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◆時代の先駆者となり、世界への扉をこじ開けた

 1999年4月24日。ナイジェリアで開催されたワールドユースの決勝に勝ち上がったU-20日本代表は、シャビを擁する強豪スペインとの最終決戦に挑んだ。

 日本の快進撃は世界を震撼させたが、大黒柱の小野伸二を欠いたこの日ばかりは勢いが削がれた。GK南雄太の5ステップによるPK献上を皮切りに、前半だけで3失点。終わってみれば0-4の完敗を喫した。それでも、大会ベストイレブンに小野と本山雅志が選ばれるなど、日本の若い世代の評価が急上昇したのは確かだ。

「監督のフィリップ(・トルシエ)は『こいつら、巧いよ』とよく言っていました。『ボールも速く動くし、テクニックもある。ホントに凄い才能を持った選手たちだ』と。だから自分がユース代表監督をやると言い出したんでしょう」と、当時コーチを務めた山本昌邦氏も語ったことがある。

 ワールドカップ出場国を率いた外国人指導者が見ても、小野、本山、稲本潤一、遠藤保仁、小笠原満男らの技術と戦術眼は非凡なものがあったに違いない。それを世界の大舞台で実証したことで、日本人選手の評価が急上昇したのは紛れもない事実だ。

 この時点で欧州トップリーグに参戦していた日本人は中田英寿のみ。名波浩が同年夏にセリエAのヴェネツィアへ移籍したものの、まだまだ海外移籍のチャンスは限られていた。それを広げたのが、2001年にフェイエノールト入りした小野とアーセナルに行った稲本、ボカ・ジュニオルスに赴いた高原直泰だ。

 とりわけ小野は1年目から主力の座を掴み、2001-02シーズンのUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)制覇の原動力となる。当時の指揮官であるベルト・ファン・マルバイク監督も「シンジはいまで一緒に働いたなかで最高のプレーヤーだった」と絶賛するほどの存在感を示したことで、欧州での日本サッカーへの関心度がさらに上昇。その後の中村俊輔、柳沢敦らの大量移籍につながる。

 2010年代に入ってからの本田圭佑や香川真司の活躍もあって、ナイジェリアから20年が経過したいまは、日本代表どころか、年代別国際大会に出ていないような選手でも欧州にプレー環境を見出せる時代になった。その先駆者である黄金世代の役割はきわめて大きいと言っていい。

◆若き稲本は言った。「自分たちが日本の歴史を変えていくんや」

 彼らが果たしたもうひとつの重要な仕事は、日本代表のレベルアップだろう。

 日本がワールドカップ初出場した1998年フランス大会に18歳の小野が参戦したのを手始めに、黄金世代は徐々に代表の軸を担い始め、2002年日韓大会では小野、稲本、中田浩二が絶対的な主力として戦い、史上初の16強入りに貢献する。小笠原や曽ヶ端準もメンバーには入っていたし、高原も直前の肺動脈塞栓症発症がなければFWの一角を占めていたはずだった。それだけの若き才能が、トルシエジャパンを活性化していたのは間違いない。

 続く2006年ドイツ大会は2002年組に加地亮や遠藤らも加わった。ひとつつ年下の巻誠一郎や玉田圭司らを含めれば、およそ半数が黄金世代という状況だった。それだけ豪華な陣容を擁しながらグループリーグ惨敗に終わったのは不本意にほかならないが、主たる敗因はコンディショニングやジーコ監督の選手起用法や戦術的な問題と言われ、選手個々の能力が低かったわけでは決してない。

 それを象徴するように、4年後の2010年南アフリカ大会では遠藤が絶対的ボランチに成長。3度目のワールドカップに挑んだ稲本もクローザーとしてチームを支えた。「自分たちが日本の歴史を変えていくんや」と若かりし日の稲本はよく語っていたが、そんな自覚を黄金世代はみな持ち続けていたはず。高いレベルを目ざす飽くなき向上心とチャレンジャー精神もまた、この世代の特長だったのだ。

 その後、遠藤だけは2014年ブラジル大会まで代表キャリアを続け、国際Aマッチ152試合出場という前人未到の数字を叩き出した。

「代表は目標のひとつではあったけど、ここまでやれるとは想像もしていなかった。1つひとつカテゴリー別の試合に出たいという気持ちもあったし、五輪が終わった後はA代表しかないので、つねに選ばれたいという想いはもちろんありました」

 150キャップに到達した2015年アジアカップ(オーストラリア)で彼はしみじみとそう語ったが、同世代の競争が熾烈だったからこそ、そこで勝ち抜いて上に行きたいという想いがひと際、強かったのだろう。

