なら受け止める装備も、ここまで常識外な攻撃に対しては全くの無力。
それを腹の風穴がハッキリと見せつけていた。
ピクリとも動けなくなった上条に、白髪の男はゆっくりと歩み寄ってくる。
その足音は自分の死へのカウントダウンのように聞こえた。
「あーあー、流石に終わりか。まァ、よく頑張ったンじゃねェの? 殺すのが惜しいくらいだ」
「…………」
「くははっ、なンだその目。もしかしてオマエ、本気で俺に勝てるつもりだった? 分かってねェ、全然分かってねェなァ。
なァ、人間ってのは脆い生き物だ。階段から落ちただけで打ちどころが悪けりゃ死ンじまう。そンな生物がこンだけ地球で幅きかせてる理由はなンだ?」
男の声がやけに遠くに聞こえる。
激痛と出血で視界がぼやける中、上条は必死にここからの打開策を考える。男の話など聞いている余裕はない。
だが相手のほうは初めから上条の反応など期待していないのか、お構いなしに話し続ける。
「答えはもちろン頭脳……そして、そこから生み出される武器だ。人間は正面からゴリラと向き合ったら勝てねェ。だから頭を使って遠距離から銃弾をブチ込む。
ここで問題です。それでは人間以上に頭が良く、加えて現代の武器が一切効かねェ化物相手に、オマエらはどうやって勝つ?」
男の腕が上条に向かって伸ばされる。
おそらく、その手が触れた瞬間、上条はその悲惨だった人生の幕を閉じる事になるのだろう。
一瞬、もうそれでいいか、という考えが頭をよぎる。どうせこれから生き続けても変わらず人を殺し続けていくのだろう。
しかし。
『生きろよ、カミやん。今までクソみたいな人生だったとしても、俺達はほんの十数年しか生きていない。この世全てに絶望するには、まだまだ早すぎると思うぜい』
とある男の言葉が思い出された。
懐かしい、と思った。
いつからだったか、もう思い返す事もしなくなっていた。
昔はその声をかき消すために、誰かを殺して殺して、殺しまくる必要があったというのに。
だが、こうして今でもまだ鮮明に思い出せる事を知って、なぜか口元が緩んだ。
「あァ? なンだ頭イッちまったのか? これから死ぬってのに何笑ってやがる」
「……はぁ。ったく、あのヤロウ」
ガシッと、上条は右手で白髪の男の手首を握った。
あれだけの力を持っているにも関わらず、その手首は驚くほど細いものだった。
だから。
そのまま握り潰し、骨を砕くことも容易だった。
「は…………がっ、ごァァあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ここで初めて、白髪の男は苦痛のこもった大声を上げた。
そして直後、上条の腹に向かって一度だけ強烈な蹴りを叩きこんだ。
「ぐぁぁっ!!!!!」
「ハァ……ハァ……ッ!!!」
上条の口から血がこぼれ、白髪の男の手首を掴む力が緩む。
その瞬間男は思い切りその手を振り払って、ジリジリと後ずさりをした。
男の顔にはずっと貼り付いていた余裕が消えている。
激痛に顔をしかめ、この事実を信じられないといった目で上条を見ていた。
「オマエ……何を……何をしやがった!!!」
「答える……義理は、ねえよ」
息も絶え絶えに、上条は何とか体を動かそうとする。
ここにきてようやくダメージを与えることはできたが、決定打にはならない。
とにかく、少しでも動かないことには状況の打開には繋がらない。
しかしそんな上条の気持ちとは裏腹に、体の方は僅かにしか動いてくれない。
「くっ、そ……!」
「殺す!!! 今すぐ殺してやる!!!」
男が足元の石を蹴り飛ばそうと足を上げる。
また、あのレーザーまがいの攻撃が来る。それが分かっていても上条はまともに動く事ができない。
その時。
「やめて!!!」
今度は上条も男も、目を見開いて動きを止めた。
例の長い黒髪の少女。
彼女が、上条と男の間に入って両腕を広げて立ちふさがっていた。
白髪の男は上げていた足を下ろす。
心の底から理解できないといった、怪訝そうな表情を浮かべている。
「……オマエは一般人だろうが。何そいつを庇ってやがる」
上条もその男と同じ意見だった。
彼女に上条を庇う理由などない。
