関連
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【前編】
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【後編】
男「エルフの書物は読めた…後は……」【前編】
~~~~~~
男「」
エルフ少女「」
エルフ奴隷「」ハァ…ハァ…ハァ…
男「…………」
男「……外しくてれたね、奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「っ! ……こんな時に、名前……なんて……!」ポロポロ
男「ごめん……卑怯なのは分かってる」
男「でもボクは……ここで死ねない」
男「ボクが自覚しているボクの罪を償うまでは……死ねないんだ」
男「だから……ありがとう」
男「わざと、外してくれて」
エルフ奴隷「っ! ぐっ!」ダッ
エルフ少女「っ! 奴隷ちゃん!」
男「追いかけて!」
エルフ少女「えっ?」
男「良いから! 絶対……屋敷からは、出さないで!」
エルフ少女「は……はい!」
ダッタッタッタ…
男「…………」
男(……さて……)
男「時間が無くなってきた、か……」
男(早くしないといけない、かな……バレてしまったんだし)
~~~~~~
~~~~~~
エルフ少女(あの後……奴隷ちゃんに追いついて、その手をとった、その後……)
エルフ少女(彼女を落ち着かせ、この屋敷にいてもいいと彼が言っていたことを伝え……泣いてる彼女を部屋へと戻した)
エルフ少女(隙を見て逃げ出してしまうかもしれないけれど……それでもわたしは、彼女が「逃げない」と言ってくれたその言葉を、信じるしかない)
エルフ少女(ずっと傍にいたところで……今はまだ、負担にしかならないだろうから)
エルフ少女「……と、こんなものか」
エルフ少女(そんなわたしはとりあえず、目が覚めたばかりの彼でも飲めるスープを作っていたりする)
エルフ少女(……もうちょっと奴隷ちゃんに気を遣ってあげるべきなのかもしれないけど……)
エルフ少女(かける言葉を持っていないのに傍にいたところで……ね)
エルフ少女(それに……まずは、彼自身からも色々と問いたださないといけない)
エルフ少女(……奴隷ちゃんがどうして彼を襲ったのか……)
エルフ少女(わたしは、あの二人が共通で知っていることを、何も知らない)
エルフ少女(ただ一人の、仲間はずれ)
エルフ少女(だから……)
エルフ少女「……にしても……」
エルフ少女(奴隷ちゃんは本当に料理が上手いんだな……わたしが作ったコレ、あんまりおいしくないや……)
エルフ少女(教えてもらってたはずなのになぁ……何が違うんだろう……)
~~~~~~
コンコン
エルフ少女「失礼します」
エルフ少女(自分の部屋に失礼しますって……なんか変な気分)
エルフ少女「旦那様、スープを作りまし――って」
エルフ少女(いない……)
エルフ少女「一体何処に……って、決まってるか」
テクテクテク…
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
コンコン
エルフ少女「失礼――」
ガチャガチャ…
エルフ少女「――む」
エルフ少女(一丁前に鍵なんて掛けて……)
ジャラ…
…カチャカチャ…
…カチャン
エルフ少女「失礼します!」
バタン!
男「っ!」ビクッ!
男「え、えっと……どうしたの?」
エルフ少女「どうしたもこうしたもありませんケド」
男「あ~……なんか、怒ってるのは分かったよ」
男(ドアを蹴って開けたみたいだし……)
エルフ少女「そりゃ怒りもしますよ」
エルフ少女「病み上がりの癖に目が覚めたらすぐに研究ですか? どれだけ自分の身体を大切にしないんですか」
男「いやぁ~……どうせ体力が切れただけだからね。今となっては万全だよ」
エルフ少女「何が万全ですか何が」
エルフ少女「ご飯、何も食べてないんじゃないですか?」
男「そういえば……そうだった。街に向かう前の朝食から何も食べてないや」
エルフ少女「丸一日みたいなものじゃないですか……」
男「いやぁ~……割りと普通だし」
エルフ少女「だとしても、一度倒れたんですから、食べてください」
男「ん~……でも、急いで色々と仕上げないと……」
エルフ少女「……はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……」
男(……すごい呆れられてる……)
エルフ少女「……だったら、わたしに事情を説明してください」
男「事情……?」
エルフ少女「奴隷ちゃんがどうしてあなたを襲ったのか……その理由、分かっているんですよね?」
男「……まぁ、ね……」
エルフ少女「ですから、その事情全てですよ」
エルフ少女「わたしだけ除け者にされてるのは、イヤですから」
男「…………」
男「……そうだね。教えておくべきか……あの子が教えられる状況でもないしな……」
男「うん、分かった。全部話すよ」
エルフ少女「それじゃ、そのついでにスープを飲んで下さい」
エルフ少女「飲みながらでも、話は出来るでしょう?」
男「ははっ……なるほどね」
男「分かったよ。それじゃあ、食堂に移動しようか」
◇ ◇ ◇
食堂
◇ ◇ ◇
エルフ少女「どうぞ」
コト
男「ありがとう」
エルフ少女「その……奴隷ちゃんが作ったわけじゃないので、あまりおいしくはないですけど……」
男「ん……?」ズズー
男「……いや、十分においしいけど……?」
エルフ少女「そ、そうですか……?」
男「うん」
エルフ少女「それはまぁ……ありがとうございます」
男「いや、お礼を言うのはボクの方だよ。作ってもらったんだからさ」
エルフ少女「あ、でも音を立てて飲んだら行儀が悪いです」
男「あぁ~……いつもみたいに意識してなかったせいか……ごめん」
エルフ少女「それで……事情の方、説明してくださいますか?」
男「ん……そうだな……でも、どこから説明したものか……」
エルフ少女「最初からなんですが……そうですね……とりあえず、どうして奴隷ちゃんは、旦那様に襲い掛かったんですか?」
エルフ少女「旦那様が、人間が戦争に勝つきっかけとなる何か、を作った人らしいというのは分かりましたけど……」
男「ん~……じゃあさ、キミはつい一月半前に終結した、人間とエルフの戦争についてどれぐらい知ってる?」
エルフ少女「どれぐらい……と言われましても……わたしは元々集落の隅っこに住んでましたし……」
エルフ少女「人間が集落を焼きにくるまでは“戦争が起きている”ということぐらいしか分かりませんでした」
エルフ少女「まぁ意図的に、戦力にならない女の子にはそういうのを教えていなかったのかもしれませんが」
男「もしかして、人間が襲った最後の集落に住んでたってことかな……?」
エルフ少女「どうでしょう……ですが、少なくとも最後の方であることは間違いないですね」
エルフ少女(お父さん達と逃げてた期間がどれぐらいか定かじゃないけど……一月は経ってなかったと思うし)
男「……ちなみに、もう一人の方は戦争中はどこにいたのか分かる?」
エルフ少女「つい昨日に聞きましたけど、前線治癒術士です」
男「……なにそれ?」
エルフ少女「そのままです。前線で仲間を治癒する人ですよ」
男「そうか……秘術の特性上、そういうことも出来るのか……」
エルフ少女「でも、それがどうしたんですか?」
男「……ううん、ただどうして、キミはそんなにもボクのことを恨まないのかなぁ、と思ってさ」
エルフ少女「当初は恨んでましたよ。刺すためにナイフを奪ったりしてたじゃないですか」
男「でもそれって、人間全体の中の一部として、だよね? しかも、同胞を救うための最初の手段、として」
男「あくまでも、ボク個人じゃなかったでしょ?」
エルフ少女「まあ……そうですね」
男「ボクが作ったものが使われてたのは、戦争中エルフが押しに押してた時だからね……」
男「前線にいた彼女なら、ボクを恨むのも当然なんだよね」
男「で、後ろにいたキミは、ボクのことをそんなに恨まないのは当然、と……」
エルフ少女「ですから……旦那様は、何を作ったんですか?」
男「…………」
男「……魔法だよ」
エルフ少女「魔法?」
男「そう。エルフが十二年かけて追い詰めた人間を、たった五年で逆転し、勝利に導いた、ただ一つの魔法……」
エルフ少女「……大規模な魔法ですか?」
男「違うよ。むしろ効果は、人間一人にしか及ばない」
男「そもそも大規模戦争用魔法なんて、エルフの秘術使いの前じゃ何の役にも立たなかったからね」
エルフ少女「それじゃあ……その魔法って、なんなんですか?」
男「一言で言うと、失敗作」
エルフ少女「失敗……?」
男「……エルフってさ、秘術で身体能力を向上させられるよね? 日常生活においては人間より非力で足も遅いのに、秘術を用いれば人間の倍ほどには強くなれるってやつ」
エルフ少女「……なんの話ですか? 話、逸らそうとしてません?」
男「ボクが作った失敗作の話だし、本筋に入ろうとしてるよ」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、そうですね。わたしはまだ倍ほどには強くなれませんが、精霊を身体に、局地的に集めることで、その身体能力を向上させることが出来ます」
男「でも、魔法ではそれが出来ない。魔力がそもそも、自分の体内にある体力がベースだからね」
男「体力を局地的に集めたところで――例えそれが魔力に変換されたものだったとしても、集めたところで、身体能力なんて上がりっこない」
男「自分のものを自分の中で移動させただけなんだからね」
男「だからボクはこう考えたんだ」
男「ならば、他人の魔力を体内に入れれば、身体能力が上がるのではないか、と」
男「以前、少しだけ言ったことだけど、他人の魔力を身体に入れたらどうなるのかってのは、基本的には分からないんだ」
男「いや、当時は全く分かっていなかった」
男「だからこそ可能だとボクは思った」
男「そのための魔法術式も編んだ」
男「体内に正常に術式を発動させるためにどうすればいいのかを考え、水の中に術式を入れれば良いことも思いついた」
男「それを飲めば、術式が発動し、体内に他人の魔力が溢れ、身体能力が向上する」
男「そういう意図があってのものだった」
男「……けれど、現実はそうもいかなかった」
エルフ少女「…………」
男「もうその時は、人間も戦争に負けそうでね。自分からけしかけて、三年間だけ優位に立ててた驕りもあったんだろうけど……」
男「本当、たった十二年でその全てを奪われ、逆にエルフの二倍はあった土地全てを奪われるなんてね……」
男「まぁ、エルフは長寿だからね……時間間隔が人間とは違って、遅かったんだと思う」
男「本腰を入れた、とは、正にあの時だろうね。人間がエルフを殺せていなかったとはいえ、大量に傷をつけてはいたんだから。三年もの間」
男「……で、まぁそんな訳で、ボクの作ったソレは、すぐさま実戦投入が決定した」
男「時間が無かったのが大きな理由だけど……それ以上にその時は、失敗だったとしても何も起きないだけだろう、と思われていたからね」
男「それでまぁ……結果は、見るも無残」
男「想定していた失敗を遥かに超える失敗だった」
男「もっとも、失敗と思ったのはボクだけで……全ての軍や貴族は大成功だと言ってたけどね……」
エルフ少女「…………」
男「…………」
エルフ少女「……何が、起きたんです?」
男「……暴走したんだよ、人間が」
エルフ少女「暴走……?」
男「人が、じゃない。人間という種族そのものが、だ」
男「身体が盛り上がったりした訳じゃない。人間の姿形はそのままだった」
男「ただ、理性という理性全てが、消し飛んだんだ」
エルフ少女「…………」
男「それの何が怖いのか分からないとは思う。ボクだって、説明を聞いただけじゃ何も怖いとは思わない」
男「アレはただ、見たものだけを恐怖に陥れる存在だった」
男「秘術で強化していたエルフを物ともしない身体能力の高さ」
男「人間の鎧や盾を素手で殴り壊す力」
男「あらゆる方向からの攻撃をあっさりと避けてしまう速度と反応性」
男「魔法も秘術も剣も槍も矢も、その全てを受けても平気が動き回る痛覚の無さ……」
エルフ少女「…………」
男「……実験第一号となった一兵士……彼はその実戦において、味方の――人間の兵士に殺された」
エルフ少女「…………」
男「何人エルフを殺して何人味方を殺したのか……そのデータはさすがにボクも知らないけど……ただ、双方の死体が多く作られていった」
男「なんせその時だけは、エルフと共同でそいつの討伐にあたったぐらいだし」
エルフ少女「えっ……」
男「……人間一人を殺すのに、敵対していた両軍全ての兵が、共同で立ち向かったんだよ?」
男「それも、討伐という名目で。まるで伝承の中にある魔物を相手にしているみたいじゃない?」
男「だからこそ、ソレの異常性がどれほどのものか……」
エルフ少女「…………」ゴク
男「……まぁ、こうして話を聞くより、実際に見た方が早いんだろうけど……もうあんなのは、見たくないな……」
エルフ少女「……旦那様も、その戦いを見ていたのですか?」
男「見ていた、ところじゃないよ。ボクが作ったものだから、ボクも戦いに参加した」
男「生き残れたのが奇跡に近かったよ」
エルフ少女「…………」
男「……まぁ、そんなこんなで……周りは大成功と称えたその実験のその次から、実戦にはその薬を持った兵一人が投入されるようになった」
男「その実験に至るまでにほとんどの兵士が戦争で死んでいたし、何より、その実験が決定打だったからね……実力や実戦経験のある人間の兵士は、もう一握りぐらいしかいなかったんじゃないかな」
エルフ少女「……それじゃあもしかして、人間は……一人を殺すことで一つの戦いに勝ってきた……ってことですか?」
男「全部が、ってわけでもないけどね。さっき言った一握りが戦いに赴くこともあったし」
男「あくまで、エルフの数が多い戦争だけに絞られて、その戦術は使われたんだよ」
男「……戦術なんて、高尚なものでもないけどね……」
エルフ少女「…………」
男「それに……何も、一人を殺してばかりでもなかった」
男「作った責任として……ちゃんと、無力化する魔法は作ったよ」
男「無力化……というより、身体の中に入れた魔力を強制的に封じ込めて、あとはその身体自体の時間を遅らせる、なんて無茶な方法なんだけどね」
男「調理場にある煤がつかないようになる結界も、例の時間が遅くなる木箱も、その時の副産物」
男「……まぁ、それが出来るまでに、十人ほどにはなんの準備がされず使われて、そのまま死んでいってしまったけどね……」
エルフ少女「……それが、旦那様の言う、罪ですか……?」
男「うん」
エルフ少女「……ならもしかして、旦那様が研究しているものとは……」
男「そう……そうして無力化されて、魔法を何重にもかけて、その中で眠らせ続けているその人たちを、元に戻すことだよ」
男「秘術が体内にも干渉できると気付けたのは、戦争が終わる約二年前」
男「その時までは強化でしか用いられないと思っていたけど、捕虜となったエルフからそのことを聞いて……ボクの研究は、スタートした」
男「それまでは、魔法でどうにかしようと躍起になっていたボクにとっては……困難を極めたけど……ここまでこれた」
男「秘術を、擬似的とはいえ使えるようになれた」
男「だから後は、体内に呑み込ませてしまった魔力をどうやって除去するのか、どうやって精霊に頼むのかの解析だけだった」
男「んだけど……そのヒントにと用意していた昔の資料を――」
エルフ少女「出しっぱなしにしてしまっていたから、読まれてしまった……」
男「――……ま、そうだね。ボクの不注意以外の何物でもないよ」
エルフ少女「…………」
男「本当は……知られないうちに、全てを終わらせたかったんだけどね……」
エルフ少女「……その、旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「その……こんなこと、わたしが頼むことじゃないのかもしれないのですが……」
男「…………」
エルフ少女「奴隷ちゃんを、責めないであげて下さい」
エルフ少女「その話を聞いて勝手に思ったことなんですが……」
エルフ少女「奴隷ちゃん、きっと動揺しているだけなんです」
エルフ少女「旦那様のことを信用していたから、その信用していた人が、自分達エルフの敗北を作り出した人だってことに、驚いているだけで……」
エルフ少女「別に、ソレを作った旦那様自身を恨んでなんて、いないと思うんです」
エルフ少女「だって、作った人よりも、使った人の方が悪いと思うんです」
エルフ少女「作った人が後悔しているなら……尚更……」
エルフ少女「それに奴隷ちゃんなら、旦那様がソレを作って後悔して、そのために研究を繰り返してきていたことぐらい、気付いているはずなんです」
エルフ少女「いえ、今はまだ気付いていないかもしれませんが……ただ、普段の彼女なら、気付けるはずなんです。ただ本当に、動揺しただけなんです」
エルフ少女「奴隷ちゃん、前線で同胞を治療する役割の人だから……きっと自分のせいで全滅させてしまった、って、責任感じてて……」
エルフ少女「その原因である始まりが旦那様だって知って、同胞の仇も取りたいし、けれども、支えてくれている人だから、殺したくないしで……色々と、こんがらがっちゃって……」
エルフ少女「それで、支えてくれていたものが、崩れるかもしれないからって……あんなことに……」
エルフ少女「支えてくれているままが良いからって、確認したかっただけなのに……色々と、おかしなことになっただけで……」
エルフ少女「だから……お願いします」ペコ
エルフ少女「どうか彼女を、見捨てないであげて下さい」
男「…………」
男「……顔を上げてよ」
男「ボクだって、それぐらい気付いているからさ」
エルフ少女「えっ?」パッ
男「……彼女、秘術が少しだけとはいえ、使えるようになったんだよね?」
エルフ少女「え……はい」
男「それなのに、真っ先にボクを殺さなかった」
男「どれぐらい力が戻っているかは分からないけど、前線で戦ってたあの子なら余裕だろうに……殺さなかった」
男「キミの言う、支えであるところのボクが、支えのままであって欲しかったから」
男「……ボクは、彼女に想われているんだね……」
男「もし心底恨んでいたら、それこそ何の問いかけも躊躇いもなく、あっさりと殺しただろうしね」
エルフ少女「…………」
男「それにまぁ、彼女が聡いことはボクも知ってるしね」
男「今気付いていないのは動揺のせいだってのも、何となく分かるよ」
エルフ少女「それじゃ……」
男「恨むなんてとんでもないよ」
男「むしろ彼女は、ボクのことを大切に想ってくれている」
男「そのことを今回で気付けた」
男「真っ先に殺さないことで、示してくれた」
男「なら、責める理由も見捨てる理由も、どこにもないよ」
男「最近は、精神的に安定しているように見えていたけど……彼女の精神は、いつも不安定だった」
男「いや、安定だった時期なんて、その実無かったのかもしれない」
男「ボクと同胞への仇、あとは人間への復讐心……その三つだけで、安定しているように錯覚していただけで……」
男「それが全部、同時にぐらいついたんだ」
男「そりゃ……ああもなるさ」
エルフ少女「…………」
男「そもそも精神なんて、そういうことを考えていない状態を指して――いくつもの支えの中に大小があるだけになって、ようやく安定しているって言えるのにね……」
男「……まぁでも、ボクが彼女を擬似的にとはいえ安定させている一因になっていたのなら……それはとても、嬉しいことなんだけどね」
男「ま、ともかく……これで疑問は解決したかな?」
エルフ少女「……はい」
男「そっか。それじゃあボクは、自分の部屋に戻るよ」
男「スープ、ごちそうさま」
エルフ少女「あ、いえ。ありがとうございました」
男「お礼を言うのはボクの方だよ。おいしい料理を作ってもらったんだからね」