◆一員としての自信とプライド、負けじ魂がそれぞれを飛躍させた

 2018年シーズン限りで引退した小笠原も「最後までシンジには勝てなかった」と苦笑していたが、黄金世代の一員としての自信とプライド、負けじ魂がそれぞれを飛躍させ、日本代表をレベルアップさせてきた。彼らが1998~2014年まで5つのワールドカップに関わり、うち2回で16強入りしたという事実を、我々は今一度、脳裏に刻むべきだ。

 本田や長友佑都、岡崎慎司ら北京五輪世代が2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと3大会に出場し、目に見える成果を残したことで、黄金世代の貢献度がやや低く見られがちな部分はある。だが、日本代表や日本サッカーの評価を高め、後輩たちが活躍できる土台を築いた先人たちの存在を忘れてはいけない。

 それをしっかりと理解したうえで、未来を担う若い世代には黄金世代を超えるインパクトを残せるように、努力を続けてほしいものである。

文●元川悦子(フリーライター)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190423-00010002-sdigestw-socc&p=1



1 2019/04/23(火)
小野伸二の3Dサッカーは凄かったな。
まさに天才。
フェイエノールト時代は最強だった。

2 2019/04/23(火)
ホントに凄いメンバーが揃った世代だった

3 2019/04/23(火)
当時A代表だが98W杯クロアチア代表監督も
「日本代表は中田英寿を筆頭に素晴らしい選手が揃っている。課題はペナルティエリア内でのプレイであり、次の2002W杯は是非とも率いたいチーム」とコメントしていた。
前年の対戦で負けたのもあってスカウティングをしっかり行っていたのか、他国は低評価かつノーマークの中で日本代表をベタ褒めしたのが印象的だった。
三浦知良落選のショックが響いて城は不調になり、
トルシエは正反対に中山と秋田を呼んで結果を出したが、
98の時点でもトルシエか三浦知良が居たら結果は違ってたのだろうか。
 
5 2019/04/23(火)
あの当時の日本にとってはベストとは言わないまでもベターな監督だった。
トルシエが嫌われてたというがそれは違うと思う。2002年のドキュメンタリーを見れば明らか。
あの代表にゴンと秋田を最後に召集したことを見ても、日本人を理解していたのだと思う。

6 2019/04/23(火)
いつ録画したのか忘れたけど、NHKのこの世代の特集番組を見つけて見直したけど、選手も凄かったがトルシエが思ったよりも激アツなのには驚いた、だから好成績だったのにはトルシの力も大きかったのだと
ロッカールームでの激しい指示、それに加えダバディの通訳も忠実で
見事だった

7 2019/04/23(火)
小野と遠藤がリーガでプレーしたらどうなっていたか気になったなー。
この2人の良さは、常に平常心でプレーできる"メンタル"だと思っていて、ほんとにプレーに波がない。中田英を見てわかるように、海外でやるにはメンタルコントロールが大部分を占めるんだろうと思う。俊輔がいまいち通用せず、香川がもうワンランク上に上がれなかったのはそこなのかなと思ったり。
高原もセリエAあたりで見てみたかったなぁ。
ボカであれだけやれるんだから、イグアイン的な感じになってたかもなーと。

9 2019/04/23(火)
ロシア組を含めても、本田選手の存在は異質というか、中村(俊)選手曰く、ギラギラしてて持ってる選手だと思う。
名手、技工派ではない左足と、体の強さだけで、トップに登り詰めた感じ。
しかし、見てて頭が良いなと思うのと、どのポジションでも不満を言わず、
それでいて本田流のプレーを貫徹できるメンタルの強さなのかなっと思ったりする。
トップに立つというのは、技術だけじゃないんだなぁと証明してくれた感がある。
長谷部にしても、人間性っていう才能で、同じレベルの選手を押し退けて言った感じがする。
だから、日本代表って面白い。

10 2019/04/23(火)
本当に全盛期で迎えた、2006年大会が残念でならない。
久保竜彦の怪我がなく、小野も大けがをしなくて、中村俊輔のコンディションが良い、あるいは中田をトップ下で起用していたら
そして指揮官がもう少し経験豊富だったら、と思わざるを得ない。

11 2019/04/23(火)
上手い選手が本当に多かったけど、この当時の本山のドリブルがマジで突破力抜群で凄かった。瞬間的なスピードで対面の選手ぶっちぎってたね。
あのロベルト・バッジョが五輪の試合見に来てて本山の事を良い選手だって言ってたのを思い出したわ。
まぁJリーグ発足直後の人気もあって、とにかくサッカー人口が凄まじかった世代で、そこの頂点にいた様な選手達だったから、そりゃ凄い逸材だらけだったのは不思議じゃないわ。

13 2019/04/23(火)
小野選手のボールタッチ、センスは群を抜いてました。
あのフィリピン戦の怪我さえなければ全盛期はあんなもんじゃなかったと思う。
自分の中ではずば抜けて足が速いわけではないけど歴代日本人でNo.1だと思ってます。
しかし、トルシエが選手達からあんなに嫌われてたとは当時知らなかった…。