むしろこのまま上条が死ねば、本来の目的であるレベルアッパーだって手に入るはずだ。
大人しくしていれば危害は加えられない。それは彼女にだって分かっているはずなのに。
少女は震えた声で、
「し、知らない……でも、この人を殺しちゃダメ……!」
「……ちっ、付き合ってらンねェな」
白髪の男は一歩踏み出す。
元々、彼女が立ちふさがろうが関係ないのだろう。
彼女ごと上条を殺すのか、それとも彼女を避けて上条だけを殺せるのか。
そのどちらも十分考えられる。
しかし。
「一方通行(アクセラレータ)、実験開始まで五分を切りました、とミサカは忠告します」
無機質な、機械的な声だった。
といっても、電子音ではなくちゃんとした肉声ではある。だが、感情が一切こもっていないその声には、上条も眉をひそめる。
中学生くらいの女の子だった。
着ている制服は名門常盤台中学の夏服。
そしてそれとは明らかに合っていない、大型の軍用アサルトライフルを担いでいた。
この少女も、どう考えても表の人間ではない。
一方通行と呼ばれた男は、面倒くさそうにそちらに目を向け、
「つってもコイツらどうすンだよ? 素直に退く気もねェみたいだぜ?」
「彼らの今の状態であれば、他の個体数体ほどでこの場から退去させる事が可能です。その際、生命活動を停止させる必要性はありません、とミサカは進言します」
「オマエらには無くても俺にはあるンだよ。このヤロウ、俺の手首を砕きやがった。おいこれ実験に支障あるンじゃねェか?」
「問題ありません。あなたの能力スペックを鑑みて、その程度の負傷では誤差の範囲だというのが樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の判断です。
それよりも、その方は学園都市上層部にも重宝されている殺し屋です。彼を失うことは学園都市にとっても大きな損害であり」
「分かった分かった分かりましたよォ! ならさっさとコイツらどかしやがれ。命拾いしたな三下ァァ!!」
自分は助かったのか。
ぼんやりとした頭でそう思った時には、両側から抱えられるようにして何者かに運ばれていた。
何とか視線だけ動かしてみると、そこに映るのは先程の常盤台の少女と瓜二つの少女達。三つ子なのだろうか。
しかし、それ以上は多くを考えることはできない。
何とか保ってきた意識も次第に限界に達し、視界が徐々に暗くなってくる。
次この目が開かれる時はあるのか、それも分からずに。
暗闇へと落ちていく中で、あの黒髪の少女の声がぼんやりと頭に響いていた。
***
蝉の声がうるさい。
ゆっくりと開かれた目に入ってきたのは、真っ白な天井だった。
これだけで何となく状況は理解できる。自分は病院のベッドに寝ているのだ。
「三日、だよ」
その声に首だけ動かすと、そこにはカエル顔の医者が口元に小さな笑みを浮かべていた。
親しい仲でもないが顔見知りではある。そしてその腕も一応は認めている。
上条はズキズキという鈍い痛みに耐えながら上半身を起こした。
「あんたも命知らずだ。医者のくせに」
「おや? 患者を救う事はそれこそ医者として当然の事だと思うけどね?」
「俺を救うことで他の患者が皆殺しにされたら元も子もねえだろ」
上条はその仕事柄、人の恨みを買いやすい。
だからこそ、こんな一般病院に入院させることがどのくらい危険な事なのか、という話になる。
しかし、医者は相変わらず緊張感のない表情で、
「ははは、大丈夫さ。この病院も見た目の割に中々のセキュリティレベルだよ? そもそも君を狙う連中には、君がここに入院しているという事実すら知り得ないさ」
「……そうですか、この病院吹っ飛ばされてから文句言うなよ」
上条は適当に受け答えると、布団をどかして病院着を脱ぎ始める。
近くにあるハンガーには新品のワイシャツとスラックスがかけてあった。誰かが届けたのだろう。所持していたはずのレベルアッパーもなくなっている。
それと、三日も風呂に入っていない割には体も気持ち悪くない。学園都市の技術があれば、寝ている者の体を綺麗に洗うのも容易な事だ。
医者は眉をひそめて、
「僕としては動くのはオススメしないけどね?」
「もう死にはしねえだろ。あんたの腕なら三日もあれば動けるようにはなる」