エルフ少女「でも、お話を聞かせてくれました」
男「ははっ。いやでも、キミを仲間はずれには出来ないから、当然のことだよ」
男「こうならなくても、いずれは話すつもりだったし」
エルフ少女「それでも、ありがとうございます」
男「いや……まぁ、キリ無いな。これじゃ」
男「……ごちそうさま」
テクテクテク…
男「……っと、そうだ」
エルフ少女「はい?」
男「ソレを片付けたら、またボクの部屋に来てくれる?」
エルフ少女「はい?」
男「少し、調べたいことと、やっておきたいことがあるからさ」
エルフ少女「?」
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
エルフ少女「……それで、試したいことってなんですか?」
男「ちょっと、その首輪を見せてくれない?」
エルフ少女「見せて……と言われましても……外れませんし」
男「いやいや、そうじゃなくて」
エルフ少女「え?」
男「近くで見せてってこと」スッ
エルフ少女「あっ……」///
エルフ少女(ちょっ……顔近い……!)///
男「……ん~……」
エルフ少女「ひぁっ……!」
エルフ少女(い、息が首筋に……!!)///
男「…………」
エルフ少女「っ……!」プルプル…///
エルフ少女「ちょっ……! まだですか……っ!」///
男「ああ……ごめん」スッ
エルフ少女「ほっ……」
男「それじゃあ次は、後ろ向いてくれる?」
エルフ少女「えっ……? ……まぁ、はい……」サッ
男「…………」
エルフ少女(また首元ばかり見てくる……)
男「…………」
エルフ少女「その……そんなに見て、何か分かるんですか……?」
男「…………うん」
男「この辺り……かな」サッサッサッ…
キィィィン…
エルフ少女「っ!? えっ!?」
男「あ~……そんなに驚かなくて良いよ」
男「ちょっと、術式の粗を見つけてね」
エルフ少女「粗……?」
男「中途半端な魔法道具(マジックアイテム)っていうのは、術式がしっかりと入ってなかったりするもんなんだよ。そのしっかりしていない部分こそが“粗”」
男「ボクの水に術式を施す方法だって、実際は粗ばかりだしね」サッサッサッ…
男「完璧な魔法道具(マジックアイテム)っていうのは、この粗がないものを言うんだけどね」ササッサッ…
エルフ少女「はぁ……それで、その粗を見つけてどうするんですか?」
男「ここを起点に術式を解析して……秘術を使えるようにする」…サッ…ササッ…
エルフ少女「え……?」
男「今まで、この首輪が秘術を阻害しているなんて知らなかったけど……ソレを知ったらやっぱり、解析して、使えるようにしておいた方が何かと良いかと思ってね」サササッ…サッサッ…
エルフ少女「でも、そんなことをすれば、相手に色々とバレるんじゃ……」
男「だからバレないように、わざわざ術式の粗を見つけて、その知らせる部分だけをイジくらずに、秘術を使えるように改良しようとしてるんだ……よ……っと……コレかな……」
エルフ少女「え……?」
男「ん~……どうもコレっぽいね……」
エルフ少女「……もう見つけたんですか……?」
男「うん」
エルフ少女「……魔法道具(マジックアイテム)って、そんなにあっさりと解析できるもんなんですか?」
男「あっさりと解析されたら元も子も無いから、基本的に使い捨てのものでもない限りは、かなり厳重に粗を隠していたりするもんなんだよ」
男「現にコレだって結構複雑だったしね……粗を見つけるのにかなり集中しちゃったし」
エルフ少女(かなり集中した、ってだけで見つけられるものなの……? そういうのって……)
男「完璧な魔法道具(マジックアイテム)を作るなら、この解析されるキッカケとも言える粗が見つかっちゃいけない」
男「だから魔法道具(マジックアイテム)に編みこむ術式の構成にはm年単位での時間をかけたりするんだ」
男「でもこれに、その様子は無い」
男「たぶん、エルフの奴隷制度が決まってから急いで作り上げたものなんだと思う」
男「解析されないと踏んでいたか、それとも後に改良するつもりだったのかは知らないけどね」
エルフ少女「はぁ……」
男「にしても……この術式は……」
エルフ少女「……どうかしたんですか? もしかして、解除すれば何か面倒なことに……」
男「いや……それは無いよ」
男「むしろ、魔法を使わせないようにする術式と、居場所を知らせる術式は別個のものになってる」
男「ただ、それらを発動させ続けるための魔力供給方法が……ね……」
エルフ少女「? 何なんですか?」
男「……魔法道具(マジックアイテム)というのは、物に術式を編みこみ、その物に魔力を送ることで術式を発動させる」
男「それは前にも言ったけど……逆に言えば、魔力が無くなれば術式が発動しない、ってことでもある」
エルフ少女「それは……前にも聞きましたけど……」
男「それじゃあ逆に聞くけど、キミって自分で魔力を作り出せる?」
エルフ少女「そんなの無理ですよ。確か魔法は学問だと言ったのも旦那様でしたよね? わたしはそんな方法学んでないから無理に決まって……」
エルフ少女「……………………え?」
男「そう」
男「エルフにこの首輪をつけたところで、最初の魔力が無くなれば、本来はこの二つの術式の効力が無効化されるはずなんだ」
男「だってエルフが魔力を作り出せる方法なんて、知るはずも無いんだから」
男「自動で体力を魔力に変換し続ける術式は確かに存在する」
男「でもそれはあくまで、自分で一度でも体力から魔力を生み出せた人でないと出来ないことなんだ」
男「道が開いていない場所に水を流すことなんて出来ない」
男「まずは自分で道を作らないと川は作れない。ただ水を流すだけじゃ、溢れていくだけで溜まってはいかない。それと一緒だよ」
エルフ少女(……相変わらず説明がよく分からない……)
男「ん?」
エルフ少女「いえ。ただわたしはずっと、精霊との会話を阻害されていましたよ? ということは、この首輪の術式は発動し続けていた、ってことですよね」
男「そうだね」
男「そしてその肝こそが、この編み込まれている魔力供給方法さ」
男「精霊との伝達を阻害されているのも、魔力の供給無しで二つの術式が発動し続けるのもね」
エルフ少女「……?」
男「……本当、驚いたよ」
男「まさかボクよりも先に、精霊との接触に成功している術式があったとはね」
男「しかも、こんな身近に」
男「……きっと、アイツだろうな……優秀だったし」ボソ
エルフ少女「えっ?」
男「いや、なんでも」
男「この魔力供給の術式、精霊を利用したものなんだ」
エルフ少女「精霊を……?」
男「そう」
男「ただ編みこんだ本人は、たぶん秘術の元でもある精霊を用いているとは認識して無いだろうけどね」
男「大雑把に説明すると、この首輪自身に人間でいうところの魔力をずっと一定量供給し続けて欲しい、って精霊に頼み続けている術式なんだ。これって」
男「魔法を使わせないようにする術式は至って単純。魔力が作られてもすぐさま外部へと拡散するように術式が組まれている」
男「こうしたら、例え体力を魔力に変換しても、すぐさまその魔力が無くなるからね。そうなると、魔法を使うことは出来ない」
男「居場所を知らせる術式は……まぁ、説明しなくてもいいか」
男「そういう術式が入っている、って認識で十分だし」
男「ただ、その双方共に、発動し続ける必要がある」
男「そしてそのためには、最低限度の魔力が常に必要なんだ」
男「その最低限必要な魔力というのが……」
エルフ少女「精霊を使った方法……ってこと、ですか……」
男「いつ魔力が作られてもすぐさま拡散できるよう準備しておく魔力と……」
男「外された際すぐさま対象者に知らせがいくために準備しておく魔力……」
男「何より、常に居場所を教え続ける魔力……」
男「それらのために、精霊が使われていたってこと」
男「その魔力のために、常に精霊へと声を送り続けているものが首輪という形で近くにあったせいで……」
エルフ少女「……精霊とわたし達エルフとの伝達が、上手くいかなかった……」
男「そういうこと」
男「言ってしまえば、五月蝿い環境の中でも必死に声を上げ続けてるようなものだからね」
エルフ少女「……でもそれで、どうしてこの術式を作った人が、精霊を利用していないと分かったんですか?」
男「……まぁ、作った人にアテがあるからだよ」
男「彼は、秘術や精霊について調べていたようでもなかったからね」
男「あくまでも、魔法を極めていこうとしていた人だったから」
エルフ少女「…………」
男「……大方、少量とはいえ外部から体力の消耗無しで魔力を得る方法が見つかった、という認識しかしてないと思う」
エルフ少女「それって……旦那様を買ってくれた人……とか?」
男「まさか。ボクを買ってくれた人は、ボクの失敗作での実験で死んじゃったよ」
エルフ少女「あ……」
男「そんな気まずそうな顔しないで。自業自得なんだから」
エルフ少女「……すいません」
男「謝る必要も無いんだけどね……」
男「……ま、話を戻すと、この術式を作ったアテっていうのは、ボクがその失敗作を作り出した後に、ボクと同じ宮廷魔法使いになった子だよ」
男「ボクを慕ってくれた……後輩さ」
エルフ少女「宮廷魔法使い……って、名前からして凄そうですけど……」
男「国のために魔法を作り出すだけの存在だよ」
男「人数に制限はないけれども基本は少数。今は多分、もうその彼しか残っていないと思う」
男「……ま、戦争が始まれば時たま前線にも送り出されるし……戦争用の魔法を研究させられるし……それ以外の時は国民のための魔法を考えさせられるし……色々と、都合のいい存在、みたいなものだよ」
エルフ少女「…………」
男「……ともかく、この術式は色々と参考になりそうだな……」
男「後輩が作ったものを参考にするのも先輩としてどうかと思うけど……ま、この際そんなこと言ってられないか」
男「……それじゃ、このあたりの術式、全て書き換えようか。もう全部覚えたし」
エルフ少女「え? もうですか?」
男「うん。記憶力には自信があるしね。たぶん大丈夫」
男「これでもう少し、精霊との会話をするためのあの魔法を、簡単に作り出せそうだよ」
エルフ少女「はぁ……」
男「あっ、そうだ」サッサッサ…
エルフ少女「はい?」
男「良かったら、コレが終わったらもう一人の子、呼んできてくれない?」サササッ…サッサ…
エルフ少女「え?」
男「彼女にも、同じことをしておきたいからね」サッ……サッ…サッサッ…
エルフ少女「はぁ……」
エルフ少女「……でも、秘術を使えるようにして、どうするつもりなんですか……?」
男「どうするつもりも何も、守ってもらうんだよ」サササッ…
エルフ少女「守る……? 旦那様をですか?」
男「違うよ」
エルフ少女「じゃあ、誰を守れば良いんですか?」
男「あの街にいるエルフと、この屋敷だよ」
エルフ少女「えっ?」
キィィィィ…ピィン!
男「よしっ……完了……っと」
エルフ少女「あ……」
男「どう? 精霊との会話は」
エルフ少女「確かに……昔みたいに、接触できる感覚が……いえむしろ、前よりも良くなってるような……」
男「雑音が無くなったようなものだからね」
男「それとももしかしたら、制御されていた頃より、実際に能力が上がっているのかも」
エルフ少女「なるほど……」
男「それじゃ、彼女、呼んで来てちょうだい」
男「キミは……そうだね……その感覚を取り戻すのに、専念しておいて欲しいかな」
男「時期がくれば、ちゃんと説明するから……それまでの間に、さ」
エルフ少女「でも……」
男「何よりキミ自身、実はいち早く試してみたいでしょ? 自分が元々使えていた秘術を」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……本当に、後で説明してくれるんですよね?」
男「もちろん」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………分かりました」
エルフ少女「なら、奴隷ちゃんを呼んできますね」
男「お願い」
~~~~~~
コンコン
エルフ奴隷「失礼します」
キィ…
男「どうも、よく来てくれたね」
エルフ奴隷「…………」
男「……ま、気まずいのはよく分かるよ」
男「ただまぁ、ボクのお願いをきいてくれないかな?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………なんでしょうか?」
男「とりあえず、服を脱いでみてくれない?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………え?」
…パタン
エルフ奴隷「えっ……? えっ? ……えっ!?」
男「いやだから、服を脱いでって」
エルフ奴隷「えと……えと……どうして、ですか……?」
男「見たいから」
エルフ奴隷「み、見たいって……!」///
エルフ奴隷「わ、私のを見たって、何も無いですよ……」///
男「いや、そんなことはないよ、本当に」
エルフ奴隷「そ、そんなことが……あるんです……」ギュッ///
男(……? 自分の身体を抱きしめて……どうしたんだろ……)
エルフ奴隷「そ……それに、急にどうしたんですか?」///
エルフ奴隷「い、今までそんなこと……言ってこなかったじゃないですかっ」///
エルフ奴隷「わ、私が……最初にこの屋敷に来た時だって……そうでしたし……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……それとも……今までのは、こういうことをするための準備期間なもので……」
エルフ奴隷「それが、全て無駄に終わりそうだから……立場を利用して……無理矢理に……とか……ですか……?」
男「……? 準備期間……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……いえ、良いんです」
エルフ奴隷「分かりました……脱ぎ……ますね……?」
男「うん、お願い」
シュル…
…………
…パサ
エルフ奴隷「…………ぁぅ」///
エルフ奴隷(恥ずかしい……胸も……無いし……)///
エルフ奴隷(昔は平気だったはずなんですけど……今はなんか……とても、熱い……顔も、絶対に赤いし……)///
エルフ奴隷(そう言えば結局、胸は大きくなくても良かったのでしょうか……)///
エルフ奴隷(いえ、大きい方がいいと言われましても、残念ながら、どうすることも……できないんですが……)///
…スッ
男「あ、肌着は良いよ」
エルフ奴隷「え……? えと……はい……」オドオド///
男「…………」ジ~
エルフ奴隷「…………ぅぅ」モジモジ///
エルフ奴隷(見られてます……あまり、見られたくは無いのですが……)///
エルフ奴隷(いえ……でも……ここから先は、これ以上も見られて……)///
エルフ奴隷(さ、触られたりも……して……!)///
男「…………」スッ
エルフ奴隷(あ……こ、こっちに……!)///
エルフ奴隷(つ、ついに……)///
男「…………」ピタ
エルフ奴隷(ち、近い……! め、めの、めの、めの……目の前に……っ!)///
エルフ奴隷(お、おかしいです……! 地下にいる時も、出たばかりの時も、こんなにはならなかったはずですのに……)///
エルフ奴隷(い、いつからこんな……生娘みたいな反応を……私は……!)///
エルフ奴隷(今までだって、沢山の人間に見られて……)///
エルフ奴隷(触れられてこられたはずですのに……!)///
男「…………」
エルフ奴隷(彼の前では……何故か……羞恥心が……!)///
エルフ奴隷(同じ……同じ……おなじ…………)//…
エルフ奴隷(……………………)
エルフ奴隷(…………そう……同じ、敵として打つべき、人間のはずなのに……)
エルフ奴隷(どうして……彼にこうして見られているだけで……)
エルフ奴隷(こんなに……羞恥心と一緒に……もっと見られても良いだなんて……触れて欲しいだなんて……)
エルフ奴隷(はしたない感情まで……抱いて、しまうのでしょう……)
エルフ奴隷(嫌悪感しか抱かなかった……)
エルフ奴隷(あれら人間と……同じ……はずなのに……)
男「……うん」
男「大分、身体の肉付きが良くなってるね」
エルフ奴隷「へ……?」
男「珍しいね、そんな間の抜けた声を上げるなんて」
エルフ奴隷「……っ」カァッ///
男「さっきまで顔色が戻ってたのに、また赤くなっちゃったね」
エルフ奴隷「そ、そんなことよりも……その……肉付き、というのは……?」///
エルフ奴隷「私、そんなに肉付き、良くないですよ……?」ムネペタペタ///
男「いやまぁ、確かにそうだけど」
エルフ奴隷「あう……」
男「……? 痩せすぎてるってのは、エルフにとってマイナスなことなの……?」
エルフ奴隷「そ、そんなことはありませんが……ですがキッパリと……その……」
エルフ奴隷「胸が無いと……」ボソ
エルフ奴隷「そう言われると……さすがに……」
男「? 途中が早口で聞こえなかったけど……」
男「まぁボクが言いたいのは、あの地下にいる頃よりも肉付きが良くなって良かった、ってことだよ」
エルフ奴隷「え……?」
男「あの薄暗いところで見えていたキミの胸部の下とか、骨格が浮き彫りになって見えていたけど……今はそんなに目立たなくなったよね」
エルフ奴隷「……私自身は、よく分かりませんが……」
男「あの時以来見ていなかったボクは分かるよ」
男「本当、健康になってきてくれて良かった」
エルフ奴隷「はぁ……」
男「……それにしても……」スッ
ピタ
エルフ奴隷「ひやっ……!!」バッ///
男「あ、ごめん! 急に触ったりして……」
エルフ奴隷「い、いえ……」///
エルフ奴隷(お腹……指先で撫でられた……。……こそばゆい……)///
男「ただ……あの薄暗い中で初めてキミを見たときには気付かなかったけど……」
男「身体中に、傷があったからさ……」
エルフ奴隷「あ……」
エルフ奴隷「……すいません。見苦しいですよね?」
男「ううん。そうじゃないよ」
男「そうじゃなくて……これ、戦争でついた傷じゃないよね?」
エルフ奴隷「…………」
男「……正直に、答えて欲しい……」
エルフ奴隷「……はい」
エルフ奴隷「私達エルフは、傷口も残らず、治癒することも出来ますから」
エルフ奴隷「だからコレは……あの地下で負わされた……傷……」
エルフ奴隷「……あそこでも、満足に秘術が使えませんでしたから」
男「……ごめん」
エルフ奴隷「……謝らないで下さい」
エルフ奴隷「ご主人さまは、悪くないんですから」
男「でも……」
エルフ奴隷「今朝のは、私の暴走です。ご主人さまは悪くありません」
エルフ奴隷「ですから、謝るのは私なんです」
エルフ奴隷「すいません」
男「それこそ謝らないで」
男「同じ人間としてその傷を負わせたんだか――」
エルフ奴隷「止めて下さい」
男「――え?」
エルフ奴隷「そこで謝られると、こんなことをした奴等と同じだと、ご主人さんが認めてしまうことになります」
エルフ奴隷「私は……出来れば、あんなのとご主人さまが一緒だと、認めたくないんです」
男「…………」
エルフ奴隷「ですから、謝らないで下さい」
エルフ奴隷「これから、ご主人さま自身が、私にこのような傷をつけることをしないと誓ってくれるなら……」
エルフ奴隷「それだけで私は……満足ですから」
男「……………………」
男「……分かった」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
男「……もう、大丈夫みたいだね」
エルフ奴隷「……部屋で、一人きりにしてくれましたから」
エルフ奴隷「そうなったら私だって……自分一人が暴走してしまったことぐらい……分かりますよ」
男「……それじゃあもう、落ち着いたの?」
エルフ奴隷「……今のところは、ですよ」
エルフ奴隷「また、何かのキッカケで、同じことをしてしまうかもしれません」
エルフ奴隷「また、ご主人さまを……襲ってしまうかも……しれません……」