14 2019/04/23(火)
この世代が中心の時にワールドカップベスト8行ってほしかったなぁ
シドニーの時なんてアジアに敵無し的な感じで負ける姿が想像出来なかった
ユース決勝も小野伸二不在が響いたけど、ワールドカップやオリンピックも大怪我をしなかった小野伸二がいれば結果はまた違ったのかもしれないね。

15 2019/04/23(火)
でも、あの時代。
かなりの遠征、強化費用がかかったって言うよね。
W杯の景気で取り戻せたのだろうと思うけど。
あそこまで若手の育成に費用をかけられるのは、後にも先にもあの時代だけだと思う。

17 2019/04/23(火)
代表には定着しなかったが、本山は本当に良い選手だって。若い頃はドリブラーでベテランになってからパサーに転身する器用さもあったしね。

18 2019/04/23(火)
小野と稲本はなー怪我さえなければ歴代日本代表ベスト11だったと思ってる。
怪我しないのも一流の証。もちろんなんだけど、両者ともキャリアに影響する最初の怪我が相手のクソみたいなタックルってのが腹立つんだ。

19 2019/04/23(火)
早いとこその黄金世代が協会幹部になる事を祈ります。。企業サッカー時代のジジイがいつまでも幹部やってたら世界との差は縮まりません。
カズも自分の為のサッカーはもう充分でしょ。
いつまでも遊んでないで日本サッカーの未来の為に
貢献して欲しい。

21 2019/04/23(火)
たらればはダメだけど、ドイツの時の監督がネームバリューだけの監督でなければという思いが今もある。

22 2019/04/23(火)
2010年のデンマーク戦、ヤットの2点目はホンマに嬉しかった。
海外のワールドカップで初めてグループリーグを突破した大会だったから、皆とめっちゃ喜んだのが懐かしいなー。

23 2019/04/23(火)
シンジの想像できないプレー、ボールタッチ、パス、全てが異次元と感じた。あのインパクトは今でも薄れない。
悔やまれるのは、あのクソレベルの低いアジアの低レベルの選手が、
偉大な(なっただろう)選手の人生を変えたファウル。
あんな試合に出さなければよかったのに…出なくても勝てていただろうし…

25 2019/04/23(火)
トルシエがメンバーにキスしていたのが忘れられない。
ああいう祝福の表現があるんだと・・・
熱い人なんだよね

26 2019/04/23(火)
小野がいることにより、自分もあの位置まで行けると同年代は誰しも思ったんじゃないかな。この相乗効果は、現在にも通ずる訳で今から考えてもこの年代は日本サッカー界にとって宝となったのは間違いない。

27 2019/04/23(火)
本田・長友・岡崎で徹底的に違ったのはサッカーに全てを注ぎ込めるプロフェッショナリズムだと思う。
黄金世代あたりまでは代表合宿抜け出してキャバクラとか、喫煙飲酒は普通というか良くある話だった。
それが今では有り得ないって印象。そうなってからまだ10年も経ってない。

29 2019/04/23(火)
ワールドユース決勝で南が取られたのはPKじゃなく間接FK。
一番不可解なのは準決勝の小野のイエローだな。おかげで決勝に出られなかった。今でも小野が出てたらって思っちゃうよ。勝てたとは言わないがあそこまで一方的でも無くもっと世界の頂点に近づけた気がしてなやない。

30 2019/04/23(火)
そうそうたるメンツが小野を絶賛している。
ファンペルシーなんかは
「オランダ代表でシンジより上手い選手はいなかった。」と言ってるし
スナイデルは
「今までで見てきた中で一番上手い選手は?」という質問に「小野伸二」って答えてるしね。

31 2019/04/23(火)
やっぱり小野伸二。
フェイエノールトでの活躍は本当に衝撃でした。

33 2019/04/23(火)
オランダ上位のフェイエノールトで更に当時のメンツ考えればレギュラーってスゴい。
あれ??今の欧州組は…

34 2019/04/23(火)
しかし、メンタルや語学力も大事。
そこまで技術がない選手がビッグクラブやプレミアリーグで優勝するとはね。

35 2019/04/23(火)
というかシドニー世代が凄すぎ。
黄金世代に加えて中田英、俊輔、中澤
松田、柳沢、宮本まで入ってくるんだから・・・

36 2019/04/23(火)
彼らのワールドユースでの活躍に匹敵する未来への期待を上回るものはいまだにない。
それだけにジーコジャパンのドイツ大会がいまだに残念でならない。

38 2019/04/23(火)
この世代の話になると毎回選手が凄かったって話になるけど、トルシエになる前ってそんなに勝ててなかったぞ。
 
39 2019/04/23(火)
集大成になるはずだったドイツ大会は本当にもったいなかったな。













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