「素直に喜べない褒められ方だ。忠告しておくけど、今回の傷は割と洒落になってなかったよ? 次からは気をつける事だ、死なない限りは助ける」
「そりゃどうも。さすが名医のセリフだな」
上条は最後にワイシャツの袖に腕を通すと、足早に扉から出て行こうとする。流石に窓から飛び降りるのは自重した。
頭の中には色々と引っかかる事があった。帰ってからもやる事は多い。
その直後、上条が触れる前に部屋の扉が開かれた。
「どもども、上条さん生きてるー?」
全く予期しない少女の登場に、上条の足が止まった。
もしこれで相手がどこかの暗殺者とかであれば、もう既に殺られているだろう。
長い黒髪に白い花の髪飾り、なぜか心をざわつかせる緊張感の欠片もないその表情。
三日前、路地裏で出会った少女だった。
上条はとりあえず一言。
「……ノックしろよ」
「あー、ごめんごめん、忘れてた」
後ろでカエル顔の医者がやたら嬉しそうな表情をしていることが妙に気に食わなかった。
***
常に様々な事を想定し、予想外の状況というのを潰していく。
そう考えながら生きている上条当麻なのだが、この数十分間における展開は予想外の連続だった。
もしこれが仕事だったら、もう何度死んだのか分からないだろう。
まず、例の少女はなぜか上条にピッタリとついてきた。
青空の下、日差しが強く人通りも多い第七学区を二人並んで歩き、中身の無い話を延々と聞かされ、いつの間にかクレープを買わされるはめになって。
それを美味しそうに頬張りながら、また一度聞いたような話を聞かされて。
極めつけはこの一言だ。
「あ、そうだ。上条さん、ウチ来なよ」
本当のバカだと思った。
ちなみに先程から上条の名前を呼んでいるが、それはカエル顔の医者から聞いたという理由らしい。
対して上条は少女の名前を知らないが、彼女の寮の部屋の前まで来て、ネームプレートに「佐天」とやけに可愛らしい字で書かれているのを見つける。
部屋に通されると、そこは綺麗に整頓された可愛らしい小物が並び、全体的に暖色系で統一された女の子らしい印象を受ける。
といっても、上条にとって女の子の部屋というのは生まれてこの方初めてなのだが。
佐天は苦笑いを浮かべて、
「あはは、そんなに面白いものなんてないってば。じゃあそこら辺に適当に座って。ジュースと紅茶とコーヒーがあるけど、何がいい?」
「……なぁ、お前」
「ん? あ、そうだ、あたしの名前は佐天涙子っていうの。ちゃん付けはやめてよ」
返事の代わりに、上条は素早く立ち上がると、力尽くで部屋にあったベッドに佐天を押し倒した。
彼女は余程驚いたのか、目を丸くするばかりで大した抵抗もしない。
それをいいことに、上条は彼女の上に覆いかぶさるようにして、顔を近づけ低い声を出す。
「分かってんだろうな、お前?」
「へっ……な、ななっ」
目の前の少女は今の状況を理解できずに口をパクパクさせている。
その姿に、どうしようもなくイライラしてしまう上条。
らしくない、とは思う。
こんなどこにでも居る少女の一挙一動に、ここまで感情を動かされる事は不愉快だった。
「会ったばかりの男を部屋に入れるなんていうのは、どうしようもねえ尻軽女のする事だ。だから、これから何されても文句はねえな?」
「なっ……ちょ、ちょっと尻軽って何よ! あ、あたしはまだ、その、えっと…………って中学生に何言わせようとしてんのよ!!」
「…………」
また予想の上を行かれた。
いきなりベッドの上に押し倒してその上に覆いかぶさったにも関わらず、彼女は危機を感じていないのかマイペースを崩さない。
泣き叫ぶまではいかなくても、恐怖で震えて何も話せなくなるくらいまでは考えていた。その上で次の行動も決めていた。
行動が停止してしまった上条に対し、佐天はキョトンとして、
「それで、いつまでこの状態でいればいいのかな?」
「……お前これから何されるか分かってねえのか?」
「んー、普通だったらアレかな、18歳未満はお断りみたいな事、とか?」
「分かっててその余裕かよ……お前やっぱり本当は」
「だから処女だって言ってるじゃん!! あっ、ちょ、何言わせるのよ!!!」
「…………」