男「…………」
エルフ奴隷「ただ……そうなりたくないとは思いますけれど、ね」
男「……ありがとう」
エルフ奴隷「え?」
男「ボクを、想ってくれて……ね」
エルフ奴隷「……襲った私にお礼を言うだなんて、おかしいですよ」
男「キミこそ、沢山の同胞を殺した元凶を許してくれたじゃないか」
エルフ奴隷「ご主人さまは、悔いていてくれてましたから。それに気付けていなかった私が、悪いだけです」
男「ボクだって、ああして踏み止まってくれた事にお礼を言うのは、当然じゃない……?」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」
エルフ奴隷「……分かりました。この話は、これで終わりにしましょう」
エルフ奴隷「次は……また、私が暴走したときにでも」
男「なら……一生来ないかもしれないね」
エルフ奴隷「さあ……どうでしょう?」
男「そうあるようにしてくれるんだよね? なら、大丈夫だよ」クス
エルフ奴隷「ふふっ……信じてくれて、ありがとうございます」
男「それじゃあ、もう服着ても良いよ」
エルフ奴隷「えっ……?」
男「ん? どうかした?」
エルフ奴隷「いえ、別に……」
男「そう……?」
エルフ奴隷(何故かちょっと、残念だと思ってしまいました……いえ、それよりも――)
エルフ奴隷「――……ただ、服を脱がせたのは、私の状態を確認するため……だったんですか?」
男「うん。それが大きな理由」
エルフ奴隷「……では、小さな理由というのは……?」
男「今朝の出来事で気まずくなってるのを解消するキッカケ、かな」
エルフ奴隷「キッカケ……ですか」
男「うん」
男「聡いキミなら、もう既に自分の中で色々と結論を出してくれてると思っていたからね」
男「ただ、何かキッカケがないと、こうしてまともに話すことも出来なかったと思うしさ」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷(ちょっと……そんな理由でショックを受けている自分がいる……ショックを受ける理由なんて無いはずですのに……)
エルフ奴隷(……本当、どうしたんでしょうか……私は)
男「?」
エルフ奴隷「いえ、そんな首を傾げられましても……そんな理由で女性の裸を見てきた、って理由に、少し不服があるだけですよ」
男「あ~……確かにそうだね。ごめん」
男「やっぱり、大きな理由だけで済ませておくべきだったよね」
エルフ奴隷「そういう問題でも……」
エルフ奴隷「いえ、まぁでも、おかげで私も、欲しいと思っていた謝るキッカケをあっさりと得られたので……別に良いです」
エルフ奴隷(もしキッカケが無ければ……確かに互いに、気まずいままでしたでしょうしね……)
エルフ奴隷(……その方が、何故か辛く感じますし……今の私は)
エルフ奴隷「ですので余剰した分は、あの暴走のバツなんだとでも、思うことにしますよ」
…………
…キュ
エルフ奴隷「……っと」
エルフ奴隷「では、服も着終わりましたので、これで――」
男「ああ、いや。ちょっと待って」
エルフ奴隷「はい?」
男「首輪、後ろを向いて見せてくれる?」
エルフ奴隷「はぁ……」
男「既にもう一人の方には施したんだけどね……」サッサッサッ…
キィィィン…
エルフ奴隷「っ!?」
男「この魔法道具(マジックアイテム)の粗から中に入って、術式を書き換えておくよ」
エルフ奴隷「そ……そんなこと……出来るんですか……?」
男「さっきもう一人の方で試して成功したから、すぐに終わるよ」サササッ…サッサ…
エルフ奴隷「……書き換えると、どうなるんですか?」
男「相手に居場所を教える魔法はそのままに、こちらの秘術は使えるようになる」サッ……サッ…サッサッ…
男「そうすることで、相手に異常を知らせることなく、首輪は正常に作動したままだと錯覚させて、二人の力を元に戻せるからね」サササッ…
キィィィィ…ピィン!
エルフ奴隷「あ……」
男「よし、これで大丈夫かな」
男「どう? 精霊との会話は」
エルフ奴隷「はい……出来ます」
エルフ奴隷「精霊との、意思疎通が」
男「そっか。それは良かった」
男「それじゃあキミも、その力を慣らすことに専念して」
エルフ奴隷「えっ? ですが……」
男「お願い」
男「きたるべき時に、二人の力は重要になるからさ」
男「そしてその時になればまた、詳しく説明するからさ」
男「今は……その前線治癒術士として頑張っていた頃の感覚を、取り戻しておいて欲しい」
エルフ奴隷「……少女さんから聞いたんですか?」
男「うん。そしてだからこそ、キミが同胞の敵討ちに必死になる理由も、分かったんだよ」
男「目の前で、あんな化物に、殺されまくったんだ。そりゃ作ったボクを恨むのも当然――」
エルフ奴隷「…………」ジト~
男「――って、この話は、またキミが暴走するまでは無しだったっけね」
エルフ奴隷「…………次、その話を持ち出したら、怒りますからね」
男「キミが怒る様は見てみたい気もするけど……まぁ、そうならないようにするよ」
エルフ奴隷「お願いしますね」
男「キミもね」
男「これでもボクは二人のこと、アテにしてるんだからさ」
…バタン
男「…………」
男「……………………」
男「…………はぁ~……」
男(ヤバイ……平静を保つのに必死になりすぎた……)
男(変じゃなかったかな……ボク)
男(っていうか……あんなの目の前でキレイな体見せられて、お腹に触れるだけで済めた時点で相当頑張った方だろ……)
男(本当は、お腹に触れる予定すら無かったんだけどさ……)
男(触れてしまった時点で、色々と負けてきてはいたんだろうけどさ……)
男(というより本当……恥じらう姿が可愛い過ぎるだろ……!)
男(にしても……最悪すぎたかな……今回脱がせたのは)
男(……確かに、彼女の状態を確認したいのが主な理由だったけどさ……)
男(気まずさ解消も本音だった)
男(あのままだと……喧嘩したままの子供みたいでイヤだったし)
男(無理矢理にでも羞恥心を煽って、気まずいと思ってる感情を上書きするなんて……やっぱ無理矢理過ぎたか……)
男(もっと他に良い方法があったかもな……)
男(それに……ただそれだけのために脱がせたのかと真正面から真摯に問われれば……嘘と答えることになるし)
男(……本当、純粋に裸を見たかった、なんてのは、最低な理由だよな……)
男(こんな状態を逆に利用して見たい人の裸を見るだなんて……本当、最悪だ……)
男(その下心が少しも無かったんなら、最低でも最悪でも、何でもなかったんだけどさ……)
男(でも……これで、人の準備は整った)
男(ただ単純に秘術が使えないエルフかと思っていたけれど……使えなくされていただけで、それなりに戦える二人だった)
男(だから、ソレを利用する。利用しない手は無い)
男(二人を戦わせてしまうのは気が引けるけど……)
男(でも、そもそもエルフは秘術さえ使えれば、ボク達人間よりも基本的に強い)
男(なら……戦えるのなら……気が引けてしまうのはきっと、失礼に値するのだろう)
男(何より、一人は戦争経験者だ)
男「…………」
男(……ただ、一応はボク一人でもあの街にいるエルフのほとんどを救うことは可能だったことを思うと……この手がベストだと、断言は出来ない)
男(……まぁそうなると、今すぐには無理だったんだけど)
男(数年後の話に……なってしまったんだけど)
男(でも……二人のおかげで……)
男(戦える、二人が協力してくれさえすれば……あと数週間の準備で、万全を整えられる……!)
男(それで、街のエルフのほとんどを……知ることが出来る全てを、救うことが出来る……!)
男(エルフの皆だって……早く、助けてもらいたいはずだ……!)
男(ならばコレで……良かったはずだ……!)
男「……それに」
男(あの二人の首輪にあった、精霊を用いての魔力供給方法……)
男(これのおかげで、ボクの使おうとしていた“魔力からの秘術の使用”の術式を、大幅に短縮することが出来る)
男(なんせ、精霊から直接魔力を得る方法、の術式があったのだから)
男(何より……こんな方法を取らなくても、人間でも、秘術を使えるかもしれない……)
男(その術のヒントまで、この中にはあった)
男(……試してみる価値は、大いにある)
男「…………」
男(この実験さえ成功すれば、救える確率も上がるし……)
男(ボクの罪も、あっさりと償えるかもしれない)
男(……長年の研究が、後輩本人の知らぬところでの共同作業のおかげで果たされることになるかもしれないとはね……)
男(……まぁ、なんだって良いよ)
男(皆を救うのが、早くなるのなら)
男「……だから……」
男(この実験も含めての数週間で……全ての準備を果たす)
男(ボクが今すべきことは……それだけだ)
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
エルフ少女の部屋
◇ ◇ ◇
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……………………」
エルフ少女「…………え?」
エルフ少女「あれ……? どうして……? なんで……? えっ!?」
エルフ少女「どうして……? 昨夜も……その前も……出来たのに……」
エルフ少女「ずっとずっと、秘術がかかったままで……会話……出来てたはずなのに……」
エルフ少女「どうして……どうして今になって、エルフメイドさんとの会話用秘術が……途切れてしまってるの……?」
~~~~~~
翌朝
◇ ◇ ◇
研究室
◇ ◇ ◇
コンコン…
エルフ少女「…………」
コンコン…
エルフ少女「…………」
ガタン…
エルフ少女「…………」ジャラ…
カチャカチャ…
…カチャン
キィ…
エルフ少女「失礼します」
男「…………」カリカリカリ…
エルフ少女「旦那様……」
男「…………」ブツブツブツ…
エルフ少女「…………」スゥ~
エルフ少女「だ・ん・な・さ・ま!!!」ダンッ!!
男「っ!」ビクッ!
男「えっ!? なに!? 地震!?」
エルフ少女「いえ、わたしです」
男「え……?」
エルフ少女「どうも」
男「……秘術を使って、地面でも揺らした……とか?」
エルフ少女「足を秘術で強化して、思いっきり地面を踏みつけました」
男(……震脚……ってやつかな……?)
男「えっと……それで、どうしたの?」
エルフ少女「今、時間の方よろしいでしょうか?」
男「ああ、うん。大丈夫だよ。実験とか術式を編む途中とかでもなかったしね」
男「とりあえず、やるべきことを整理するために色々とメモしてたところだから、大丈夫だよ」
エルフ少女「……それ」
男「ん?」
エルフ少女「最初に、奴隷ちゃんに読ませていた書物ですよね……?」
男「うん。ちょっと、新しく試してみたいことがあってね、読み直してるところ」
男「で、それよりもどうしたの?」
エルフ少女「あ、はい」
エルフ少女「……その……昨日、わたしのこの首輪の術式の一部を、書き換えたんですよね?」
男「書き換えた……っていうより、魔力拡散の術式と精霊を用いての魔力供給の術式だけを消した、ってところかな」
男「探知系の魔法と魔力拡散の術式がほとんど別個だったからさ」
男「繋がっていたのは術式そのもの同士というより、精霊を用いて供給された魔力をストックして置く場所、の方だけだったんだし」
男「つまりそのストックして置く場所に、別個の術式がそれぞれラインを繋げて、同じ場所から魔力を得ていたような形になっていたんだ」
エルフ少女「……その……精霊を使っての魔力供給の部分って、消失して、何か変化が起きたりとかってありますか?」
男「変化……?」
男「……まぁ、そうだなぁ……」
男「それこそ昨日も言った、精霊との意思疎通が邪魔されなくなるのと……」
男「後は、残っている探知系魔法が、いずれ発動しなくなるぐらいかな。魔力の供給源となる術式を消した訳だし」
男「ただその探知系の魔法が消えたら色々と厄介だから、このペースだと次の満月までは保つようには、昨日の段階でボクの魔力を込めておいたから……」
男「今のところ、これといった大きな変化はないはずだけど……」
エルフ少女「……………………」
男「……どうかした?」
エルフ少女「えっ?」
男「なにか、悩んでるようだしさ……」
男「何か、あったの?」
エルフ少女「…………」
男「……言い辛いこと……?」
エルフ少女「その……言ったら、旦那様の迷惑になるかもしれないので……」
男「迷惑とか……そういうのを気にするなら、そもそも来なければ良いのに」
エルフ少女「……ごめんなさい……」
男「ああ、いや、責めてる訳じゃないんだ」
男「責めてるみたいな口調になっちゃったけど……ともかく違う」
男「ただ、これまで一緒にいたのに頼ってくれないから、ちょっと口調が荒くなっちゃっただけなんだ」
男「なんか、頼りにされてないみたいでさ……」
エルフ少女「頼りにしてないとか……そういうのじゃないんです……」
エルフ少女「ただ、昨日この首輪の魔法を書き換えられてから……少し、変化があったので……」
エルフ少女「コレが原因なんじゃないかなぁ、っと思ったので、確認にきただけなんです」
男「ふ~ん……」
男「……で、どんな変化があったの?」
エルフ少女「それは……」
エルフ少女「…………」
男「話せばボクに迷惑がかかる、か……」
エルフ少女「…………」
男「……迷惑だって言うのなら、ここで話すのを止められた方が迷惑だよ」
エルフ少女「えっ……?」
男「ボクは、これでも気にし過ぎる性質だからね」
男「キミの体調とかに何か影響があったんじゃないか、ってすごく心配し続けることになる」
男「だからさ、迷惑かけたくないって本当に思ってるんなら、心配をかけないで欲しいんだ」
男「だから……話してもらえない?」
エルフ少女「……………………」
エルフ少女「…………はい」
エルフ少女「その……わたし達を買ってくれた時にいた、メイド服を着たわたし達の同胞、覚えていますか?」
男「あ~……ボクを案内してくれた……」
男「あの人がどうかしたの?」
エルフ少女「実はわたし、その人とずっと、たまにですけれど、会話をしていたんです」
男「会話……? でも、街までは距離があるのに……」
エルフ少女「秘術の中には、距離が離れていても、心の中で会話が出来るようになるものがあるんです」
エルフ少女「わたしはソレを、あの地下に入れられた時に、その人に施してもらっていました」
男「へぇ~……」
エルフ少女「あそこにいる同胞全てを助ける、と声をかけたこともありましたし」
男(元メイドさんの結婚式前日のアレか……)
エルフ少女「それで昨日の夜、秘術が昔のように使えるようになったことを報告しようとしたのですが……」
男「……何故か会話が出来なくなっていた……ってこと?」
エルフ少女「はい」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「……ん~……秘術は精霊を用いてる訳だから、精霊との感度がよくなるあの術式の書き換えを行ったのなら……」
男「むしろ会話はしやすくなるはずなんだけどなぁ……」
エルフ少女「……わたしの中にある、あの人に施してもらった秘術に、何か変化が起きた可能性とかは……」
男「秘術について詳しくは無いけど……たぶん、無いと思う」
男「そもそも昨日イジったのは首輪の魔法道具(マジックアイテム)であって、キミ自身じゃないからね」
エルフ少女「そう……ですよね……」
男「…………」
男「一つ聞きたいんだけど、その秘術の効果時間が切れてしまった、ってことはないの?」
エルフ少女「それは無いはずです」
エルフ少女「そもそもわたしの中にはちゃんと、あの人にかけてもらった秘術の感覚が残っているんです」
エルフ少女「残っているのに、会話が出来ないから、動揺しているだけで……」
男「……向こうが単に応えてくれないだけ、とかは……?」
エルフ少女「だとしても、向こうにこちらの声が届いたような感覚があるはずなんです……」
エルフ少女「現に、届いたけれど応えてくれなかった、といったことは、これまでに何度かありましたし……」
エルフ少女「それすらも無くて……もしかして、わたしの声が発せられないようになってしまったのではと……そう思ったのですが……」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「……その秘術ってさ、向こうも同じようなのを施してるの?」
エルフ少女「たぶん、そうだと思います」
エルフ少女「元々は、その人とだけ会話するためのものではありませんから」
エルフ少女「同じ秘術を施した者同士が、口頭で話したことがあり、尚且つ心の中で互いに同意をすれば、心の中で会話が出来る」
エルフ少女「そういった秘術ですし」
男(なるほど……元々は戦争時の通信用秘術、ってところか……)
男「それなら、他にこの秘術を施されている人に話しかけてみれば?」
エルフ少女「その……わたし、あの人しか、あの地下では話せなかったもので……」
男「じゃあ、もう一人の方はその術式を施してもらってないの?」
エルフ少女「施してもらっていたみたいなんですけど……さっき聞いたら、自分で解除してしまったと……」
エルフ少女「なんでも……同胞みんなの声が聞こえてきて……辛いからと……」
男「……まぁ、そうか……」
男(あの地下でのことはトラウマそのものだしな……たぶん、施してもらってほとんどすぐにでも、自分で解除したんだろう)
男(なんせあそこで彼女は、今みたいに不安定にさせられたんだし。きっとその秘術でも同胞の泣き声とかが聞こえたり――)
男「――……もしかして……」
エルフ少女「え?」
男「いや……でも、それだと……」
エルフ少女「どうしたんですか? 何か、アテでも……?」
男「…………」
エルフ少女「教えてください! もしかして、やはりミスをしていたとか……」
男「…………いや、そうじゃない」
男「そうじゃないんだけど……でも……」
エルフ少女「なんなんですかっ!? もったいぶらずに教えてくださいっ!」
男「……あくまでも、ボクの予測でしかないよ……?」
エルフ少女「……はい」
男「あの地下ってさ、一言で言えば酷いことを沢山される場所だよね?」
エルフ少女「……はい」
男「で、たぶんだけどその秘術ってさ、仲間皆で励ましあおうっていう目的で、施してもらったんだよね?」
エルフ少女「はい。ですのでたぶん、あの地下にいたことがある同胞は皆、この秘術を施してもらったことがあるはずです」
エルフ少女「エルフメイドさんがあそこに来てから、でしょうけれど……」
エルフ少女「でも……それがどうしたんですか?」
男「……あの人がソレを施そうと提案し、そして施していったってことで、間違いないよね?」
エルフ少女「だから……それがどうしたんですか?」
エルフ少女「早く結論を――」
男「ごめん」
男「ただ……ボク自身も違ってて欲しい、って……思っててさ……」
男「有体に言えば、動揺してるんだよ」
男「だから、ちょっと整理してるんだ、今」
エルフ少女「…………」
男「……もう一人の子は、声を聞くと辛いからと、自分からその秘術を消した……」
男「それはつまり、この秘術は、時たま互いの同意がなくても、声が届いてしまうことがあったことを意味する」
男「もしそうじゃないのなら、励ましあうためのこの秘術を、同胞の仇を討つということで安定を得ていた彼女が自ら消すなんてことは、ありえないからね」
男「きっと……感情が高ぶった時とか……その秘術を施された人がピンチになった時とかに……」
男「自動的に、同じ秘術を施してあって会話が出来る人に、助けを求める機能とかあったんじゃないかな」
エルフ少女(……同胞の悲鳴がイヤになっていた奴隷ちゃん……ただ単に、あの地下で響いていた苦痛と涙に濡れた声でイヤになっていたとばかり思ってたけれど……)
エルフ少女(もしかしたら……この秘術のせいでもあったかもしれない……ってこと?)
