主婦A「あんなだらしない格好で、昼間からぶらぶらと……」
主婦B「絶対働いてないでしょ。いつか事件起こすんじゃない?」
男「……」スタスタ
黒服「つかぬことをお聞きしますが」
男「はい?」
黒服「あなた、無職ですよね?」
男「そうですが、何か?」
黒服「やっぱり! いや、失礼。そんな暇を持て余してるあなたに、ピッタリのお仕事があるんです!」
男「……?」
元スレ
男「スタバでノートパソコンいじるだけの簡単なお仕事です……?」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1574180789/
男「スタバでノートパソコンいじるだけの簡単なお仕事です……?」
黒服「そうなんです」
黒服「やることは簡単、あちらにあるスターバックスに入って頂いて」
黒服「なるべく目立つ席でこのノートパソコンをずっといじってて下さい。それだけです」
黒服「もちろん謝礼とは別に、飲み物代もお出しします」
男「いじるって具体的に何すればいいの?」
黒服「別に何でもいいですよ。ネットするもよし、動画見るもよし、何か作業するもよし、ご自由に」
男「ふうん……」
男「なんでそんなことをさせるの?」
黒服「それは……申し上げられません」
黒服「られませんが、あなたの不利益にはならないということだけはお約束します」
黒服「いかがですか?」
男「……」
男(怪しすぎるけど……どうせもう人生詰んでるし)
男「やるよ」
黒服「おおっ、ありがとうございます! ではさっそく今日から!」
男「え、今から?」
黒服「善は急げと申しますので」
男「ここがスタバか……」
黒服「ここからはお一人でお願いします」
男「俺、入ったことないんだけど、何注文すればいいの?」
黒服「コーヒーはお嫌いですか?」
男「いや、嫌いじゃないけど」
黒服「では、ドリップコーヒーを頼めば、間違いはありません。さ、お入り下さい!」
男「うん……」
ギィィ…
店員「いらっしゃいませ! 店内をご利用ですか?」
男「あ、店内です」
店員「ご注文は?」
男「あ、コーヒーを……ド、ドリップコーヒー」
店員「サイズはどうされますか?」
男「サイズ……? え、と、普通で」
店員「トールサイズでよろしいですか? このぐらいの大きさですが」
男「あ、これでいいです」
店員「マグカップと紙のカップ、どうされますか?」
男「え、あ、そうですね。あ、マグカップで」
男(ふぅ~、結構大変だな。だけど、丁寧な接客だし悪い気はしなかったな)
男(あとは、この席でずっとノートパソコンいじってればいいわけか)カタカタ
男「……」カタカタ
男「……」カタカタ
男(しかし、スターバックスって周囲を見渡すと――)
学生「休みの日だってのに店長から電話かかってきてさ~」
女学生「えー、大変だったねー」
会社員「その件につきましては、すぐ稟議書を……」
婦人「やだわ、奥様ったら!」オホホ…
男(お客全員オシャレというか充実してそうというか、みんな上流階級に見えてくるよ)
男(俺みたいなクソ無職がいていい空間なんだろうか……)
男(やっと閉店だ……帰ろう)
男「……あ」
黒服「お疲れ様でした」
男「どうも……」
黒服「本日の謝礼です」
男「あ、はい」
黒服「また明日もよろしくお願いしますね」
男「分かりました」
こうして無職男の奇妙なスタバ生活はスタートした――
男「さ、行くか」
店員「いらっしゃいませー!」
男「ホ、ホットのドリップコーヒーのトールサイズをマグカップで」
店員「かしこまりました」
男(我ながら決まった)
男(飲み物受け取ったら……あとはノートパソコンいじるだけ)
男(昨日はWikipedia読んでたから、今日はずっと動画見てようかな)
男(さて、帰ろう)パタンッ
黒服「お待ちしておりました。本日の謝礼です」
男「どうも……」
男「しかし、こんなオシャレなカフェに俺みたいな奴がずっといて、いいもんなんですかね?」
男「心なしかみんな、俺の隣は避けるよう座るし……」
黒服「いいんです、いいんです。それでいいんです。この調子でよろしくお願いしますね」
男「はい……」
それから、ほぼ毎日――
男「ドリップコーヒーください」
男(今日はひたすらSNSでも眺めてるか……)
男(今日はひたすらワードで一人しりとりでもやろう……)カタカタ
男(一日が終わった。さあ、帰ろう)
……
…
このスタバ生活は少しずつ、少しずつ、男にある変化をもたらしていった。
男(ドリップコーヒー購入!)
男(ノーパソ準備完了!)
男「さて……ノートパソコンいじるか」カタカタ
カタカタ… カタカタ…
女A「ねえ、あの人かっこよくない?」
女B「声かけてみる?」
女A「やだー! あたしらなんかに振り向いてくれるわけないじゃーん!」
キャッキャッ キャッキャッ
男(やることなくなってきたから、今日は一日ワードに広辞苑の内容をひたすら打ち込む作業をしよう)
カタカタ… カタカタ…
男「……」カタカタッターンッ!
「すげえ……」 「カッケェ……」 「……名のあるハッカーか?」 「只者じゃねえな」
そう、男はスタバに入り浸っていたおかげで、
『オシャレ学生』『エリート社員』『おくつろぎ奥様』『スタイリッシュ家族』といった
スタバの客層のオーラを吸収し――未曾有の変化を遂げつつあったのだ!