「もう……もしかして上条さん、あたしをからかってるの? だとしたらバレバレだよ」
「上条さんがそんな事しないって、あたし分かるし」
上条の目が見開かれる。完全に図星だった。
これはまずい、と頭の中で警告の音が聞こえるようだ。
路地裏の時もそうだったが、上条が彼女を撃たないという事も、彼女を犯さないという事も、全て見透かされていた。
こんな何でもない少女に心を見透かされるというのは、殺し屋として失格だ。それはきっと仕事の様々な場面で問題として出てくる。
大人しく彼女の部屋までついてきたのはこれが目的でもあった。
なぜ、自分の考えを読めたのか。その辺りを聞き出して、対策を講じる必要があった。
上条は一度ゴクリと喉を鳴らして尋ねる。
「……なんで分かった? お前もしかして精神系統の能力者か?」
「違うよ、あたしはレベル0、無能力者でーす。もう、人が気にしてる事ズバッと突かないでよ」
「そうだろうな。精神系統の能力者にしては色々バカすぎる」
「ひどっ!?」
「じゃあ答えろ。なんで俺のことが分かる?」
「うーん……何でも分かるってわけじゃないよ。でも、上条さんがあたしを撃ったり、えっちな事しないっていう事くらいなら分かったよ。その目で」
「……目?」
「うん、三日前、上条さんがあたしに銃を向けて引き金を引く瞬間。上条さんの目が少し変わったの。上手くは言えないけど、なんか優しい感じに。
それで、『あぁ、この人あたしを撃たないで助けてくれるんだな』って。だから、そんな目をしてくれた人を殺されたくはなかった。あたしは上条さんに感謝してるから」
あの時、銃を撃った直後の佐天の目が気に入らなかったのはこういう事だった。
彼女は上条が初めから自分を助けてくれるつもりだったのだと知って、だからこそ感謝のこもったあんな目を向けていたのだ。
今まで上条に対して感謝をする者などは、仕事の依頼者くらいだった。圧倒的に恨みを持っている者の方が多いはずだ。
それでも、自分はまだこんな普通の少女に感謝を言われるような人間であることを知って、胸の中をモヤモヤした何かが漂うのを感じた。
上条は佐天の上から退くと、部屋にあった姿見の前で自分の目を確認する。
「……死んだ魚の目だ」
「あ、あはは……いや、まぁ確かに普段の目つきはあまり良くないけどさ。でも、時々優しい目してるんだって、ホントに!」
「………………」
『気付いてたかにゃー? カミやんって基本目が腐ってるけど、たまーにいい目してる時があるんだぜい?』
まただ、と上条は口元を緩める。
なぜ今頃になってあの男の言葉をこんなにも思い出すのだろうか。
上条には何となく分かってはいたが、それを認めるのも癪なので考えないことにする。
「コーヒーくれ」
「え……あ、りょーかい! 砂糖とミルクは?」
「どっちもなし」
「うっはぁ、ブラックかぁ。なになに、大人アピール? 苦いなら苦いって言ったほうが色々と得だよん?」
「うっせ、ほっとけ」
上条が一言で追い払うと、佐天は何故か楽しげにキッチンに消えていく。
とりあえず上条は部屋に置いてあるちゃぶ台の前に座る。
床のカーペットはよく掃除されている様子で、もしかしたら来客用に頑張ったのかもしれない。
このくらいの年の子であれば、スナック菓子の食べかすなんかが落ちていてもおかしくないと思ったからだ。
少しして、佐天がお盆にコーヒー二つとロールケーキを乗せてやってきた。
「甘いもの大丈夫?」
「別に食えなくはない」
「残念、食べられないっていうなら、あたしが独り占めできたのに」
「お前なぁ……」
上条は呆れつつも、コーヒーに口をつける。
口の中全体に苦味の強い風味が広がり、頭をスッキリさせる。
「とりあえず佐天、一応言っておくが簡単に男を部屋に入れるのはやめろ。俺だから良かったものの、本当にやっちまう奴だっているぞ。
つーか、このくらい少し考えれば分かんだろ、どうなってんだよ最近の中学生は。平和ボケってレベルじゃねえぞ」
「大丈夫だって、あたしだってそのくらいの警戒心はあるよ。上条さんだから入れたんだよ。
…………あれ、今のセリフちょっと上条さんを誘惑してるみたい? あはは、もしかして今上条さんちょっとドキッって」