男「元々、戦争時の通信秘術みたいだったし」
男「エルフって仲間意識が人間より遥かに高いし、そういう機能があっても混乱なんて拡大せず、むしろ全員が意思疎通を図り仲間を助けに行ける」
男「むしろエルフにしてみれば、あって当然なほど便利な機能だったんだと思う。コレに関してはね」
男(もし人間の通信技術でそんな機能がついてしまっていたら、一気に混乱が拡大するだけになるんだろうけれど……)
男「ただ今回のような密室での拷問のような日々においては、無い方が良いと判断する子もいた」
エルフ少女「それでは……あの人も、仲間の苦痛に耳を貸したくないから、自分でその秘術を消したと……?」
男「まさか」
男「自分からその秘術を施していたんだ。仲間で支えあうって意図でさ」
男「そんなに仲間意識が高い人が、自分が折れそうになった程度で、同胞からの声に耳を貸さなくなるはずがない」
男「むしろそうして聞こえてきた声の主を励まし、奮い立たせるなんてことをするぐらい、健気な人なんだろうと思うよ」
エルフ少女「それじゃあ……」
男「……考えられる理由は、二つ」
男「一つは、自分が酷い目に遭う声を、周りに聞かせたくなかった」
男「二つ目は、人間に知られてしまって、同胞を盾に脅され無理矢理解除させられた、とか」
エルフ少女「えっ!?」
男「でも、二つ目の理由で解除したところで、解除したかどうかなんて分からないんだし、やっぱり一つ目が――」
エルフ少女「…………」ガクガク…
男「――え? どうしたの? そんな、急に震えて……」
エルフ少女「……どうしよう……」ブルブル…
男「え?」
エルフ少女「もし……知られてしまっていたんなら……どうしよう……」
男「ちょ、どうしたの? そんなに危ないこと?」
男「ただの通信用秘術を知られるぐらいなら、どうせ活用方法なんて普通の人間に――」
エルフ少女「そうじゃ……そうじゃないんです……」ガタガタ…
男「――えっ?」
エルフ少女「……この秘術は、一緒に、ある秘術も……施してもらっているんです」
エルフ少女「もし……もし、それを解除、させられていたのなら……」
エルフ少女「あの人が……同胞のために頑張ってきた、あの人が……!」ガタガタガタ…!
男「……………………」
男「……それって……一体……」
エルフ少女「……端的に言えば……ですけれど……」
エルフ少女「……妊娠しなくなる、秘術です……」
男「なっ……!」ガタッ
エルフ少女「もし……もし、その秘術が施されているのを……あんなヤツに……知られて……解除、されてしまったのなら……」
男「……今、あの地下にいる、エルフ全員が……危ない」
エルフ少女「…………」ガタガタガタ…!
男「…………」
エルフ少女「ど……どうしよう、旦那様……」
エルフ少女「どうしたら、良いの……? どうしたら、同胞を……同胞を、助けられるの……?」
エルフ少女「あの……わたしに優しくしてくれた……あの人を」
エルフ少女「同胞を、自らを犠牲にしてまで助けていた、あの人を……どうやったら、救えるの……?」
エルフ少女「醜い人間の子を生さなくて、済ませられるの……?」
男「それは……」
エルフ少女「あんな……あんな人間の子供を、孕まなくて済むの……?」
男「……早く……早く、救い出すしか……やっぱり方法は、無いと思う」
エルフ少女「……それって、いつ……?」
男「えっ?」
エルフ少女「いつに、なるの……?」
男「……………………」
男「……数週間、先――」
エルフ少女「そんな……!」
エルフ少女「そんなのって……そんなのって、無いよ……!!」
男「――…………――」
エルフ少女「あれだけ……自分を犠牲にしてまで、同胞を救ってくれていた人が……! どうして……!」
エルフ少女「そんな……そんな酷い目に、あってないといけないの……っ!
エルフ少女「どうしたら……どうしたら……! わたしは一体、どうしたら――」
男「――なんて、悠長なことは言ってられない……か」
エルフ少女「――っ!!!」
男「……予定を大幅に切り上げよう」
男「五日後だ」
男「万全の準備をして、十全の装備で望みたかったけれど……装備はある程度捨ててでも、早くエルフ達を救いに行く」
エルフ少女「あっ……」
男「でなければ、救ったところで、意味が無くなってしまう……」
男「人間の……それも、ただ一方的に犯してくるような奴の子供を、作らされては……」
エルフ少女「…………」
男「それに……キミが先走って、あの街に一人で乗り込んでしまうかもしれないしね」
エルフ少女「あっ……」
男「今はそうして動揺してくれていたから思いつかなかったみたいだけど……キミなら、その可能性が大いにある」
男「だから……予定を早める」
男「キミのために」
男「ボクも救いたい、キミの同胞のために」
男「大幅に」
エルフ少女「…………でも……」
男「大丈夫だよ、少女ちゃん」
エルフ少女「あ……名前……」
男「キミはボクに頼って良い」
男「むしろ、ボクを頼って、信じてくれ」
男「装備が十全じゃなかったって、必ず……救ってみせるから」
…バタン
男(……さて……)
サッ
ゴソゴソ…
男(後で一応、もう一人の方に、彼女が街へと一人で飛び出さないかを見張っておいてもらうよう頼むかな……)
ガチャガチャ…
男(……本当は、この地下にあるものは、全部装備として持って行きたかったんだけど……仕方が無い)
…カチャン
男(状況が状況だ。使える限りを使って、早く準備を果たそう)
ギィィィ…
男(それに、準備の段階で全てを使い切るとも思えない……)
カツ、カツ、カツ…
男(残った分は装備して良いんだから……それで、なんとかするしかない)
……カツン
男「……長年溜め込んだ魔力……使わせてもらうかな……」
男(時間遅延の魔法を生み出してからすぐ……)
男(ボクはこうして、水の中に、自分の魔力“だけ”を染み込ませることが出来る術式を編み出した)
男(これにより、その日一日余った魔力を、水として貯蔵しておくことが出来るようになった)
男(少ない魔力を活用するための術の一つだ)
男(時間遅延の魔法維持のための魔力と、魔力貯蔵の魔法維持のための魔力のため、少しずつ減っていってしまってはいるが……)
男(それでも、何もしないよりかは全然良い)
男(そう思い至って取った、この貯金)
男(いや、貯魔力)
男(……語呂悪いな……)
男(ともかく、この方法)
男(……確かに、魔力じゃ体力は回復できない)
男(この水を飲んだところで、体力なんて少しも回復しない)
男(けれども、魔力は回復する)
男(体力に変換した魔力を溜めておく場所……そこを満たすことは出来る)
男(普通の人ならば、魔力を収められる容量よりも大きな魔力を吸収しても、入りきらなかった分が溢れたりして無駄に終わってしまうのだろうが……)
男(ボクの場合、全体力を魔力に変換しても、魔力を溜めておける容量にまだまだ空きがあったりする)
男(だから少なくとも、無駄になる分を体内に入れることは無い)
男(一日一日、残っている魔力はバラバラで、どれがどれほど回復するのかなんて分かりっこ無いが……)
男(それでも、今こそ……コレを使うべきだ)
男(いくつかに統合して持っていこうかと思っていたが……急いでいるから、そんなことはしない)
男(ならば今から……準備の段階から……ランダムで回復していくコレを、使っていく)
男(それだけの話だ)
男(……にしても、梯子を降りた先にある、この暗い中で水が入っているだけの瓶が置いてある圧巻な状態も、見納めか……)
男(…………)
男(……ボクの数年の全てを注ぎ込んで……やりきる……)
男「…………はっ」
男(……その価値があるのかな、なんてことは……微塵も思わないけどさ)
男(けれど……もし、失敗したら……ボクには何も、残らなくなるな……)
男(溜め込んでいた全ての魔力も……研究も……少女ちゃんも……奴隷ちゃんも……)
男(この屋敷の生活、その全ても……)
男「…………」
男(……でも……そうして全てを投げ打ってまでする価値があると思ったから、二人と約束したんだろう……?)
男(ならば……果たそうじゃないか)
男(投げ打った先にある価値を……存分に、堪能しようじゃないか)
男(人間にとって大罪人になるであろう……この行為を)
男(果たしていこうじゃないか)
…………
…………
――そうして、寝ずに準備を続け……ついに、五日の時を迎えた――
…………
…………
早朝
バサッ
男「それじゃあ、行って来るよ」
エルフ少女「……そんなマント、持っていたんですね」
男「まあね」
エルフ奴隷「マントですのに、今までどうして羽織っていかなかったのですか?」
男「ん……まぁ、これって、色々なサイズの瓶を裏側に収納できるやつだからさ……」
エルフ奴隷「なるほど。戦闘用、というわけですか」
男「うん。だから今まで、別に羽織っていかなかったんだ」
男「……今は裏側に何も収納してないけど……エルフ皆を助けるときには、やっぱり今までみたいに、服の中に隠しておくなんて方法じゃあ、数が足りなくなるしね」
男「だから今回は、羽織っていこうかと思って」
エルフ少女「……本当に、わたし達は連れて行ってくれないのですか?」
男「うん。昨日も説明したけど、二人には、この場所を守っておいて欲しい」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「少女さん……」
男「……連れて行って欲しい気持ちは分かるけど……頼むよ」
男「そうしてもらうこと前提で、色々と準備をしてきちゃったからさ」
エルフ少女「……分かりました……」
男「ん。お願いね」
男「……本当は二人のために、色々と魔法を用意しておきたかったんだけどね……」
エルフ奴隷「構いませんよ。急ぐことになった事情も聞きましたし」
エルフ奴隷「それに、そうしなければ……」
エルフ少女「…………」
男「……実際、今でも危ないかもしれないけどね……」
エルフ少女「っ……」
男「でもだからこそ、これ以上は時間を掛けられない」
エルフ奴隷「……はいっ」
男「というわけで、コレ」
チャラ…
エルフ奴隷「これは……?」
男「ボクの研究室にある方の木箱と、調理場にある方の木箱の鍵。それと、研究室の地下への鍵」
男「木箱の方は両方とも、一度開けてしまうと時間遅延の術式が解除されてしまうから、開けるタイミングは見計らってね。そこはキミ達の判断に任せるよ」
エルフ奴隷「……かしこまりました」
男「ん」
男「あ、でも、研究室の地下には、ボクが出かけた後、真っ先に向かっておいて」
エルフ奴隷「? 何かあるのですか?」
男「行ってからのお楽しみだよ」
男「それじゃあ、玄関先で話し続けるのもなんだし、もう行くね」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「……旦那様……」
男「ん?」
エルフ少女「同胞達のこと、よろしくお願いします」ペコ
男「……ああ。任されたよ」
ガチャ…
…キィ…
男「それじゃあ……奴隷ちゃん、少女ちゃん……行って来ます」
エルフ奴隷「はい。行ってらっしゃいませ……ご主人さま」
エルフ少女「行ってらっしゃい……旦那様」
…バタン
~~~~~~
◇ ◇ ◇
山道
◇ ◇ ◇
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(……昨日の段階で準備は果たせた……)
男(ボクがやろうとしていることの全ての説明……)
男(二人にして欲しいことの全ての説明……)
男(それは……果たせた)
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(色々と、戦闘用の魔法を編みこんだ瓶の準備もした……)
男(それらをカバンの中に入れて持っても来た……)
男(……不足は無い……あるとすれば、屋敷に残してきた二人への装備だけだ)
男(……いや、ボクの方も多少、不安ではあるけれど……)
男(攻撃用の魔法の数だって、最初脳内で描いた数より少ないし……)
男(魔力を回復するための、貯蔵してきた魔力だって、準備の段階でその数は大幅に減ってしまったし……)
男(……沢山使ってまで、攻撃用魔法を準備したからな……)
男(それにこの、貯蔵してきた魔力……混ぜ合わせて回復量を一定にするよう、調整もしていない)
男(……だが、それでも、やるしかない)
男(魔力の回復量がまばらであっても、絶対勝利するのに必要な数の魔法を準備できなくても……やるしかない)
男「…………」
ザッザッザッザッ…
男「…………」
男(……ああ……やってやるとも)
男(だがまずは……)
男「優先順位一番の……自分の罪を償うことから、始めないとな……」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
…バタン
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……行ってしまいましたね……」
エルフ少女「……大丈夫でしょうか……旦那様」
エルフ奴隷「……大丈夫だと、信じるしかありませんね……」
エルフ少女「でもあの人……昨日の晩御飯までずっと、研究室に閉じ篭っていたし……」
エルフ奴隷「度々、出ては来ていましたよ?」
エルフ少女「えっ? そうなの?」
エルフ奴隷「まぁ、おそらくお手洗いだったのでしょうけれど……少ししたらまた中へと戻っていましたし……」
エルフ少女「でも……水分補給や食事はせずに……」
エルフ奴隷「昨日の晩御飯は食べていたじゃないですか」
エルフ少女「……あれからもまた、何やら準備をしていたようなんだけど……?」
エルフ奴隷「……よく見てますね。ご主人さまのこと……」
エルフ少女「それは……まぁ、わたしのせいで、急かさせることになった訳だし……」
エルフ奴隷「しかし……夕飯の後も準備をなさっていたとなると、体力面は本当に大丈夫なのでしょうか……?」
エルフ奴隷「魔法は、体力を消耗して行うものですし……」
エルフ奴隷「何より、その後も準備していたとなると……おそらくは寝てもいないでしょうし……」
エルフ奴隷「おそらくは、体力はかなり下がっているでしょう」
エルフ少女「……やっぱり、不安だね……」
エルフ奴隷「……まぁ、本日街についていきなり戦闘に、という訳でもないですし……」
エルフ奴隷「それに、不安になってばかりでも仕方が無いです」
エルフ奴隷「とりあえず言われたとおり、ご主人さまの部屋の地下へと、降りてみませんか?」
エルフ少女「……そうだね」
エルフ奴隷「私達は、やってくれと言われたことをやってあげる」
エルフ奴隷「おそらくそれこそが、ご主人さまの安心へと、繋がるのでしょうから」
ガチャガチャ…
…カチャン
ギィィィ…
エルフ少女「……真っ暗」
エルフ奴隷「」ブツブツブツ…
フワ…
エルフ少女「明かり……」
エルフ奴隷「…………」スッ
ヒュッ…!