茶髪「今日も男さん来てるってよ!」
チャラ男「マジ? 一目見るしかねえべ!」
茶髪「わっ、すげえ並んでる! みんな男さん目当てかよ!」
ワイワイガヤガヤ… ワイワイガヤガヤ…
黒服「なんでこんなことに……!?」
中年「おい、これはどういうことだっ!」
中年「あのクソキモイ無職男をスタバに入り浸らせれば、スタバのオシャレな客はスタバに愛想を尽かし」
中年「同業店であるうちのカフェに客がわんさか来るという話はどうなったんだぁっ!」
中年「むしろあの男がスタバ名物になって、うちの客はますます減ってしまった!」
黒服「こ、こんなはずじゃあなかったんです……店長……!」
黒服「最初会った時のあの男は本当に住所不定無職の不審者にしか見えなくて……」
黒服「絶対スタバの疫病神になると思ったんですぅ!」
中年「じゃあなんで、あんな大人気になってるんだ! 今やファンクラブまで出来てるぞ!」
黒服「それは……スタバというスマートでオシャレすぎる環境が、あの男を変貌させてしまったとしか……」
中年「もういい!」
中年「とにかく、あの男のスタバ通いをやめさせるんだ! このままじゃ手遅れになる!」
黒服「分かりました! 二人で追い出しましょう!」
黒服「おい、お前!」ガシッ
男「はい、なんでしょうか?」クルッ
黒服「……!」
中年「……!」
黒服(こ、これは……なんという“スタバ感”!)
中年(優雅にノートパソコンのキーを弾く両手は、まるで一流ピアニストのそれ……!)
黒服(ドリップコーヒーに舌鼓を打つその姿は、有名美食家と比べてもなんら遜色ない……!)
中年(ノートパソコンの画面を見つめるその目の眼光たるや、エリート商社マンそのもの……!)
黒服(決してイケメンではないこの男が、今やスタバという空間に見事に調和している!)
中年(スタバのためにこの男があり、この男のためにスタバがあるといっても過言ではない!)
黒服(よくぞここまで……!)
男「……?」
黒服「店長……」
中年「なんだね?」
黒服「他店を貶めるというやり方で、店を立て直そうとした我々が愚かだったんです」
中年「そうかもしれんな……」
黒服「やり直しましょう……もう一度! 真っ当なやり方で!」
中年「うむ!」
黒服「……男さん」
男「なんでしょう?」
黒服「今日この時をもって、あなたの仕事は終わりです」
男「……そうですか」
黒服「しかし、もはやあなたに私からの報酬など必要ないでしょう。金などいくらでも入ってくる」
黒服「どうか、自分の道を突き進んで下さい」
男「……そうします」
JK「あのー、一緒に写真撮って下さい! もちろんお金は払いますから!」
中年女「あなたを生で見たいと、うちの子の引きこもりが直ったんです。これは謝礼です……」
配信者「あなたの動画をアップしたらあっという間に一億再生いっちゃって……」
配信者「収益の一部をあなたにも配分したいんですけど、どうしたら?」
男「口座教えるので、適当に振り込んでおいて下さい」カタカタ
観光客A「おお、あれがこのスタバ名物の!」
観光客B「かっこいいねえ。ありがたやありがたや……」
男「……」カタカタ
富豪「ぜひあなたに寄付したい。どうすればよろしいでしょうか?」
男「その辺に置いておいて下さい」
富豪「では、トランクで……少ないですが」ドサッ
税理士「色々と収入が多くて大変でしょう。脱税騒ぎにならないよう、ぜひ資産を整理しますが」
男「全てお任せします」カタカタ
男は“カリスマ・ノートパソコンいじラー”としての名声を高めていった。
総理大臣「彼が日本が世界に誇る、ノートパソコンいじラーです」
大統領「Oh、ワンダフル!」
大統領「握手してくだサーイ!」
男「はい」
ガシッ
大統領(なんという……貫録!)
大統領(こんな男がいるとは……まだまだ日本も侮れないな。甘く見てはいかんかもしれん)
大統領「今後とも、日本とは親密なお付き合いをしていきたいものですな」
総理大臣「ありがとうございます」
男(気づいたら、億万長者になっていた……)
男(もっともやることは変わらない)
男(今日もスタバでノートパソコンいじるだけの簡単なお仕事をするだけだ)
男「ドリップコーヒーください」
店員「かしこまりました」
キャーキャーッ
「写真撮らせて下さい!」 「寄付を受け取って下さい!」 「握手を……!」
客「男さん、質問よろしいですか?」
男「どうぞ」
客「どうしていつもコーヒーしか頼まないんですか? そんなにお好きなんですか?」
男「スタバってメニューやサイズが豊富だから、かえって何がどういうものなのかよく分からなくて」
男「たまにはフラペチーノとかラテとか頼んでみたいけど……怖いからずっとコーヒーにしちゃってるんだよね」
客「……よかったら、代わりに何か頼みましょうか?」
男「えっ、そうしてくれる!? ――ありがとう!」
スタバで凝った注文するのは、ノートパソコンいじって億万長者になるより難しい――
― 完 ―