「すると思うか?」
「ですよねー。まぁでも高一と中一じゃちょっと離れてるよね。あ、なんか最初のノリでタメ語続けちゃってるけど、いいよね?」
「別にいい、どうせ敬語だってろくに使えねえだろ」
「あ、失敬な! あたしの友達に常時敬語の子とかいるから、そこら辺は完璧だよ!」
どうでもいい情報を聞き流しつつ、ロールケーキを一切れ口にする。
……甘い。想像以上に甘い。まるで砂糖の塊を食べているみたいだ。
すぐにブラックコーヒーで中和しようとするのだが、それでも口の中に残る程の強さだ。
しかし、だからといってこれ以上手を付けないという選択肢はない。
なぜなら、それだと目の前の少女が残りを独り占めする事になり、敗北したような気がするからだ。
「……ねぇ上条さん、今なんかすっごく意地の悪い事考えてない?」
「考えてない」
「即答する辺りが怪しいなぁ」
そう言いつつも、聞き出すことは諦めている様子の佐天。
本人は別にロールケーキが甘すぎるというわけでもないらしく、美味しそうに口に運んでいく。
……なんだかどちらにせよ負けた気がする、と上条は首をひねる。
まぁ、いつまでもそんな事を考えていても仕方ない。
とりあえず聞きたいことを早めに聞いておくことにした。
「そんで、お前は俺をここに呼んでどうするつもりなんだ?」
「ん、あたしの友達を助けてほしいの」
「友達って……レベルアッパーを使ったっていう奴等か? つかお前随分冷静になってね?」
「よく考えたんだよ、あたしも。ほら、あれから三日も経ってるしさ」
そう言うと、佐天は手にしていたカップを置いて、上条の事を真っ直ぐ見て話し始める。
「あんな無茶な方法じゃ友達は助けられない。他の友達にも心配かけちゃう。だから、あたしはあたしのやり方であの子達を助けようと思った」
「で、俺を使うっていう結論に辿り着くのかよ。大体、レベルアッパーの現物の方はどうなってんだ?
もしかして俺の持ってたやつを警備員(アンチスキル)に届けたとかじゃねえだろうな」
「ううん、そんな事しないよ。上条さんだって仕事しくじったら結構危ないんじゃないの?」
「あー、ものに寄るな」
やはり彼女は甘い、と考える。
目的を達するためには手段を選ばない。
それだけ聞くとマイナスのイメージが強いようにも思えるが、実際はそのスタンスが一番成功率が高いのだ。
何を捨てて何を取るのか。
その辺りの基準を明確にしなければ、何も得られないことだって多い。
といっても、これは上条の持論であるので、一般人である佐天に当てはめるのは間違いなのかもしれない。
すると佐天は机の上から音楽プレーヤーを取り出す。
「でもね、あたし見つけちゃったんだ。意識不明になった友達の部屋からレベルアッパー!」
「残ってたのかよ、詰めが甘い犯人だな。まさか使ってねえよな?」
「流石に使わないって。でもさ、これ警備員に渡して調べてもらったんだけど、やっぱりこれだけでレベルが上がるとは考えられないらしいんだよね」
「……まぁ普通に考えればそうだな。能力開発ってのはそんな単純なものじゃない。けど、実際に効果は出てるんだろ? それなら」
「でもこれを使ってレベルアップしたとは証明できないの。誰かに使わせるわけにはいかないし……」
「そこら辺のチンピラとっ捕まえて実験台にすればいいだろ」
「そ、そんなのダメだって!」
上条からしてみれば至極当然な考えだったのだが、どうやらこれはマズイらしい。
おそらく人権的な問題なのだろうが、まったくもって面倒な世界だ、と上条は小さく溜息をつく。
「それで、なんで俺なんだよ。後は警備員の仕事なんじゃねえの」
「上条さんって裏の世界とか色々知ってそうだから…………別に風紀委員とか警備員を信じてないっていうわけじゃないんだけどね。
でも、何ていうかこの事件は、そういう人達よりも上条さんの方が適任だと思う。あ、もちろんあたしも精一杯頑張るよ!」
不覚にも佐天の言葉に同意してしまう自分がいた。
この事件、どうも裏にドス黒い何かを感じる。
とても風紀委員や警備員といった表立った治安維持部隊では対処しきれないほどの、大きな何かだ。
しかし、だからといって上条が立ち上がる理由もない。