エルフ奴隷「中に入れました。これで明るいですよ」
エルフ少女「本当……むしろ明るすぎる気も……」
エルフ奴隷「中に入ればちょうど良いですよ。さ、降りましょう」
カツ、カツ、カツ…
エルフ奴隷「…………」
…カツン
エルフ奴隷「次、どうぞ」
エルフ少女「ん」
カツ、カツ、カツ…
エルフ奴隷「……白、ですか」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「いえ、別に」
…カツン
エルフ奴隷「ただ、そのスカートのスリット、深くないですか?」
エルフ少女「え? そうかな?」
エルフ少女「でもこれぐらいじゃないと、戦闘で支障が出そうだし……」
エルフ奴隷「……まぁそれよりも、ここですけど……」
エルフ少女「? うん」
エルフ奴隷「……何か、空っぽになった棚があるだけですね……」
エルフ少女「だね……どうしてこんな場所に来いって言ったんでしょう、旦那様は」
キョロキョロ…
エルフ少女「割りと狭いし……棚以外には何も……って、あれ?」
エルフ奴隷「どうしました?」
エルフ少女「梯子の裏に……何か……」
ズッ…
エルフ奴隷「…………剣、ですか……?」
エルフ少女「剣、だね」
エルフ奴隷「しかもいやに大きいですね……刃幅が広すぎますし」
エルフ少女「何より抜き身で置いてあるって、どういうこと?」
エルフ奴隷「あ、柄の尾に何か紙がありますよ」
『敵が来たら遠慮なく使って。魔法道具(マジックアイテム)としての効力は失くしてるから、普通に使えるよ』
エルフ少女「……旦那様の字、かな……?」
エルフ奴隷「ですね……」
エルフ少女「……これ、使って良い、ってことだよね?」
エルフ奴隷「おそらくは……」
エルフ奴隷「ですがコレ……使えます? かなりの大きさですが」
エルフ少女「まぁ、秘術を使えば楽勝に振れるけど……にしても、わたしの腕二本よりも広い幅って……」
エルフ奴隷「……柄まで含めれば、あなたの肩まではありますよ?」
エルフ少女「…………まぁ、ナイフで戦わされるよりは全然マシだし」
エルフ少女「多少扱いづらいけど、遠慮なく使わせてもらおうかな」
~~~~~~
昼過ぎ
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
男「……さて、と」
男(馬車に乗せてもらっていつも通り、街へと辿り着いた……)
男(……まずは……)
男「城に、向かおうかな」
男(王立図書館で借りてたエルフの書物と、結婚式前日に借りてた本を返さないとな……)
テクテクテク…
◇ ◇ ◇
王宮
◇ ◇ ◇
男「すいません」
受付「どうも。本日はどうされ――って、男さんですか」
男「うん」
受付「また図書室にご用事ですか? それとも、王との面会を?」
男「両方を」
受付「かしこまりました」
受付「それでは、面会の方はもうしばらくお待ちください。執務室から謁見室への移動を終えれば、お呼び致します」
男「ありがとう。その間に、本を返しに行かせてもらっても良い?」
受付「かしこまりました」
受付「本はもうよろしいので?」
男「うん」
男「実はようやく、実験してない物とは言え、完成したからさ」
受付「完成……それって……!」
男「うん。やっと……あの薬で狂化してしまった人たちを、治せるかもしれないんだ」
男「といっても、絶対的に保障されてるわけでもないんだけどね……」
受付「それでも……おめでとうございます……! 長年の苦労が、実りましたね……!」
男「ありがとう……」
受付「これでやっと……あの人たちを、街に返せるんですね……!」
男「うん」
男「やっと……家族の下へと、帰してあげられるんだ……」
◇ ◇ ◇
王立図書館
◇ ◇ ◇
ガラ
男「あ」
後輩「ん? あ! 先輩っ!」
男「後輩……」
後輩「珍しいですね、こんなところで会うなんて!」
男「今まで何度も王宮には足を運んでたんだけどね……どうしてか会わなかったね」
後輩「まぁ、僕が実験室を出てませんでしたから……」
後輩「それよりも、どうしたんですか?」
男「どうしたも、図書室から借り出してた本を返しにね」
後輩「ん~……エルフの里から奪った本と……魔力発生の信号表? どうしてまたこんなものを……?」
男「借りておかないといけない事情があったんだよ」
後輩「こっちのエルフの本に至っては、普通に貸し出し厳禁ものじゃないですか」
男「ちゃんと、王に許可は頂いてたよ」
男「決して盗んだものじゃないから」
後輩「分かってますって」
後輩「さすがに研究バカな先輩でも、王宮の実験室外以外にまでそんな本を無許可で持っていくなんてことしないって……僕、信じてますよ……?」
男「微妙に信じてないな……その反応は」
後輩「でもエルフの書物って、文字通りエルフの言葉が書いてありますよね?」
後輩「よく読めまして、こんなもの」
男「読めないと、ボクの研究が進まなかったからね」
後輩「そういえば……先輩って、あの凶暴化した皆を治療するための研究をしていたんですよね」
後輩「どうです? 成果の方は」
男「とりあえず、試作品は出来たよ」
後輩「え!? 本当ですか!?」
男「うん。ただ、成功している自信は無いんだけどね」
後輩「それでもスゴイです! おめでとうございますっ!」
男「ありがとう」
後輩「これで先輩も、また研究室に戻って来れますねっ」
男「……あ~……」
後輩「? 戻って来ないんですか?」
男「まぁ……たぶん、戻って来れないと思う」
後輩「どうしてです? 確か先輩って、実験と研究に集中したいからと、あんな人里離れた山奥に住んでるんですよね?」
男「あの狂化の水の報酬があの屋敷だったから、あそこに住むようになっただけだよ」
後輩「嘘です。王から聞きました」
後輩「城下街の一角に屋敷を用意しようとしたら、山奥の屋敷が良いと自分から言い出したと」
男(あの王も大概お喋りだな……)
後輩「その時に王へと言った理由が、さっきの集中したいからだってことも聞きました」
男「まぁ……そうだね」
後輩「あんな屋敷じゃ報酬に不十分だからと金貨百枚を追加で用意し、尚且つあそこで住み込みで働けるメイドまで用意したとか」
男「……もはや何でもかんでも喋ってるな……あの人は……」
後輩「でも、事実なんでしょ?」
男「まぁ……全部正解だけれどさ……」
後輩「それなら、もうそうして集中する実験も終えたんですから、宮廷魔法使いとして戻ってきてくれても……」
男「いや~……ボクが戻る必要も無いでしょ」
男「あのエルフの奴隷がつけてる白い首輪の術式、あれって後輩が施したものだよね?」
後輩「えっ? あ、はい。大臣に頼まれて……」
後輩「でも先輩がどうして、奴隷の首輪の術式なんて……」
男「ボクもエルフの奴隷を二人ほど買ったからだよ」
後輩「えっ!?」
男「ま、なんにせよ、あれだけの術式を編めるんだ」
男「外部からの自動魔力生成なんて、よく見つけたね」
男「あんなスゴイ物が作れるんなら、ボクなんていなくても平気だろ」
後輩「そ、そんな……褒められるほどのものでは……」テレテレ///
後輩「あ! いえいえそれよりも! 奴隷です! どうして買うんですかっ!」
後輩「身の回りの世話が必要なら、僕が――」
男「いや、キミ確か、料理が壊滅的に下手だったよね?」
後輩「――うっ……」
男「昔実験器具使って作ってた蒸しケーキ、色をそのまま食べたみたいななんとも表現し辛い味がした記憶があるんだけど」
後輩「そ……そんなはずは……」
男「掃除も出来ないから実験室のキミの一角だけすごい散らかってたし……」
後輩「うぅ……」
男「何度ボクが料理も掃除もしたと思ってるんだ」
後輩「ご、ごめんなさぁい……」
男「……まぁ、ボクよりも才能があるみたいだから、それでも良いんだけど」
後輩「さ、才能なんてそんな! 先輩の方が素晴らしいじゃないですかっ!」
男「体力の無いボクとは違って、キミは桁違いに体力があるじゃないか」
後輩「体力だけですよ、僕の場合はっ」
男「元弓兵隊長で、近接用短弓格闘術を作り出した創始者で、そのくせ魔法にも精通していて、その実力を買われて終戦一年前に宮廷魔法使いに任命される……」
男「こんな経歴を持ってる人が才能無いとなると、ほとんどの人が才能無いってことになるよ」
後輩「ま、まぁ! 僕の話は良いじゃないですか!」
後輩「それよりも! 戻って来れないのは、もしかしてその二人の奴隷のせいだったりします?」
男「……いや、そうじゃないけど……いや、ある意味そうなのかな……?」
後輩「先輩なら奴隷の一人や二人ぐらい、普通に容認してくれますって!」
男「…………まぁ、そうだろうね」
後輩「でしょう!? ですから出来れば、戻ってきて下さいって!」
後輩「一人で研究室にいるのも退屈なんですからぁ~……」
男「いや、助手がいるだろう。助手が」
後輩「……あの子、最近また彼氏が出来たみたいで……惚気てくるんです……」
後輩「恋愛対象では無い子だったんですけど……惚気がすごい、鬱陶しいんです……」
男「あ~……彼氏が出来たらいつも鬱陶しいよね、あの子」
後輩「ですよね!? それを分かってくれますよね!?」
後輩「ですから先輩もほら! 戻ってきて下さいよっ!!」
男「……ま、戻ってきても良いっていうんなら、戻って来ようかな。皆で」
後輩「やった……!」グッ
男「……本当、戻ってきても良いって……言ってもらえたらね……」ボソ
後輩「?」
コンコン
受付「失礼します」
受付「男様、謁見の準備が整いました」
受付「謁見の間にお越しください」
男「あれ? 受付さんが直接……?」
受付「休憩時間での交代のついでですよ」
男「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
受付「いえ。これも仕事ですので。では」
パタン
男「じゃあ後輩、そろそろ行くよ」
後輩「あ、はい。分かりました」
男「良かったら本、戻しておいてくれる?」
後輩「良いですよ」
男「ありがとう」
後輩「いえいえ」
後輩「それでは先輩、また」
男「ああ……うん」
男「また……ね」
男(……出来れば彼とは、戦場で、会いたくないものだな……)
男(会ったら……負ける可能性が、かなり高いしさ……)
◇ ◇ ◇
謁見の間
◇ ◇ ◇
ゴゴゴゴゴ…
男「失礼します」
王「ああ」
男「男、参りました」バッ
男「本日は謁見の申し出を受けて頂き、ありがとうございます」
王「ははっ、そうかしこまらなくて良いよ。わざわざ跪かなくて良いから」
男「ありがとうございます」スッ
王「その敬語も別にいらないんだけどね」
男「ここは謁見の間ですので」
男「友人だからと礼を欠いては、示しがつかなくなりますしね」
王「……本当、そういうところは妙に堅苦しいね、キミは」
王「今はオレ達以外誰もいないっていうのにさ」
男「お許し下さい」
男「そういえば……いつも傍におられる側近の大臣殿は、どうされたので……?」
王「彼なら、退出してもらっているよ」
王「もちろん兵も同様だ」
男「何故、そのような危険なことを……?」
王「危険? なにが危険だっていうんだ?」
男「……来客と、二人きりになることですけれど……」
王「来客、といっても相手はキミだ。危険なものか」
王「それにもし、今急に他国の暗殺者がオレを狙ってきたとしても、キミは守ってくれるだろう?」
男「…………」
王「それに、受付から聞いたよ」
王「例の薬、完成したんだって?」
男「はい」
男「正確を期すならば、薬、ではなく、魔法を宿した水、ですが」
王「その辺については詳しく知らないから、オレからしてみれば正直どちらでも良い」
王「ともかくそれならば、誰もこの部屋にはいれておけないなと思ってね」
男「なるほど……」
王「では、長話をしていても仕方が無いし、行くとしようか」
男「はい」
カシャ
王「…………」スッ…スッ…スッ…
…カチャ
ゴゴゴゴゴゴ…
男(指を沿わせ開く、王族の者のみが使える、隠し通路への階段……)
男(イザという時の逃げ道であり、隠れるための場所……)
王「……あの狂化された人たちは、力も強くなってるからね」
王「牢屋程度じゃあいつ脱走されるか分かったものじゃない」
王「もし逃げられては……それこそ、この国が内部から破壊され尽くされてしまうからね」
男「…………」
王「別に、キミを責めてる訳じゃないよ」
王「それに彼等を閉じ込めておく場所としてココを提案したのはオレだ」
王「この国で最も頑丈な場所……それは間違いなく、ここだろうしね」
王「それにさ、キミが彼等を眠らせる魔法を作って使ってくれたから、今も封印されているんだろう?」
王「なら大丈夫さ」
王「オレは、親友であるキミを、信じている」
男「……光栄の極みです」
王「ま、それじゃあ一緒に行こうか」
男「王はここで待っていた方が……」
王「見届ける義務があるからね。国民をこんなことにした、王として」
男「……されたのは、あなたの父上です」
男「あなたは、父上が亡くなられて即位してから三年後の終戦まで……自分が失敗作と断じたあの魔法の水を、使わずにいてくれました」
王「即位してからの一年は使わせていたんだよ」
男「成られたばかりでしたから、仕方の無いことです」
王「仕方の無いことかもしれないが、それで責任が生まれない訳じゃない」
男「…………」
王「ま、使わなくなった理由は、親友がイヤがってるってのが一番なんだけどね」
王「キミが止めてくれと態度で示してきていたのに、無理に使う必要なんて、どこにもないだろ?」
男「……ありがとうございます」
男「ですが、一緒に行くのは同意できません」
王「危険だから、だなんて言うつもりなら、ずっとココに閉じ込めていた今までだって、ずっと危険だったさ」
男「それは……そうですが……」
男「ですが、この新しい魔法は実験もしていないですし……もしかしたら失敗していて、とんでもない影響があるかも――」
王「キミがさっき言ったじゃないか」
男「――え?」
王「ボクを、守ってくれるって」
男「……………………はい」
王「なら大丈夫さ」
王「ほら、一緒に行こう」
男「……かしこまりました」
カツ、カツ、カツ…
王「さて……ここならもう謁見の間じゃない。敬語は無しにしよう」
男「……分かりましたよ、王」
王「敬語は無しだって言っただろ?」
男「畏まらなくなっただけマシだと思ってください」
男「というより、コレ何度目ですか? 割りと毎回言ってますよ」
王「直して欲しいから何度だって言うんだよ」
男「なら、一生直りませんよ」
男「ボクは、あなたに認めてもらえたおかげで、この地位に入れたんですから」
王「だが、キミの才能を開花させたのは、キミを買った人だ」
王「オレはただ、キミの才能と努力を見つけられたに過ぎないよ」
男「……勿体無い言葉ですよ、本当に。ボクみたいなのに才能があると言ってくれるんですから」
王「何を言っている」
王「こんな結果になってはいるが、戦争に勝てたのはお前のおかげだ」
男「……兵であった国民を人外にしてますけどね」
王「だが、今日でその汚名も払拭されるのだろう?」
男「…………」
王「なら良いじゃないか」
王「確かにソレを良しとしない奴もいるだろうが……少なくともボクは評価してやる」
王「自分のミスから逃げずに、立ち向かい、償おうとする意思……」
王「のみならず、それを達成しようと言うのだからな」
王「……ま、それにだ」
男「?」
王「キミがもしもここで、自分の罪の償いを果たしても、まだ罪が償いきれていないってなるんなら……」
王「オレだって、同じになってしまうだろう」
男「……王は別に、罪など犯してはいないじゃないですか」
王「父が、同盟を結んでいたエルフの里に戦争を仕掛けた」
王「その上、人間を化物にする魔法を、進んで戦争に利用した」
王「同じ王族として、これは王となったボクが背負わなければいけない罪だ」
王「それなのに今、キミがそうして罪を償っても、もし償ったことにならないというのなら……」
王「ボクがこうしてこの国を良くしていこうとしているのだって、罪の償いにならないってことになるじゃないか」
男「…………」
王「だからキミの罪は、償われて欲しいんだよ。ボク個人としてもね」
男「……………………」
男「……王、一つ訊ねてもよろしいですか?」
王「どうした?」
男「王は……エルフの奴隷制度について、どう思いますか?」
王「どう思うも何も、課題は多いよ」
王「人間の奴隷と同じ扱いにはしているけれど、やはり奴隷という言葉がよくないみたいだ。エルフの皆が警戒してしまう」
王「そうなると、逃げ出そうとしてしまう子も多いだろう。その辺りの対策は大臣に一任してしまっているが……」
王「しかし最終的には、“奴隷”という言葉に替わる言葉を見つけなければな」
王「このままではいつまでもエルフに理解してもらえないし……何より、父の威厳にしがみ付いているみたいになって……イヤになる」
男「…………」
カツン…
王「さぁ、そうして話している間にも、ついたよ」
男「…………」
王「この扉の向こうに、狂人となってしまった兵士達がいる」
男「……はい」
王「後は、お願いするよ」
男「……分かりました」スッ…
キュポン
バチャバチャバチャ…
…スゥ…!