「……その頼みを受けて、俺に何のメリットがあるんだ? 金でもくれるのか?」
「え、あー、その、お金はそんなに持ってないかなレベル0だし。あっ、だ、だからってカラダで払うとかもダメだから!」
「お前のカラダなんか一銭にもならねえよ。そこらの変態オヤジなら分かんねえけどな」
「ぐっ!!!」
「本気で睨むなよ、こええっての。冗談だ冗談、手伝ってやるよ」
「えっ、本当!?」
上条の言葉が余程予想外だったのか、佐天は身を乗り出して尋ねてくる。
顔全体に安堵の色が広がっており、それだけ信用されているのを喜ぶべきか注意すべきか悩むところだ。
おそらく彼女はこの性格で今までも色々とトラブルに巻き込まれたりしたのだろう。
上条は一度コーヒーに口をつけると、
「一応は命を助けられたからな。お前が居なかったらあの一方通行とかいう奴に殺られてた。その分の働きくらいはしてやってもいい」
「あ、でも、あたしも助けられたし……さ」
「……そういやそうだったか。じゃあこの話はなしだ」
「ええっ!?」
「だったら黙っとけよバカ」
どこまでも正直な少女にペースを乱されつつ、上条は呆れ果てる。
断言できるが、これは佐天一人でどうにかなる問題ではない。
しかし、本来であれば上条にとって、仕事以外の事はほとんど意味を持たないものだ。義理なんかもお互い助け合ったという事でチャラにもできる。
ところが、上条には看過できない問題があった。
それは普通の中学生である佐天涙子に、自分の心の動きなどを僅かにだが読まれているという事だ。
この事はおそらく仕事にも影響してくることであり、無害な少女ならまだいいが、相手が自分と同じような人間だった場合は致命的な事にもなり得る。
だからしばらく彼女と接触して、自分が読まれる理屈を探る。
その為であれば、多少は彼女に協力したところで、極端なマイナスにはならないだろう。
しかし。
(……言い訳くせえな)
なんだか、どうしても建前を作っているようにしか思えない。
上条は無駄なことはしないタイプだ。常に損得を考えて、自分に利益になるように動く。
普段殺し屋の仕事を受けているのも、それによって自分の価値を得ることができ、なおかつ生きていくための金も手に入るからだ。
だが、今回の件はどうだろうか。
今までのその自分の生き方に当てはめて、おかしな所はないだろうか。
そうやって考え込んでいる上条に、佐天がおずおずと話しかける。
「そ、それでさ、あの」
「なんだよ、まだ何かあんのか?」
「うん……その、あたしの頼み事を聞いてもらってる間は、上条さんは本業の方を休んでもらいたいなー、なんて」
「…………はぁ?」
「む、無理……かな?」
「理由を聞かせろ。分かってるとは思うが、俺の仕事は好きな時に有給使えるようなホワイト企業じゃねえ」
「……分かった。あのさ、怒らないで聞いてほしいんだけど、上条さんはまだやり直せると思うんだ」
「…………」
「お、怒らないでって言ったじゃん!」
「怒ってねえよ」
既に色々と言いたいことは出てきたが、それでもまずは佐天の話を聞いてみることにする。
彼女はこちらを伺う様子で、言葉を選びながら話していく。
「あたしは上条さんの事を何も知らない。なんで殺し屋になったのか、今までどうやって生きてきたのか。
でもね、あんな目をできる人なら、きっとあたし達と同じように生きていけると思うの。ごめん、具体的な根拠とかは何もないんだけどさ」
「…………」
「もちろん、あたしにこんな事言われたくないっていうのは分かるよ。あたしは上条さんに比べればずっと幸せな人生を過ごしてきたと思うから。
でも、だからこそ、上条さんだって同じように幸せになってほしいの! 殺し屋とかじゃなくて、もっと、みんなが笑えるような…………」
本当に平和な頭をしている、と上条は思った。お花畑もいい所だ。
こんな言葉はろくに取り合わず、切り捨てる。それが一番の時間の有効活用なのだろう。
だが、そんな事は分かっているはずなのに、上条はその言葉を発することができない。
喉まで出かかっているのは分かるのだが、そこから何か見えない力にせき止められているように。
そして、またあの男の声が頭をよぎる。
『カミやん、世界は一つじゃないんだ。勝手に諦めて他の世界への道を閉ざすと、人生損するぜい?』
上条は心の中で突っ込む。お前は俺の父親か、と。
確か、当時もそんな事を言ったはずだ。それに対して、あの男はやはり気さくに笑っていた。
ここで上条は小さく息を吸い込むと、
「…………まぁ、お前の勘は意外と当たるしな」
「えっ、じゃあ!」
「ちょっと待ってろ」
上条はそう言うと電話を取り出し、一度部屋の外へと出る。
期待はしていない。
ただ、確認するだけしてみるか程度にしか思っていない。
これも上条の中では無駄なことに入るのだろうが、あの少女を黙らせるためと思えばまだ許せる範囲だろう。
上条は佐天の部屋のドアに背中を預け、電話をかける。
三回のコール音で繋がった。
『はい、どういたしました? あなたの怪我のことも考慮して、仕事の方は私で止めてもらっていますが』
「休みくれ、無期限。俺の気が済むまで」
『……五月病にでもかかりましたか? 今は七月ですが』
「はは、分かってる、ちょっと言ってみただけだ」
『まぁ、いいですよ、別に。お好きなだけ休んでください』
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れる。
一瞬自分の聞き間違いとも思ったが、確かに好きなだけ休めと聞こえた気がする。
『ですから、休みがほしいのでしょう? 私の方で何とかしましょう。元々あなたは、今までろくに休みも取らずに働き詰めでしたし』
「おいおい、んな事許されんのかよ」
『本来であればダメですけどね。ですがあなたには私も色々と助けられましたし、特別です。何か思う所もあるのでしょう?』
思わぬ展開に少し黙りこむ上条。
だが、ここまで言ってくれるのだ。ここはありがたく休ませてもらうのがいいのだろう。
上条は清々しい青空を見上げて、
「……少し、な。とにかく助かる、サンキュー」
『……なるほど、なるほど。何となく分かりましたよ』
「ん?」
『いえいえ、一応は人生の先輩ですし、そういう事でしたら応援しますよ。大抵こういう場合は女性かんけ』
言葉の途中だったが、プツリと電話を切る。
この相手は何となく悪い者ではない気がするが、少々余計なことを口にすることがある。
とにかく気を取り直すように頭を振ると、部屋の中へと戻る。外は暑い。
中では佐天が緊張した様子でこちらの様子を伺っていた。
「……しばらく休みをもらった」
「やったあああああああああ!!!」
上条の言葉を聞いた瞬間、それはそれは嬉しそうに立ち上がってガッツポーズをする佐天。
人の事でここまで喜べる者というのも案外珍しいかもしれない。
だが、上条はまだまだ彼女のことをなめていた。
これで上条が本業である殺しをしないで、しかもレベルアッパー事件解決を手伝ってくれる。
彼女にとっても最高の展開だろうし、ここまで上手くいくとも思っていなかっただろう。
ただ、それだけでは終わらなかったのだ。
「それじゃ、新しい布団でも買いに行こっか! あたし、ちょっと奮発しちゃうよ!」
「……布団? ベッドあるじゃねえか」
「えっ!? ちょ、さ、流石に同じベッドっていうのはハードル高いかなぁ……あはは……」
「自分のベッドに寝るのにハードル高いも何もねえだろ。もしかして潔癖症かお前?」
「い、いやいやいや、潔癖とかそういうレベルじゃないって! ほら、男女二人で同じベッドっていうのはさ……」
「男女二人? お前同棲する男とか居るの?」
「え、だから上条さんの事だって。……ていうか、ど、同棲ってなんかちょっと恥ずかしいからやめてよ」
「…………は?」
勝手に頬を染めてモジモジしている佐天に、文字通り目が点になる上条。
とてつもなく嫌な予感がしてきた。
しばらくはあまりにもぶっ飛んだ展開に頭が追いつかない状態ではあったが、だんだんと彼女が何を言っているのか理解してくる。
そしてその内容はあまりにも馬鹿げたもので。
「おい待て、なんか俺がここに住み込むみたいな流れになってる気がするぞ」
「そうだけど?」
「そうだけど、じゃねえ!! いや何なのお前!? いつもこんな感じなの!? 女子中学生こえーなオイ!!