男(……もし失敗し、何かが起きてしまったら遅いからな……)
男(いつでも王を守れるように、足元に操作術式を編みこんだ“水”を置いておこう)
男「…………よしっ」
ガチャ…
…キィ
男「…………」
男「…………」
男(上の謁見の間はあろう広さ……けれども、謁見の間よりも頑丈に作られたそこに、無造作に、投げ捨てられたシーツの塊のように……)
男(人間が数十人、重ねられるように横たわっている)
男(その、横たわっている人たちの向こう側には、また小さな……けれども頑丈な作りなのが分かる、扉)
男(おそらくは、王族の脱出口だろう)
男(……横たわっている人たちの見た目は、ただ寝ている人間と、なんら変わりが無い)
男(だが……目が覚めればコレが……化物のような強さを発揮する……アレへと変貌する……)
男「……何かの手違いで、このまま目が覚めたら普通の人間だったら良いのにな……」
男(まぁきっと――いや必ず、そうじゃないのだろうけれど)
男「……さて、それじゃあ」キュポン
男(準備しておいた魔法……いや、秘術)
男(魔法と同じ方法で固定化した、秘術)
男(入れられた他人の魔力を全て外へと拡散してもらうよう精霊にお願いして形にしてもらった、秘術)
男(コレを……この部屋にいる彼等に、浴びせる)
男「…………」
男(だがこれは言ってしまえば、魔法を全てキャンセルするようなもの)
男(そしてきっと、彼等の体内に残っている狂化の魔力固定術式はきっと、今こうしてこの人たちを眠らせてくれている術式よりも、後に解除されてしまう)
男(身体の中心に残るようにし、尚且つ、本人に無理矢理魔力を作らせ続け、半永久機関になっている、狂化の術式……)
男(……きっとこの秘術を使えば、この人数の狂人が、襲い掛かってくる)
男(だから、食い止めなければならない)
男(その狂化の術式に、この秘術が辿り着く、その時まで……)
男「…………」
男(大丈夫)キュポン
男(ソレを可能にするために、防御に特化したこの魔法も準備してきたんだ)
男(同じく秘術で作った、“絡め取る水壁”)
男「…………すぅ~……」
男「……はぁ~…………」
男「……よしっ!」
男(腹は括った……! さぁ……始めようか……!」
パシャア…!
~~~~~~
ドガァッ!
男「がっ……はぁっ……!」
王「男っ!」
男「王……!」
王「お前……部屋から……!」
男「ええ……まぁ、弾き飛ばされました」
王「怪我は……!?」
男「分かりきってますよ。しまくりです」
男「大怪我はしてませんけれどね」
王「失敗……だったのか……!?」
男「……その成否が分かるのに、少し時間が掛かるのですよ」
男「そしてその間、アイツらが暴れるものでね……」
――ぐあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!――
――うおおおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!――
――があああああ、グ、ギィ、ギャああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!――
男「……少し、部屋の中にいるままじゃ、抑えきれませんでした」
王「ならここも……危ないのか?」
男「いえ……」
男「……あの部屋の外なら、大丈夫です」
男「そのためにわざと殴られて、その勢いで脱出したんですが……やっぱり力、強すぎますよ。彼等」
王「だが、何故部屋の外なら大丈夫なんだ……?」
男「弾き出され、吹き飛ばされるときに、少し細工をしてきたんです」
王「細工……?」
男「触れればその身を削る刃が絡む、水の壁です」
男「ですが前方にしか出せないのが弱点ですからね……出入り口に仕掛けるために、こうして出てきたんですよ」
男「これでなんとか、回りきるまで時間を稼げます」
王「だが奴等……痛覚が無いんじゃなかったのか……? その仕掛けだって無意味に終わるんじゃ……」
男「でも、死は理解しています」
男「その絡む刃は、触れた場所から首に向けて、延びていきます」
男「その絡んだ相手の身を削ぎながらね」
男「そうなると、首に絡めば死ぬことを理解して、奴等は離れます」
男「死なない痛みは平気だけれど、死ぬ痛みはイヤがる」
王「しかし……そんなに強い魔法だと、奴等自身を殺してしまうのでは……?」
男「大丈夫でしょう。さすがに、死んでまで突破しようだなんて思える意識すらありませんし」
王「……その壁が、破られる可能性は……?」
男「十二分にあります」
男「ですが、それも大丈夫でしょう」
男「彼等、中で自分と同じになった、狂化された人たちに攻撃しています」
男「同じ強さな訳ですし、さすがに共倒れにはならないでしょう」
王「……本当にスゴイな、キミは」
男「あなたが認めた人ですよ」
男「だったら凄くないと、示しがつきません」
~~~~~~
――…………――
――…………――
――…………――
王「……静かになったな」
男「秘術が回ったのかもしれません」
男「様子を見てきます」
ソッ
男「…………」
――ぐっ……――
――うぅ……――
――なんだ……ここは……?――
――確か……戦場にいた、はず……――
――いや、違う……オレは……確か……――
――そうだ……じゃあ、お前等も――
――それで、手が付けられなくて……ここに……?――
男「……っ」ガクッ…
王「っ! 男っ!」
王「どうした!? 失敗したのか!?」
男「いえいえまさか……その、逆ですよ」
男「成功です……」
男「大成功ですよ……!」
男「安心して、思わず……腰が抜けちゃいました……」
男「情けないですね……肝心なところで」
――今の声は……?――
――外に誰か……――
男「ああ、ちょっと待ってください」
男「今入り口のもの、解除しますから」スッ
パシャァ…
王「…………」
ザッ、ザッ、ザッ…!
元狂人A「っ! お前は……!」
男「どうも」
元狂人B「男……と、王子……?」
王「そうか……キミ達の記憶では、そこで止まっているんだね」
元狂人B「え?」
王「眠らされ、結構な年月が経っているんだよ……」
王「まぁ、その辺りの説明は後々するとして……まずは皆――」
王「――人間に戻れて、よかった。……ありがとう……」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
謁見の間
◇ ◇ ◇
元狂人A「これまでの間にそんなことが……」
王「ああ」
元狂人B「それまで、僕達は……」
男「……悪かった」
元狂人C「……いや、お前は何も悪くはねぇよ」
元狂人A「そうだな。結局のところ、飲むのに同意したのはオレ達だ」
元狂人D「むしろ、こうして戻れることなんて想像していなかった。殺されるとさえ思っていたからな」
元狂人B「それでもこうして、今は喋れるし、家族のことも思い出せる」
元狂人C「お前はよく、やってくれたよ」
男「……そう言ってもらえると、助かるよ」
王「さて……積もる話も確かにあるが……お前達も医務室へと向かってくれ。兵を呼び案内させよう」
王「なんせ今まで、眠ったままの状態だったんだ。怪我は少なくとも、一応は診てもらうべきだろう」
王「それに、元に戻って怪我をしていた他の者たちもそこにいるんだ」
王「その者たちにも、この話を聞かせてやって欲しい」
~~~~~~
王「終わったな……」
男「ええ……」
王「ははっ。謁見の間では敬語を貫くんじゃなかったのか?」
男「……そういえば、そうでしたね……」
王「……気でも抜けたか……?」
男「なんでしょう……罪を償えた実感が、あまり無いと言うか……ただただ、安心したというか……」
男「なんだか、フワついた気分なんですよ」
王「今までの長年の苦労が実ったからね。実感を得るのにも、時間が掛かるんだよ」
男「…………」
王「さて……それじゃあボクも仕事に戻るよ。キミのおかげで、今まで溜まっていた仕事に、手を付けられそうだからね」
男「え?」
王「彼等の家族への連絡やら、色々とね」
王「今まで戦死していたことにしていたが、こうして元に戻ってくれたんだ……」
王「その辺りの事情説明にも、オレ自身が赴かないといけないからな」
男「……ボクが成功すると信じてくれていたから、ずっと、いつ始められても大丈夫なように、準備していてくれたんですか?」
王「……そういうことは、思っても口に出すべきじゃないぞ」
王「なんか……恥ずかしくなる」
男「…………」
王「確かに、オレとお前に上下の関係はあるだろうが、オレはお前のことを親友だと思っている」
王「元々奴隷だなんて関係ない。宮廷魔法使いになったキミは、当時王子だったオレと仲良くしてくれていた」
男「……あの頃は、あなたがそのような身分の方だと知らなかったんですよ」
王「それで良いんだよ。示しがあるから今はそうもいかないが……」
王「だがあの日々は間違いなく、オレがキミを親友だと思えるにふさわしい日々だったんだよ」
男「……勿体無い、お言葉です」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
廊下
◇ ◇ ◇
男「…………」
男(長年の苦労が実ったから、実感が沸かないだけ……か)
男(……本当に、そうなのだろうか……?)
男(何か……ボクは何かを、忘れて……)
大臣「おぉ、男殿」
男「……?」
大臣「お久しぶりでございます」
男「ああ……大臣」
大臣「はい」
大臣「なんでも、あの凶暴化する魔法の水を解除できる魔法を、作り上げたとか」
男「……はい」
男(……ああ、そうか……)
大臣「それは良かった」
男(本当にまだ、この件が終わってないことに気付いていたから……ボクはまだ、実感を得られていないんだ)
大臣「これで、エルフの里とは反対側の、同じ人間の国へと戦争を仕掛ける時も、かなり優位になりますな」
男(こういう人がいる限り……あの魔法を利用したいと思っている人がいる限り、まだ、終われないんだ)
大臣「では……その解除の魔法、こちらの研究機関への報告の程、お願いしますよ」
男「……残念ですが、お断りします」
大臣「おや? 良いのですか?」
男「良いも何も……アレは戦争報酬でもらった資金で、ボク個人が研究したものです」
男「この国への提出義務はありませんよ」
男(なにより、秘術を使える魔法、に関する資料を、ボクは何一つ作っていない)
男(あのやたらと長くなった術式のものだって、ただ術式をややこしくしただけにしか見えないし……)
男(無理矢理奪われたところで利用される心配も無いって訳だ)
大臣「確かにその通りですが……でも、あの凶暴化の水を兵に使った場合、元に戻せなくなるのですよ?」
男「アレはもう、作られていないでしょう?」
男「ボクだってもう二度と作らないです。王宮魔法使いでは無くなったのですから」
大臣「では、キミの後輩に頼んで、作らせましょうかね」
男(サンプルも何もない癖に……無理に決まっている)
男(あの魔法術式に関する資料はこの世に存在するが……ボクの屋敷にある)
男(もし個人でゼロから作るとなると……方針は決まっていても半年はかかる)
男(そんなことも分からないとは……)
男(それに、それだけの期間があれば、王が勘付いて、止めてくれるはず)
男(……大丈夫だ)
男「……まぁ、そうして作られてしまえば、確かにボクにはどうすることも出来ませんしね」
男(本当、つくづく資料を持ち出しておいて良かった)
男「それはそうと大臣、あなた、エルフの奴隷について一任されているんですよね?」
大臣「それが何か?」
男「いえ……ただ、エルフの奴隷制度について、どう考えているのかと思いましてね」
大臣「どうも何も、やはり奴隷という言葉がいけない。彼女達が警戒してしまいます」
大臣「こちらとしても、そのようなことをさせるつもりは一切ありませんのに……」
大臣「向こうでの奴隷とは、本当に人権が無いものを指す言葉だったのでしょう」
大臣「嘆かわしい限りです」
男「……………………」
男「……では、あの首輪は?」
大臣「首輪? ああ……あなたの後輩に作らせた、アレ」
大臣「便利でしょう? 魔法を封じれば、エルフの力も無くなる」
大臣「そうなれば抵抗されずにすむ」
大臣「そしてその結果、こちらの奴隷が、向こうの奴隷とは違うということに気付く」
大臣「言葉は同じでも中身が違うということを知ってくれる」
大臣「けれどもソレに気付かぬ内は逃げ出してしまうかもしれないからと、探知系の魔法もお願いしたのです」
大臣「本当、良い物を作ってくれましたよ、彼は」
男(そうか……魔法使いでも騎士でも無い大臣は、エルフの秘術が人間の魔法とは違うものだということを知らないのか……)
男(エルフの文字が読めない後輩もきっと、秘術の仕組みや精霊のことやらは知らないだろうし……そうなると大臣が知らないのは当然とも言える)
男(……本当、あの首輪によってエルフの秘術が封じられたのは、偶然以外の何ものでもないんだな……)
大臣「それが、どうさせれたのですか?」
男「いえ……ただ、少し気になっただけですよ。お気になさらない下さい」
~~~~~~
夜
◇ ◇ ◇
宿屋
◇ ◇ ◇
男(いまだ、実感は沸かないけれど……)
男(それでも、狂化の魔法水で変化した人たちを、助けることが出来た)
男(このままではいずれ、新たに犠牲者が生まれてしまうかもしれないが……それでも)
男(とりあえずの、目標にしていたことは達成できた)
男(だから……次だ)
男(エルフの皆を、助ける)
男(その後にでもまた、狂化の魔法水については考えれば良い)
男(まずは当初の予定通り、計画通りに狙い通りに、エルフ達を助け出す)
男(……こうなってしまった元凶が、王か大臣か、はたまたそれよりも下で奴隷商の独断なのか……それはまだ、分からない)
男(……いや、奴隷商の独断は無いか……)
男(もしそうなら、昨日少女ちゃんと奴隷ちゃんと話したときに言っていた「必死に逃げ出し訴えた同胞もいたけれど無駄に終わってしまった」という言葉に矛盾する)
男(たかだが奴隷商に、王宮の訴えを抑え込む力があるとは思えない……)
男(大量の裏金を払って、誰かを買収していれば話は別だが……)
男(しかしそうなると、奴隷商かその裏金を貰った者……どちらが最初に、見逃すことを提案したのかが重要になるが……)
男(……いや、今はそのことは良い)
男(考える時間は、明日、十二分にある)
男(まずは……今日しようと決めていたことを、確実に果たすだけだ)
男(術式を込めてきた水……これに魔力を込め……)
男(足りない分は、持ってきた“貯蔵されてきた魔力水”で魔力を補充してでも――)
男(――いや、今日使おうと思っている分に関しては、貯蔵分を使うまでも無いか……)
男(少しでも、魔力回復の手段は温存しておくに限る)
男(だから今日は、明日に差し支えない程度に……尚且つ、今日は負けない程度に……)
男(そう、調整をした魔法の量を準備して……)
男(そして、突入する)
男(ボクが、彼女たち二人と出会った……あの場所に)
男(今から行うことの始まりでもある……地下にエルフ達が売られている、あの奴隷市場に)
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
奴隷市場前
◇ ◇ ◇
男「…………」キュポン…!
バチャバチャバチャ…
…スゥ…
男(撒いた水を術者を中心に、円形状に固定。次に、探知型自動防御機能展開……防御力を下げても、自動発動を優先するように設定……)スッスッスッ…
男(……とりあえずはこれで十分か……)
男(…………)
男「…………すぅ~……」
男「……はぁ~…………」
男(……よしっ)
トントントン
……
トントン
……………………
ガチャ
奴隷商「このような夜分にようこそ」
奴隷商「おや、あなたは……」
男「あれ? ボクのこと、覚えていてくれましたか?」
奴隷商「それはもちろん。印象に残っておりますのでね」
奴隷商(エルフの奴隷に関する裏のルールを知らなかったのですからね……)
奴隷商「それで、こんな深夜に訪れるとは……もしかして……」
奴隷商(あのエルフ……ちゃんと狙い通りに、エルフの奴隷の真実を教えてくれたのか……)
奴隷商(コイツがリピーターになるとは思ってなかったが……まぁ、新しいエルフが売れるんなら良しと――)
男「はい。ちょっとココ、壊させてもらいますね」スッ、スッ
奴隷商「――……え?」
ドガシャァッ!
奴隷商「ぐっ……! はぁっ……!!」
奴隷商(な、何が……!?)
男「まぁ正確には、この中にいるエルフ達を助けさせてもらうんですけどね」
ザッ…!
奴隷商(足元に……水!?)
奴隷商「お前……魔法使い……!?」
男「正解」スッ
ヒュッ…!
ドガ…ッ!
奴隷商「がっ……!」
奴隷商(水に……掴まれ……!)
男「この水、魔法使いらしく、強度とか色々とイジれるんですよ」
男「普通の水のようにすることも出来ますし、こうして相手を壁に押さえつけて拘束することも出来ます」
奴隷商「てめぇ……なんでこんなことしやがる……!」
男「……ふむ……」キョロキョロ
男「ボクを案内してくれたエルフのメイドさんがいませんね。どうしました?」
奴隷商「あぁ?」
奴隷商「いきなりなんだてめぇは……! 目的も言わねぇで……!」
男「」スッ
ギチッ!