つーか、会ったばかりの、しかも男を部屋に住まわせるとかお前の辞書の中には警戒って言葉がねえのか!!!」
「大丈夫大丈夫、あたし上条さんの事信用してるから」
「そりゃどうも! ……そもそも、俺がここに住み込む必要性はなんだよ。俺だって家無しってわけじゃねえぞ」
「そりゃもちろん、普通の生活に慣れてもらうためだよ。あたし的には上条さんに殺し屋やめてほしいんだから。
ここでまともな生活をして、こっちの方がいいなー、殺し屋なんかもうやりたくないなー、って思ってほしいわけ」
「…………」
もはや清々しいほどのワガママっぷりに、上条はげっそりとした顔しかできない。
しかし、元々彼女が上条に殺し屋の仕事を休ませたのも、できるだけ普通の生活をしてほしいという想いからだったはずだ。
だから、その普通の生活というものをより濃く体験させるのに一緒に住ませるというのは、一応は理にかなっているようにも思える。
目をそらせない問題は色々とあるわけだが。
「あのな、殺し屋ってのはメチャクチャ恨みを買うんだ。この部屋ごと吹っ飛ばされたらお前も死ぬぞ」
「えー、それは嫌だなぁ。上条さんは普段どうやってそういう人達から逃げてるの?」
「家の周りにレーダー装置とか色々置いて……」
「じゃあそれでいいじゃん。解決解決」
「それでも狙われるっていう事実には変わんねえだろ!! どうなってんだよお前の頭!?」
「まぁまぁ、あたしだってここまでのワガママ言ってるんだから、自分の身くらいある程度なら危険に晒してもいいよ。
それでも、あたしは上条さんに普通の生活をしてもらいたいの。ほら、誰かと一緒にご飯とかだって長いこと食べてないんじゃない?」
その通りではあるのだが、素直に頷くのは何か癪だ。
それから少しの間、彼女の目をジッと見るが、相手も負けじと見つめ返してくる。
部屋で男女二人が見つめ合う光景というのは、それだけ聞けば中々ロマンチックなものに思えるのかもしれないが、これは明らかに違う。
両者ともあらん限りの眼力を込めており、もはや睨み合っていると言っていい。漫画なんかではちゃぶ台の上にあるカップにヒビが入りそうだ。
結局、折れたのは上条だった。
「……分かったよ。言っとくが、死んでも知らねえからな」
「それは嫌ですよ、守ってください」
「お前ホントいい根性してんな」
「えへへ」
「褒めてねえ」
尋常じゃなく疲れた。
殺し屋の仕事でも中々感じない精神的疲労に、上条は深い深い溜息をつく。
今でさえこの調子だ。
これから佐天の言う普通の生活とやらを送れば、どれだけ面倒な事になるか。考えるだけでも頭が痛い。
だが、自分には合わないと突っぱねるのは躊躇われた。
別に、いつもニヤニヤと全てを知っているかのようなあの男の言葉が気になっているわけではない。
毎日毎日同じ事の繰り返しに飽きたので、たまには気分を変えてみようと思った、ただそれだけだ。
こっちの生活の方が合っているなどとは全く思わない。
しかし、あえてそういった体験をすることで、普段の殺し屋の生活がいかに自分に適しているのか再確認するのも悪くないだろう。
これを佐天に言えば、おそらく「素直じゃないなぁ」といった言葉が返ってくる。だから彼女には言わない。
それでも、目の前にある彼女のニコニコ顔は、暗に「全部分かってるよ」と言われているようで、妙に居心地が悪かった。
こんな脳天気な中学生に何もかも悟られてたまるか、と上条は決意を新たにする。
「これは非科学的でジンクスみてえなもんだけどよ」
「ん?」
「俺と一緒に居る奴は不幸になるんだぜ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる上条。
こうして冗談のように言っているが、それを気にしていつも一人で居る事にしているのもまた事実だ。
すると、佐天もまた同じような悪どい表情で笑ってみせた。
「ジンクスっていうのはいつか破られるものだよ」
外は快晴、夏の日差しが厳しいお昼頃。
今までずっと暗い場所で生きてきた上条当麻は、ひょんな事から光の当たる世界をお試し体験する事になる。
この一夏の体験は、不幸な少年にどんな変化をもたらすのか。それは誰にも分からない。
ただ、例えそれが悪い方向だとしても。
上条は未知の世界へと足を踏み出した、その事実だけは確かにそこにあった。
726 : VIPに... - 2013/07/07 02:23:48.04 tZPSTBILo 23/23おわり