奴隷商「ぐ……あ……!」
男「口応えできる立場でないことぐらい、理解したらどうです?」
男「それで、あの人はどこにいるんですか?」
奴隷商「ち……地下だよっ! あの牢の中だよっ!」
男「どうしてそこに? 彼女は売り物ではなく、あなたの世話をするためにいたんじゃなかったんですか?」
奴隷商「あの女……今まで俺を騙していやがったからな……! その罰だ!」
男「罰……?」
奴隷商「ああ。俺はてっきり、エルフじゃ人間の子供は孕めねぇのかと思ってた」
奴隷商「だが、それがどうだ? 実際はあの女が孕まないように裏で手を回してたって話じゃないか」
奴隷商「首輪を付けて魔法が使えないようになってるはずなのに、あの女だけは……ソレを使って今まで、エルフ達を孕めないようにしてきた」
奴隷商「俺に隠れてコッソリとな!」
男「…………」
奴隷商「新しく入ってきた奴隷を下に連れて行ってもらって、ちょっと伝え忘れてることを思い出して後を追いかけたら、その現場を見つけたんだよ……!」
奴隷商「なんだそれは、って、アイツ等の仲間を盾に脅したら、今までそんなことをしてたって白状しやがって……!」
奴隷商「それが、許せなかったんだよ……! だから、罰を与えたっ!」
男「…………」
男「……それで?」
奴隷商「それで? ああ、何をしてやってたのかってことか?」
奴隷商「簡単だよ。その手を回して細工してきたものを、解除させて、犯し続けてやったのよ! この俺がっ!!」
奴隷商「他のエルフを惨たらしく殺してやるって脅したら、あっさりと解除しやがった!!」
奴隷商「知ってるか? あの女、今までもそうやって、自分で犯されてきたんだよっ!」
奴隷商「仲間のための自己犠牲ってやつだ。本当、エルフってのはバカばかりだ!」
奴隷商「少し同じエルフを殺してやると脅せば、身内でなくてもホイホイ言うことをききやがるっ!!」
奴隷商「逃げれば捕まえてお前の目の前で捕まってる同胞を殺してやると脅せばもう逃げやしない!」
奴隷商「ちょっと考えればこっちが損するからそんなことするはずもないって分かるはずなのにな? バカなのか、それとも本当にされたら怖いから言うことを聞いてたのかは分からねぇが……!」
奴隷商「どちらにせよこの地下には、そんな気味の悪い仲間意識を持った奴等が集まってんだよ!」
男「…………」
奴隷商「だがそれも当然だよな? どうせ犯されたって、俺たち人間の子供は作られないって安心してたんだから」
奴隷商「ちょっと演技してやれば、俺たちは満足してどっかにいく。それで仲間が救われる」
奴隷商「それなら、それぐらいしても当然だよな」
奴隷商「アイツ等の目にはさぞかし、俺たち人間が滑稽に映ってたことだろうよっ!」
奴隷商「だが、それがどうだ? 例の妊娠しない細工を解除してやった途端、あの女が怯えやがったんだ」
奴隷商「膣内に出してやる、って言った途端、止めてって言いやがったんだ!」
奴隷商「たまんなかったぜ……あの時の怯えた表情っ!」
奴隷商「今でも思い出して興奮してくるっ!」
奴隷商「いつも澄まして、感じたフリをして、あっさりと果てる俺を内面からバカにしてきたあの女が! そん時ばかりは恐怖に顔を歪めたんだ!」
奴隷商「言ったところで無駄だって分かってるくせに、思わず言っちまったみたいな感じもしてよ……あん時はマジで良かったっ!」
奴隷商「最高だったよ!」
奴隷商「そのくせ、抵抗したら仲間を殺すって言ってやれば、唇を閉めて必死に我慢して……マジでたまんねぇよなぁ!」
奴隷商「出されても大きな声で泣かないで、仲間に心配かけまいと必死になって、涙だけ流して……これ以上ないほどに興奮したぜっ!」
男「…………」
奴隷商「そうだお前……! 取引しようじゃないかっ!」
奴隷商「どうせお前も、エルフの奴隷が欲しいんだろ? 何をしても良いって理解できたから、他にも欲しくなったんだろ?」
奴隷商「けどこの前大金を払っちまったせいで金がないから、こうして無理矢理奪いにきたんだろ?」
奴隷商「だが今俺を見逃せば、その妊娠しない細工を解除した状態で、奴隷を一人やるよ」
男「……………………」
奴隷商「今回のコレだって見逃してやるよ! だから――」
男「黙れよ、外道が」スッ
グチュッ…!
奴隷商「が……!」
奴隷商(は……腹が……っ!)
男「何もかも喋ってくれて助かった……が、ボクに取引を持ちかけるほど五月蝿くさえずってくれとは頼んでない」
奴隷商(斬られて……血が……っ!)
男「だから、黙ってろ」
奴隷商(痛くねぇ……斬られてるはずなのに、水の中に血が滲んでるのに、なんでか痛くねぇ……!)
奴隷商(それが逆に……気持ちわりぃ……怖ぇ……!)
男「それに、お前は一つ勘違いをしている」
男「人間の子供は作られないから安心している? だから演技してやって、満足させて、仲間を救わせている?」
男「それぐらいして当然?」
男「そんな訳あるか」
男「もしそうなら、ボクが買ったあの子の、あの怯えた表情はどう説明するんだ?」
男「子を孕まないから仲間のために身体を差し出しても平気だって言いたいのか?」
男「バカかお前。誰だって怖いんだよ」
男「子供を作らずに済むのは確かに安心だろうが、そんなものは不幸中の幸いにすぎない」
男「そもそも、犯されること自体が怖いんだよ」
男「脅され、痛みもあって、怖いはずが無い」
男「地下に閉じ込められ、次々と体内に侵入されて、子供は出来ないから安心だと、割り切れるはずがない」
男「それぐらい分かれよ、その足りない脳ミソでよ」
シュッ…!
奴隷商「っ!」
ザバッ!
ギンッ!!
…カラン、カラン
男「…………」スッ
ジュバッ!
シュゴォッ!
男「……外したか……」
男「……ま、ナイフが飛んできた方向にいつまでもいたら、暗殺者としては失格だもんな」
奴隷商「なっ……!」
男「ようやく姿を現してくれたか……国お抱えの暗殺者さんよ」
…………
男「……と言っても姿は見えないし、気配も感じないか」
男「この薄暗い部屋の中じゃあ、お前の姿を見つけるのは、ボク程度じゃ不可能に近いだろうしね」
シュッ!
ザバッ!
ギンッ!!
男「無駄だよ。自動で水が防御してくれる」
男「この足元にある水を全て失くすか……または、この防御を貫通する攻撃をしないとね」
男「さて暗殺者……お前はどうせ、この外道をずっと見張っていたんだろう?」
男「コイツが、エルフの奴隷についての本来の用途――何をしても許される奴隷だと説明したその瞬間に、殺すためにさ」
奴隷商「なっ……!」
男「コイツを餌にすれば引っかかってくれるかもしれないと思ったけど……どんぴしゃとはね」
…………
男「……で、アンタの雇い主は誰?」
男「って言っても、答えてくれるとは思ってないけど」
男「一本目のナイフ、どう考えてもアンタに指示を出した奴が誰なのか口を滑らせそうな、この奴隷商を狙ったものだったしさ」
…………
男「……まぁ良いさ。返答なんて期待していない」
男「ボクとしては、いるだろうアンタみたいな暗殺者を殺せれば、それで良い」
男「やっぱり、道は安全にしておいた方が良いだろうからね」
…………
男「ボクがお前を殺せないと思ってるんだよね? だから、そちらの位置がバレる魔法も使ってこない」
男「魔法のために魔力で文字を描いたその瞬間、そこが狙われる」
男「だが逆に位置さえバレなければ狙われることは無く、自分は殺されない」
男「大方、そんなところかな」
…………
男「でも、そう思っているんなら――」スッスッスッ…
男「――改める前に、死んじゃうことになるね」
ギャギチ…!
男「…………」
男(全方位、全角度への水での圧殺……)
男(この部屋からは出られないことを見ると……これで、終わりだ)スッ
スゥゥ…
…ドサ
男「……ふむ」
男(天井と壁の間に挟まるようにして隠れてたのか……なるほど、上というのは盲点だった)スッ
ズシャッ…!
男「……これで良し」スッ、スッ
ヒュッ!
ブンッ…
…ドシャッ!
男「こうして投げ捨てて……ま、これで止めはさせただろ」
スゥ…
男「さて……」
奴隷商「ひぃっ……!」
男「餌の役目も終えたことだし……お前ももう、用済みかな」
奴隷商「な……なんなんだよお前……! なんで、こんな……!」
男「なんで? 簡単なことですよ」
男「来た時も言ったじゃないですか。ただ、エルフ達皆を助けたいだけ」
男「どうしてそう思うようになったのかは……まぁ、お前に話すことでもないかな……」
男「人の話も聞かず、買いに来た奴だと勝手に思い込み、そんなことが出来る立場でもないくせに図々しくも交渉しようとした奴の耳に、入れる話でもないし」
奴隷商「ま、待てよ! だが俺を殺すと、俺が誰からエルフの奴隷制度について指示されたのか分からなくなるぜ」
男「別に良いよ、そんなの」
奴隷商「なっ……!」
男「知ったところで嘘を吐かれたかもしれないと疑うことになるんなら、別に聞かなくても良いよ」
奴隷商「そ、そんな……!」
男「それじゃあ、そういうことで……」スッ―
奴隷商「ま、待てよ……! 本当に待ってくれよっ! なぁ助けてくれよっ! 頼むからなぁっ!!」
男「……お前は、その声を何度も発してきたエルフを、陵辱してきたのだろう?」
男「それなのに、お前だけが助かるなんて……虫の良い話だと思わない?」―スッ
奴隷商「そ、それは――」ザシュッ!
奴隷商「――っ! ――」グリュッ!
奴隷商「――っ! っ! っっっ!!」…ビチャ…!
ビシャァッ!
男「拘束していた水を操作しての心臓への一突き……」
男「……感謝して欲しいぐらいだね」
男「お前がエルフにしてきたみたいな生き地獄を味合わせず……一撃で、殺してあげたんだから」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
奴隷市場・階段
◇ ◇ ◇
カツ、カツ、カツ…
男「…………」
男(やっぱり、国お抱えの暗殺者はいた……)
男(なんでも出来るエルフの奴隷、という制度が隠されたものならば……公式見解という形で露見してしまってはいけない)
男(だから露見しそうになった場合……もしくはしてしまった場合……殺すための人間が必要だった)
男(あくまでも、相手が勝手にそうなんだと勘違いしてやってきていた、という体裁を保つ必要があったのだろう)
男(そのために、公式見解という形でこのエルフの奴隷制度について教えられていた者のみを、国が暗殺部隊を使ってまで監視していた……)
男(そしてそれを使役できるのは……王と、大臣の二人のみ)
男(ならば必然、この二人のどちらか……もしくは両方が、絡んでいることになる)
男(となるとこの件に絡んでいる方は……ボクがエルフの奴隷を買ったということは、報告として上がって知っているはず……)
男(……ボクがエルフの奴隷を買った、ということを知っていないと出来ない発言をしていてくれれば、すぐに特定も出来たんだけど……)
男(そう上手くはいかないか……)
カツ、カツ、カツ…
男(……もし王がその首謀者なら……ボクは親友と敵対することになるのか……)
男(……王ではないと信じたいが……だが、その感情が正常な判断を鈍らせてしまうかもしれないし……)
男(しかし、孤児を助けるための人間の奴隷制度を、王子の頃に立案した彼が、エルフに対して酷いことをするとも思えない……)
男(……いやでも、その判断自体が、親友の贔屓目ってことでもあるんだし……)
男(でも彼のおかげでボクは、こうして魔法使いとして研究できるだけのものを得ているんだし……)
カツ、カツ、カツ…
男「…………はぁ……」
男(……難しいことは、やっぱりバカなボクじゃ分からない、か……)
男(だったらまぁ、信じるのが一番だ)
男(判断が間違えているかもしれないけれど、それでもまぁ、親友を疑い続けるよりかは……)
男(信じて、騙された方が良いだろう)
男(その方が、親友として縁を切るのも……容易くなるだろうし……)
男(それになにより、自分の感情に素直に生きた方が良いとも思うし)
男(大臣よりかは、親友の王のほうが、何百倍も信用できるんだし)
男「…………」
男(……あとはまぁ結局のところ……今現在、どちらが黒幕だと知れたところで、やるべきことは変わらないんだ)
男(ならば、後に差し付かえない、安心できる場所に気持ちを置いたほうが、何百倍も良い)
男(……なんて、小難しいことを考えてしまうのは、ボクの悪い性分だ)
男(結局のところボクは……親友を信じたいだけだってのにさ)
男(今までボクを助けてくれた彼を、信じたいだけ……)
男(それだけなのに……本当、複雑に考えすぎだよな……)
~~~~~~
カツン…
男(さて……あの人は……)キョロキョロ
コツ、コツ、コツ…
男「…………」キョロキョロ…
――ビクッ!――
――ブルブル…――
男(……相変わらず、怯えたような気配が牢の中からするな……)
男(……まぁ、当然か……)
男(始めて来たときはまだ、この子達の扱いが人間の奴隷と同じだと思っていた時だったから、考えもしなかったけれど……)
男(……今みたいに“王を信じたい”なんて立ち位置じゃなく、“王を信じてる”って立ち位置だった時は……気にも留めなかったけれど……)
男(……今の立ち位置に立って思うのは……彼女達が怯えているのは、当然だということばかりだ)
男(なんせ相手に見定められてしまえば、犯されてしまうのだから……)
男「…………」
男(……あの頃聞かされた“味見”という言葉は、この場で犯す、という意味だったんだろう)
男(だからこそこうも怯えている。人間の男に犯されるかもしれないという恐怖があるのだから)
男(……だからといってあの時から、そういう意味だと分かっていたところで……きっと何も出来なかったのだろう、ボクは)
男(事前に知ってしまっていればきっとボクは、“面倒事はゴメンだ”と思い、自分がすべき罪滅ぼしを優先し、そもそも奴隷市場に足を向けることも無かった)
男(今よりも苦労して、時間をかけて自力で秘術を編み出して、今現在より効率の悪いソレをなんとか使って……)
男(狂化された皆を治して、きっと後輩の頼みを聞いて……宮廷魔法使いに復帰していて……そこで終わっていた)
男(罪を償い、法を犯すことなく、生きていくことになっていた)
男(……究極のところ、あの頃何も知らなかったからこそこうして、この子達を助けようという行動に移れているんだろう)
男(ボクという人間は)
コツン…
男(一番奥まできてようやく……いた)
スッ…
エルフメイド「……また、犯すつもりですか? ついさっき終えられたばかりのように、私は思うのですけれど……」
エルフメイド「口答えは許してもらえないかもしれませんが……私もさすがに、辛いですよ……今までよりも多い頻度となると」
男「……………………」
男「……あの人なら、死にましたよ」
エルフメイド「えっ……?」バッ
男「ボクが、殺しました」
エルフメイド「あなたは……」
男「覚えてくれていますか?」
エルフメイド「ええ……」
エルフメイド「こんなところに来る人として、相応しくない人でしたから……」
エルフメイド「それになにより、あの子から何度も聞かされていましたし……」
エルフメイド「さすがに、実物を見たのは、本当に久しぶりですけれど」
男「でしょうね。ボクだって、あなたを見たのは久しぶりです」スッ
スパン…!
男「ふっ!」ガッ!
ガラン、カランカラン…!
エルフメイド「蹴りあけるなんて……意外と強引なんですね」
エルフメイド「ああ、ですが、せっかく開けてもらえましたが、あまり近づかないで下さい」
男「え?」
エルフメイド「今、服を何も着ていないので」
エルフメイド「さすがに、あなたにまで裸を見られるのは、私でも恥ずかしいですから」
男「……服を、着ていない……?」
エルフメイド「ええ。皆に着せられているようなものもありません」
エルフメイド「本当に……一糸も纏っていないのです」
エルフメイド「罰……だからと」
エルフメイド「魔法を使えば風邪だってひかないんだろうって、決め付けられまして……」
エルフメイド「今の私には、そんな微調整された熱を発することすら出来ませんけれど……ね」
男「……分かりました。では、ここで」
エルフメイド「はい……」
エルフメイド「それで……どうして、この場所に……?」
男「どうしても何もありませんよ」
男「あなたと秘術を使って会話をしていたあの子が心配していたから、様子を見に来たんですよ」
男「あなたと突然会話が出来なくなった、って、すごく心配してましたよ」
エルフメイド「そう、ですか……」
男「……まぁ、かけていた秘術を解除した、というのは聞きましたよ。上でね」
男「だから秘術の効力が消え、会話が出来なくなったのでしょう?」
エルフメイド「はい……。……もしかして、その秘術を消した理由も……?」
男「……はい。聞きました」
エルフメイド「そうですか……」
男「それはもしかして……この場所にいるエルフ全員が……?」
エルフメイド「いえ……今は私だけです」
エルフメイド「嘘を吐いていた私が信用できぬからと、本当に妊娠するかどうかの実験だと称して、私ばかりを……」
男「…………」
エルフメイド「そうして、本当に妊娠するようになるのを確認した後、既に売られたエルフの元へと行き、秘術を解除して妊娠できるようにするからと提案して、お金を稼ぐつもりだったようです」
男「……………………」
エルフメイド「それよりも一つ、私も訊いて良いですか?」
男「……なんです?」
エルフメイド「上にいたあの人を殺したと言いましたけれど……どうしてですか?」
エルフメイド「私の様子を見に来ただけなのなら、買いに来たとすれば済む話です」
エルフメイド「私を救ってくれるというのなら、その時にその力で脅せばすむ話です」
エルフメイド「わざわざあなたが、人を殺すだなんて重い罪を背負ってまで……することじゃないはずです」
エルフメイド「それなのに……どうしてですか?」
男「ん~……でもボクはそもそも、アレを殺したことを罪だとは思っていませんし、人殺しがダメだとか唱える非戦争時代に生まれた訳でもないですからねぇ~……」
男「まぁ、この国の法律的には確かに罪になるんでしょうけれど……罪と思っていないボクにとっては、些細なものです」
男「それに、殺したのにはちゃんとした理由がありますよ」
男「あなたと……ココにいるエルフ皆を、逃がすためです」
エルフメイド「え……?」
男「そのためには上にいたアレは邪魔ですし、アレを見張っているヤツも邪魔でした」
男「だから、殺したんですよ」
エルフメイド「……人間のあなたが、私達エルフを、助けるのですか……?」
男「はい」
エルフメイド「……何か、裏でも……?」
男「ありませんよ。純粋な好意です」
男「ボクが買ったあの子に頼まれたから、ですよ」
エルフメイド「そうですか……」
エルフメイド「……そうでしょうね……」
男「え?」
エルフメイド「あの子からあなたの話を聞かされていた時から、そういう人なんじゃないかと、そう思っていました」
エルフメイド「ただ本当にそうされると、動揺はしてしまいますが……」
男「…………」
エルフメイド「……私達は、本当にあなたを信じても良いのですか?」
男「信じて欲しい、とは思いますね」
男「ですが、あなたがボクを疑う気持ちも分かるんですよ」
男「今までのは全て、こうなることを見越して行ってきたのではと……突拍子が無いけれど考えてしまうのは当然ですし」
男「何よりあっさりと、あなた方でいうところの“同胞”を殺す人間です」
男「何を企んでいるのか、いつ裏切られるのか、言う通りにした先に罠があるのか……そういうのが分からない」
男「だから疑う」
男「それは当然だと、ボクも思う」
男「でもボクは、その疑いを払拭する術を持ち合わせていない」
男「言葉を重ねても信じられない存在である人間のボクが、どれだけ言葉を重ねても無駄だということは、分かっています」
男「ですから、こう考えてはくれませんか?」
男「このままココにいても、別の奴隷市場に移動されるだけかもしれない」
男「それならば、同胞二人に頼まれたからと言ってやってきた人間を、試しに信じてみても良いんじゃないかと」
男「少し分の悪い賭けをする……そんな気持ちで、逃げ出してみませんか?」
エルフメイド「…………」
男「ただボク個人の言葉としては……ボクに、救わせて欲しいです」
男「もう……こんな場所にいさせるのは、イヤですから」
エルフメイド「……逃げた先のことは、考えているのですか?」
男「それなりに考えはありますよ。ただ今のところ、実現できるとも思っていませんけれど」
エルフメイド「……………………」
エルフメイド「……分かりました」
エルフメイド「では私達はどうやって逃げれば良いのか」
エルフメイド「それを、教えてください」
エルフメイド「出来うる限り、私はあなたに協力しましょう」
エルフメイド「仲間への話だって、通しましょう」
エルフメイド「だから私たちを……助けてください」
男「……ありがとうございます。分の悪い賭けに乗ってくれて」
エルフメイド「違いますよ」
男「?」
エルフメイド「分の悪い賭けじゃありません」
エルフメイド「同胞が信じたあなたを信じることが、分の悪い賭けのはず、ないじゃないですか」
エルフメイド「同胞があなたに頼み、あなたが助けに来てくれた……それも、同胞が付き添うことなく……」
エルフメイド「それは同胞が、あなたを信用していることの、何よりの証」
エルフメイド「ですから、分の悪い賭けなんかじゃありません」
エルフメイド「信じるに値する、協力すれば成功率の高い、そんな一種の、作戦のようなものなのです」
男「……本当、エルフの仲間意識は素晴らしいな……」
男「仲間が信じた人だから信じられるなんて……人間では考えられませんよ」
エルフメイド「もちろん私たちだって、多少の疑いは持ちますよ」
エルフメイド「ですが同時に、多大に信用もします」
男「……それが人間には出来ないんですけどね……」
男(それが出来ればボクだって……王のことを、あっさりと信じられたのか……)
男「……いや、考えても意味の無いことか……」ボソ
エルフメイド「?」
男「いえ。少し、勝手なことを考えただけですよ」
男「それよりも、お話します」
男「ボクのしたいことを。あなた達エルフに、して欲しいことを」
~~~~~~
男「…………」
エルフメイド「…………」
男「……どうでしょう?」
エルフメイド「……つまり、私たちエルフに囮になってほしいと……そういうことですか?」
男「はい」
男「その首輪の探知魔法、それを利用しない手はありません」
男「それでわざと探知させて、騎士団を少しでもボクの屋敷に向かわせるんです」
エルフメイド「……私たちを、あなたの屋敷に向かわせることで……」
男「はい。場所はこの地図の通りです」
エルフメイド「……それは、安全なの?」
男「今の時間帯から歩き続ければ、エルフの足でも昼を少し過ぎた時間には着くと思います」
男「食料や水は、この市場に貯蔵されている分から持っていってください」
男「それに、屋敷に着けば部屋もあります。ちゃんとした場所で眠ってもらうよう、屋敷に残してきた二人に頼んでいますし」
エルフメイド「でも……言ってしまえば、山登りですよね……? この落ちた体力でそれは……」
男「体力が低いボクでも無理をすれば上り下りが出来るんです。女性のエルフ方とはいえ、不可能ではありません。多少の時間の前後はあるでしょうが」
エルフメイド「…………」
男「それと安全面の話になるのですが、おそらく騎士団がその屋敷に着くのは夕方を少し過ぎた頃になるかと思います」
エルフメイド「その根拠は……?」
男「ボクの屋敷に逃げているのなら、つい本日、城へと向かったボクを疑うのは当然」
男「それも、ボクがエルフを買っていた、という情報だって、向こうにいっているはずなんです」
エルフメイド「それなら逆に、あなたの屋敷に向かう兵の数が多くなるだけでは……?」
男「違うんですよ」
男「ボクはこれでも、自分で言うのもアレなんですけれど、それなりに名が通っていましてね……」
男「そのボクが――エルフを奴隷として買っていたボクが、城を訪れたその深夜に、エルフの大脱走が起きれば……」
エルフメイド「……あなたがやっていたと疑われる……」
男「その通り」
男「そしてそうなると、ボクがこの街を出ていないかもしれないという話になる」
男「もちろん、エルフ達を引き連れて一緒に屋敷へと戻っている可能性も考慮されるでしょうが……それでも、街にいる可能性がゼロじゃないとなる」
男「……ここからは、人間の愚かな部分になるのですが……」
男「もしボクがこの街を出ていなければ、他のエルフの奴隷市場……もしくは、エルフを買った貴族達の元へとやってくるかもしれないということになります」
男「さてこの場合、優先すべきはどちらなのか?」
男「逃げて屋敷へと戻ってしまっているかもしれない可能性なのか? 街に残っているかもしれない可能性なのか?」
男「後者なんですよ。圧倒的に」
男「何故なら、貴族達が狙われるかもしれないんですから」
エルフメイド「…………」
男「……彼等は政治にも介入してきています」
男「なら彼等が保身に走るのは明白」
男「となれば、街には強い兵士を残すもの」
男「必然、屋敷には新米の兵ばかりが向かうことになる」
男「そうなれば、軍馬を貸し与えても乗りこなせない兵ばかりになる」
男「歩いて向かうことになり、さらには集団での移動となるので……疲弊しているエルフ達でも逃げ切れる速度になる」
男「だから、逃げ切れます」
エルフメイド「……あなたは、それで大丈夫なのですか?」
男「大丈夫ですよ。ボクが弱いのは数です」
男「質量で押されなければ、不意を衝いて倒せます」
男「ボクの魔法は、そういうのに向いてますから」
エルフメイド「……沢山の兵を……人間を、殺すのですか?」
男「さすがに、兵までは殺しませんよ」
男「兵達は任務のために貴族を守っているのに……それまで殺せば、それこそ法ではなく罪を犯したことになる」
男「それは……ボクの望むところではありません」
エルフメイド「……もしかしてあなたは……屋敷にいる二人に、このことを……?」
男「話しましたよ。もちろん」
男「人数が多くなるだろうから、逃げてくるエルフ達を守ってあげて欲しいとね」
エルフメイド「違います。そうじゃありません」
男「?」
エルフメイド「あなたが戦う相手が強い兵ばかりになる可能性があると、そう話したのですか?」
男「…………」
エルフメイド「……話していないんですね……」
男「……まぁ、そうですね……気を遣わせるのもアレですし」
エルフメイド「私たちからしてみれば、保身に走って強い兵を残す感覚が分かりませんから……向こうも想像なんてしないでしょうしね……」
男「…………」
エルフメイド「……エルフを助けて、あなたに利益はないはずです」
エルフメイド「それなのにどうして、そこまで辛い目に遭えるのですか?」
男「ボクにしてみれば、歴戦の相手でも不意さえ衝ければ弱いですから……別に辛くもなんともないんですが……」
男「まぁ、そうですね……強いてあげれば、罪滅ぼし、でしょうか」
男「ボクの作った狂化の魔法水のせいで、エルフ達が負けた」
男「そのせいでエルフ達が、辛い目に遭っている」
男「だから、その罪を償いたい」
男「そんなところです」
エルフメイド「…………」
男「…………」
エルフメイド「……はぁ……本音を語っては、くれないのですね」
エルフメイド「いえ、十分に本音なのでしょうけれど……それが大部分を占める理由ではないのでしょう?」
男「……どうしてそう思うんですか?」
エルフメイド「分かりますよ。これでも私は、沢山の人間を見てきました」
エルフメイド「欲望に塗れた人間ばかりですけれど……それでも、見てきたんです」
エルフメイド「だから分かります」
エルフメイド「あなたがそんな、罪の意識を大部分にしての理由で、ここまでのことをしていないことぐらい」
男「…………」
エルフメイド「……まぁ、私がそう感じれるということは、あなたが頑張る理由というのはきっと、少しばかりやましい、欲望があるものなのでしょうけれど……」
エルフメイド「それでもまぁ……私たちを助けることが、あなたの欲望を満たすことになるのなら……」
エルフメイド「それはそれで、ある意味さらに信用できることなのでしょう」
エルフメイド「少なくとも、ここから出られるという意味では」
エルフメイド「では、この方法を取りましょう。この場所でのこの会話は聞こえているはずですから、皆も出せば、協力してくれるはずです」
エルフメイド「ですが一つ、その方法で出来ないことがあります。そこだけは修正して欲しいのですが」
男「どこですか?」
エルフメイド「私と一人だけが別行動を取る、といった部分です」
エルフメイド「だって私は、ここを離れるつもりがありませんから」
男「……えっ?」
エルフメイド「そんな意外そうな顔をされても……」
男「もしかして……あなただけは、ボクを信用していないのですか?」
エルフメイド「違いますよ。もしそうなら、ここにいる同胞だけを、あなたの方法に従わせるはずないじゃないですか」
男「なら……どうして?」
エルフメイド「…………」
男「あなたと会話をしていたあの子は、あなたに会いたがっていました」
男「今まで自分と会話をしてくれていた、あなたに……」
男「だから、行きたくないというのなら、その理由は知っておきたい」
エルフメイド「……………………」
男「……どうしてですか……?」
男「もしかして……ここを、離れたくないとか……?」
男「ボクが殺した上の奴が、忘れられないとか……?」
エルフメイド「そんなはずないですよ。無理矢理犯されていたのに好意を抱くなんてこと、あり得ませんよ」
男「では……どうしてです?」
エルフメイド「………………………………」
エルフメイド「……私が、秘術を解除して、あの人に抱かれてしまったからです」
男「……………………え?」
エルフメイド「エルフというのは、一度子供が作れる時期に入ると、結構長いんです」
エルフメイド「あくまで人間の時間で考えれば、ですけれど」
エルフメイド「逆に言えば、子供が作れない時期に入れば、それもまた結構長いんですけれどね」
エルフメイド「……あなたに買われた二人目が、私の秘術を施す前から犯されていても子供が出来なかったのは、偶然にも、子供が作れない時期だったからなんです」
エルフメイド「ですが……私は生憎にも、子供が作れる時期だったんです……」
男「…………まさか……」
エルフメイド「……はい……」
エルフメイド「私の胎内には、あの醜い人間の子供が、宿っているんです」
エルフメイド「それが、分かってしまうんです」
男「まさか……残って産むつもり……ですか?」
エルフメイド「そんな訳ないですよ。……気持ちの悪い」
エルフメイド「ただ私は、死にたいだけです」
男「なっ……!」
エルフメイド「……救われたいんです」
エルフメイド「こんな子供は産みたくない。だから死んで、救われたいんです」
エルフメイド「……出来た時からずっと……そう思い続けていました」
エルフメイド「私が死ねば、同胞へとかけていた秘術も、首輪の封じを超えない限りは、解かれなくなりますし……」
エルフメイド「死んでしまえば、妊娠防止の秘術も、そのままになって……全てが、上手くいく」
エルフメイド「そう考えていて……だからこそ、ずっとずっと、死んでしまいたかった……」
エルフメイド「でも……今まで死ねなかった……」
エルフメイド「でも……今は死ねる」
スッ
男「っ!」
エルフメイド「あなたが破壊してくれたこの牢の鉄片……これさえあれば……」
エルフメイド「道具さえあれば……私は、死ぬことが出来る」
エルフメイド「ですから私は……ここで、死にます」
男「……だから、一緒に逃げられないと?」
エルフメイド「はい。……もう、良いでしょう?」
男「子供を堕ろすというのは……?」
エルフメイド「……秘術というのは、精霊に認められている必要があるのです」
エルフメイド「そして精霊に認められるとは……自らが作った生命を殺さぬこと……」
エルフメイド「つまり、自分の子供を殺しては、いけないのです」
エルフメイド「もし子供だけを殺せても……秘術が使えない」
エルフメイド「だったら……そんなもの……死ぬのと同じじゃないですか」
エルフメイド「人間よりも弱いエルフが……秘術がなければ人間にも勝てないエルフが……ソレを失くした先に……」
エルフメイド「何が、あると言うんですか……?」
男「…………」
エルフメイド「それに……本音を漏らしますとね……もう、限界なの……です……」
エルフメイド「同胞のために犯されて……でも、同胞のためだからと我慢して……」
エルフメイド「でも、自分で選んだはずなのに、どうして私だけがこんな目に、なんて考えてしまって……」
エルフメイド「そんな自分が、大嫌いになって……」
エルフメイド「それでも、頑張って頑張って、押し殺して押し殺して、同胞のために無茶を続けて、同胞も辛いのだからと言い聞かせて保たせてきて……」
エルフメイド「でも、そうして……そうして頑張ってきた果てが……! 醜い、人間の子を、孕むことだなんて……っ!」
エルフメイド「もう……イヤなの……!」
エルフメイド「生きているのが……辛いの……!」
エルフメイド「だから……お願い」
エルフメイド「もう無理はしたくない……」
エルフメイド「だから……殺させて」
エルフメイド「私を」
エルフメイド「私を……救わせて……」
エルフメイド「救って」
男「…………」
男「…………分かりました」
男「それなら、三つほど条件があります」
エルフメイド「私が死ぬのに、あなたの条件を呑む必要があるのですか……?」
男「ボクの方法を作戦と称したのはあなたです」
男「なら、その作戦を狂わせるのなら、少しばかりボクの我侭に付き合ってくれても良いじゃないですか」
エルフメイド「…………」
男「まぁ、条件だけでも聞いてください」
男「一つ、その鉄片を刺すのはお腹にすること」
男「正確には、その中にいる子供を狙って欲しいのです」
男「それだけイヤな子供なら、せめてあなたの手で、殺したいでしょう?」
エルフメイド「…………」
男「でもそうなると、おそらくは死ぬことが出来ないかもしれない」
男「ですから、二つ目です」
男「ボクが、終わりを務めます」
男「それで、確実に終われるでしょう」
エルフメイド「……あなたはまた、辛い役目を買って出るんですね」
男「確かに、今度ばかりは辛いですけれど……」
男「それでも……あなたに子供が出来たのは、ボクのせいでもありますから」
男「ボクが悠長に、五日も期限を作ったから……」
男「もし少女ちゃんから事情を聞いて、すぐにでも飛び出していれば……もしかしたら……」
男「……いえ、言っても仕方の無いこと、ですね……」
エルフメイド「…………」
男「ともかく三つ目は、簡単です」
男「秘術が使えなくなる前に、ボクにも他のエルフにかけている秘術をかけて欲しいのです」
エルフメイド「通信秘術ですか?」
男「はい」
男「あれをかけて会話をすれば、心の中でも会話が出来るようになるんですよね?」
男「それはつまり、あなたにその秘術をかけてもらえるほど信用してもらえた、という何よりの証になります」
男「それだけで、他の屋敷に買われていったエルフとの交渉が、スムーズにいきますしね」
エルフメイド「…………」
男「どうでしょうか?」
エルフメイド「……分かりました」
エルフメイド「その条件、呑みます」
男「……ありがとうございます」
エルフメイド「いえ。これも、私を殺して、救ってもらえるのなら……」
エルフメイド「何より、憎いこの子を、自らの手で殺させてくれることなのなら……」
エルフメイド「喜んで、それぐらいの条件を、呑みましょう」
~~~~~~
男(……バカだ、ボクは)
男(悠長に構えていたせいで……こんなことになってしまった)
男(確かに、優先順位としては、狂化された兵士を救うことが、一番だった)
男(でもそれよりも早く、この子達を救うべきだったんだ)
男(自分勝手に、自分本位の方法を取ろうとするから、こんな……犠牲者が、出てしまった……)
男(あの時……少女ちゃんが飛び出ようとするのを止めず、一緒に行っていれば……)
男(……救えたかもしれない……)
男(ボクの罪は、償えなくなっただろうけれど……彼女を……)
男(いや……そうじゃない。そうじゃないだろう、ボク)
男(失敗したのは、そうじゃなくて……順番だ)
男(兵達を救うのは、もう少し後でも、可能になったかもしれなかったんだ)
男(それなのに、彼等をいち早く救いたいからと……自分を優先して……)
男(いや……ソレも違う。そうなると今度は、彼等をまた、時代に取り残してしまって……)
男(……………………)
男(ああ……なんだ……そういうことか)
男(結局コレは、二つのうち一つしか取れない……そういうこと、だったんだ……)
男(ボクが自分の罪を償うために兵を取ったから……少女ちゃんが会いたがっていた彼女を、傷つける結果にしてしまった)
男(逆を選べばきっと……今度は兵を救うのが、さらに後になったか……もしくは、救えなくなっていた……)
男(…………正解なんて、どこにも無かった…………)
男(そういうこと……だったんだ……)
男(結局、どちらを選んでもボクは……)
男(新たな罪を、背負うことになっていたんだ……)
男(自分の罪の償いを放置し、救うべき他人よりも、己の願望を優先した罪か……)
男(大切な人との約束を破って、その大切な人が救って欲しいと願った人を、己を優先したが故に傷つけた罪か……)
男(その、どちらかの新たな罪を……結局は……)
男(こうして、背負ってしまうことは、決まっていたんだ……)
~~~~~~
男「…………」
男「……それでは、約束どおり……」
男「……あなたを、救います」
エルフメイド「……お願いします」
ズシュッ…!
続き
男「エルフの書物は読めた…後は……」【後編】